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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
怒濤の後期スタート
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イツキ、報告する(2)

 これはもう弱い者虐めである。まだ学生で貴族に成り立て、しかも親さえ居ない少年を、凄い才能が有るからと言って問題山積みの辺境地の領主に任命するなんて……

 無理難題を吹っ掛けられた若き領主は、知恵を絞って他国から賠償金を取った。がしかし、せっかく稼いだその金は使うことも許されず、冒険者をして稼ごうとしている。なんて可哀想なんだ!・・・あれ?何故貴族が冒険者を……と疑問に思いながらも、王と秘書官とギニ司令官を、皆は非難するようにジト目で見る。


「あのーロームズ辺境伯、この度の不始末はカイ領の貴族が起こしたことだ。医学大学の建設資材は、是非カイ領で用意させて欲しい。勿論儲けるつもりはない」


ラシード侯爵は、追い込まれている少年が可哀想で、涙を浮かべて申し出た。


「これははじめましてラシード侯爵様、インカ先輩にはお世話になっています。僕は風紀部1年の隊長なんです。執行部副部長のヨシノリ先輩にも、風紀部隊長のインカ先輩にも、いつも親切にしていただき感謝してます。その上、そのように親切なお申し出をいただき、有り難うございます。出来れば実習棟や寮の資材もお願いしたいので、少しだけ安くしてください。レガートの森を安全に通る手段はありますから」


イツキは演技ではなく本当に有り難くて、ほろりと右目から涙が零れた。


「いやいやそれならマサキ領だって同じだ。うちの男爵がとんでもないことを仕出かした。うちには建設資材はないが……そうだ!私は殆どラミルに住んでいるから、貴族の仕来たりや作法など何でも聞きに来てくれ。なんならラミルの屋敷は私が用意しよう。うん、それがいい!」


マサキ公爵も色々と親切な声を掛けてくれる。家まで世話してくれるらしい。しかも何故かハンカチを目に当て涙を拭いている。


 焦ったのはエントン秘書官だった。イツキが帰ってきたら、自分の持っている財産の半分を渡そうと思っていたのだ。屋敷だって自分の屋敷の近くに出ている売り物件を、既に押さえておいた。

 使用人だって馬車だって、全て用意してやろうと考えていたのに・・・とんでもないことになってしまったと愕然とする。そして、皆の非難の視線が痛い。


 推薦者になっていたギニ司令官は、推薦人なのに無責任じゃないかと責められる。

 ついでにキシ公爵もヤマノ侯爵も、寄親なのに何故支援してやらないんだと、怒りの声が上がる。イツキは「キシ公爵もヤマノ侯爵もお忙しいので……」と、すまなそうに2人を擁護する。

 当然寄親の2人は、それなりに考えてくれているのだが、本当に忙しいのと、生粋の貴族なので、言われないと気付かないこともある。普通の貴族は堂々と寄親に甘えていくのだが、イツキはそれさえも知らなかった。


 最も悲惨だったのはバルファー王である。可愛くて堪らない息子から、王さまには分からないと思います……と言われ明らかに怒られて……いや、嫌われたのかも知れない。ショックのあまり、どうしたらいいのか分からず、おろおろと挙動不審になっている。


 まあ全員、自業自得である。イツキは超貧乏で忙しいのだ。8月1日から上級学校の後期が始まるので、それまでに色々と段取りをしておかねばならないのだから。

 バルファー王もエントン秘書官も、大事なことを失念していた。イツキは人に甘えることが出来ない性格だし、何でも自分でしなければと思う、真面目過ぎる人間だったということを。



「ロームズ辺境伯、大丈夫だ。今からレガート軍は、レガート式ボーガンとキアフ1号の使用権料を支払う。予算では1,000万エバーだったが、1,200、いや、1,300万エバーを支払う。それで屋敷と馬車を買えばいい」


財務副大臣は、どうやら国から使用権料を貰えると知らない様子のロームズ辺境伯に、吉報として情報を与える。


「えっ、本当ですか?有り難うございます。1,300万エバーあったら、ロームズに中級学校と職員用の住居が建てられます。中級学校は領主の全額負担なので凄く助かります。本当に嬉しいです!」


イツキは幸せそうな笑顔で礼を言って、ぱーっと明るい顔になった。


「「「中級学校まで・・・そう言えば、そんな条件もあったな・・・」」」


せっかくのイツキの笑顔も、余計に不憫になってしまう親心の大臣達は、再び王様に責めるような視線を向ける。



「それにしてもロームズ辺境伯は、必要な資金を全て計算されたのですか?」


財務副大臣は、お金と数字に明るそうなイツキに感心して質問してみる。


「はい概算ですがこんな感じになりました」と言ってイツキは、医学大学・中級学校・学生寮・職員寮等の建設費、大学の運営費、人件費、備品費、防衛費、維持費、交際費、税金免除による損失金……等々、それは事細かに計算された予算書をテーブルの上に広げた。


「・・・ロームズ辺境伯、うちで働きませんか?」(国防費担当官)

「いやいや、それなら財務部だろう!」(財務副大臣)

「いや、国務費の方が細かいからうちで」(国務費担当大臣)


「ありがとうございます。僕の夢は卒業したら文官として働くことだったんです」


イツキは元々本教会のリーバ(天聖)様から、上級学校を首席で卒業し文官として働くよう指示を受けていたのだ。なので、しっかりとその意思を極上の笑顔で示しておく。


「あれ、イツキ君は今、治安部隊だったよね?」(ギニ司令官)

「はいそうですが、それは学生の間のお約束で、僕の目標は文官ですから」

「いや、でも……ほら、今回のロームズでの奪還作戦も、ハキ神国軍との戦いも作戦参謀として活躍してたよね?」


「でも、暫くハキ神国も攻めて来ないし、僕なんか居なくてもレガート軍には優秀な方がたくさん居られますから。あーでも、教授を雇えなかったら僕が教壇に立つしかないな、そしたら文官には成れないかなぁ……安月給では来てくれないだろうな……」


イツキはギニ司令官からの誘いをバッサリと断り、文官に誘ってくれた3人に笑顔を向ける。しかし、貧乏ロームズを憂い再び暗い顔に戻った。



「分かった!半期分の税金の損失は国の責任だから国から出そう。屋敷代はエントン、お前が半分出してやれ。使用人の手配も頼む。ギニ司令官は馬車を用意してやれ。ヤマノ侯爵には寮の家具を準備させる。キシ公爵には、貴族として必要な身の回りの物を揃えさせる」


「「はい、喜んでご命令をお受けし、至急準備いたします」」


秘書官もギニ司令官も、嬉しそうに了承する。これでやっと面目が立ち会話に入っていける。


「俺は……そうだなぁ・・・」


「王様、もしも王様が今回の戦勝の褒美をくださるのであれば、現在薬草不足解消の為に上級学校で作っているレガート国の特産品ですが、ほぼ完成したのに、人手と予算が足りません。学生としての本分もありますので、技術開発部から応援を送ってください。それとお金も」


「それは国がするべきことであり、イツキ君への褒美とは違うだろう」


バルファー王は、褒美とは程遠い内容のお願いをしてくるイツキに戸惑い、そう言えばこういう性格だったじゃないかと気付き、深ーく反省する。


「それでは現在完成させた2つの商品を広めるため、10月に【ロームズ辺境伯杯】の大会を開かせてください。スポーツは各領地の上級学校とレガート軍が対戦し、ゲームの方は、各領地の上級学校と貴族の皆さんで対戦して貰います。その理由は実物をご覧になればお分かり頂けるでしょう。スポーツもゲームも、勝った方がラミルで決勝戦に出場出来ることとします」


イツキは先程までの可哀想な領主の顔付きではなく、何かを企む時の策士の顔をして王様にお願いする。

 お願いと言っても、国の為にやろうとしていることであり、これまでの話の流れから、王に断るという選択肢はない!・・・たぶん。


「おいおいイツキ君、あっ失敬、ロームズ辺境伯、薬草不足解消の手伝いもしていたのか?忙しい学生だな君は」


教育大臣は驚いた。薬草不足を解決する為に上級学校が動いたことは教育大臣の記憶にも新しく、学校の収入源も確保するという大歓迎の薬草採取作戦だったのだ。


「教育大臣、元々薬草不足を危惧し報告してきたのは【治安部隊】の活動をしていたイツキ君です。そして、国をあげて薬草採取させる案を考えたのもイツキ君です。学生であるイツキ君だからこそ考え付いた作戦です」


「「「「ええーっ!」」」」


秘書官の話に開いた口が塞がらない一同は、イツキという人間が、戦争や軍で活躍し、自分の領地のことだけ懸命に頑張っている少年ではないのだと、新たなイツキの一面を知ることになった。


「皆さん、どうか僕のことはイツキ君と呼んでください。その方が落ち着きます。お時間があれば、是非今考えついた作戦の説明をさせてください」



 午後6時半、すっかりイツキの話に巻き込まれ、共に作戦を考えることになった9人は、久し振りにワクワクする時間を過ごし、今日の会議の主旨さえ忘れ無事終了した。

 そして気付けば、次はいつイツキ君に会えるのだろうかと、期待している自分に笑ってしまう。天才というだけではない魅力に、皆すっかりヤられてしまったのだ。

 特に数字に煩い大臣や担当官の心を、ガッツリと鷲掴みにしたのは言うまでもない。


 これからもちょくちょくレガート城では、イツキワールドが炸裂することになる。



 会議終了後、イツキは王の執務室に居た。

 部屋に入るなり平謝りする王様とエントン秘書官、ギニ司令官に、イツキは困った顔をしてハ~ッと息を吐く。でも、直ぐに微笑んで「いいえ、沢山のご支援をいただき有り難うございます」と言って、逆に深く頭を下げた。


「イツキ君、うちの直ぐ近くに手頃な物件が売りに出ている。大きさも我が家と変わらない小さな家だけど、どうかな、明日の朝見に行かないか?」


「ありがとうございます。嬉しいです。僕が買いに行っても、誰も売ってくれないのではないかと心配していたんです」


イツキの素直な笑顔を見て、エントンはホッと胸を撫で下ろした。

 これまでエントンが申し出た支援を、イツキはことごとく断ってきた。それは、妹カシアとバルファー王の子ではないと、絶対に認めないイツキの姿勢から来ていた。でも、今回は領主に任命した責任として支援するので、堂々と援助することが出来るエントンだった。

 少しくらい伯父として、甘やかしてみたかったエントンも嬉しそうに笑う。


「イツキ君、馬車には家紋を入れなければならないが、デザインはどうする?」

「ギニ司令官、それならもう出来てますよ。凄く格好いいんです!」


イツキはそう言って、鞄の中から学友トロイの描いた家紋のデザイン画を取り出す。


「確かにこれなら、一目でロームズ辺境伯の馬車だと分かるだろう。剣とグラスが両方入っている家紋なんて、レガート国には無かったからな」


ギニ司令官は他に類を見ないデザインに脱帽する。そして派手な色で刻印し、小型だけど超豪華な馬車にしてやろうと企む。


「俺は【ロームズ辺境伯杯】の優勝杯と準優勝杯に、この家紋を入れよう。それにしても、軍の兵士まで巻き込むとは……イツキ君の頭の中はどうなっているんだ?」


「王様、ポルムゴールは体を鍛えるのにも役立ちます。厳しい訓練も大切ですが、スポーツを取り入れてもいいと思うんです。チーム戦ですからチームワークを養い、遣る気を引き出します」


 イツキは誰よりも嬉しそうに【ロームズ辺境伯杯】について語る王様の話を、終始ニコニコしながら聞いていた。

さっきまでやっていた会議の最中も、1番ノリノリでアイデアを出していた。それを思い出すとふっと可笑しくなる。そして胸の中がほんわか暖かくなる。


 結局、会議出席者のマサキ公爵とラシード侯爵の強い希望もあり、次回の領主会議を1ヶ月前倒しし、2つの競技をラミル上級学校で見学することになった。そして、ポルムとアタックインの製造について話し合う為、8月20・21日に行うことに決まった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次回は26日更新予定です。

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