表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
ロームズ辺境伯杯
38/222

イツキの命

 午後3時、フィリップ秘書官補佐が警備隊本部で調査をしていると、昨日犯人に斬られた警備隊員が急に危篤状態になったと知らせが入った。


「その隊員のケガは軽傷だったのだな?」

「はい秘書官補佐、背中を斬られましたが傷は浅く問題なく動いていました。昨夜から熱が出たようで、今朝から高熱になり先程病院に運ばれました」


ケガをした隊員の上官が事情を説明する。昨日の夕方までは元気だったのにと首を捻りながら、これから様子を見に行くと言う。

 フィリップは嫌な予感に鼓動が早くなるが無表情のまま、他に斬られて生きている者が居なかったか調べるよう指示を出した。



 午後5時、教会病院の内科医である副院長は、運ばれてきた隊員の熱の症状を、毒によるものだと断定した。

 フィリップは直ぐにイツキの症状を副院長に伝え、毒の解毒薬を持って屋敷に来て欲しいと依頼した。


「秘書官補佐様、この毒は……まだ有効な薬草が発見されていません。この毒の特徴は、体に入り込んで5時間後くらいから熱が出て、3日以上熱が続きます。体の関節部分が腫れたり赤くなります。そして……呼吸困難になり亡くなるのです。2年前から出回り始めた毒で、何から作られているのかも分かっていません」


副院長は辛そうに話し、院長とサイリス(教導神父)様に至急相談してくださいと頭を下げた。

 


 午後6時、フィリップが失意の中ロームズ辺境伯邸に戻ると、エントン秘書官とキシ公爵が屋敷に来ていた。

 2人はイツキのベッドの側で心配そうに顔を見ていたが、フィリップから教会病院での話を聞くと、ショックを受けながらイツキの体を確認する。


「関節が腫れ赤くなる・・・間違いない・・・なんで・・・どうしてだ!」


エントン秘書官はイツキの症状が毒によるものだと分かると、イツキの右手を握り涙を溢した。そして手の熱さに驚き、王様に知らせねばとフラフラしながらレガート城に向かった。

 キシ公爵は、熱が高いのに顔色は青く、苦しそうに呼吸するイツキを1秒でも早く楽にしてやりたいのに、打つ手がない現実に失望し、その場に座り込んでしまった。



 午後7時、警備の打合せが終わったハモンドとレクスは、ギニ司令官と一緒に屋敷に戻ってきた。

 イツキの部屋で茫然と生気を無くし、項垂れて応接セットに座っているキシ公爵を見たギニ司令官は、イツキの状態が予断を許さない程に深刻なのだと知り、言葉を失った。


「フィリップ、薬は、本当に薬は無いのか?」


10分後、絞り出すようにギニ司令官はフィリップに訊ねた。


「あれば……薬があれば……俺は地の果てだろうと海の底だろうと取ってきます」


何も出来ないことが辛くて、イツキに何かあれば自分を決して許さないとフィリップは思う。イツキを守る役目を神より授かったのに、無能な自分のせいでと自身を責める。


「イツキ様……目を覚ましてください……どうか……どうか……」


フィリップは神に祈りながら、泣きそうな顔でイツキの頬にそっと触れた。

 もしものことがあれば、あの殺し屋を絶対に殺してやる……それから自分も……と、フィリップは己に誓う。が、いやいやそうじゃない!リース(聖人)様であるイツキ様を、まだやらねばならないことが残っているイツキ様を、神様が召されるはずがない!と思い直して顔を上げる。




 イツキの教え子であるハモンド、レクス、ベルガの3人と従者のパルは、あまりに高位の来訪者と同じ部屋に居ることも出来ず、ダイニングルームで何か出来ることはないのかと話し合っていた。


「こんな時に暗い顔をしてはダメよ!少しでも何か食べなさい。もしも今、敵が襲ってきたら戦えるの?情けない・・・イツキ様は毒と戦っていらっしゃるの!如何なる時も万全を尽くす。それがイツキ様よ。神様は絶対にイツキ様を助けてくださるわ。そうでしょう?」


事務長のティーラは厳しい口調でそう言うと、一口大に切ったサンドイッチをダイニングテーブルの上に置き、飲み物は自分達で用意なさいと指示する。

 そして、もう一皿に盛ったサンドイッチを2階に運んでいく。

 イツキの寝室の応接セットに座り頭を抱えている、キシ公爵、ギニ司令官、フィリップに挨拶をして、ティーラはサンドイッチをテーブルの上に置いた。

 流石にここで発破を掛けることは、立場上出来ないと思ったティーラは、代わりにイツキに発破を掛けることにした。


「イツキ様、毒などに負けてはなりません!私は必ずブルーノア様が守ってくださると信じています。ですから、しっかりと戦ってください!」


すっかりと諦めたような顔をして座っている、ギニ司令官とキシ公爵に聞かせるため大きな声でイツキに向かって言い、ティーラはベッドの横でひざまずき、イツキの右手を握って続ける。


「今、教え子の3人とパル君にすべきことをしろと叱っておきました。戦うにしても神に祈るにしても、情けない顔をするなと言いました。私も戦います!祈ることしか出来ませんが、私の願いが神様に届くまで祈り続けます。イツキ様、明日は校長会議ですよ。ロームズ辺境伯杯の打合せが待っています」


ティーラはそう言うと、イツキに向かってゆっくりと最上級の礼をとり、立ち上がるとくるりと後ろを向いて「直ぐにお茶をお持ちします」と、情けない顔をした3人の男に、にっこりと笑ってみせた。


 10分後、パルと一緒にお茶のセットを2階に運んだティーラは、5人分のサンドイッチが半分以上無くなっているのを見て軽く微笑み、何も言わずにお茶を注いだ。

 お茶はイツキが1番好きなハーブティーだった。



 午後9時、エントン秘書官がバルファー王を伴ってやって来た。

 出迎えたティーラは、国王様の来訪には流石に戸惑ったが、もう何でも(誰でも)来いという気持ちになっていた。


「イツキ君、キアフ、しっかりしろ!2度と俺を置いていくな!きっとカシアが守ってくれる。カシア……キアフを守ってくれ!目を、目を覚ましてくれ!キアフ……」


バルファー王はイツキの体にしがみつき、悲痛な声でイツキに語り掛ける。

 イツキがバルファー王の子だと気付いていなかったギニ司令官は、驚いた顔でエントン秘書官を見る。そして、どういうことだ?と視線で問い掛ける。

 エントンは言葉には出さず、ゆっくりと頷いて、王子だと、妹カシアとバルファー王の子供のキアフだと認める。


「フィリップ!お前はイツキ君を守る役目を与えられた者だ。何かあるはずだ!考えろ。そして思い出せ。リース様を、王子を死なせてはならない」


イツキが王子だと知ったギニ司令官は、レガート国の為に……いや、ランドル大陸全ての人の為に、イツキ君を死なせてはならないと、立ち上がりフィリップに詰め寄る。

 フィリップは悔しそうに唇を噛み、両手をギュッと握り締める。

「分かっています」とフィリップは答えて、外の空気を吸うためガラス戸を開け、寝室のバルコニーに出た。

 外に出ると、1日降り続いた雨は上がり、雲の切れ間から星が見えた。フィリップは星の瞬きを見ながら神に祈った。すると、何か大切なことを忘れているような気がして、懸命に思い出そうとする。


『なんだ?今、大切な何かを思い出しそうになった……何だろう?早く思い出せ!」





 その数分後にはサイリス(教導神父)様とファリス(高位神父)様が来られた。


 サイリス様は祈りを捧げるので、屋敷に居る全員を集めるようにと命令された。

 薬も打つ手もない今、皆で懸命に祈ることしか出来ないのだ。


 イツキの教え子3人とパルは、国王様とサイリス様の前で緊張するが、イツキの容態がかなり悪くなっているのを知り、我慢できずにベッドに駆け寄る。


「イツキ様、しっかりしてください!目を開けてください!」(パル)

「「「イツキ先生、負けないでください!」」」(レクス、ハモンド、ベルガ)



「これから神に祈りを捧げる。皆も心から神に祈りなさい」


サイリスのハビテはそう言うと、イツキの前でひざまずいてから立ち上がった。

 部屋に集まった全員、ひざまずき深く頭を下げ、胸の前で手を組む。


 ハビテはサイリスとして、あらん限りの力で祈りを捧げ始めた。

 国王も秘書官もキシ公爵もギニ司令官も、教え子もパルもドッター夫妻もティーラも、神に届くようにと一心不乱に祈り続ける。

 イツキの呼吸は一段と苦しそうになるが、もう神のお力を信じるしかなかった。



 祈りが始まって10分、フィリップは突然立ち上がると、走ってイツキの寝室から出ていった。そして隣の執務室に入ると、何やら探し始めた。

 イツキのリュックの中や、机の引き出しの中、本棚の上の段から下の段まで、慎重に本を避けながら目的のものを探す。

 探す物が見付からなかった様子のフィリップは、再びイツキの寝室に戻ると、今度はクローゼットの扉を開けた。


 当然サイリス様の祈りは続いている。


 フィリップはクローゼットの中からイツキの鞄を引き摺り出すと、躊躇することなく鞄を開け中の荷物を全て取り出す。まるで何かに取り付かれたかのように「違うこれじゃない」と呟きながら、荷物を確認する。

 とうとうイツキの服まで取り出し、ポケットの中を探っていく。

 最後にクローゼットの奥にあった黒い革の古い鞄を見付けると、震える手で留め金を外し鞄の中を見た。


『これだ!この瓶だ!確か白い瓶は臭いを消す。緑の瓶は傷を治す。緑の瓶は今朝、聖水の中に全て注いでしまわれた。赤い瓶は・・・赤い瓶は毒になる・・・もしも今回の毒が魔獣の毒なら、毒をもって毒を消すしかない』


フィリップは、本教会のリース(聖人)様が創られた聖水の入った3本の瓶を取り出すと、赤い瓶を握り締め、他の瓶は鞄の中に戻した。

 

 フィリップがリース(聖人)エルドラ様の聖水の存在を知ったのは、1度目の隣国の戦乱を終わらせるためカルート国のロームズに向かう途中だった。

 その時は白い瓶を使い、イツキは血の臭いを消していた。

 そして今回ロームズに行った時、王の目のガルロのケガを治療する為、緑の瓶を使っていた。

 赤い瓶は、人を殺すことも出来るとイツキから聞いていた。

 しかしフィリップには、必要な量など分からない。少なければ効かず、多ければイツキを殺してしまう……

 

 そもそもエルドラ様の聖水は、使用する者の能力によって効果が変化するという代物だった。なんの能力も持たないフィリップが、使いこなせるものではなかった。



 フィリップはサイリス様の祈りの声を聞きながら、イツキの側に寄っていく。

 サイリスのハビテは、フィリップが何をする気なのか分からなかったが、イツキを守る為に神が選ばれたフィリップの行動を、止める必要などないと思っていた。

 しかし、まるで死を覚悟したかのようなフィリップの表情を見て、祈りを捧げ続けながらハビテは不安になった。


 フィリップはイツキのベッドの横でひざまずくと、今にも息が止まるのではないかと思える程、苦しそうに呼吸をしているイツキの顔を、両手で優しく撫でると、震える手でポケットから赤い瓶を取り出した。

 

 ハビテは祈りながら、フィリップの手に握られている、見たことのある赤い瓶を見て息が止まりそうになった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

夏風邪?夏バテ?ちょっと更新が遅れております。すみません( ̄▽ ̄;)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ