表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
ロームズ辺境伯杯
37/222

覚悟と決意(2)

 まだ夏とは言え、降り続く雨で今日は少し肌寒い。熱のあるイツキはそう感じながら、パルに抱えられフィリップに傘を差し掛けられながら礼拝堂へと向かう。


 イツキは自分の無力さを感じながら、自身の体調管理について反省していた。

 そもそも領主会議で泣いてしまったところで気付くべきだった。

 自分らしくなかったと。

 睡眠不足や運動不足や余裕の無さが、知らず知らずの間に自身を追い詰め、結果として大事な場面で全力が出せなくなっていたのだと。

 自分が万全の体調であれば、あの殺し屋を仕留められたかもしれない・・・そんな思いが、目覚めてからずっと頭の中でぐるぐるしていた。


「イツキ様大丈夫ですか?」


礼拝堂の裏口に到着しても、ぼんやりした感じのイツキを見てパルが声を掛けた。


「大丈夫だ。さあ、ノランさんを送ってあげよう」


イツキは意識を集中し、背筋を伸ばした。


「皆さん、本教会より本葬を行う神父が到着いたしました。ご起立ください」


サイリス(教導神父)のハビテはそう告げて、祭壇の後ろに下がり膝をついた。


『サイリス様が膝をつかれた!いったいどういうことだ?』


マサキ公爵家の皆さんは、ますます混乱してしまう。

 礼拝堂の右最前列に座っていたヨシノリは、その意味が分かると顔を上げ、友の無事を確認しようと神父様の入場口に視線を向ける。


「ああ、やっぱり……イツキ君だ……」


ヨシノリはそう呟くと、見覚えのある青い神服を着たイツキが、銀糸の輝きで顔をキラキラさせながら入場してくる姿を確認し、嬉しくて、それだけで涙が溢れてきた。

 同じようにマサキ公爵もタスクも、見たこともない青い神服を着て現れたのがイツキだと分かると、驚きと共に感謝で胸が熱くなった。


 ブルーノア教徒にとって、サイリス様に祈りを捧げて頂けるのは、高位の貴族だけである。しかしどんなに高位の貴族であろうと王族であろうと、サイリス様以上の神父様に祈りを捧げて頂くことなど、()()()有り得ないことだった。そもそも、サイリス様以上の神父様に、お会いすることが不可能だったのだ。


「これより、マサキ公爵家従者ノランと、御者パデルの葬儀を行う。祈りの前に、主を守り勇敢に戦い責務を果たした2人の勇者に、私からも感謝の言葉を送ります。皆さんお座りください」


イツキは冒頭で、亡くなった2人に感謝の意を表した。

 そして聖杯を両手で持ち目線の高さまで上げると、ブルーノア語で何やら呟いた。それから聖杯を演台に戻すと用意していた聖水を注いだ。

 そして静かに目を閉じると、死者に捧げる祈りを歌うように捧げ始める。


 リースであるイツキは、送る2人の人生を物語にしながら言葉を紡いでいく。

 2人の物語は、マサキ公爵家で働き始めたところから始まった。

 2人はマサキ公爵家で働くことを誇りとし、主を敬い仕事に責任を持ち、毎日を悔いなく生き、最後に主を守れたことを、本当に良かったと思っていると、イツキは祈りの言葉にのせて、2人からのメッセージのように告げた。

 悲しむことより負けないで!と2人は願っていると言い、戦いに勝利出来るよう必ず見守っているからと締め括った。


 イツキの祈りの言葉は、途中から言葉ではなく、目の前で起こっている出来事のように、頭の中に映像として映し出された。ノランの怒った顔、御者パデルが馬にブラシを当てている姿、ノランの困った表情……そして笑顔。

 2人はこれからもずっと見守っているからと、イツキが祈りの言葉を終えた瞬間、参列者の耳に2人の声が聞こえた。


【負けるなタスク坊っちゃん、負けるなタスク様!】と。


 タスクは号泣していた。全身を震わせ堪えきれず声を上げて泣いていた。

 参列していた全員も泣いていた。サイリスのハビテもファリスも……そして祈り終えたイツキも……

 



 イツキは祈り終えると右手で聖杯を持ち、ややふらつきながら、2人の遺体に向かって歩き始める。

 御者のパデルは顔が変形し体の損傷も激しかった。まともに見ることも出来ず、白い布で全身が覆われていた。

 イツキはパデルの棺の前に行き布を取ると、布に聖杯の聖水を掛けていく。

「ご苦労様。ありがとう」とパデルに声を掛け、そっとイツキは頬に触れ、白い布で再び体を覆った。


 次にノランの棺の前に立ったイツキは、棺の中に添えられていた白い花を取り出すと、花びらの部分を聖杯の中の聖水に浸けた。

 聖水のついた白い花を、イツキはノランの傷口に当てていく。

「ありがとうノランさん。タスク様はきっと強くなられますよ」と話し掛け、イツキは優しく微笑んだ。


 参列者は、イツキの祈りに感動して動けずにいたが、フィリップは走り出し、スッとイツキの側に立った。

 パルも動こうとするが、何故か動けない。涙で景色が滲んでイツキの姿を見失った。


 時が止まったような、夢を見ていたような感覚から覚め、皆が祭壇や棺の周りにイツキの姿を探すが、青い神服姿の神父様の姿は何処にもなかった。

 マサキ公爵は立ち上がると、既に居なくなったイツキに向かって、最上級の礼をとった。他の者も公爵に続き礼をとる。


 ヨシノリは慌てて神父の入場口から、イツキの跡を追うように外に出ようとする。

 同時に動けるようになったパルも、ヨシノリと並ぶように入場口のドアを開けた。

 その先に見えたのは、ぐったりと意識を失い、フィリップに抱き抱えられたイツキの姿だった。

 少し小降りになった雨の中を、2人は心臓が止まりそうになるかと思うほどの衝撃を受けるが、イツキとフィリップの跡を追う。


「このままイツキ様は、屋敷に戻られる。パル、馬車を回せ!」

「フィリップ様、目の前は病院です。病院に運んでください!」

「イツキ様の命令だ!1秒でも早く休ませねばならない」


パルは青ざめたイツキを見て迷ったが、イツキの命令ならばと急いで馬車へと向かう。


「フィリップ秘書官補佐様、イツキ君は、イツキ君のケガはどうなんですか?」


「傷は深くはない……しかし、出血し過ぎた。倒れたのは熱が高いせいだ。君は葬儀に戻りなさい。心配なら明日屋敷に寄るといい。ただし、身分を気付かれないよう変装して来い」


フィリップはイツキを危険に晒すことは出来ないので、ヨシノリに変装して来いと命じる。フィリップにとってイツキが全てである。つい語気が厳しくなる。

 ヨシノリはその言葉を聞いて我に返る。そうだった……イツキ君は兄を助ける為にケガをしたのだと。


 待つこと数分、ロームズ辺境伯の馬車が目の前に停まり、イツキはフィリップに抱えられたまま馬車に乗り込んだ。

 ヨシノリはパルに「頼む!」と伝え、走り去る馬車を見送るしかなかった。

 イツキが心配で堪らない気持ちを抑えて、ヨシノリは礼拝堂に戻っていく。

 礼拝堂の前でサイリス様にイツキのことを尋ねられ、ヨシノリは屋敷に戻られましたとだけ伝えた。


 サイリスのハビテには判っていた。イツキは高い熱が出ているのだと。

 ヨシノリがイツキ(神)から、こめかみに星の印を授かった日、ハビテも小さな石を授かっていた。その石はイツキの体調を知らせる石で、イツキの体温と同じ温度になる石だった。割れない限りイツキの命があることも教えていた。


 ヨシノリが礼拝堂に戻ると、棺を囲んで皆が大号泣していた。

 どうしたのだろうかと2人の棺の中を覗いて、ヨシノリも涙が溢れだした。

 信じられない奇跡の光景を目の当たりにし、神様とイツキに感謝し、ただただ泣いた。


 御者パデルの変形していた顔の形は元通りになり、骨折しおかしな方向を向いていた右足は、真っ直ぐ伸びていた。そして、苦しみに歪んでいた表情は、穏やかな表情に変わっていた。


 ノランもまた、身体中についた傷痕が、うっすらと分からない程に消えていた。

 特に痛々しかった顔の傷は跡形もなく消え去り、まるでただ眠っているように、優しく微笑んでいた。



「神様ありがとうございます。イツキ君、いえイツキ様、ありがとうございます。私はこの2人に誓います。決して負けないと。そして強くなり必ず敵を倒すと!」


タスクはそう決意すると、皆の前で誓った。そして無理矢理片足で椅子から立ち上がり、もう泣いてはいられないと涙を拭いた。





◇ ◇ ◇


 屋敷に到着した馬車を出迎えた事務長のティーラは、意識を失いフィリップに抱えられたイツキを見て、直ぐに軍医のベルガを呼んだ。

 ハモンドとレクスは、ロームズ辺境伯邸の警備を強化するため武器の準備や、今後のイツキの警護について打ち合わせをするため、レガート軍本部のギニ司令官の所へ行っていた。


 雨に濡れたイツキの青い神服を着替えさせたフィリップは、熱で息の荒いイツキを心配しながら、ベルガに何かすることはないかと訊いた。


「とにかく安静しかありません。……ただ、熱が心配です。今の薬で熱が下がらなければ……他の要因も考えねばなりません」


「他の要因?」


「傷口からでは分かりませんが・・・毒物・・・又は他の病気からきている可能性もあります。毒であれば、犯人に斬られて助かった者を調べる必要があります」


ベルガはイツキの額に手を当て、出掛ける前より熱が上がっていると感じ、様々な要因を考えてみる。傷口の化膿でなければ何だろうと。そして、もしも毒物であれば、犯人は殺しのプロで間違いないだろう。確実に殺すためには手段を選ばない……完璧な策を何重にも考え実行する………想像しただけでゾッとしたベルガは首を振り、そんなはずはないと自分の想像を否定する。


「分かった。確認してこよう。俺が居てもどうせ何も出来ないからな」


「それなら秘書官補佐お願いがあります。私は外科が専門です。教会病院から内科の医師を連れてきてください。領主様なら往診だって可能でしょう?」


ベルガはケガ以外の可能性を考え、フィリップに内科医の往診を頼んだ。

 フィリップは承知したと応えて、イツキの手をそっと握ってから部屋を出ていった。


 現在ロームズ辺境伯邸は、5人の教会警備隊に守られているが、フィリップは決して油断するなとパルに伝え、警備隊本部と教会病院へと向かった。

  

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ