覚悟と決意(1)
8月22日、空が白み始める頃からパラパラと降りだした雨は、午前6時には本降りになっていた。
イツキはベッドの上で目覚めると、椅子に座って突っ伏した状態で眠っているフィリップを見て、また心配させたなと反省する。
部屋の中を見ると、軍医のベルガが応接セットで仮眠をとっている。
イツキはケガをした左腕をそっと動かし、寝た姿勢のまま上げようとする。ズキンと鈍い痛みが走り、パタリと腕を下ろした。
「イツキ様、目覚められましたか?何処か苦しくありませんか?腕は動かせますか?」
フィリップは目覚めたイツキに気付き、心配そうに顔を見ながら立ち上がる。
「おはよう……今日は何日だ?」
「ご安心ください。今日は22日です。今回はそれほど眠られてはいません」
「タスク様の従者ノランさんは・・・どうなった?」
「はい……残念ですが助かりませんでした」
「そうか……葬儀は午後からだろうか……あれからギラ新教の襲撃は?」
「葬儀の時間は至急調べます。ギラ新教は、あれから動いていません」
「おはようございますイツキ先生。葬儀に参列なさるおつもりですか?医者として、それは許可できません。貧血が酷いので外出など無理です」
2人の話し声でベルガは目を覚まし、イツキが葬儀の話をしたのを聞くと、行くと言い出す前にダメだと釘を刺しておく。
ベルガはイツキの診察をしながら、まだ熱が下がらないのが気掛かりだったが、水分補給と薬を飲ませる為に体を起こそうと、ベッドの上にあった枕やクッションを、背もたれにするようイツキの背に当てた。
フィリップは、ベルガにイツキを任せて1階に下りていく。
管理人のドッターにノランの葬儀の時間を調べることと、エントン秘書官にイツキが目覚めたことを知らせるようお願いした。
「はーっ……止めても行くんだろうな……警備隊と軍の警備を確認しておかねば」
フィリップは独り呟き、客室で寝ているレクスとハモンドを起こしに向かった。
◇ ◇ ◇
8月21日午後6時、ラミル上級学校にマサキ公爵家子息襲撃事件の一報が届いた。
マサキ公爵の次男であるヨシノリは、執行部と風紀部の合同会議に出席していた。
「ヨシノリ君、大変だ!お兄さんの馬車が王宮前の大通りで襲撃された。お兄さんは大ケガをされたそうだ。詳しいことは午後7時までに知らせが来るが、迎えの馬車が来るまで決して学校から出ないようにと、治安部隊から要請があった」
教頭が顔色を変えて執行部室に飛び込んできたのは、午後6時10分だった。
「えっ?兄上が襲撃された!?」
ヨシノリは勿論、全員が立ち上がり、大変なことになったと慌てる。
「犯人が1人逃げたらしく、外出する時は警護が必要だ。学校は安全だが万が一ということもある。決して一人で行動しないよう、エンター部長、インカ隊長、頼むぞ!」
教頭はそれだけ言うと教員室に戻っていった。
夕食後、ナスカ、イースターの1年生を除く執行部と風紀部役員は、ヨシノリの部屋で落ち着かない時間を過ごしていた。
そういえばイツキ君も帰ってこないと言い出したのはインカ隊長だった。
「いったい何が起こっているんだ?」(エンド)
「イツキ君はうちの屋敷に来て、兄にギラ新教徒はあきらめない、決して油断するなと忠告してくれた。今回の襲撃も、逃げたギラ新教徒の仕業に違いない!」
ヨシノリは悔しさで拳を握り締め、頭の中はギラ新教への怒りで一杯になっていた。
2度目の報告が届いたのは午後8時だった。
「タスク君は左足の骨折と左腕のケガで、命に別状はないそうだ。……御者は馬車同士の衝突で、即死の状態だったと……それから……ノラン君は……先程息を引き取ったそうだ」
ボルダン校長は悔しそうに言葉を詰まらせながらそう言うと、目頭を押さえた。ヨシノリの兄タスクも従兄弟で従者のノランも、ラミル上級学校の卒業生である。
「ヨシノリ君は襲われる可能性があるので、屋敷に帰るのは明日の朝と決まった。レガート軍が小隊と共に軍の馬車で迎えに来る。仕度をしておきなさい」
「……ノランが……分かりました。準備しておきます」
従兄弟のノランの死を知り、ヨシノリはガクリと肩を落とし目を瞑り下を向いた。
「それから……イツキ君は犯人と戦いケガをしたようで、暫く休むことになる。腕を斬られたということだが、詳しくは分からない」
「「「イツキ君が斬られた?」」」
全員一斉に立ち上がり絶句する。何故?どうしてイツキ君がマサキ公爵家子息襲撃に巻き込まれたんだ?あのイツキ君が斬られた!?
ヨシノリは勿論その場に居た全員が、突然吹き荒れ始めた嵐のような出来事に、怒りの感情と不安と不気味さを覚えるのだった。
8月22日午前8時、ヨシノリは軍の馬車で屋敷に帰っていった。
上級学校では混乱を避けるため、今回の襲撃事件は暫く極秘にされると決まった。
明日23日は、上級学校長会議がラミル上級学校で行われる。校長は何事もなく校長会議が行われることを願った。そして、これ以上学生が傷つけられないよう神に祈った。
エンターを始め事情を知ったイツキ組の全員は、1日でも早く元気なイツキを見て安心したかった。
ケガは心配だが、不穏な状況下にリーダーが不在というだけで、これ程不安になるのだと思い知らされた。
エンターもインカも、イツキに依存し過ぎていたと反省し、執行部部長・風紀部隊長として、しっかりしなければと決意を新たにする。
◇ ◇ ◇
午前10時、ラミル正教会では昨日の襲撃事件の犠牲者4人の葬儀が、ファリスによって行われていた。
犠牲者4人は平民で、巻き込まれた住民2人、犯人に斬られた兵士1人、警備隊員が1人だった。
葬儀には犠牲者の家族や軍関係者、警備隊関係者など多くの者が参列し、悲しみの涙に暮れた。
午後2時からは、マサキ公爵家の関係者の葬儀が行われる。
従者のノランは伯爵家の子息であり、御者は準男爵だった。その為、葬儀はサイリスによって行われる。
マサキ公爵の希望により(更なる襲撃等を避けるため)、参列者はマサキ領の貴族や近親者、軍や警備隊、レガート城で勤務する上官の一部だけと決まった。
午後4時から、犯人のマサキ領の元貴族の子息でありギラ新教徒の18歳の男と、何処の誰とも分からない馬車の御者の男の密葬が行われる。
18歳の男は昨夜午後11時頃、何も語らないまま死んでしまった。結局死んだ男達の背景は分からずじまいである。
午後1時、警護の都合でマサキ公爵とヨシノリは、大聖堂ではなく礼拝堂でノランの遺体と対面していた。
「ノランありがとう。お前は従者としてタスクを立派に守ってくれた。そして済まない。マサキ領からお前の両親や兄弟が駆け付けるまで、葬儀を待ってやれなくて・・・」
マサキ公爵はひざまずいてノランに詫びながら泣いていた。
妻の甥であるノランを、公爵自身も息子のように可愛がっていた。だから従者になってからも家族のように食事を一緒に食べ、客室に住まわせていた。
「ノラン兄さん・・・なんで・・・どうして・・・俺達兄弟を置いていくなんて……」
ヨシノリは、傷だらけのノランの遺体に縋り付いて泣く。
そこに昨日の襲撃で大ケガをしたタスクが、担架に乗って運ばれて来た。執事に用意してもらった椅子になんとか座ると、悲痛な面持ちでノランと対面する。
まだ起き上がれる状態ではないと医者は止めたが、タスクは葬儀に参列出来ないのなら以後治療をしないと言い、病院長が付き添うという条件付きで礼拝堂に来ていた。
「ノラン、ノラン・・・俺の為に・・・痛かったか?痛かったよな・・・す、済まない。俺が・・・出掛けなければ・・・お前は、お前は止めたのに・・・う、うっ」
タスクは傷だらけの遺体を見て泣き、痛々しい顔の傷を、右手で何度も何度も優しく撫でながら詫びる。
「皆さん、予定にはありませんでしたが、これから本葬を行います。午後2時から行う対外的な葬儀は、サイリスである私が行います」
最後の別れを惜しんでいたところへ、突然サイリス様が礼拝堂に現れ、急に本葬を行うと言い出した。
どういうことなのか分からないマサキ公爵家の皆さん(公爵、タスク、ヨシノリ、家令、公爵家屋敷で働く執事・侍女長・警備隊長)は、サイリス様の顔を見て首を捻る。
◇ ◇ ◇
「イツキ様、どうか無理は止めてください。あまりお能力を使わないでください」
フィリップはサイリス様の執務室で、イツキにリースの青い神服を着せながら、必死に頼んでいた。
「分かってるよフィリップさん。今の僕にはそんな力は残っていない。でも、ノランさんにはパルがお世話になった。僕も面識があるんだ」
イツキはまだ熱が高かった。貧血で顔色も悪い。教会に向かう馬車の中でも、フィリップに支えられなければ、上手く座ることだって出来なかった。
「イツキ様、私がずっと体をお支えします。それがダメなら、貧血が酷いので椅子に座って祈りを捧げてください」
イツキの正体をきちんと知らないパルは、青い神服を着ているイツキに戸惑いながらも、懸命に無茶をしないようにお願いする。
「パル、パルにはまだ僕の教会での立場や仕事内容を教えていなかったと思う。僕はリースだ。リースが椅子に座って祈りを捧げることなど出来ない。だからパルは、フィリップさんと一緒に礼拝堂で本葬に参列してくれ」
「リ、リース様?ええっ!リース様なのですか?」
パルは目を見開き驚いたが、ロームズ辺境伯邸にサイリス様が来られたり、秘書官様が来られたり、秘書官補佐のフィリップ様に至っては、イツキ君をイツキ様と呼んでいることから、普通の立場ではないだろうと思っていた。でも、まさかリース様……【奇跡の人】だとは思っていなかった。
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