領主会議(4)
試合開始4分、選手達はイツキの合図を待ちながら、徐々にスピードを上げていく。
領主達はポルムによるスポーツを、興味津々で観戦している。
「なかなか迫力のあるスポーツじゃないか。あのゴールにポルムを入れるんだな?」
「はいキシ公爵様。簡単そうに見えて、ゴールに入れるのは難しいと思います」
「ドリブル以外でポルムを持っての移動は、3歩以内なのか?」
「そうです。ゴールまでの距離を3歩に合わせるのが大変なんです」
ナスカは思った。キシ公爵は凄く真剣にルールを確認しているけど、もしや体験する気なのではと。確かアタックインを観戦した後、希望があれば体験して頂くことになっていた。ゴールをしてみたいのかな……
「よーし5分経過、ピッチあげてけー!」と、イツキが大きな声で指示を出す。
この時点で得点は、5対5の同点だった。
イツキの声に合わせるように、両チームの応援団(体育部・剣術部)にも気合いが入る。
「急に動きが良くなった気がするが、これはそういうスポーツなのか?」
「いいえカイ領主様、本来は始めから全力ですが、ルールを覚えていただく為に、始めはゆっくり解りやすいように動いていたのだと思います」
ヤンは咄嗟にそう言ったが、指示を出しているイツキの真意は分からない。しかし、さっきよりも歓声も大きくなり、会場内のボルテージはどんどん上がっていく。
「ラスト1分!全力でいけー!」
イツキは立ち上がり最後の気合いを入れる。
得点は12対14である。意外にもリードしていたのはエンド率いる剣術部チームだった。
気付けば全員が立ち上がり声援を送っている。
終了3秒前、ピドルが有り得ない距離から放った根性のゴールと、終了を告げる笛の音はほぼ同時だった。審判のフォース先生がゴールを有効とし、奇跡の大逆転で試合は終了した。
「ワーッ!」と大歓声が起こり、全員が選手に向かって拳を突き上げる。
正に手に汗握る大接戦だった。試合を観戦していた領主達も、気付けば椅子から立ち上がり声援を送っていた。
両チームの選手が握手をし、2階席の領主達に向かって深く頭を下げた。
領主達は両チームの健闘を称え、全員が拍手をした。
「いやー盛り上りましたなあ。これはいけるでしょう!」(ホン領主)
「思ったより激しいスポーツでしたね」(ヤマノ侯爵)
「試合を観戦させれば、行商人もポルムが欲しくなるでしょう」(カワノ領主)
領主達は興奮覚め遣らぬ感じで話しながら、次の会場である武道場に向かう。
武道場では待ちきれなかった文学部のチームが、練習試合を開始していた。
イツキと一緒に領主様一行が武道場に入って来たのを見て、代表4チームのメンバーは慌てて礼をとった。
アタックインは側で見学するので、学生達は舞台の上から見学、声援を送る。
「こちらのアタックインというゲームは、主に貴族の方々に広めていきたいと思っています。その1番の理由は料金が高額であること。2番目の理由は、このゲーム台を設置出来るのは貴族屋敷くらいですから。このアタックインは、行商人が売り歩けるものではありません。ですから、このゲームの販売は領主様次第なのです」
「我々次第とはどういうことかなイツキ君?」
「はいマサキ公爵様、アタックインを流行らせることが出来るのは、領主様しか居ないのです。領主様のお屋敷に設置されれば、他の貴族の方も購入したくなります。これからは、貴族の屋敷にアタックインが有るか無いかで、お洒落かお洒落じゃないか、ご婦人方の前でいい格好が出来るか出来ないか、そして、このゲームはワインなど召し上がりながら、社交場としての役割を果たします。先ずはご覧ください」
イツキはそう説明すると、文学部部長のロードスと植物部部長のパルテノンに、試合を開始するよう合図を出した。
武道場内にはアタックインのゲーム台が、間隔を開けて2台設置されていた。
ステージ側でゲームの説明をするのは、発明部部長のユージである。
ステージ側では、秘書官、マキ公爵、カワノ領主、ヤマノ侯爵、マサキ公爵の5人が見学をする。
発明部部長のユージは自己紹介をして「本日はよろしくお願いいたします」と挨拶し、ゲームの説明を開始する。あまりの緊張から時々声が裏返っているが、無理からぬことだろう。このメンバーを案内するなんて、地獄……いや一世一代の出来事である。
入口側で見学するのは、フィリップ秘書官補佐、ホン領主、カイ領主、ミノス領主、キシ公爵の5人だった。
ゲームの説明をするのは、化学部部長のクレタである。
最近クレタは、指揮官やらフィリップやらサイリス様と会っているせいか、段々一般的な感覚から外れてきていた。すらすらとゲームの説明をし、時々開発秘話等も取り混ぜながら話をする。
本来15個ある玉だが、今日は9個の玉を使って行う試合をしている。
カン、コンと玉がぶつかったり、ゴトンと玉がポケットに落ちる音だけが武道場内に響いていく。
先程のポルムゴールが躍動感溢れるスポーツだったのに対し、こちらは緻密に計算された頭脳と技を使ったゲームであり、静寂の中に響く玉の音が特徴だった。
「如何ですかマキ公爵様、簡単そうに見えて技が必要なゲームです。何より玉を打つ姿勢が格好いいんです。ご自分専用の棒を美しく塗ったりされては如何でしょう?誰も持っていないアタックインゲームです。貴族の代表として手本となられる方は、洗練されたセンスと気品が必要となります。全領主の中では、マキ公爵様が1番センスがおありではないかと僕は思います」
イツキはススッとマキ公爵の側に近付き、他の領主には聞こえない声の大きさで囁く。
実はマキ公爵、運動神経はそれほど良くなかった。ポルムゴールは観ていて楽しかったが、自分でやろうとは思わなかった。でも、アタックインなら自分でも出来そうだと思って、意外と真剣に見学していたのだ。
ふと側に来たイツキにそう言われて、満更でもなさそうにニヤリと笑う。
「まあ、遣ってみなければ分からない。私ならあの棒を美しい藍色で塗るだろうな」
「そうですか、ちょうど1ゲームが終わりましたので、試してみられませんか?」
イツキはそう言いながら、マキ公爵を台の前まで連れていく。イツキは見本として装飾された棒をマキ公爵に渡すと、自分も棒を持つ。
それから5分くらい練習すると、マキ公爵は思いの外上達が早く、カン、カンと快音を響かせ始めた。
「オオーッ、初めてなのになんて上手いんだ!」とステージで観戦していた学生達が声をあげる。
「マキ公爵様、開発者の私より上手いなんて……これなら直ぐにでも学生とゲームされてもよろしいかと……パルテノン先輩、15分後に領主様のチームと対戦してください。他のご領主様にも棒を渡して、挑戦して貰ってください」
すっかり気分が良くなっているマキ公爵の様子を見て、今がチャンスとばかりにイツキはマキ公爵の腕を誉め、にっこりと極上の笑顔で「やはり僕の目に狂いは無かったようです」と仕上げの言葉を掛けた。
この瞬間、マキ公爵はイツキの笑顔の虜……ゴホゴホ……ファンになった。
イツキの目論見は、マキ公爵をアタックインを広めるリーダーにすることだったのだが、少し?違う方向に効果をもたらしていた。
このあとマキ公爵は、イツキに誉められたい一心で、ランドル大陸中の貴族達にアタックインを広める、お洒落なリーダーになっていく。
そして気付けば外交担当大臣として、他国を飛び回ることになる。
おじ様世代の領主達がアタックインを楽しみ始めたところで、イツキは寄親であるキシ公爵とヤマノ侯爵に声を掛けた。
「お2人とも、体育館に戻ってポルムゴールをやってみませんか?どうです、僕と一緒にゴールの練習をしませんか?」と。
「そうだな、アタックインは年寄り……ベテラン領主に任せて、少し体でも動かすか」
キシ公爵はニヤリと笑い黒く微笑んだ。
「そうですね、肩も凝りましたし、息抜きが必要ですね」
ヤマノ侯爵も嬉しそうにそう言うと、キシ公爵とこそこそ何やら囁き合う。
「フィリップさ……ゴホゴホ、秘書官補佐様もご一緒にどうぞ」
イツキは心配そうに自分を見ていたフィリップも誘い、体育館へと向かう。
途中、今日の警備に当たっていた王宮警備隊のレクスと、レガート軍のハモンドを見付けたキシ公爵が、付いてくるよう命令する。
『なんだか嫌な予感が……そう言えば先日、腕捲りをしポルムを持ったキシ公爵の姿を視たような気がする……しまった!キシ公爵は【印持ち】だった』
イツキは「は~ッ」と大きく息を吐きながら、体育館のドアを開ける。
体育館内では、体育部と剣術部のガチ勝負が行われていた。
イツキ達に気付いた学生達から「キシ公爵様だ!」とか「憧れのフィリップ秘書官補佐様だ!」とか「ヤマノの新しい領主様だ!」と噂する声があちこちで上がる。
試合をしていた学生は直ぐに試合を中断したが、「あと10分、試合を続けていいぞ」とキシ公爵から指示が出た。
何がなんだか分からず連れてこられたレクスとハモンドは、ポカンとしたまま学生達の試合を見ていたが、「負けたら減俸な!」とキシ公爵から言われ、自分達も試合に出場するのだと理解し青ざめる。
「レクス、ハモンド、早く練習した方がいいぞ。僕が教えるから」
突然試合をしようとする無茶振りのキシ公爵に、やれやれという視線を向けたイツキは、教え子の2人に発破を掛ける。
「おいおい、俺達は誰に教わるんだ?」
「ハーッ……分かりましたキシ公爵様、助っ人を呼びます」
イツキは俺様発言のキシ公爵に嫌そうな顔を向けながら、他人事の様に自分達を観ていたエンターとインカを大声で呼んだ。
「「どうしたのイツキ君?」」
「執行部部長エンター先輩、風紀部隊長インカ先輩、皆様にポルムゴールを教えてください」
生け贄……いやいや学生の代表であるトップ2の二人に向かって、イツキは棒読みでお願いする。
当然2人のトップは、顔を引きつらせながら縋る様にイツキを見るが、イツキは自分の教え子に楽しそうに指導を始めていた。
『ちょっとイツキ君!もしもしー?!』と、2人は空しく心の中で叫んだ・・・
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