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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
怒濤の後期スタート
3/222

イツキ、報告する(1)

 7月26日午後4時、イツキは1人でレガート城にやって来た。

 誰かが一緒なら馬車で通用門から入れるのだが、1人なので正門から入るしかない。

 1月に秘書官のエントンさんと来た時以来、2度目の外門からの入場である。

 本来領主であれば、家紋の入った馬車で来るので、身分を尋ねられることもない。だがイツキは、馬車など持っていない貧乏領主である。

 外門で簡単な身分確認と来城目的を聴かれ、色々迷ったが身分を子爵と名乗り、目的をキシ公爵との面会だと告げた。ラミル上級学校の学生証には、貴族に限り裏書きがされており、学校長の印が押してある。イツキの学生証はキシ領の子爵家当主と書かれていた。 


 内門でも同じように答えて通り抜けると、眼前に大噴水を囲むように、花壇が丸く配置され、色とりどりの美しい花が咲き誇っている前庭が広がる。美しい模様の石畳を辿って中庭へと進むと、その先の正門の前には詰所があり、左右に5人ずつ王宮警備隊の隊員が、レガート城の入り口を守っていた。

 日頃少年がたった1人で来ることなど、ほぼない……いや、まずない。当然尋問担当の5人は、明らかに怪しい侵入者を見るような目でイツキを見る。


 そんな視線を無視して、確か詰所で名前を記入するんだったと思い出したイツキは、ここでは正式名を記入しようと詰所の中に入ろうとするが止められた。


「おい、どうやってここまで来た?」

「名前は?怪しい奴め、ちょっとこっちへ来い!」


2人の隊員は名前も用件も聞かず、無理矢理イツキを引き摺って行こうとする。すると他の隊員が「やめろ!ちょっと待て」と言って止めに入った。


「すみません、お名前を確認させてください。それとご用件も」

「それでは名前と用件を記入させてください。僕は急いでいるので」


止めに入ったのは、どうやらこの場の責任者のようで、丁寧に対応してくれた。

 イツキは名前をキアフ・ルバ・ロームズと書き、身分欄には領主と記入した。そして用件欄には王様との謁見と書き込んだ。

 イツキが記入する内容を側で確認していた責任者は、「大変失礼しました。どうぞお通りください」と言って何度も頭を下げ「すみません」と謝罪する。そして、どうして上司が謝っているのか分からない部下に向かって「今日いらっしゃる予定の領主様だ礼をとれ!」と怒鳴った。

 イツキは遠い目をして「ハハハ、次からは覚えてくださいね」と元気なく言って、特に激高するわけでもなく、すたすたと正門に向かって歩いていく。


 開け広げられていたレガート国の紋章の入った白く美しい木の扉を懐かしく見て、城の中に入っていく。

 出迎えてくれたのは、軍学校時代の教え子であり、共にロームズへ行っていた王宮警備隊のレクスだった。


「イツキ先生……失礼しました。領主様遅刻です。お急ぎください皆様お待ちです」


レクスはそう言うと。広い吹き抜けのホールを左に曲がり、西棟の廊下を急ぐ。王様が待っておられる作戦会議室は3階だったのだ。


「失礼します。ロームズ辺境伯様が到着されました」とレクスは扉の前で告げる。中から「どうぞ」と言う秘書官の声が聞こえ、レクスは扉を開けた。


「王様、皆様、大変遅くなり申し訳ありません」


イツキは部屋に入るなり王様に礼をとり、深く頭を下げ列席者に遅刻を陳謝する。

 

「いや大丈夫だ。詰所で引き摺られるところを見てたから・・・まあ従者も連れず徒歩で登城する領主なんて居ないからな。後で厳しく言っとくよ」


バルファー王は笑いながらイツキの礼を解く。イツキが来るのが楽しみで仕方なかったバルファー王は、時々立ち上がり窓の外を見ていたのだ。

 王様が礼を解かれたので、イツキはゆっくりと顔を上げ立ち上がった。すると列席者から「エエェーッ?!」と驚きの声が上がった。



 今から20分前、少し早めに作戦会議室に集まっていたのは、国防費担当官、教育大臣、国務費担当大臣、レガート国で1番金に煩い財務副大臣、そしてロームズ危機の原因を作った貴族の主だった、マサキ公爵、カイ領ラシード侯爵の6人だった。


「ロームズ辺境伯は、治安部隊の指揮官補佐だったな」(国防費担当官)

「医者の資格も持っているそうだ。医学大学運営は大丈夫だろう」(教育大臣)

「あの奇跡の世代のお気に入りだと聞いたが」(ラシード侯爵)

「以前は軍学校で教師をしていたらしい」(国務費担当大臣)


「上級学校対抗武術大会の槍で大将を務め優勝し、剣はソウタ指揮官の弟子だと聞いた。さぞかし屈強な男らしいタイプだろう」(マサキ公爵)


「何よりも、武器作りの天才です。レガート式ボーガンに投石機キアフ1号ですよ!何故今まで表に出て来なかったのか不思議ですよ。まだ20代かも知れません。ヤマノ侯爵もギニ司令官も、イツキ君と呼んでましたから」


財務副大臣は、国に利益をもたらす人材が大好きである。しかも今回の武器に対して1,000万エバー(金貨1,000枚)しか払わなくて済むなんて……と、ケチ道では勝てるライバルが居ない財務副大臣が、ちと安過ぎると申し訳なく思う程の発明品(武器)だった。


 この6人にはイツキの年齢や、上級学校の学生であることは教えられていなかった。だから、これ程に多才な能力を持つイツキ君とは、いったいどのような人間なのか、あれこれ想像しながら興味津々で会うのを楽しみにしていたのだ。

 なので、なので実物のイツキを見て、全員が驚きの声を上げたのだった。

 それをバルファー王、エントン秘書官、ギニ司令官は愉快そうに笑って見ている。


「はじめまして。この度ロームズ辺境伯に任命されましたキアフ・ルバ・イツキ・ロームズです。若輩者故、どうぞ御指導の程よろしくお願いいたします」


イツキは空いている席に着くなり、列席者に向かって心からお願いした。


「ちょっと待ってくれ!本当に君がレガート式ボーガンを作ったのか?私は財務副大臣だが」

「はい財務副大臣。僕が軍学校で研究者をしていた12歳の時に考案しました」


それが何か?という顔でイツキはさらりと答える。


「いや、でも、君は医者の資格を持っていると聞いたが……私は教育大臣だ」

「はい教育大臣、昨年ブルーノア本教会病院発行の、医師資格と薬剤師資格を貰いました。えーっと、これが資格証です」


イツキは持ってきた鞄の中から、2枚の資格証を取り出しテーブルの上に置く。


「えーっ……治安部隊で指揮官補佐をしているというのは本当かね?私は国防費担当官だが」

「はい国防費担当官、ギニ司令官とキシ公爵様から無理矢理……いえ協力をお願いされまして、ギラ新教徒を捕らえるため潜入捜査をしたり、ロームズで作戦を考えたりが仕事です。あっ!でもお給金は貰っていません。貧乏だから今まで働いた分を頂くことは出来ないでしょうか国防費担当官?」


イツキは1月から今までの給金は幾らくらいかなぁ・・・ロームズは出張費とか付くのかなぁと独り言を呟く。


「いやすまないイツキ君。つい学生だったから給金を忘れていた」


ギニ司令官はばつが悪そうに、頭を掻きながら謝ってきた。


「はあ?学生?!」(イツキを知らなかった6人の皆さん)


またまた大声を上げて驚く皆さんは、驚きすぎて口が半開きになっている。



「で、イツキ君、いやロームズ辺境伯、ハキ神国との決着はどうなった?」


「はい王様、こちらがハキ神国の国務大臣と軍総司令と締結した、講和条約でございます。オリ王子が国王に内緒で、勝手にロームズ領に仕掛けた戦争に対し、ロームズ領主として賠償請求しました。賠償金3,000万エバーと5年間の不可侵条約で手を打ちました」


イツキはそう言ってにっこり笑うと立ち上がり、講和条約書をバルファー王の隣に行って手渡す。バルファー王は他の者にも分かるよう、テーブルの上でそれを広げる。


「・・・・・」


王を含めた全員が言葉を失ったかのように、講和条約書をじっと見たまま固まる。



「イツキ君、ど、どうやってこれを締結させたのか教えてくれ」


エントン秘書官は、イツキをロームズ辺境伯と呼ぶことも忘れ、愕然とした表情のまま質問してきた。


「はい秘書官、私はハキ神国軍総司令と兵40人を捕虜にしました、運良く総司令はオリ王子の身内でした。人質はもっと居たのですが、食べさせるにもお金がなかったので、40人は帰しました。そして、オリ王子ではなく国務大臣宛に、講和条約案を届けさせました」


「そ、そうか……賠償金に講和条約案……俺達、いやレガート軍では思い付きもしない戦争の終わらせ方だな……」


ギニ司令官はそう呟き、う~んと唸る。自分の上を行くイツキに脱帽するしかない。


「いや凄い!その発想は何処から出たのでしょうロームズ辺境伯?私はマサキ公爵です」


「これははじめましてマサキ公爵様。ヨシノリ先輩には色々とお世話になっています。この発想は勿論、ロームズが貧乏で、王様が医学大学の運営費、建設費、防衛費の半額負担とか、……半年間領民から徴税しないとか、無理難題を押し付けられたので、その資金を調達するためですよ。ロームズを乗っ取った3人は、国費を使い切っていました。僕は捕虜を食べさせるため、……オリ王子が落としていった宝石をハビルの街で売り、商店に借金を払ったくらい貧乏なんです。ふ~っ……自分は食べなくても、領民に迷惑は掛けられませんから」


イツキは出てもいない額の汗を拭く振りをする。そして、特大の溜め息をついた。


「ロームズ辺境伯は、ラミル上級学校の1年生なのですか?なんてことだ!王様、あまりに酷いではありませんか!うちの息子より年下の学生に、私でも出来ないような命令をして苦しめるとは!」


マサキ公爵は立ち上がり国王に抗議する。元々王様が出された条件で領主が出来る者など、絶対に居ないと誰もが考えていたのだ。


「そうですよ王様、レガート軍としてもう少し武器代を支払いましょう!」


ケチで有名な財務副大臣には、イツキと同じ年の息子がマキ上級学校に居た。

 イツキの迫真の演技……いや愚痴は、皆の同情を買ったようである。



「でも3,000万エバーを集めただろう。これが俺の見込んだ領主だ。どうだみんな?自分で全ての資金を調達しただろう。これで誰も、ロームズや医学大学に口を出すことは出来ないだろう。良くやったロームズ辺境伯!後で褒美をとらす」


してやったりという顔で、バルファー王は嬉しそうに真意を語る。俺はイツキ君なら出来ると信じていたのだと。


「何を呑気なことを仰っているのでしょうか王様?僕は今年貴族になったばかりですよ!ロームズの屋敷以外、何一つ持たない領主は、ラミルで住む家も馬車も持たず、従者も居ません。ロームズで共に戦った者に下す褒美も持っていなかった。そんな決まりがあることさえ知らなかった。ハアハア……」


イツキは本気で腹が立ってきた。こんな愚痴を言うつもりはなかったが止まらない。


「えっ、そうだね、あれ、イツキ君・・・?」


「僕は孤児で教会の養い子なんです。これからは学校も北寮になるでしょけど、僕には家具を買うお金さえありません。王様にはきっと分かっていただけないでしょうから、もういいです!さっきドゴルで中級魔獣を倒したお金を、金貨36枚も貰いました。3人で分けるので12枚ですが、これからも時々冒険者として稼いで、領主に必要な物を買います。ドゴルが僕を助けてくれますから」 


ちょっぴり涙を浮かべたイツキは、王様からフイと視線を逸らした。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今までの苦労がわっと表に出たようで、これは前日譚であろう長い冒険にも俄然興味がわいてきましたね。 [一言] なんとか支援してもらえると助かるけれども?
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