それぞれの休日(4)
「これはいったい何の人垣ですか?」
大きな声援や罵声が飛び交う人垣の後ろで、つい先日イントラ連合国のイントラ高学院から帰国した軍医が声を掛けた。
「ああ、就職斡旋の依頼に来たらしいガキが、兵士と剣の試合をしているのさ。何でも剣の練習を止めさせようとしたら、自分に勝てたら止めるとほざいたらしい。そんで生意気なガキを懲らしめようとして……返り討ちにあっているところさ。すげえよ!」
制服からすると上級兵らしき者から事情を聴き、なんだか気になって人垣の中を覗くと、そこには自分のよく知る恩師に似た少年が涼しい顔をして立っていた。
「あーっ、イツキ先生!何やってるんですか?上級兵なんかと遊ばないでください」
「やあベルガじゃないか。イントラ高学院から帰ってきたのか?ちょうど良かった。来年からレガート医学大学で働かないか?」
イツキは戦いを中断して、懐かしい教え子に声を掛ける。ベルガはイツキが軍学校で最初に教えた教え子の1人で、先日一緒にロームズへ行ったハモンドやレクスの同期であり、ハモンドとは親友だった。
「おい!どこを見てるんだ。今は俺と戦ってるんだぞ小僧!」
完全に無視された感じになった上級兵は、腹を立てて叫んだ。既に仲間の4人は2分もしない内に負けてしまい、自分が勝たねば面子が立たないのだ。
「お前達、誰に向かって剣を向けているんだ!イツキ先生は軍学校の研究者だぞ!それに今は治安部隊の所属だったはずだ」
ベルガは恐れ知らずの上級兵を叱りつける。ベルガは軍医の制服を着ているので、階級的には中尉クラスである。そんなベルガの発言だったが、人垣の半数からは笑いが起こった。そんなバカな、どう見ても中級学校の学生だろうがと・・・
「お前達、仕事前に何を騒いでいる?誰が首謀者だ?」
そう言って人垣を掻き分けて輪の中心に入ってきたのは、建設部隊の大尉だった。
「あーっ!作戦参謀!剣なんか持って何をされているのですか?」
「うん、ヤマギ隊長を待っている間暇だったから、従者と剣の練習でもと思ったら、何だか試合を挑まれて、いや、邪魔だから帰れと言われたんだっけ?」
そう言いながらイツキは、5人の上級兵達に確認するように視線を向けた。
「おい、軍学校の先生ってどういうことだ?」「いやいや作戦参謀って聞こえたぞ」と言いながら、5人は次第に顔色が悪くなる。
「お前達、まさか治安部隊指揮官補佐殿にケンカを売ったんじゃないだろうな!そんなことがヤマギ隊長にバレたら殺されるぞ!」
建設部隊のキンバル大尉は、ロームズ奪還の為にレン中佐と一緒にロームズ領に行った1人だった。ケガをしてロームズに残ったレン中佐に代わり、部隊をラミルに連れて帰っていたのである。
「俺が何だって?俺に殺されるようなことをしたのは誰だ!」
怒気のこもった低ーい声が、人垣の外から聞こえてきた。途端、その場に居た全員が凍り付く。その声は、たった今名前が上がったばかりの、強面で怖いと有名なヤマギ隊長の声だった。
『ギャーッ!!!!』と全員が心の中で叫び、直ぐに逃げ出そうと考えるが恐怖で動くことができない。下手に動いて逆鱗に触れたら死ぬ目に遇うこと確定である。
「おはようございますヤマギ隊長。待っている間にちょっと剣の練習をしてました」
「あれイツキ君、久し振り。剣の練習って……ソウタ指揮官でも連れて来ますか?それにしても、この人垣は何だ?お前ら、まさかロームズ辺境伯様に、失礼な態度をとったりしてないよな?」
『エエェーッ!ロームズ辺境伯?あの、あのロームズ辺境伯?』と全員が目を見開く。
「まあ立ち話もなんなんで中へどうぞ。おいキンバル、後は任せた」
ヤマギはその場に居た全員をぐるりと見回し、怖い顔で睨んでからニヤリと右口角を上げ、笑って?キンバルに指示を出した。
イツキはパルを連れ、何事も無かったかのようにヤマギに付いていく。途中、最初に戦った兵士に「片付けておいてね」とにっこりと笑って、持っていた剣を手渡した。
イツキは楽しそうに笑っていたが、後ろのパルは凄く怖い顔で睨み付けていく。
「お前ら、レガート国の英雄に何してくれてんの?あぁ?剣聖と名高いソウタ指揮官とヨム指揮官の弟子に、何でケンカ売るかなぁ……死にたいのか?俺は知らんぞ。もしも2人の指揮官の耳に入ったらどうなると思ってるんだ?左遷か減俸で済めばラッキーだが・・・ああ怖くて想像できない。仕方ない。関わった者は1週間軍本部の草引きだ。それから、他の者も2度と治安部隊を敵に回すような無礼を働くな。分かったな!」
「「「 はい、承知しました!!! 」」」
キンバルはガラの悪い口調で命令し、全員ガクブルで頭を垂直に下げて返事をする。
以後ロームズ辺境伯は、災害級の来訪者として認定されることになる。
イツキはパルを部屋の外に待たせてヤマギ隊長の執務室に入ると、かしこまった挨拶は省き、約束のワイングラスを渡した。
「今回ロームズに行った俺、ドグ、ガルロ、ルド、イノ、フジヤ、レン、ゴウテスは階級が上がった。たぶん、ハモンドとレクスも上がったと思う。イツキ君のお陰だな」
ヤマギは優しく微笑みながら、作戦参謀が優秀だったからだと礼を言う。
「いいえ、ロームズを奪還しオリ王子との戦争に勝てたのは、全て有能な皆さんのお陰です。僕は指揮をしただけで、動いてくださったのは皆さんですから。それでお願いがあるんですが、僕は暫く動けそうにないので、持ってきたワイングラスとカップを、皆さんに渡していただけないでしょうか?それぞれの箱に名前が書いてあります」
イツキは持ってきた大きな袋を、申し訳なさそうにヤマギの机の上に置いた。
「教え子の2人には、直接手渡してやった方が喜ぶぞイツキ先生」
「はは、そうですね。それではハモンドとレクスには直接渡しましょう。ところでヤマギ隊長、お見合いをしてみませんか?」
イツキは唐突に、お見合いをしてみないかとヤマギを誘った。
「はあ?俺がですか?こんな怖い顔の俺に嫁が来るとは思えませんが……」
14歳の学生でもあるイツキに見合いの話をされ、ヤマギは何の冗談だろうかと首を捻る。しかしどうやらイツキは本気のようで、「相手が会うと了解したら絶対に見合いをしてくださいね」と言って帰っていった。
何が起こったのだろうかと上手く呑み込めないヤマギは、とりあえず貰ったワイングラスの箱を開け、中のグラスを確認する。
「最高級のグラスじゃないか。うん、家紋もカッコいい。俺の所に1番に持ってきたらしいから、これから技術開発部のシュノーの所かな……いやー奮発したなイツキ君」
ヤマギは難しい?お見合いの話は置いといて、褒美として下されたワイングラスを、箱から取り出し眺めてニヤニヤし、机の引き出しに大事そうに入れては再び出して眺める、暫くそれを何度か繰り返していた。
帰り道……と言っても同じ軍本部の敷地の中の、情報部がある建物に立ち寄ると、ちゃんとロームズ辺境伯だと名乗りハモンドを呼び出した。
「よく頑張ったな。ずいぶん成長したぞ。中尉昇進おめでとう」と昇進を祝い、褒美のカップが入った木箱を手渡した。
「イツキ先生、いえ、ロームズ辺境伯様、ありがとうございます。こんなに早く中尉に成れるなんて……全部イツキ先生のお陰です」
ハモンドは嬉し泣きをしながら、イツキから貰った褒美の箱を胸に抱き、これからもイツキに付いて行こうと心から思う。1番尊敬する恩師であり上官に認められたのが嬉しくて、次から次に涙が溢れてくる。
「今度、レクスと軍医のベルガと一緒に、3人でロームズ辺境伯邸に来てくれ。大事な話がある。日程はフィリップ秘書官補佐経由で知らせる」
イツキはそう言うと、まだ泣いている教え子の髪を両手でぐしゃぐしゃにする。その様子を見ていたパルは胸が熱くなり、益々イツキを尊敬するのだった。
◇◇ 技術開発部 ◇◇
次にイツキとパルが向かったのは技術開発部だった。
ここで褒美を配るのは、シュノー部長とコウヤとベルムの3人である。
コウヤとベルムは上級学校でポルムを徹夜で作った為、今日は休んでいた。
「シュノーさん、お待たせしました。やっとワイングラスが出来上がりました。ロームズではお世話になり本当にありがとうございました」
イツキはにこにこしながらそう言って、医療開発課の新設で忙しいシュノーの前に、ロームズ辺境伯の家紋入りの箱を取り出した。
「ロームズ辺境伯様、本当に頂けるとは……ありがたき幸せ、家宝にいたします」
領主からの褒美である。シュノーは改まって礼をとり膝をつくと、恭しくワイングラスの入った木箱を受け取った。そして、箱を開け中のグラスを取り出すと満足そうに微笑み、「家に飾るよ」と嬉しそうに言った。
「イツキ君、秘書官から聞いたよ。ハキ神国から2人を受け入れるんだってな。わざわざ火中の栗を拾うとは、随分と思い切ったんだね」
「はい、僕はどうしても学校を卒業したいんです。その間にハキ神国に何かあれば、僕は卒業できなくなるでしょう。今回の敗戦でギラ新教は、暫くハキ神国から手を退くことになるでしょう。きっと大師イルドラは、他の国に種を撒くはずです。僕もその間に少しでも力をつけたいと思います」
イツキは義理の兄的な存在のシュノーだから本音で話をし、自分の覚悟を伝える。
「分かった。俺個人でも技術開発部でも、出来ることがあれば遠慮なく言ってくれ」
シュノーはそう言いながら、茨の道を歩こうとするイツキに協力を申し出る。
ロームズへ行く前の自分だったら、危ないことはするなと止めただろう。しかし共に旅をし共に戦った今は、イツキ君の行く道を妨げてはならいと思うようになった。イツキ君の進む道は険しいが、きっと神が護ってくれると信じて、応援し協力するのが自分の役目だと思うことにした。
「ありがとうございます。それからコウヤさんとベルムさんにこれを渡してください。本来なら僕が手渡すべきですが、なかなか此処に来ることが出来ないので……」
イツキは申し訳なさそうに、2人に渡す予定だったカップの入った箱を預けた。そして、今から2人の課長にお見合い話を持っていくのだと言い、笑顔で部屋を出て行った。
「イリヤード課長、テーベ課長、現在お付き合いしている女性は、本当に居ないんですか?居たら正直に申告してください」
イツキは2人の課長を談話室に呼び出し、唐突に切り出した。
「はい?付き合っている女性……もしかして……もしかしてお見合いの話?」
科学開発課のイリヤード課長40歳(男爵)は、目をパチパチさせながら、まさか自分に紹介の話が来るとは思っていなかったので、疑心暗鬼で訊いてくる。
「えーっ本当に?俺は誰も居ないぞ。神に誓って誰も居ないからな!」
技術開発課のテーベ課長30歳(準男爵)は、嬉しそうに彼女が居ないと胸を張る。
「既に女性とは面接しました。課長から先に結婚していただかないと、他の人に紹介し辛いですから……何がなんでも頑張ってくださいね!」
イツキはどんな女性なのかとの問いには答えず、今月中にロームズ辺境伯邸でお見合いをすると告げ、さっさと帰ろうとする。他の独身職員の期待するキラキラ視線が鬱陶しいことこの上無い。
家にも帰らず熱心に研究する情熱を、どうして女性に……結婚に向けられないのだろうかと溜め息をつくが、今のところ恋愛や女性に興味がないイツキには、その苦労は理解できなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話からやっと領主会議に突入です。
シリーズ6 疾風の時は、少し長くなりそうです。
卒業まで駆け抜けますが、何故か疾風のようにはいかないようです。ハハハ……




