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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
領主会議

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26/222

それぞれの休日(3)

 イツキがお見合い大作戦の面接を終えた頃、エンターを筆頭に進めていた門作りの計画も、ちょうど切りのいいところで終わり、泊まらない者は帰る準備をしていた。

 王都ラミルの中心地は、街灯の設置が進んでいることもあり、辻馬車が午後10時くらいまで運行していた。


 玄関まで女性陣を見送ったイツキは、クレタ先輩を執務室に呼ぶよう事務長にお願いしたが、ついでにリビングに顔を出し、明日も朝から出掛けるから留守だと伝えた。


「分かってるよ。俺達に構わず仕事をしてくれ。明日は全員町に出て買い物したりするから。帰りは辻馬車にする?それとも屋敷の馬車にする?辻馬車なら一緒に帰ろう」


「エンター先輩、出来たら辻馬車で帰りたいと思っています。流石にうちの馬車で学校前まで帰ったら目立ち過ぎますから……」


イツキはハハハと苦笑しながら答えると、午後5時には屋敷に戻りたいと告げた。



イツキは事務長とクレタを伴って執務室に戻ると、応接セットに対面で座った。 


「それで、どのようなお話でしょうか?クレタに関わることなのですか?」


「はいティーラさん。実は来年から技術開発部で働くクレタ先輩は、ロームズ領に出向することが決まりました。医学大学が出来るので医療開発課が発足します。その立ち上げメンバーの1人に選ばれました。・・・と言うのは表向きの話です。実はそれをお願いしたのは僕です」


イツキは真剣な表情のまま、ティーラとクレタにそう言うと、出来上がったばかりの医学大学の入学要項をテーブルの上に置く。


「ロームズに?新人の僕が新しい医療開発課に配属されるのかい?」


クレタはロームズ領と聞いて驚いたが、医療開発課という名前に興味を示した。


「はいそうなりますが、本当の目的は別にあります。先日僕は、倒れたリバード王子を介抱するクレタ先輩の姿を予知しました。そこで、先輩にはレガート医学大学の特別医学部に入学していただきたいのです。学費は技術開発部が出します。特別医学部は、既に内科医だけの資格を持つ者が外科の勉強もし、正式な医師資格を取得したり、そうでない者には補助医としての資格が与えられます。勿論修学年数の2年を3年に延長して、医師資格を取得しても構いません」


「な、なんだって!医学大学に入学する!?仕事をしながら学校にも行くのか?」


クレタは立ち上がり、とんでもない話を聞いてしまった……という驚愕の表情で、信じられないという視線をイツキに向ける。


「そうです。しかし、実質は殆ど学生をすることになります。医療器具を開発するためには、研究者の方にも医学知識があった方がいいのです。開発する人間は医療現場で医師の診察を観察し、必要な器具を考えることもあるでしょうが、基本的には医師から「こういう物があれば便利だ」とか「こういう物を作って欲しい」と頼まれることの方が多いでしょう。何よりも、医療器具の開発にはポムが大きく関わってくるのです。現時点で勉強と研究の両方が出来る適任者が他には居ないのです」


「イツキ様、1つお尋ねしますが、クレタは学生としてロームズに行くのでしょうか?それとも社会人としてでしょうか?」


話を黙って聞いていたティーラは、聞いたこともない内容に話がよく見えず質問する。


「先輩は社会人枠での入学ですから、給金を貰いながら勉強し研究することになります。大変だということは充分に想像できますが、医療開発部の為にも、リバード王子の為にも、3年はロームズで頑張って欲しいのです」


イツキは立ったままのクレタの方を見てからティーラに視線を向け、クレタの立ち位置というかロームズでの身分を告げる。

 全く想像していなかったことを言われたクレタは混乱する。日頃は冷静で取り乱すことのないクレタだが、流石に大学進学は想像の範疇を越えていた。


「申し訳ありませんが、これは決定事項になります」

「「…………」」


 クレタ親子がぼ~っとしていると、誰かがドアをノックした。

 イツキが「どうぞ」と声を掛けると、パルテノンが入室してきた。先程リビングに顔を出した時、イツキはパルテノンに15分後に執務室に来るよう伝えておいたのだ。


「イツキ君、まだ早かった?」


執務室の中に親友のクレタと母親のティーラが居るのを見て、パルテノンはドアの前で遠慮がちに声を掛けた。

 イツキは大丈夫だと伝えて笑顔でパルテノンを招き入れる。


「パルテノン先輩、クレタ先輩はレガート医学大学の特別医学部に入学が決まりました。技術開発部の宿舎が決まるまで、薬学部に入学するパルテノン先輩と一緒に、ロームズ辺境伯屋敷で生活することになります」


「「なんだってー!」」とクレタとパルテノンは同時に叫んでお互いの顔を見た。

 実はパルテノンに提案した薬学部のロームズ辺境伯枠での入学の返事は、まだ誰にも教えていなかった。親友であるクレタにも告げていなかったのである。


「パルテノン先輩には薬学の第一人者になっていただき、クレタ先輩には医学を修めた上で医療開発部で働いていただきたい。そして将来2人には、リバード王子を支えていただきたいのです。・・・それとは別に、お2人にお願いがあります」


イツキはこれまで見せたことがないような厳しい表情で、2人にお願いがあると言って改めて姿勢を正した。

 クレタはこれ以上のお願いって何?もうムリ、と言うか既にムリ!と心の中で叫んでいたが、衝撃が大き過ぎて脳が正常に働いていなかった。

 パルテノンにしても、医学大学に無料で入学できる(予定)のは有り難かったし、住居もロームズ辺境伯屋敷というところも魅力的だったが、医学部ではなく薬学部に決めるのには、随分と葛藤もあったし悩んで決めていた。それなのに、それなのに未だ何かあると言うのか?……お願いって何?きっと良い話じゃないよね?と、鼓動が激しくなってしまう。


「レガート医学大学の1期生の中に、保護すべき重要人物の入学が決定しました。その保護対象者2人は特別医学部に入学し、卒業まで僕の屋敷で生活します。先輩方には、その保護対象者の友人になって頂きたいのです。そして共に学び共に生活し、守って欲しいのです。2人の内の1人は、生まれた時から命を狙われ、何度も死にかけています。もう1人は、その何度も殺され掛けた人物を護っている者です。昨年僕は、その2人が刺客に襲われていたところを偶然助けました」


「イツキ君、僕は剣も体術も苦手だけど・・・」(クレタ)

「俺だって苦手だよ。それに何故医学大学に来るんだ?何処の貴族なの?年齢は?」


パルテノンは何処かの貴族のお家騒動だと、直ぐにピンときて問う。


「僕が現在上級学校に居るのが安全なように、その2人も医学大学という……誰でも足を踏み入れられそうで、余程優秀でなければ踏み入ることが出来ない場所に居ることで安全が確保されます。ロームズ領は狭いので、不審者が見付けやすく治安だって大陸一安全な町を目指しています」


イツキにしては妙に慎重かつ前置きが長い。余程の保護対象者なのだろと、クレタ、パルテノン、ティーラは思う。いったい誰なのだろうか?何処の侯爵家だろう……いや、伯爵家か?と首を捻る。


「護衛をしている者の名は、クロダ・エイベル・モックスと言い、年齢は19歳で父親は軍の総司令をしています。もう1人は18歳で、共に王立上級学校を昨年優秀な成績で卒業しています」


「王立?王立上級なのですか?では他国の貴族なのですね?」


ティーラは驚きながら、その2人の人物が何となく分かってしまった。でも、何故レガート国が保護せねばならないのだろうか?何故ご主人様がと首を捻る。


「その人物の名は、ラノス・ファルミラ・ハキと言います」

「「ええぇーっ!!ハキ??」」


「そうです。ハキ神国の第2王子であり、ギラ新教徒である第1王子オリに常に命を狙われています。ハキ神国にとってラノス王子は希望の星。ラノス王子が亡くなれば、ハキ神国は確実に崩壊します。そうなれば次にギラ新教が狙うのはレガート国になるでしょう」


「「「・・・・・」」」


3人は驚いた顔のままで固まる。あまりにも高位の……しかも王族の名前を聞いて気が動転する。そして、重過ぎる任務に身震いが起こる。

 敵国だったハキ神国の王子を守る……王子と学友……王子と一緒に暮らす……いやいや俺達はしがない男爵家の子息だけど……と、つい考えてしまう。


「と言うことで2人には、これから卒業までハキ神国語とイントラ連国語の勉強を、バッチリやっていただきます。大丈夫です。僕はお2人を信じています。必ず僕の願いを聞き入れ努力してくださると」


今夜のイツキの微笑みは、今まで見たどの黒い微笑みよりも黒く、そして残念ながら美しかった。イツキ親衛隊の2人は口をパクパクさせながらも、その黒い微笑みに魅入られ、ノーと言える筈もなかった・・・





 翌18日、何事も無かったかのように朝食を終え、イツキは軍本部に向かった。

 学友達も計画通りに、行動を開始していく。


 イツキが領主の馬車で軍本部の門の前まで来ると、最敬礼で門番が通してくれた。

 今日の目的は、ロームズで世話になった人達に、褒美を下す為……と言うかお礼の品を届ける為だった。

 イツキの後ろを荷物を持ったパルが続く。すっかり領主と従者の様だと2人は思っていたが、多くの兵達には何処かの貴族の子息が、就職の斡旋を上官に頼みに来たのだろうと思われた。

 レガート国の就職活動は9月から正式に始まる。求人票が学校や掲示板に貼り出されるのは9月1日である。


「あれは……まだ15歳くらいだから上級学校に行く頭脳が無くて、中級学校卒業で就職を希望するタイプだな。細っこいから事務職希望だろう」

「やれやれ、ああいう貴族が士気を下げるんだよな」

「そうそう、いったい何処の上官に面会を希望するんだろう?」

「ギニ司令官になってから、ああいう裏口就職の斡旋は難しくなった筈だが、どうやら知らずに来てしまったようだ。何処の領地の貴族だろう?」


時刻は午前8時、軍は午前8時30分から仕事開始なので、就業前の兵達が、中庭の木陰でヒソヒソと噂する。そして面会を断られる様を見てやろうと様子を窺う。

 すると2人の少年は、事も有ろうに国境軍と建設部隊の建物の前で立ち止まった。この2つの部隊は、レガート軍の中でも完全実力主義の厳しい部隊だった。特に【奇跡の世代】が多く所属し、身分など関係なしで出世が可能だが、鬼のような上官が多いことで有名だった。


「あちゃー……よりにもよって、国境軍の出入口に行ったぞ」と眺めていた5人の兵達は言いながら、会話が聞こえる位置に少しずつ移動を始める。


「すみません。ヤマギ副隊長にお会いしたいんですが、本日は勤務されてますか?」

「はあ?ヤマギ副隊長?ヤマギ副隊長は隊長に昇格された。それでお前は誰だ?隊長に何の用だ?今日は出勤される予定だから間もなく来られるはずだ」


建物の前で警備をしていた兵2人は、残念ながらイツキを知らないようだった。じろじろとイツキとパルを見て、怪しい奴認定しようとするが、一応貴族っぽいので乱暴な態度は決してとらない。


「おい、この方は・・・」


パルが兵の無礼な態度にムカつき、イツキの正体を言おうとするがイツキは止めた。


「そうですか、それなら中庭で待ってます。直接声を掛けることにします」


イツキは無表情でそう言って、中庭に置いてあるベンチの方へ向かって歩きだす。

 建物の入口で警備をしていた1人が、少年の様子を窺っている5人に気付き、顎で合図を送りイツキ達を監視するように指示を出す。どうやら野次馬の5人は、上位兵(少尉の下)か少尉クラスのようである。

 イツキはクスリと笑いながら、いつもの軍本部の様子を懐かしく感じる。


「パル、剣の稽古でもして待っていよう。パルとはきちんと手合わせをしたことが無かったな。練習用の剣を借りてきてくれ」


イツキはパルに、もしも剣が借りられなかったら、先程通った正門の門番に借りてくるよう指示を出した。そしてイツキは体を慣らすため軽く体を動かし始める。


「何やってんだ?剣の練習?もしかして、あの軍の中でも最も怖い顔で厳しいと有名なヤマギ隊長に、剣の腕でも見せようというのか?」


「それはあり得ん。て言うか、ガキの下手な剣技なんて見たくもない。勝手なことをしたと叱られるだろうが、止めなかった俺達まで叱られるぞ!勘弁してくれよ」


5人の兵達は嫌そうな顔をして、面倒ごとに巻き込まれてしまったことを後悔する。しかしその反面、合法的に生意気なガキをいたぶれると思いほくそ笑んだ。

 5人の兵の会話をイツキはしっかりと聞いていた。イツキの持つ特殊能力の1つに高い聴力が含まれている。イツキは楽しくなってクスクスと本気で笑ってしまう。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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