ダルーン王国の王都
お待たせしました。新章のスタートです。
少し長くなっています。
ダルーン王国の王都チート周辺は、農業大国の王都らしいと言えばそうなのだが、どこか牧歌的で近代的とは程遠いように思えた。
チート近郊は見渡す限りの畑で、王城の半径3キロくらいが都市としての体裁を保っているらしい。
ランドル大陸の食料倉庫と呼ばれるだけあって、麦や多くの野菜、その他果実の栽培や酪農が盛んで、大規模農園を経営しているのは王族と貴族だけだった。
小さな畑を持っている農民は、住民のための作物を作り、王族や貴族が持っている農園で作られたものは、主に隣国イントラ連合国や、ハキ神国に輸出されていた。
国の面積は小国ミリダやイントラ連合国の倍の広さがあるが、国土の6割近くが農地で、3割が牧草地、残りが町や村とハリブの森である。
国の北側に北海、東は東海に面していているが、漁業は発展しておらず、国民が食べる程にも満たなかった。
「いよいよ王都ですね。それでは、役柄をもう一度確認しておきましょう。
我々はレガート国の商人と護衛で、成人したばかりの商会の子息が、勉強のためにダルーン王国を訪れていて、表向きは冒険者として旅をしています。
本当は、新しい商品であるポムペンを広めるために、取引する商会を探しにやって来た、ランカー商会の商団です」
「イツキ様、実在する商会の名前でいいんですか?」
「ハモンド、商人の情報網は侮れません。商売においての噓は、信用を得られませんし、結果的に損をすることになります。足元を見られてはお終いです」
何となく裕福そうな商人の子息風の衣装を着たイツキは、今回は男性用の焦げ茶色のカツラをかぶっていて、ごく普通の服を着た同じ商会の見習いを演じているのがハモンドである。髪を濃い緑色に染めて冒険者風の出で立ちで、剣を携帯しているのが護衛のフィリップだった。
今回のリース探しの旅は、少数精鋭の3人組である。
ブツブツ文句を言っていた軍医のベルガは、イントラ連合国に行く時に同行する予定で、泣いていた王宮警備隊所属のレクスは、ラミルとロームズの連絡係りとして残し、従者のパルは、農業ギルドの管理と、ハキ神国のラノス王子の護衛の仕事を与えて留守番させている。
ソウタ兄さんは、ようやく立てるようになり、数歩だけ歩けるようになった。
いつものメンバーである【王の目】のドグさんとガルロさんは、冒険者として入国し、つかず離れずの距離で護衛してくれている。
今回の旅からメンバーを2つに分けたのは、ギラ新教徒の多いダルーン王国で、襲撃される可能性を考えてのことである。
ミリダ国との戦争で表に出てしまったイツキは、恐らくギラ新教からマークされているはずだと、フィリップやソウタ兄さんが言うので、もしもの襲撃で捕まった場合に、救出する人間が必要になるからと、ドグさんとガルロさんは別行動をしている。
イツキたち3人は安全を考慮し、何処の町でも【教会の離れ】に宿泊していた。
ロームズ正教会ファリスのシーバス様から、教会御用達商人の認定書を発行してもらったので、余程のことがなければ宿の心配はない。
ドグさんとガルロさんは、情報収集を兼ねて普通の宿に泊まっている。
「イツキ様、それでお探しのリース様は、どのようなお方なのですか?」
「フィリップ、それが分かっていれば苦労はない。ノーヒントだよ」
「はい? それではどうやって見つけ出すのですか?」
「どうやってだろう? それすら分からないけど、きっと出会えると思うよハモンド」
呆れた顔をしているフィリップとハモンドに向かって、イツキはそれが何か?という笑顔を向ける。いつも通りのイツキである。
王都チートに入ると、古い街並みが見えてきた。
チートの街は、オールドタウンとニュータウンに分かれており、オールドタウンの建物は、あちらこちらに芸術品と思われるような彫刻が施されており、それはそれは美しく整えられた街並みだった。
但し建物は古く、危険で住めないような建物も放置されている。
この国には【チート国立芸術学校】がある。
学校の設立は古く、イントラ高学院より、ミリダ王立先進学院よりも古いと言わてれおり、ダルーン王国の国民は、それを誇りに思っていた。
オールドタウンの建物の彫刻の数々は、この学校の学生たちが、卒業制作として施したものらしかった。
ニュータウンの方には、美術館や音楽ホール等があり、やはり芸術を愛する国民に相応しい建物だった。建築されてから500年以上は過ぎており、この国を繁栄させた頃の王の遺物となっている。
貧しい国だからこそ、人々は歌や演劇などの娯楽を求める。
畑仕事をしていても歌をうたい、牛追いしながらも歌い、人々が集まれば合唱が始まる。国民は明るく素朴で、腐った王族が圧政を行っていても耐えている。忍耐力でいえば大陸一だと思うとイツキは付け加えた。
「せっかくだから、チート芸術学校を見学しましょう。学校運営をしている身としては、大変興味があります」
オールドタウンの中心部に建っている、一際目を引く豪華な建物の前で、イツキは嬉しそうに笑って言う。
立派な鉄格子の校門の前には、門番が二人立っていて、ハモンドが見学できないかと訊いてみた。
「昨年から、学内の見学するには一人銀貨1枚が必要だ。講義を見学するなら銀貨2枚になる」
「えっ!見学だけで銀貨1枚(約1万円)?」(ハモンド)
「ちなみに、受験料はいくらですか?」(イツキ)
「受験料は金貨1枚(約10万円)だな。次の受験はもう少し上がるかもしれない。それに、今年から入学金が別途金貨2枚必要だ」
20年間ずっと門番をしているという男性は、これでは自国の平民は受験できないし、貴族でも下級貴族では入学金を払えないだろうと言い、深い溜息を吐いた。
しかも後期入学者は、才能を領主から認められて推薦受験する者ばかりなのに、昨年まで無料だった受験料が、突然同じように金貨1枚を支払わねばならなくなったらしい。
「昨日も今日も、そのことを知らずに王都にやって来た受験者が、試験を受けることが出来ないと学校側に抗議しているが、7月17日の最終受験日までに、金貨1枚を用意出来なければ無理だと追い返されている」
「突然金貨1枚は用意できないですよね……受験者はどうするんでしょう? でも、学生が減ったら授業料の収入も減りますよね?」
イツキは首を捻りながら、国は何を考えているのだろうかと疑問に思った。そして門番の二人に小銀貨3枚(約3千円)を、そっと握らせ質問を続ける。
「なんということはないさ。来年から入学する学生は、授業料が月額金貨1枚から2枚になる。それが払える者なら、才能のない上級貴族や豪商の学生の入学が可能になる。新しい校長は第5王子で、誰も文句など言えないし、教育大臣も王族だ。は~っ、この国はどうなるのだろう」
門番は小銀貨を見て目を見開き、嬉しそうに笑うと、色々と情報を教えてくれた。そして自国の将来を思い、大きな溜息をついた。
ダルーン王国の物価は、レガート国よりも安いが、その分賃金も低かった。小銀貨3枚は、思わぬ臨時収入だったようで、その後も王族の情報や王都の様子を話してくれた。
取り敢えず各自銀貨1枚を事務所で支払い、3人で学校内を見学する。
あちらこちらから、楽器を演奏する音や歌声が聞こえてくる。敷地内で石や木に彫刻をしている者、顔料用の石を砕いている者など、真面目に学んでいる学生たちの姿を見た3人は、ちょっとだけ安心した。
確かに芸術を学ぶにはお金が掛かる。楽器は安くないし、彫刻の材料も必要だし、顔料はとても高価だった。それにしても、授業料が医学部より高いとは驚きだった。
「思っていたより腐ってますね。教育で儲けようとするとは……しかも王子が」
フィリップは不機嫌な顔をして、カルート国よりも状況が悪いのではないかと心配する。
同盟国でもないダルーン王国に、レガート国は口出しできないし、貸しも借りもない。距離的に農産物を輸入することもないので、レガート国にとってダルーン王国は、最も縁の薄い国と言って間違いないだろう。
レガート国民が思うダルーン王国の特徴は、疫病の発生源になりやすく、貧乏な国であるというくらいだ。まあ考えようによっては、農業も工業も発展させていないカルート国よりは、ましなのかもしれない。
次にイツキたちは、王都チートに在るブルーノア正教会に向かう。
チート正教会は、オールドタウンとニュータウンの境に在った。
情報を得るために教会へ向かうと、大聖堂から讃美歌の美しい歌声が聞こえてきた。チート正教会の聖歌隊は大陸一と言われており、優秀な歌い手は、本教会の聖歌隊に引き抜かれることもある。
芸術の都とも称される街の大聖堂は、それはそれは美しい装飾が施されており、大きさは他国の大聖堂と変わらないが、明らかに豪奢に見える。
中に入ると、高い天井に描かれているブルーノア様の巡礼画が、圧倒的な美しさと迫力で迫ってくる。
「凄い!ラミル正教会は荘厳なイメージだけど、ここは礼拝堂そのものが美術館のようで、複雑な模様の色とりどりのステンドグラスも美しいけど、参列者が座るただの長椅子でさえ装飾されている。どれ程のお金が掛かっているのでしょう?」
ハモンドは大聖堂の中を見回しながら、思わず感嘆の声を上げてしまう。
「ハモンド、これらは貧しい芸術学校の苦学生のために、援助目的で教会が仕事を与えているのです。そうでもしなければ、平民の学生は食べていけません。はっきり言って、教会の財政は厳しい状況なのです」
「そう考えると、ロームズ医学大学の学生は恵まれていますね。領主と大学が学生にバイトを与えているのですから」
フィリップはそう言うと、領主の役割について考えを新たにしていく。いずれ自分はロームズの領主になるのだ。他国の学校の視察は、大いに参考になるだろう。
「イントラ連合国のイントラ高学院は商業都市にあるし、ミリダ国の先進学院は工業都市の中にあるからバイトに事欠かない。しかし、ダルーン王国は産業が乏しいから、芸術学校の学生は大変だろう。昔は国が支援していたのだが、今では国が学生からお金をむしり取っている」
イツキはフーッと深く息を吐き、どんどん腐っていくダルーン王国を憂う。
讃美歌の練習を後ろの席に座って聴いていたら、若い一般神父がやってきた。
「ファリス様に面会を希望しているのは、貴方方でしょうか?」
「はいそうです。ロームズ正教会のファリス様からの推薦状と認定書があります。【教会の離れ】に泊まりたいのですが」
ハモンドは丁寧にお辞儀をして、鞄の中から書類を取り出し一般神父に見せる。
神父は2つの書類を確認すると、ファリスの執務室まで案内してくれた。
「どうぞお座りください。推薦状にはレガート国のランカー商会の一行だと書かれていますが・・・ロームズ正教会のファリスは元気でしょうか?」
年齢は50代後半で、かなり疲れている様子のファリスは、どこか含みのある口調で問う。この質問には教会関係者しか知らない確認事項が含まれている。
「はい、シーバス様はお元気ですよ。新しい宿舎も出来て、お忙しいようです。・・・サイリス様はお元気ですか?」
イツキはにっこりと微笑んで答え、これまた含みのある感じで質問を返した。
【教会の離れ】を使用する商人は、ファリスは元気かと問われたら、必ずファリスの名前を付けて返事をしなければならい。認定書には、シーバスという名ではなく、家名であるデイルトと記入されている。
そしてイツキは会話の中で、サイリスとの面会希望を出したのだ。
目の前のファリスは、一瞬だけ驚いた顔をしたが、直ぐに新たな質問を返す。
「サイリス様は祈りの最中ですが、一緒に祈りを希望されますか?」
「そうですね【神に捧げる祈り】であれば、是非お願いしましょう」
「か、かしこまりました。お、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、イツキといいます」
ファリスは顔色を変え、姿勢を正して「しばらくお待ちください」と言って、慌てて執務室を出ていった。
「今の問答は、何を意味しているのですかイツキ様?」
興味深く会話を聞いていたフィリップは、イツキがサイリス様との面会を希望したのだろうということは分かったが、言葉のやり取りの意味を質問した。
「そうだな、2人は神父の役を何度もこなしてきたから、教えておくよ。
最初に認定書が本物かどうか確認するため、認定書を書いたファリスが元気かと尋ねる。それに対してこちらは、名前を付けて返事を返さなければならない。
これは、教会御用達商人なら絶対に知っていなければならない決まりだ。
普通ならそれで確認は終わるのだが、私は問答の最後に、サイリス様は元気かと聴いた。
それは、サイリス様との面会を希望していることを意味している。
サイリス様との面会を希望されたファリスは、必ず祈りの最中だと告げる。
一緒に祈りを希望しますかという問いは、教会関係者であれば、身分を尋ねることを意味し、問われた者は、自分が唱えられる祈りの中で、最も難しい祈りの名を答えなければならない。
ブルーノア教会には80に近い祈りがあるが、身分によって捧げられる祈りは厳しく制限されている。
【神に捧げる祈り】は、サイリス以上でなければ唱えられない」
「だから顔色が変わったのですね。そりゃあ驚くでしょうね。見た目がサイリス様には見えないとなれば、残っているのは三聖だけですから」
成程と言いながら、対応に出た先程のファリス様に同情するハモンドだった。
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