侍女長、涙の誓い(2)
泣き止んだ侍女長に、労わりを込めた優しい視線を向けてから、リンダは立ち上がり頭を深く下げていく。そしてゆっくりと頭を上げ話し始めた。
「侍女長、これまで真実をお伝え出来なくて、本当にすみませんでした。
私とエントン様が、イツキ様がキアフ王子であると知ったのは、昨年の春のことでした。
それまでのイツキ様は、キアフという名を使われていませんでしたし、王様に会おうともされていませんでした。産まれた国もハキ神国だと聞いていました。
リバード王子が毒を盛られ倒れられた日、キアフ……いえ、イツキ様は初めて王様に謁見されました。あれだけカシア様に似ておられるのですから、王様は直ぐに気付かれたようです。
しかし、イツキ様は決してそれを認めることなく、王様やエントン様、そして、このレガート国を助けてこられました。
イツキ様には、絶対に皇太子になれない事情がおありでした。ですから、親子の名乗りを拒絶され、王子としてではなく、上級学校の学生として、軍関係者として、領主として……そして、教会の神父様として接してこられたのです」
「ですがリンダさん、どうしてイツキ様はお認めにならないのですか? どうして皇太子にはなれないのですか?」
どうしても納得できない侍女長は、すがるような目をリンダに向けて問う。
その理由が分かっているティーラは、主の抱えているあまりにも重い生い立ちと運命に、思わず涙がこみ上げてくる。
だからこそ主が危篤になられた時、伯父である秘書官は、王様を呼びに行かれたのだ。王子だから、自分の息子だから駆け付けてこられたのだ。リバード王子を懸命に守ろうとされるのも、リース様としてだけではなく、ご自分の弟君であったからなのだと、ティーラはこれまでの疑問が全て解決していく。
「確かに……イツキ様は皇太子にはなれませんね。王様も、ご自分より身分の高いイツキ様に、国王になって欲しいとは……言えないでしょう」
ティーラは一筋の涙を零しながら、椅子を元の位置に戻すと、気の毒そうに侍女長を見てから、ゆっくりと椅子に座った。
「ティーラ、それはどういう意味なの?私が真実を教えて頂けなかったのは、まだ何か理由があるの?お願い、本当のことを教えて!」
侍女長はティーラの手に自分の手を重ねて、真剣な表情で教えて欲しいと懇願する。
「侍女長、イツキ様からお手紙をお預かりしています。私たちの口から、その真実をお話しすることは絶対にできないのです」
リンダは申し訳なさそうに言いながら、イツキから預かった手紙を侍女長に手渡した。
** 侍女長 様 **
リンダから話を聞きました。
母を守ってくれてありがとう。私を守ってくれてありがとう。
母は私を守るため、暗殺者によって背中に矢を受け、生まれたばかりの私を服の中に隠して、真冬の川に飛び込みました。
瀕死の状態で川を流れていた母と私を助けたのは、当時ファリスになったばかりの、ラミル正教会サイリスのハビテ様でした。
母は最後に私の名を告げ、私を託し自分の名を言って亡くなったそうです。
ハビテ様は偶然にもカイ正教会へ行く途中でした。しかし、カイ正教会へ向かう途中で、母と私を殺そうとした追っ手に遭遇し、私を守ることを最優先に考え、カイ正教会のファリス様と相談し、私をブルーノア本教会へ逃がしてくださいました。
誰が命を狙っているのかも判らない状況であり、キアフ・ル・レガートという名だけでは、私の父親を断定することもできなかったのです。
当時のレガート国には、私の父親である可能性のある者が数人いました。
教会は、私の命の救済を最優先に考え、保護したのです。
では何故、私の存在を新国王に即位したバルファー王に告げなかったのか・・・その理由は3つありました。
1つ目は、生まれた私がバルファー王の子供だと、教会に告げていなかったことにより、なんのためにバルファー王が赤ん坊を探しているのか分からなかったからです。
偽王側の子供を殺そうとしている可能性もあったので、教会は保護を優先しました。
2つ目は、犯人の正体を、バルファー王も教会も掴めていなかったからです。
犯人がバルファー王の側に居た場合、赤ん坊を危険に晒すことになります。
教会は、母親の居ない赤ん坊を、バルファー王では守れないと判断しました。その判断があったから、私は現在生きているのだと確信できます。
3つ目は、私が特別な【印】を持って生まれていたからです。
私は、ブルーノア様が予言された、六聖人の一人でした。
リースとしての責務を果たすには、レガート国のためにだけ、生きることはできません。私は、リースは神の子なのですから。
私がファリス様に助けられたのも、偶然のようでそうではないのです。
私は、ブルーノア様の予言に導かれて、本教会で幼児期を過ごし、予言によってレガート国に戻ってきました。
レガート軍(軍学校)で働き始めたのも予言に従ったからです。
リンダもティーラも、王様も秘書官も知らないことですが、私はブルーノア教会がずっと探していた、大陸を悪神教から救う【予言の子】だったのです。
私の望みは、ランドル大陸に住む全ての人が幸せに暮らすことです。
この乱世を正し、ギラ新教と戦うことこそ、私の使命です。
本教会には、リーバ様だけが見ることを許された、ブルーノア様直筆の【予言の書】があります。
その【予言の書】には、1084年1月、レガート国に【予言の子】が生まれる。その者は国王の長子であると書かれています。
侍女長は、決して母や私を守れなかった訳ではなく、私が神に導かれたのです。
ですから今後は、私や母のために、自分を責める必要はありません。
私たちは、心から感謝しているのですから。
これまで私や母のことで、ずっと心を痛めてこられた侍女長に、お願い事をするのは心苦しいのですが、どうしても一つだけ、侍女長にお願いしたいことがあります。
リースとしてのお願いです。
次期レガート国王となる、リバードを守ってください。
母を殺した犯人は、必ず王宮内に居るはずです。次期王妃であった母を、邪魔だと思った者が潜んでいます。その犯人は、絶対にリバードを狙います。
これから私は自分の使命を果たすため、旅に出なければなりません。
サイモスは、ギラ新教に洗脳されている可能性があります。当然王妃も同じです。
リバードを失うことは、レガート国の崩壊を意味します。
侍女長の鎖をほどいて自由にすべき立場の私ですが、王宮内でリバードを守れる者が居ないのです。
どうか、どうかお願いです。リバードを守ってください。 リース イツキ
手紙を封筒から取り出すと、侍女長は震える手で手紙を読み始めた。
「いいえ、私に感謝の言葉など必要ありません。私は守れなかったのです」とか、「サ、サイリス様が……」とか、「確かに王宮では守れなかったと思います」と呟きながら手紙を読んでいた侍女長は、途中で「えっ!」と言って椅子から飛び下り、ひれ伏して体まで震わせながら、懸命に続きを読み進めていった。
手紙の後半部分に差し掛かると「も、もったいないお言葉……」と呟いて泣き出した。
『リース様、今度こそこの命、リース様とリバード王子に捧げます』
侍女長はリースであるイツキに誓うと、涙を拭いて立ち上がり、ここには居ないイツキに向かって、ドレスを摘まんで正式な礼をとった。
「リンダさん、ティーラ、私はイツキ様から新たな任務を授かりました。
これからは、命を懸けてリバード王子をお守りします。
リンダさん、私がイツキ様の真実を知ったことは、秘書官様には言わないでください。王宮内にギラ新教徒が潜んでいます。
きっと、王様や秘書官様では、リバード王子を守れません。
リンダさん、ティーラ、知恵を貸してちょうだい。
リバード王子を、王妃カスミラから守る方法を考えなくてはならないの」
決心を固めた侍女長は、イツキに与えられた使命を果たすため、いつもの強くて頼もしい侍女長の顔をして、いや、いつもより戦う気概に満ちた顔をして、リンダとティーラにお願いする。
この3人は、イツキの秘密を共有しているので、協力し合えということだろうと侍女長は解釈した。
敵が王妃で女であるなら、女の方が敵の考え方を理解できる可能性が高い。
特に、カスミラ王妃の異常性を考えると、元王妃の侍女を経験していたティーラは、心強い味方となるはずである。
秘書官屋敷で長く務めているリンダも、様々な伝手を持っている。
「王妃カスミラ様が?……なんてことなの!とりあえず、側室エバ様にお会いしましょう。夏休み期間中のリバード王子の安全性を高めるため、出来ることは何でもやるべきです」
ティーラは侍女長の話を聞き、信じられないという顔をしたが、直ぐに気持ちを切り替える。既に夏休みに入り、王宮に戻っているリバード王子が気に掛ったのだ。
「そうねティーラさん。エバ様はイツキ様の正体をご存じかもしれません。そうでないと、教会で勉強することをお許しにはならなかったでしょう」
侍女長はティーラの意見に賛成し、直ぐに側室エバ様に会えるよう段取りをつけると約束する。
「もしもの時は、ロームズ辺境伯邸で匿いましょう。イツキ様のお屋敷なら、警備隊と軍、そして教会警備隊が守っています。最悪の場合は、ラミル正教会にお連れすれば、部外者が絶対に入れない部屋があるので安全だそうです」
ティーラは屋敷に度々来ているモーリスのハーベーから、何かあれば教会に逃げるよう指示されていたので、最終手段としてラミル正教会をあげた。
「そうね、カスミラ王妃は、ラミル正教会に足を運ぶことさえないと聞いているわ。危険を察知したら、サイリスのハビテ様にお願いしましょう」
リンダもやる気を出して、可愛い大事なイツキの願いを叶えるため、全力でリバード王子を守ろうと知恵を出していく。
翌朝、側室エバ様とリバード王子は、礼拝のためにラミル正教会にやって来た。
そしてサイリスであるハビテの計らいで、リバード王子は神父クロノスに連れられ【丘の上のキニ商会】の仕事を見学に行った。もちろん教会の馬車に乗って。
【丘の上のキニ商会】には、代表者として教師のカインもいるし、教会警備隊も護衛についた。
ティーラ、侍女長、リンダの3人は、イツキの指示で動いていることをエバ様に告げ、強力な協力体制をとることを約束し合った。
先ず始めに、後宮の侍女やメイドを数人入れ替え、侍女長とティーラが信用できる者を王妃付きにする。
食事は完全に別々に分け、毒味役には王宮薬師を持ってくる。
王妃の日頃の行動をチェックし、面会者については、詳しくその身元を調べる。
王妃の日頃の異常な言動や行いを記録し、メイドや侍女に対する暴力行為などがあった場合は、「王妃として相応しくない」と王宮内で噂を流すことにより、王宮で働く者の視線を王妃に向けるようにする。
侍女長は怪しまれないよう、これまで通りの中立の態度をとり続ける。
エバ様は、リバード王子の味方ができたことを心から喜ばれ、よろしくお願いしますと3人に頭を下げられた。
この日の協力体制が、後に何度もリバード王子の命を救うことになる。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話から新章がスタートしますが、確定申告等で忙しくなるので、次回の更新は3月からの予定です。
すみませんが、暫くお待ちください。




