旅立ちの準備(3)
ロームズ辺境伯杯の議題の後に、領主会議の最後の議題として、イツキは出来上がった香水を皆の前で披露した。
「レガート国の特産品作りとして、国内にある女学校が協力し合い、夏大会で素晴らしい香水を作ってくれました。
初めての挑戦にも拘わらず、各女学校の香りを作り上げ、既に国内の香水専門店や女性専用高級品店から、ぜひ購入させて欲しいと話がきています。
国策としての販売になりますので、販売方法や販売ルートについては、領主会議で決めていただくべきだと思いまして、議題に上げさせていただきました。
ほんの少量ずつですが、見本として13本持ってきました」
イツキはそう言いながら、持ってきた箱の中から13本の小さな瓶を取り出していく。
「販売する時は、この倍の大きさの瓶に入れて金貨1枚で販売します。
それ以上の価値はありそうですが、欲張らず、先ずはレガート国産の香水として、広く知られることが大切だと思います。
どうぞ、香りをかいでみてみてください。ご自分のお好きな香りを、ご夫人にプレゼントされてみては如何ですか?
4種類ありますが、同じ香りの希望者が多数の場合、申し訳ありませんがじゃんけんで決めてください。
王様は、王妃様とエバ様用に、2つの香りをお選びください」
この時代の香水は高級品であり、主に貴族や大商人の夫人や、高級娼館の人気娼婦が使用するくらいだった。
好きな女性にプレゼントする男性もいるが、ご婦人の誕生日のプレゼントに贈られることが多いと、イツキは事務長のティーラから聞いていた。
早速領主7人(ミノス、ロームズを除く)と、国王、秘書官(ミノス領主代行)、ギニ司令官の10人が、自分の夫人のために香りを選び始めた。
何度も首を捻りながら、一生懸命に香水を選んでいるキシ公爵の様子を、イツキは嬉しそうに眺めていた。ふと気付くと、ヨム指揮官とレン指揮官も同じように嬉しそうに、結婚が決まったアルダス様を見て微笑んでいた。
あーじゃない、こーじゃないと呟きながら、なんとか10人が香水を決定した。
会議に出席している警備隊のヨム指揮官と破壊部隊のレン指揮官は、独身で相手もいないので、残った香水瓶を取り、イツキにプレゼントしてくれた。
イツキは貰った2本を、事務長のティーラと侍女長のリリスにプレゼントすることにした。
結局、香水の販売は、女性事務官の多い商業部が担当することで決定し、いい香りに包まれながら、領主会議は午前中で無事に終了した。
予定通り午前で終了したはずの領主会議は、イツキだけを除いた他の領主たちと、国王や秘書官、各部署の大臣や部長を集めて、午後からも続けられていた。
勿論議題は、昨日イツキに約束した、カルート国の救済方法についてである。
その冒頭、ラーレン侯爵(カワノ領主)は、立候補ではなく王命でもなく、ましてや他の領主の脅しでもなく、全会一致でカルート国救済の責任者として、【カルート国経済担当大臣】に任命された。
そして会議中「もうイツキくんには頼れないし」とマサキ公爵とヤマノ侯爵が発言し、「なんならロームズの領主をやってはどうか」と王様と秘書官が黒い笑顔で、カワノ領主に嫌味を言った。
カルート国で指揮を執っていたフィリップへの怨み言を漏らせば、「次回からフィリップがロームズの領主として会議に来るかも」とキシ公爵が笑顔で脅したり、「次のミノスの領主は、イツキくんの親友だよね」とカイ領主が呟いたりしもた。
何も知らなかった大臣や部長たちは、カワノ領主が何かをやらかし、その結果、王様や領主たちを怒らせ、ロームズ辺境伯が会議に出席していないのだと理解した。
さすがのカワノ領主も、己の発言が他人から支持されておらず、むしろ非難されているようだと気付いた。
重鎮であるマキ公爵は、イツキに関することを何も言わなかったが、カワノ領主の意見に対し「そんな案ではどうにもならない」とか「そんなことで借金が返せるとは思わない」と、重鎮らしく厳しいダメだしをしていた。
ホン領主であるネイヤー公爵に至っては、「は~っ」と特大の深い溜め息を、ここぞという場面でカワノ領主の顔を見て吐いていた。
いや本当に、領主全員が後悔と反省の溜め息を吐きたい気持ちで一杯だった。
特にバルファー王とエントン秘書官は、泣きたい思いで会議に出席していた。
結局何も決まらず仕舞いで会議は終了し、2日後に再び全員が解決策を考えてくることになった。
会議終了間際、ロームズ辺境伯が、次期ロームズ領の領主にフィリップを昨年末に指名していたことと、明日からロームズ領の仕事に専念するため、ロームズ辺境伯はラミルから去ると秘書官が発表した。
つい最近、カルート国に派遣されていた各部署のエリートたちの半分が戻ってきて、元秘書官補佐のフィリップが、カルート国の建て直しに尽力し、指揮を執っていたと報告され不思議に思っていたが、それはロームズ辺境伯の指示だったのだと大臣たちは直ぐに理解した。
ロームズ辺境伯は、先の先を読み策を練り、それを必ず実行してきた。
それらの全ては自分のためではなく、レガート国のためであり、カルート国やミリダ国を救うためだった。他の誰も成し得ないことを成し、この場にいる誰よりも若かったが、彼の持つ能力は本物だった。
それなのに……何故ロームズ辺境伯はラミルを去るのか?何故領主になったばかりなのに、次の領主を指名したのか?
そう考えると一つの仮説が成り立ち、大臣や部長たちは大きなショックを受けた。
……我々は、ロームズ辺境伯様に見棄てられたのでは……と。
そのショックが大きかった財務部では、病気療養のため大臣職から退いたお飾りの大臣に代わり、ケチで有名な副大臣が大臣になり、王様や秘書官、カワノ領主に対する怒りを部下にぶちまけていた。
ミリダ国との戦争を止め、特産品で国に利益をもたらし、新しい鉱石まで発見したロームズ辺境伯が冷遇されることを、財務部の全員が納得していなかった。
そもそも、数字に明るいロームズ辺境伯に、卒業後は財務部で仕事をして欲しいと、心から期待していたのだ。「今日は全員でやけ酒でも飲まねば、やっていられない!」と大臣は吠えた。
教育部も人事部も怒り心頭だったが、ロームズ辺境伯様なら、きっと受験や求人について手を抜かれることなどないだろうと考え、いつでも手伝えるよう準備をしておこうと、皆で誓い合っていた。
領主会議終了後、イツキは【丘の上のキニ商会】に寄り、暫く留守にすることを伝え、留守中の対策やこれからの仕事の流れ、資金繰り等について話し合うため、責任者を集めて会議を行った。
「それでは、次回のファッションショーは11月で決まりですね」
「そうだねエミリア部長。10月末にロームズ辺境伯杯を開催し、就職試験が11月6・7日だから、その後くらいがいいかな。15日以降は医学大学の入試関連で忙しくなるから」
イツキは商会の予定表に自分の予定を書き込みながら、婦人服部門の予定表を見て、ファッションショーについての希望を言う。
「イツキ君、私は予定通り後期から学校に復帰しても良いのだろうか?」
「カイン先生、本当にすみません。このままうちの責任者として働いていただきたいのが本音ですが、やっぱり教師の方がいいですよね?」
正直に言うと、代表部長のカインが居なくなるのは痛い。しかし、丘の上のキニ商会の活動が国策ではなくなったので、これ以上カインを引き留める訳にはいかない。
カルート国への借金返済の一部肩替わりとして、商会の利益の1割をレガート国に渡せば、財務部も教育部も文句は言わないと思うが、約束は守らねばならない。
「う~ん、私は教師を天職だと思っていたんだが、商会の仕事も遣り甲斐があって、とても悩ましいところだな。一旦後期の8月から学校に復帰しようと思う。校長と相談して許可が出れば、もう少し商会の仕事を続けたいと思っている」
「もしも許可が降りたら、カイン先生の給料は商会が出します。そして勤務時間を午前9時から午後2時までとし、選択科目の授業に間に合うようにお帰りください。きっと学生たちは、カイン先生の活きた講義を心待ちにしていると思います」
イツキは自分の運命に、カインを巻き込んでしまったことを申し訳なく思いながらも、校長や教育部が許可を出してくれたらいいと心から願った。
カイン先生の話を聞いたエミリア部長が、下を向いて嬉しそうに微笑んだのを見たイツキは、恩師の婚活に役立てたようだと嬉しくなった。
何かあれば事務長のティーラさんに相談して決めて欲しいと言い残し、イツキは学校に戻っていった。
午後3時過ぎに学校に戻ったイツキは、夏期武術大会の決勝戦に参加していた。
領主会議で不参加となっていたイツキだが、学生や教師から是非にと頼まれ、剣の決勝で勝ったヤンに、頂上決戦を挑まれたのだ。
その様子を見ていた体術、槍、レガート式ボーガン、馬術の優勝者からも、何故か頂上決戦を挑まれ、ウ~ンと暫く考えた末、イツキは馬術だけを断り、それ以外の種目の対戦を了承した。
きっと、いや間違いなく、こうして皆と武術で対戦する機会はもうないだろう。秋大会中(9月中旬)に開催される上級学校対抗武術大会にも、参加できる可能性は低い。
イツキは己の持てる力の全てを使い、4人の優勝者と対戦した。
始めに行ったレガート式ボーガンは、執行部部長ヨシノリとの対戦になった。
イツキは武術の時間にレガート式ボーガンを選択していなかったが、開発者としてのプライドを懸けて戦った。
イツキは僅か1点差で勝利し、レガート式ボーガンの優勝者となった。
槍では3年のグレイと対戦し、激しい打ち合いの末、グレイに軍配が上がった。
体術も、3年のオーランドに負けた。春期大会の決勝とは違い、イツキはオーランドを押さえ込んだが、30キロ近い体重差で跳ね返され、最後は投げられて終わった。
ヨシノリ親衛隊隊長のオーランドは、勝利をヨシノリに捧げ嬉しそうだった。
最後は剣でヤンと対戦する。
対戦中イツキは、ヤンの腕が上がっていることが嬉しくてニヤリと笑い、今以上の上達を願って剣を振り抜いた。
「まだダメか……でも、いつの日か、イツキくんの隣に並べるよう精進するよ」
学生と教師たちから拍手と歓声を浴びながら、ヤンはイツキに握手を求め悔しそうに言った。その瞳は闘志に燃えており、勝利を諦めてはいなかった。
イツキはヤンとの対戦後、体育館内の全員に、上級学校対抗武術大会は、9月15・16日の秋大会中に行われることが決定したと報告した。
そして、ロームズ辺境伯杯を、10月26・27日に開催すると宣言した。
「ラミル上級学校の力を存分に発揮し、今年も好成績を納められるよう努力し、私の手から優勝杯と優勝旗を授けさせて欲しい!」
キリリと引き締まった顔で、イツキは仲間に向かって頑張れと激励する。
できるものなら自分も出場したいが、リース探しの状況によっては難しいかもしれない。
「任せろイツキ君!今年も勝つ!」(ポルムゴール部部長エンド)
「今年こそは勝つ!」(文学部部長リード)
「そうだ、今年こそは優勝旗を!」(アタックイン同好会会長インダス)
イツキの激励と願いを聞いて、それぞれの代表者が任せろと声を上げると、「絶対に勝つ!」という頼もしい声があちらこちらから上がる。
その声を受けてイツキは、「ラミル上級学校に優勝旗を!」と極上の笑顔を皆に向け拳を振り上げた。イツキに続き、全員が力強く拳を振り上げ「オオーッ!」と叫んだ。
いつもの数倍は興奮し、夏期武術大会は大盛り上がりで終了した。
夕食後イツキは校長室に居た。
後期の予定を告げて、ロームズ辺境伯杯の開催協力をお願いするためだ。
ロームズ辺境伯杯は、半分は国が開催しているようなものだが、学校の講義や行事予定の変更を余儀なくし、完全に負担をかけている。
「今年のロームズ辺境伯杯から、職員の家族に屋台を出していただく謝礼として、金貨5枚(約50万円)を用意したいと思います。
勿論売上金は全て家族の皆さんで分けてくださって構いません。
それから、上級学校での試合観戦のチケットを販売しようと思います。販売先を学生の家族と貴族限定とし、責任部署を教育部に担当してもらい、収益の半分をラミル上級学校に、残りの半分を教育部(国)に納めようと思います。
できることなら経済コースの学生に、チケット作成や金額設定、販売法方等について、昨年の特産品販売に替わる講義テーマとして、取り組んでいただきたいと思います。
先生方にもご迷惑をお掛けすると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
イツキは深く頭を下げ、チケット販売については、教育部と相談して欲しいと付け加えた。
「チケット売上の半分・・・それは少し多すぎないかね?イツキ君」
「教頭先生、私のモットーは、取れる時に取れるところからガッチリ取るです。商会を経営してみて分かったのですが、話題性が有るうちに儲けなければなりません」
「丘の上のキニ商会は、随分と儲かっているとカインくんが言っていたが、少しは中級学校や農業ギルドの建設に回せそうかね?」
「残念ながら、そちらには未だ回せませんが、医学大学病院の建設費用は賄えそうです。カルート国が破産寸前で首が回らず、補填しなければならないので……」
イツキはそう言って笑ったが、苦労の絶えない教え子を不憫そうに見て、校長と教頭は作り笑いをするのがやっとだった。
翌6月30日、前期終了式に出席した後イツキは、パルを伴い校庭に飛来したモンタンに乗って、ロームズ領へと旅立った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話は侍女長の閑話が入る予定です。




