旅立ちの準備(2)
カワノ領主はカルート国の状況を、事務官の纏めた資料を見ながら報告した後、どれだけ自分が大変だったのかを語り始めた。その途中、憎々しい表情でキシ公爵を見て、死んだはずの人間が、カルート国の王宮に居た話を振り、王様は知っていたのかと問うた。
「何のことだラーレン侯爵(カワノ領主)?」
バルファー王は目を細めて、怪訝な表情で問う。
「何のこと?それでは王様はご存知なかったということですか?カルート国に行ったら、交渉相手というか、担当する情報部の代表がフィリップ秘書官補佐だったんですよ!レガート国で死んだことになっているのに、カルート国の伯爵になっていました。そして、カルート国の再建の指揮を執っていました」
怒りの滲んだ表情のカワノ領主は、有り得ないことだと言いながら王様に報告する。
「まあ彼の手腕で、カルート国は随分と風通しの良い国に変わっていましたね。不正を行っていた殆どの大臣を罷免し、無能な事務官を切り捨て、完全実力主義を掲げて鍛えていました。それはもう、既にレガート国がカルート国を乗っ取ったかの如くに。お陰で我々は、大した苦もなく仕事ができましたが」
カワノ領主と一緒にカルート国に行ったマキ公爵が、大した苦労でもなかったがと、カワノ領主を面倒臭そうにチラリと見て、イツキに笑顔を向けてから、バルファー王にも視線を向けた。
マキ公爵はフィリップから、イツキの命令で動いているのだと、きちんと説明を受けていた。だが、フィリップもマキ公爵も、カワノ領主には思うところがあり、そのことを説明しなかった。説明したとしても、絶対に騒いで面倒を起こすと思ったので、すべき仕事だけを与えていた。
「何を暢気な・・・彼は我らを騙し、他国で貴族になっているのですよ!」
まるでフィリップを裏切者の悪人のように言いながら、その責任はキシ公爵であるアルダスにあるのではと遠回しに責める。
余程フィリップに鍛えられたことを、根に持っているようだ。
「それではフィリップは、カルート国で先に改革をしていたということだな。ロームズ辺境伯?」
エントン秘書官が、どういうことだろうかと問い質す感じでイツキに問う。
数人の領主は、何故ロームズ辺境伯に問うのだろうかという視線をエントン秘書官とイツキに向ける。
「どうもこうも、私はカルート国の経済破綻を報告した時、解決策の書類を提出しましたが、その時の書類にもきちんと書いていましたよ。
情報部の責任者フィリップと交渉し、お金を借りるのはカルート国ではなくフィリップ伯爵だと。……でもまあ、その解決策は白紙撤回されましたが。
皆さんは、私の提出した書類を見ておられなかったのでしょうか?
王様も秘書官も、提出した書類を見ておきながら、今更ですか?
は~っ、ガッカリです。新米の領主が提出した書類の名前など、どうでも良かったのでしょうね。
それからカワノ領主、フィリップ元秘書官補佐は、年末にキシ公爵様と共にギラ新教徒に命を狙われ襲撃されました。間一髪でギラ新教徒を一網打尽にされましたが、ソウタ元指揮官は殺し屋に刺され立つことも歩くこともできません。
死んだも同然ですが、一命はとりとめました。
再びギラ新教徒に狙われないよう、フィリップ元秘書官補佐もソウタ元指揮官も、治安部隊の判断で死んだことにしておいたのですが、カワノ領主は、……まるでフィリップが生きていたことが不本意みたいですね。
フィリップは爵位をきちんと王様に返上したはずですが、違いましたか王様?」
イツキは冷めた視線をバルファー王に向ける。王が許可してロームズに出したのに、責められるべきは自分ではないはずだと、エントン秘書官にも不機嫌な顔を向ける。
「・・・確かにフィリップは私が与えた伯爵位を12月に返上した。……その後、ロームズ辺境伯がロームズ領の伯爵位を授与し、次期ロームズの領主に指名した。……ふう……確かにイツキ君が提出した書類には、フィリップという名が記入されていた……が……」
歯切れの悪いバルファー王は、フィリップという名を見た時に確認しなかった、自分の失態であると認めるしかない。それはエントン秘書官も同様である。
「ロームズ辺境伯は、次期領主にフィリップ秘書……失礼、元秘書官補佐を指名されたのですか?」
「はい、マサキ公爵様。私はこれから本来の使命を果たさねばなりません。ミリダ国を手中に納められなかったギラ新教ですが、現在ダルーン王国をほぼ掌握しています。ミリダ国とカルート国がギラ新教国にならなかったからと言って、安心などできないと思っておいてください。私は暫く、ロームズから離れられません」
「「「 ・・・・・・ 」」」
イツキの衝撃発言に、マサキ公爵や領主たちは言葉が出ない。
「だからと言って、何故フィリップ伯爵がカルート国の貴族に・・・」
「カワノ領主は、ロームズ領が何処に在るのかご存知ないのですか?
カルート国と協力体制をとるため、フィリップにカルート国の伯爵位を授けたのはカルート国王です。確かにフィリップはカルート国の貴族位も持っていますが、次期ロームズ辺境伯に成る者です。
次期領主として、カルート国に出来る限りの協力をするのは当たり前でしょう?
カルート国が崩壊した場合、貴方がロームズ領を守ってくれるのでしょうか?
昨年ロームズが、ギラ新教に乗っ取られようとしていた時でさえ、王様もレガート軍も後手にまわり、まんまとハキ神国の侵攻を許してしまった。
は~っ、私は正直なところ、これ以上を、皆さんに期待していないのです。
今日、ロームズがダルーン王国に侵攻されたとして、誰がロームズ領の住民を助けてくれるのですか?レガート軍が10日後に駆け付けるより、カルート国軍の方が頼りになると分かりませんか?
ねえ、カワノ領主、……私やフィリップが、ロームズやレガート国のために、懸命にカルート国を救済することが気に入らないのなら、貴方がロームズ領の領主も務められては如何です?
王都ラミルから遠く離れ、他国の中に位置するロームズを、貴方が守れるというのなら、どうぞ。
いつ、他国に攻められるか分からない、吹けば飛ぶような小さな領地ですが、防衛費の半分は領主の負担です。しかも常に近隣国の情勢を把握しておかねばなりません。
あなたにとってカルート国のことなど他人事でも、ロームズの領主である私にとって、カルート国の崩壊は、ロームズ領の危機と同義なのです。
フィリップが1月から、何度も殺されかけながらカルート国の立て直しに尽力していた時、カワノ領主は何をしていましたか?
王様や秘書官や大臣たちは、カルート国の借金返済のための策を、当然考えられましたよね?
ミリダ国との戦争があったから、結論が出ていないなどという言い訳は、聞きたくありません。カルート国で直接指揮を執られていたカワノ領主なら、さぞかし良い案も考えられたことでしょう。
大陸一平和で豊かなレガート国を、ギラ新教から守るというリースとしての勤めは、明日限りで終了させていただきます。
これからは、ロームズ領を他国やギラ新教の侵略から護り、領地を発展させるため、次期領主のフィリップを補佐しながら、私はブルーノア教会の、リースとしての役目を果たしたいと思います」
イツキは旅立ちに際し、リースとしてはっきりと領主会議で断言する。
もうレガート国での、リースとしての役目は終わったのだと。
あとは自分達の力でやっていけと、受け取りようによっては、完全に見放したとも思われる言い方で断言した。
空気の読めないカワノ領主も、流石にこれ以上文句を言うことなどできない。イツキはこれから本格的に、リースとしてギラ新教と戦うと宣言したのだ。
リースとしてダルーン王国を助けるのか、はたまた他国でギラ新教と戦うのか、どちらにしても目の前のリース様は、強大な敵に立ち向かおうとしているのだ。
いろいろ思うところのあったイツキだが、あまりにも時代を読めないカワノ領主に、最後の最後で現実を自覚していただくことにした。自分の発言が他人からどう思われ、どのような影響を与えてしまったのかを。
そして王様や秘書官にも、決別ともとれる態度をとった。
結局午後から行われたカルート国についての話し合いは、カワノ領主とマキ公爵の報告を聞くだけになってしまった。
国王と秘書官は、借金返済方法や救済活動の仕方や内容について、明日の午後からのんびりと話し合おうと思っていた。今更イツキの前で、まだ何も決まっていないなどとは、口が裂けても言えなかった。
だから、複数ある案の中から決めたことを、来月には発表し実行すると、イツキに向かって約束し会議を終了した。
領主会議2日目の29日は、レガート大峡谷の開発、レガート冷鉱石の発見、管理組合の発足等について、ヤマノ侯爵の説明から始まった。
開発されるレガート大峡谷は、イツキがヤマノ侯爵から管理を任されている場所であると全員が知っている。だから、誰からも開発に異議など出なかった。
むしろ、レガート国を去る置き土産のように、またしても経済的に大きな利益を国にもたらす発見をしてくれたことに、感謝の気持ちしかなかった。
もう、ただただ有り難いという気持ちと、申し訳ないという気持ちから、その場に居た全員の顔色は……かなり悪かった。
午前の残りの時間で、イツキは今年のロームズ辺境伯杯の日程の変更と、出場枠についての変更の報告をする。
「日程を10月中旬から、26・27日に変えた理由は、学生の負担を減らすためです。
11月1日から始まる就職試験で、国の文官や軍、警備隊を受験する学生のことを考慮すると、宿泊日数と交通費の無駄を無くすことが可能になります。
出場枠ですが、時間の関係で今年から、警備隊本部、王宮、軍学校で予選を行い、2組に絞らせていただきます。ラミル上級学校とレガート軍本部は、開催本部になりますので参加は確定です。
上級学校の校長には、事前に希望を聞いており、全学校から支持を得ました」
イツキは、これは決定事項ですと言って、にっこりと笑った。その瞬間、癒しの能力【金色のオーラ】が無意識に発動した。
「今年もアタックインの優勝は、マキ領がいただくことになるだろう」
「マキ公爵、甘いですよ。うちは貴族の半数以上がアタックインを購入したので、かなり腕を上げたでしょう」
「いやいやネイヤー公爵(ホン領主)、それなら王宮でしょう。文官の多くがアタックインの同好会に加入し、仕事の後で毎日のように練習していますから」
エントン秘書官はホン領主向かって、挑戦的な視線を向け微笑んだ。
「イツキくん、王宮で働いている私やマサキ公爵は、領地枠で出場してもいいのだろうか?それとも、王宮枠の中で競うのだろうか?」
「そうですねぇキシ公爵様、領主や大臣、副大臣、部長、副部長、指揮官、副指揮官は、領地枠での出場を許可しましょう。でも本大会に出場するには、領地で上級学校の学生と対戦して勝たねばなりません」
「うっ……そうだった。予選は10月だったな」
キシ公爵は予選があると聞いて、う~んと唸りながらも遣る気のようだ。
「ところでラーレン侯爵(カワノ領主)様、今年の上級学校対抗武術大会は何時になりますか?夏休みの開催が決定していないので、学生の行事予定から考えると、秋大会の9月10日から30日の間しか時間が取れないと思うのですが、校長たちからも、ぜひ聞いて欲しいと頼まれています」
昨日のイツキとは違い、今日のイツキは朗らかである。にっこりと笑顔で質問する。
「ああぁ……春休みに開催できなかったからな。9月であれば時間もまだあるので、問題はないだろう。私の方から教育大臣に伝えておこう」
カワノ領主は仕方なさそうに9月開催を了承する。本当は今年の開催を来年に変更する気だったのだが、皆の前で議題にあげられては、できないと答える訳にはいかない。
心の中では、イツキが参加するラミル上級学校が、優秀な成績をとるのは気に入らなかった。でもまあ、ロームズ領に引っ込むようなので、参加しない可能性の方が高い。それならば構わないかと思ったりする、やっぱり残念な領主だった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
体調不良や諸事情あり、更新が遅れてしまいました。
次話は来週中に更新したいと思います。
今年も応援よろしくお願いいたします。




