旅立ちの準備(1)
ヤマノ上級学校で、3年生のレポート入賞者3人を、【レガート大峡谷管理組合】で働かないかと口説き落としたイツキは、夕食時間ぎりぎりでラミル上級学校に戻ってきた。
イツキ組の者は、従者のパルとルビンとホリーだけが食堂に残っていた。
「お帰りイツキ君。ヤマノ上級学校はどうだった?」
「ああ、万事上々だよルビン。冒険者になりたい学生や、新しい開発に関する仕事をしたいと考える学生が増えて、自分の住むヤマノを発展させようと、前向きに考えてくれる者が増えていた。実に喜ばしいことだ」
イツキはスープを飲み終え、パンを食べながら表彰式の様子を話して聞かせた。
ヤマノ出身のルビンとホリーは、これからのヤマノがどうなっていくのか、その鍵を握るであろう友人の話を真剣に聞く。
昨年の2人であれば、イツキに対して素直な態度などとれなかったが、イツキ組に入ったことは勿論だが、イツキの桁違いの実力や思考を知ると、自然と尊敬や憧れの感情が出せるようになった。
ヤマノ領の伯爵として、ヤマノの発展のために尽力し、壮大な計画を実行する姿は、臣下とは言わないまでも、仕える派閥の上司として認め、いや、上司としてのイツキに認められたいと思うようになっていた。
「ああホリー、今から私の部屋に来てくれないか?ドラス男爵のことで話がある」
「えっ?父上の?……分かった。一緒に行くよ」
イツキは食事を終え席を立ちながら、ホリーを自分の部屋に呼んだ。
そして従者のパルには、ある人物の所へ行き、30分後に部屋に来てもらえるよう、手筈して欲しいと指示を出した。
「イ、イツキ君、父が何かしたんだろうか?ヤマノ領で何かあった?」
自分だけイツキの部屋に連行?されたホリーは、イツキの部屋に入るや否や、青い顔をして質問した。
「そうじゃない。ドラス男爵には新しく立ち上げた【レガート大峡谷管理組合】の、組合長に就いてもらうことが決まった。期間は立ち上げの2年限定だ。
その後はホリー、君に組合の管理と、ヤマノ領に在る私の屋敷の管理を任せたい。
私はこれから他の仕事が忙しくなる。ヤマノ領の伯爵としての仕事はできないだろう。
ヤマノ上級学校の3年生3人は、既に口説き落として就職を決めさせた。
ホリーは1年遅れで卒業することになるが、組合の仕事が本格的に忙しくなるのは再来年からだ。卒業後は直ぐに、ドラス男爵を手伝い組合の仕事を覚えて欲しい」
「えっ?父が組合長?……卒業後は俺が管理する?・・・いやいや、そ、それは無理だよ。俺では力不足だ」
ホリーは絶対に無理だと言いながら、両手を一生懸命に振って断ろうとする。
「ホリー、私は言ったはずだ。君は将来、次期領主イエン様に仕えることになると。
領主一族を守り支える人間に成るため、勉強し力をつける必要がある。
私の領都の屋敷の執事は、ルビンの家から来てもらった。君は次男だから、名目上は私の代理として伯爵屋敷を使い、管理者としての役目を果たすことになる。
ヤマノ領は生まれ変わらなければならない。エルト様と一緒に、ヤマノ領を発展させてくれ。
これは、領主エルト様と私とドラス男爵の3人で話し合った、決定事項だ」
イツキは決定事項だと言い渡し、自己評価の低いホリーに、もっと自信を持て!お前ならきっとできる!力なんて元々有るものではなく、身に付けていくものだ!と、真剣な顔をして諭すように付け加えた。
「心配しなくても、私がヤマノ上級学校から引き抜いたメンバーは優秀だ。ラミル上級学校からも1人、引き抜く予定だ。これからこの部屋に来るので、一緒に口説き落とすぞ。ホリーが卒業するまで、先に働いて立ち上げ作業をしてもらう」
1人じゃない仲間と一緒だと言って、イツキはにっこりと笑った。
3年生のザクは、北寮の前に立って思い出していた。
それは昨年の春、ギラ新教徒だったブルーニやドエルに飲酒したことで脅され、悪事の片棒を担ぎ、優しい後輩のイツキ君を陥れることが辛くて、当時の執行部部長だったエンター先輩と風紀部隊長だったインカ先輩に、全て罪を自白した時のことを。
そして、その場に同席していたイツキ君こそ、学生のトップである先輩2人を指揮下に置き、ギラ新教徒であるブルーニたちと戦っていて、学校を退学しなくてもいいように、自分に策を授けてくれた大恩人だった。
あれからいろんなことがあったが、全てはイツキ君を中心に回っていた。
今では、話し掛けるのも緊張する領主様である。
卓越した頭脳と群を抜く武術の腕を持ち、想像もできないくらいの責務を背負い、レガート国のために戦っていた。
誰もが認めるカリスマ性と、人を率いるための圧倒的な実力と魅力を我々に示し、その存在自体が希望である。
緊張しながらザクは、イツキの部屋のドアをノックする。ドアを開けたのはパルだった。そして部屋の中にはイツキ君の他に2年のホリーが居た。
「いらっしゃい。ちょうどお茶を淹れたところだよ。どうぞ座って」と、イツキは明るい声でザクに声を掛け、追加のお茶をカップに注いでいく。
わざわざ自室に呼びだされた理由は何だろうと、部屋の中のメンバーを見ながらザクは考えたが、思い当たることがない。だからその表情は緊張で強張っていく。
「ザクは、2年生で経済コースに合格し、3年からは医療コースを取っているけど、就職は何処を狙っているんだ?」
「えっ、就職? ええっと、私は地元のホン領の商会で働くのもいいかと考えています。行商人にポルムやアタックインを売ったり、薬草栽培で得た利益の計算をしたり、作って売るという経験が、とても楽しかったんです」
振られた話題が想像もしていなかった就職の話だったので、ザクは驚いた顔をしたまま自分の希望を述べた。本来後輩であるイツキだが、いろんな恩もあり無意識でつい敬語になってしまう。
「中央で働かなくてもいいのか?お前の成績なら、王宮だって合格できるだろう?」
「ああパル、腹の探り合いをしたり、人を蹴落とすのは得意じゃないし、商会で働いて自分の力を試してみたいんだ。イツキ君のように、世界中を相手に商売できるような人間になってみたい……なんて、えっと、夢なんだけど、ハハ」
自分の話したことが恥ずかしくなったのか、急に赤い顔になりザクは照れてしまう。
「それは夢じゃないさザク。先日ザクが提出した【レガート大峡谷】に関するレポート、とても良かったよ。
視点がホン領の出身者らしく、観光だけでなく特産品を輸出するという考え方は、他の者にはない意見だった。
そこでだザク、単刀直入に言う。
私に力を貸して欲しい。君のその能力を、発足したばかりの【レガート大峡谷管理組合】で生かして貰えないだろうか?
夏大会の時に兵士や冒険者に使った湿布だが、あれはレガート大峡谷で産出される【レガート冷鉱石】から作ったものだ。これからヤマノ領とレガート国の特産品になる。
その【レガート冷鉱石】の本格的な採掘は来年からになるだろうが、大陸中に販売も開始される。それを一手に扱う権利を持つのが【レガート大峡谷管理組合】だ。
ホン領出身のヤマノ領主エルト様をお支えしながら、世界を相手に戦ってみないか?」
「は、はい?俺、いや私がですか?国の新しい特産品を大陸中に販売する?領主様をお支えしながら・・・?」
あまりの大きな話に、ザクは思考がついていかない。
「ザク先輩、ヤマノ領とレガート国のために力を貸してください。私も卒業後は管理組合で働きます。ヤマノ上級学校からも、既に優秀な3人の就職が決まっています」
ホリーはヤマノ上級学校の中で選ばれたのが、ザクだと知り驚いたが、元々ザクは勉強もできるし乗馬はトップクラスだ。何よりイツキが選んだ人材である。なんとしても口説かなければと力が入る。いずれ自分の部下として働いてもらう人材なのだ。
「どうして私なんでしょうか?確かに先日のレポートは入選しましたが、私はペナルティーも課せられています。もっと優秀な学生がいると思います」
「ザク、理由は君が優秀で、ホン領の出身だからだ。そして、経済コースに合格し、医療コースで学んでいる。組合の当面の収入は【レガート冷鉱石】と【薬草】になる。そう考えると、君以外に適任者はいない。・・・何よりも、私が設立する管理組合で働く者は、私自身が信用できると認めた者でなければ、任せられないからだ」
イツキは黒く澄んだ瞳をザクとホリーに向け、自分の真意を明かす。
「「信用できると認めた者……」」
ザクとホリーは同時に呟いて、それが自分なのですかと問うように、真っ直ぐイツキの瞳を見る。
「そうだ。大きな利権が動くから、汚れた大人や、自分の利益しか考えられない貴族には任せられない。大事なことだからこそ、私は信用できる友に任せたいのだ」
今夜のイツキは完全に領主モードだった。話を聞いているパル、ザク、ホリーは、イツキのことを完全にレガート大峡谷の領主伯爵と、ロームズ辺境伯様として見ていた。この話し方では、同級生の学生だと思えるはずもなかった。
でも、会話の中の【信用できる友】という言葉は、友から向けられた言葉である。
「あ、ありがとうイツキ君……俺を……信用してくれて。こんなに嬉しいお誘いは、2度とないだろう。全力で……全力で力を尽くすと……やく……約束します。選んでくれて……選んで……ううっ……」
ザクは嬉しくて嬉しくて、もう言葉にならなかった。次々に溢れ出る涙を指で拭きながら、懸命に声は出すまいと思うのだが、隣で一緒に泣き出したホリーにつられて、とうとう我慢できずに男泣きした。
執行部役員だった昨年のザクを知っているパルは、自分の主の言葉で泣くザクの気持ちがよく理解できた。本当にこの人は……と、益々自分の仕える主に惚れていく。
◇ ◇ ◇
6月28日、ラミル上級学校は夏期試験も終わり、今日と明日は夏期武術大会である。
しかしイツキは、久し振りの領主会議に出席するため、王宮へと向かっていた。
前回の領主会議は3月で、会議の途中で隣国ミリダとの開戦の一報が届き大混乱となった。
ホン領主とカイ領主とキシ公爵は、ミリダ国との戦争のために領地へ戻り、マキ公爵とカワノ領主は隣国の経済破綻を防ぐため、代表団を率いてカルート国へと出向いた。
先日カルート国から2人の領主が戻ってきたので、領主会議を行うことになったのだ。
「本日午前の議題は、ミリダ国との開戦とその後の決定事項について。午後の議題は、カルート国との経済協力と、その後の状況報告についてです。明日は、ヤマノ領主よりレガート大峡谷開発の報告、ロームズ辺境伯からロームズ辺境伯杯について、その他となります」
いつものように議事進行は、エントン秘書官の仕事である。
イツキは本当に久し振りに、国王や秘書官と顔を合わせた。
4月に王宮で倒れて以来、イツキは国王からの呼び出しに応じていない。春休みはロームズに帰っていたし、5月は【丘の上のキニ商会】の大きな行事があり、夏大会でも奔走し、6月はレガート大峡谷管理組合の立ち上げ等で忙しかった。
【レガート冷鉱石】の件は技術開発部に手続きを丸投げし、管理組合の承認はヤマノ領主と王都屋敷の執事さんに丸投げした。レガート大峡谷の件は、表向きイツキはヤマノ領の伯爵にしか過ぎず、正式な手続きを行う立場ではなかった。
「それでは、ミリダ国の現在の現状から説明します」と、エントン秘書官が話し始めた。
途中で、ギラ新教担当の【破壊部隊】レン指揮官からの補足や説明が入り、ミリダ国関連の報告の後、軍の改革を行ったので、その説明をギニ司令官が行った。
午後はマキ公爵とカワノ領主が、カルート国の現状と見通しを報告する。
「死んだはずの人間が、カルート国で大きな顔をしていたが、あれはどういうことなんでしょうかキシ公爵?王様はご存知だったのでしょうか?」
怒りの表情を隠そうともしないカワノ領主は、とあるカルート国の伯爵のことを話し始めた。
「はて、死んだはずの人間とは誰のことでしょうか?」
いったい何のことだ?という顔をして、キシ公爵はカワノ領主に視線を向けた。
今年もお読みいただき、ありがとうございました。
来年も書き続けたいと思っています。
どうか皆様、よいお年をお迎えくださいませ。




