ヤマノ領での仕事(1)
イツキはカウンターの前まで行くと、3人の学生に掲示板の前まで退避するよう小声で指示を出す。
「店長、この薬草を頼みます。ここでの取引が難しければ、不死鳥で換金するので遠慮なく言ってください。ああ、これ、私の冒険者証です」
イツキは緑の葉の中に、紫色の葉脈が浮き上がった、手のひら大の大きさの葉を数枚と、赤茶色の細長い芋のような根のような物を2個、鞄の中からカウンターの上に取り出し置く。そして、冒険者証も一緒に提示する。
20人近い冒険者たちが、カウンターの上に置かれた物と、冒険者証を見ようと集まってくる。
「はあ?中級冒険者だと!」と、イツキの隣に来た男が、冒険者証を見て声を上げる。
店長が素早くイツキの冒険者証をカウンターから取り、冒険者証の階級と名前を確認する。こんな度胸の座った少年が、只者であるはずがないと店長は思っていた。
確認した冒険者証はドゴル不死鳥発行の物で、登録は昨年、そして中級冒険者になったのは今年の春。登録された名前を見れば、キシ領の貴族の名前・・・そしてドゴルの店長や副店長だけに分かる、ある暗号が裏面に書かれていた。
1ー1ーA と。
店長は我が目を疑い、何度もその暗号を見て、イツキの顔を見る。
最初の1は要注意人物。次の1はドゴルの最上級待遇者を表し、Aは領主、又は重要採取場所を有する者を表していた。
これ迄に店長が見た暗号は、最高のものでも3ー3ーCであった。
それは、最初の3が、対応に失礼があってはならない者。次の3が出来るだけ便宜を図る者。最後のCが、子爵クラスの貴族で、採取物がある領地の持ち主……というものだった。
1ー1ーA・・・それは、対応に厳重注意が必要で、最上級の便宜を図るべき者、又は指示に従うべき者で、広い領地を有する侯爵以上の領主様を表していた。ちなみにBは伯爵以上の領地持ちを表している。
そもそも、貴族が冒険者登録することは殆ど無いが、ドゴルで買い物をする貴族の、顧客用の身分証として発行される会員証には、必ずこの暗号が記入されている。
店長は頭をフル稼働させて考える。目の前の冒険者は何者なのかを。
そして、イツキという名を見て、全てを理解した。
先日ヤマノ領主様から発令された命令文に、レガート大峡谷の管理者である伯爵の名前が書かれていた。その名前がキアフ・ヤエス・イツキだったと思い出した。
そして、その伯爵様は、ヤマノ領で唯一の伯爵様であり、あのロームズ辺境伯様であると、注意書がされていたのだ。
『ギャーッ!!』と、店長は叫びそうになり、イツキが右人差し指を口に当てているのを見て、なんとか叫ぶのを思い止まった。
何度か深呼吸をして、コクコクと頷くと、カウンターの上に置かれた芋のような物を見て目を見開いた。
隣に立つ薬草担当者も、どうしましょう?という視線を店長に向け固まっている。
カウンターの中の2人が固まっていることなど気付かず、冒険者たちは置かれている薬草の数々をじっと見て、何という名前だったかを思い出そうとする。
中には、学生が採取していた薬草半分の名を知っている者が居たが、その効能までは答えられなかった。
それでも納得がいかない数人の冒険者が「それならお前が全て答えてみろ!」とイツキに迫った。いや、迫ってしまった。
「それでは、ここに居る皆さんは、誰も認定を受ける資格が無かったと考えていいですね。では、興味のある方は聞いてください」
イツキは余裕で微笑みながら、学生3人を呼び、全ての薬草と効能を答えさせた。
「なんだって!これが幻の紫みどり草の葉?」
「こ、こっちは、1つ金貨10枚以上するという、山神の根だと?はあ?」
薬草採取に力を入れていた2人の冒険者が、信じられない……と震えながら言った。
金貨10枚以上という言葉を聞いて、どよめきが起こり、獲物を見るような視線がイツキに集まる。そんな凄い薬草を採取出来る中級冒険者を、涎を垂らしそうに見つめる。
「レガート大峡谷で活動したければ、勉強し、調査をしなければなりません」
「はあ?お前なあ、あそこには、薬草だけじゃなくて、獣や魔獣、鉱石や顔料だって有るはずだ。薬草採取以外の物はどうするんだ?偉い学生さんじゃ魔獣退治は無理だろう?」
イツキの前に立っていた大槍の男が、上から見下ろすようにイツキを見て威嚇する。
「レガート大峡谷は、最低でも2年は、調査するための採取を中心に行います。
それに、レガート大峡谷の魔獣は、退治しなくても誰も困りません。
調査とは、軍と協力して地形を調べたり、薬草の生息地を調べ、気候の変化、河の流れ等を記録し、沢山の書類を提出することです。
そんなこと、皆さんにできますか? 採取したものを、勝手に換金しないと誓約し、それを守るのは無理でしょう?」
イツキは溜め息を吐きながら、聞き分けのない子どもに言い聞かせるように話す。
イツキの物言いが気に入らない冒険者が、剣に手をかける。
「止めておけ!お前たちが敵うような相手ではない!もしも剣を抜けば、斬り殺されても知らんぞ。レガート軍と警備隊を敵に回す覚悟がなければ、全員出ていけ!」
店長が低く凍るような声で、全員を睨み付けて凄い気迫で恫喝する。
「すみません。代金は纏めて、お屋敷の方に届けさせていただきます。預り証にサインをお願いします。それから、【海の王者】と【峡谷の覇者】にチャンスを与えていただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ助かりました。多くの冒険者にも機会が与えられるよう、ドゴルでしっかり勉強させておいてください。同じ冒険者として、期待しています」
イツキはにっこりと微笑むと、店長と握手を交わし、3人を連れてドゴルを出ていった。
イツキたちが出ていくのを確認した店長は、は~っと大きく安堵の息を吐いた。
そして椅子の背凭れにドカリと背をつけて、大事にならずに済んだことを神に感謝した。下手をしたら、自分の首だけでは済まされないところだったのだ。
全然納得できていない冒険者たちが、いったいどういうことなんだと、店長に詰め寄ってくる。
「俺は可愛いお前たちの、命を救ってやったんだ。感謝しろ」と、店長は意味不明なことを言う。
どういうことだかさっぱり分からないと、皆が首を捻っているところに、夏大会でヤマノ組の引率をしていた、【峡谷の覇者】の3人がドゴルにやって来た。
「今のは、伯爵様だろう?いや、作戦参謀だっけ?何の用で来られたんだ?」と、リーダーのヨルク32歳が店長に声を掛けた。
明日から、王都ラミルのドゴル不死鳥へ行くと報告に来た3人は、いつもと違う店内の様子を見て眉を寄せる。
「ちょっ、もしかしてお前たち、今の方に何か失礼なことでもしたんじゃないだろうな?勘弁してくれよ。俺たち建設部隊の奴等に殺される」
ヨルクはそう言うと、本当に怯えるように両手で体を抱く。残りの2人も、めちゃくちゃ顔色が悪くなる。
「な、何でだよ!確かに中級冒険者らしいけど、偉そうに2年間は調査だからレガート大峡谷には入れないとか言ううんだぜ!」
「そうだよ、偉そうに薬草を並べて、薬草の名前が言えなきゃ、認定冒険者になれないとほざいたんだ!」
「貴族かなにか知らないが、自分達だけ薬草を採取しやがって、納得できない!」
あちこちから不満の声や、生意気なガキだと罵声が飛ぶ。
「お前ら死にたいのか?あの方は、ヤマノ領で唯一の伯爵様だぞ。レガート大峡谷の領主様だぞ!偉そうで当たり前だろうが!まさか、今みたいな失礼なことを言ったんじゃないだろうな?はあ?どうなんだ?」
ヨルクは激怒し、仲間の2人は頭を抱えてしまう。
この3人、いや、ヤマノ組に同行した冒険者の8人は、緑の高原からの帰り道、イツキについて建設部隊の者から、熱く熱く語られていたのだ。
レガート軍内では【災害級の来訪者】と呼ばれていること。警備隊では【悪を許さぬ黒き戦鬼】と呼ばれ、ギラ新教の殺し屋と死闘を繰り広げ、剣の師匠はソウタ指揮官とヨム指揮官で、その腕は天才的。おまけに、あのロームズ辺境伯様であると、本当の正体も聞いてた。
「ヤマノ領では、キアフ・ヤエス・イツキという名の、ヤマノ領の伯爵様。
冒険者証では、キアフ・ラビグ・イツキという、キシ領の子爵の名を使っている。
有名なのは、キアフ・ルバ・イツキ・ロームズという、9人目の領主様のお名前だ。
レガート式ボーガンを作り、ハキ神国との戦争を勝利に導き、ロームズ領に医学大学を造った天才だ」
店長はややドスの効いた声で、何も知らない冒険者たちに真実を教える。
店長は親友の警備隊の上官から、ロームズ辺境伯様の自慢話を、耳にタコができるくらい聞かされていた。そしてヤマノ領に駐留している軍の上官からも、ロームズ辺境伯様の数々の逸話まで聞かされていた。
どんな凄い領主様なのだろうかと想像していたが、言われていた通り、凛々しい少年のような容姿に聡明な顔立ち、そして、全く物怖じしない度胸と、底知れない不気味さ・・・
改めて思い出すと、大袈裟だと思っていた噂話も、真実だと納得させられた。
決して身分を笠に着ない。無駄に権力を行使せず、正義を貫く。聞いていた通りの人物であったと店長は納得し、2度と無礼を働かないよう、冒険者たちに徹底させなければと気合いを入れる。
「ロームズ辺境伯様は、軍と警備隊で指揮官補佐をしていたらしく、建設部隊の奴等が、作戦参謀と呼んでいた。レガート式ボーガンの腕前は天才的。剣の腕も国内で10人の腕に入るとか・・・
そしてヤマノ領のために、学生とロームズの領主の仕事をしながら、レガート大峡谷の開発を始められた。
2年間で調査を終えて、レガート大峡谷の入口にドゴルを作り、冒険者の入場を許可する予定なんだ。
冒険者が危険な目に遭わないよう道を作り、特殊な素材は技術開発部が買い取ってくれるらしい。同じ冒険者として、ともに頑張ろうと言ってくださった。
しかもロームズ辺境伯様は、俺たち冒険者のために、新しく開発した湿布を無料でくださって、俺たちは足腰の痛みから解放された。
ここだけの情報だが、昨年から出回るようになったポム弾は、冒険者のために、ロームズ辺境伯様が作られたんだ。ほれ、これだ」
ヨルクはポム弾を見せながら、今回の任務で知った、ロームズ辺境伯様の素晴らしさを長々と熱く語り、冒険者のことを考えてくれる領主様なんて、これまで居なかったと涙を浮かべた。
そして、俺はロームズ辺境伯様を尊敬し、役に立てるようになりたいと力説した。
その場に居た冒険者たちが一番驚いたのが、ポム弾を作ったのが、ロームズ辺境伯様だったという事実と、パッと見ひ弱そうなのに、一流の冒険者だったことである。
「今日の薬草だけでも、来年は上級冒険者に成っているかもしれない」と店長が言い、店内がしんと静まり返った。
この日以降、黒い瞳で黒い髪の小柄な容姿端麗な男に出会ったら、決して逆らってはいけない。決して迂闊に話し掛けるなと、ヤマノ領内のドゴルの職員と冒険者に、徹底的に叩き込まれることになる。
◇ ◇ ◇
イツキたち4人はドゴルに向かう前に、ヤマノ領の領都に在る、領主エルト様から借りた元子爵屋敷、今はイツキの持ち物である屋敷に寄って、3人の宿泊と夕食の準備を頼んでから出掛けていた。
バタバタと忙しい夏大会の途中で、イツキは使用人の面接をし、屋敷を整えるよう指示を出していた。
幸運なことに、家具類や食器類はそのまま残っており、布団や小物等の必要な物を購入するだけで済んだ。
執事として、ルビン坊っちゃんの家で働いていた、優秀な執事を紹介してもらった。伯爵家から子爵家に降爵されたので、執事と家令を置く余裕がなくなったと聞いたが、きっと困っている自分のために、力を貸してくれたのだろうとイツキは思っている。
他の使用人も、風紀部のホリーの父親ドラス男爵の伝で、取り潰しになった貴族屋敷で勤めていた、真面目で優秀だった侍女やメイド、警備の者を紹介してもらい雇い入れた。ヤマノ侯爵も、雇った使用人の調査をしてくれ、大丈夫だとお墨付きまで頂いた。
「お帰りなさいませ御主人様。お客様用のお部屋も準備できております。ご領主エルト様から、明日時間があれば寄って欲しいと連絡がありました」
これぞ執事っていう感じの男は、グレーの髪をきっちりと髪油で固め、服にはシワひとつなく、立ち姿も凛々しい。年齢は48歳で、長い間伯爵家に勤めていただけの貫禄と気品がある。顔立ちは一見冷淡そうに見えるが、笑うと目尻が下がるので印象がガラリと変わる。本人いわく、意識して笑わないようにしているとか。
「ありがとうバトラム。全てを任せっぱなしで済まないな。明日はゆっくりできるから、午前中にエルト様に面会しよう。それから、レガート大峡谷管理組合発足の許可が王様から出た。忙しくなるぞ。夕食後、私の執務室に来てくれ」
「はい、かしこまりました」
バトラムは軽く頭を下げ、学生3人を部屋へ案内する。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




