合同夏大会(7)
更新、遅くなりました。
霧で行方不明になった者に場所を示すため、そして、学生たちを落ち着かせるための歌合戦は、16グループによる対抗戦に突入していた。
曲目は何でもいいとしたので、流行りの歌や応援歌、古くから歌われている歌劇の曲、お祝いなどで踊る曲、子守唄に至るまで、様々な曲が披露されていく。
半分の8グループが歌い終ったところで、イツキは全員に新しい指示を出した。
「霧が引いていく時、風の流れが起こる。その流れが強いとテントが飛ばされる。至急簡単でいいので畳んでくれ!きちんと片付けるのは霧が晴れてからにする。だから、飛ばされない程度に下に降ろせ!絶対に出歩くな!下に降ろせたら点呼をして、リーダーは報告するように。点呼が済み次第、歌合戦の続きを始める」
イツキはよく通る声で、テントを降ろせと命令した。
まだ風が吹きそうな気配はないし、息苦しさを感じる程に霧は濃いままだった。
目覚めてからどれくらいの時間が経ったのか、学生たちのグループ戦も終了し、次は両校の教師の番になり、偶然にも両方が国歌を歌った。
冒険者の皆さんは、よく酒場で歌う曲を楽しそうに歌ってくれた。
客観的に聴いた限りでは、ヤマノ上級学校の方が歌は上手いような気がする。
でも、群を抜いて上手いのは建設部隊の50人だった。25人の2つに分かれていたが、どちらも毎日練習しているかのように美声だった。
「これまでのところ、建設部隊の皆さんがリードしているようです。さあ、これからは個人戦です。我こそはと思う方は、所属と名前を大きな声で言ってから、歌い始めてください。もちろん、推薦もありです」
イツキがそう言うと、「それじゃあ、ラミル上級学校執行部副部長のイツキ君を推薦します!」と、イツキの親友であり、親衛隊の隊長でもあるナスカが叫んだ。
すると、ほぼ全員から「ワーッ!」と歓声が上がった。
「イツキ様頑張ってください!」とか「イツキ君しっかり!」と、あちらこちらから声が掛かる。
イツキはナスカの声がした方を睨みながら、言い出しっぺの自分が拒否することはできないとあきらめて、霧が晴れることを願いながら、讃美歌を歌うことにした。
「それでは、皆さんの健康と、夏大会の成功と、早く霧が晴れることを祈って、讃美歌を歌いましょう」
イツキは中央の焚き火に向かって歩きながら、歌う曲は讃美歌であると告げた。
*** 空に太陽が輝き、命の息吹が満ちる大地、水は清く風は歌う・・・
イツキはスウッと息を大きく吸い込んで、透き通るソプラノで歌い始めた。
全員と言っても過言ではないと思うが、普通の上級学校の学生は声変わりが終わっている。だから、いきなりのソプラノの声に皆は驚いた。
そして、あまりの美声に『なにこれ?』とか『天使の声か?』等と思いながら、その清らかな歌声に心が洗われていく。
歌詞が、***我、神の声をききて祈る時、光射し道は開かれる・・・という場面に差し掛かった途端、それは突然始まった。
イツキの周りに1センチくらいの光の球体が無数に現れ、イツキの周りをクルクルと回りながら飛び始めた。
はじめは濃い霧のせいで、イツキの声がする付近から、何かキラキラと光るものが見える程度だったが、イツキの声が一段と響き始めると、その光の球体は一層眩しく輝きを放ち、『あれはなんだ?』と、皆はその不思議な光景を注視する。
そして、何となく風の流れを感じ始めたと思った瞬間、自分達の居る場所だけ突然霧が晴れた。
後方もイツキが居る中央もまだ霧は濃いままである。いきなり限られた空間だけが視界良好になったので、何が起こったのだろうかと皆は視線をさ迷わせる。
イツキの讃美歌は、まだ続いていた。
開けた視界の先の中央で、1人で立って歌っているイツキに向かって目を凝らすと、少しずつ薄くなり始めたイツキの周りの霧の中を、無数の光が渦を巻くように乱舞していた。
それは、言葉では表現できないくらい、この世のものとは思えない美しい光景で、半数の学生や建設部隊の兵士たちは、無意識のうちにひざまずき、両手を胸の前で合わせて祈りのポーズをとってしまう。
***・・・導きの声を聞きて祈る。命の限り生きて努めを果たし、神の子であると誓う ***
イツキの讃美歌が終ったと同時に、光の球体が空へと登っていく。
その不思議な光景を、全員が無言のまま目で追いながら見ていた。
そして、クルクルと回る光が空へと消えると、皆は感動したまま視線をイツキに向けた。そこには、一筋の太陽の光を浴びて光輝くイツキの姿があった。
イツキは両手を胸の前で合わせ、ひざまずいて祈っており、ゆっくりと立ち上がると、両手を高く空に向けて上げていく。
手の動きを追うように視線を空に向けると、ブルーノア語で【開け】と言って、まるで何かを払うように両手を素早くパッと開いた。
すると、急に風が吹いてきて、霧が動き始める。
何故か自分達の居る場所を避けて、どんどん霧は流れていく。
ただ呆然と、皆は奇跡のようなその光景というか現象を見ていた。
空から太陽の光が届き始め、辺りの霧が晴れてくる頃には、何事もなかったかのように、テントを畳んでいるイツキを見て、『なんで普通にしてるんだー!』と、全員心の中で盛大に叫んでいた。
「あ、あの、イツキ君・・・さっきの、あ、あれはいったい……」と、皆の視線を一身に浴びているイツキに向かって、勇気を出して質問した者が居た。イツキの担任のフォースである。
当然全員がその答えを聞こうとして耳を済ます。
「ああ、ありがたいことですね。どうやら皆さんの祈りが神様に届いたようです。讃美歌を歌って良かったなー。さあ、行方不明の2人を探しましょう先生」
イツキはいつもの極上の笑顔でさらりと答えて、行方不明者の捜索に行きましょうとフォースに言った。
「そ、そうか、あれは、イツキ君の讃美歌に、神様が答えてくださった……んだね?」
常日頃冷静なフォースも、他に返す言葉が見付からず、最後は疑問文みたいになってしまった。
『なんじゃそりゃ!』と大半の者は突っ込みを入れたが、声には出していなかった。
あれほどの神秘的な光景を、神の存在を感じた出来事を、さらりと神様のおかげのように言うイツキの言葉に、皆は益々混乱していった。
「よーし!霧も晴れてきた。朝食の準備を急げ!」
パンパンと大きな音で手を叩き、執行部部長のヨシノリが叫んだ。
朝食という言葉に、全員が現実の世界に戻っていく。そう言えばお腹が空いたなあと腹を擦りながら、全員が係りの仕事を開始していく。さすがヨシノリである。
「ちょっとイツキ君、あれ、大丈夫?」
皆に指示を出したヨシノリは、急いでイツキの元に走り寄り、イツキの耳元で訊く。
イツキの従者であるパルも走ってきて、心配そうにイツキを見る。
イツキがリースであると知っている2人は、正直この場をどうやって収拾したらいいものかと、真剣に考えて胃が痛くなっていた。
実はイツキ、狙って起こした現象ではなかった。
自分でも、こんなことになるとは思っていなかったのだ。
昨年12月の領主会議の時、ギラ新教に洗脳されていたミノス領主の記憶を消し、国王や領主たちを洗脳されないようにするため、禁忌の祈りを捧げたことがあった。あの時、イツキは新しい能力を神より授かっていたのだが、本人は全く気付いていなかった。
その能力は、自然を味方にする能力で、自然を操るのではなく、自然が勝手に味方してくれる……という感じの能力で、意図して発動できるものではなかった。
「実は、勝手に言葉が出てきて、意図せず力が発動してしまったんだ。ここは、何もなかったかのように振る舞い、不思議なことがあるものだ……で、誤魔化しましょう」
「意図せず・・・?それはそれで困る……のか?」
イツキの答えを聞いたヨシノリも、どうしたものかと首を捻るが、もうこれは神の領域なので、これ以上どうすることもできないと諦めることにした。
パルは自分の主が起こした奇跡に感動し、これからも必ず御守りせねばと、心新たに固く誓っていた。
「さあ、今朝のスープは薬膳スープです。疲れがとれるように薬草を入れましょう」
イツキは何事も無かったかのように微笑みながら、スープの準備を始めていく。
調理係りの学生たちは、チラチラとイツキを見るが声が掛けられない。なんだか畏れ多くて、今でも体が光輝いているかのように見えてしまうのだ。
「あれ、そう言えば、起きた時はあれほど痛かった足が……痛くない」
「えっ?そう言えば俺も痛くないぞ・・・」
「あっ!俺も、足も肩も痛くない。昨夜まで腕が上がらなかったのに、普通に上がる。なんでだ?」
調理係りの学生たちが、痛みが無くなったと言いながら視線をイツキに向ける。
その声につられたように、他の学生たちも「俺も痛くない」と声を上げていく。
「不思議ですね。きっと皆の歌が神様に届いたのでしょう。今日はいい日になりそうだね。そう思うだろう?」
これでもかという程の極上の微笑みを向けて、そう思うだろう?とその場に居た学生たちにイツキは問う。
「そ、そうだよな。きっとこれは、神様の祝福なんだ。やった!」
イツキの極上の微笑みに、勝てる者などこの場には居ない。調理係り責任者であるヤマノ組のサーチス(夏大会実行委員)は、ふにゃりと顔をゆるめて、自分の身に起きた奇跡を、神様の祝福だと思い喜びの声をあげた。
不思議なもので、【神様の祝福】という言葉がザザザーと広がっていくと、皆は何となくそれで納得していく。
スープが出来上がる頃には、行方不明だった2人がケガもなく見付かり、皆は安堵し神様に感謝した。急に信心深くなる一同だった。
そして、朝食中に分かったのだが、痛みが消えていたのは学生と教師だけだった。
まあ、冒険者や建設部隊の者たちは、日頃から鍛えているので、それほどでもないのだが、それでも妙に落胆していて、イツキはちょっと申し訳ない気持ちになった。
「みんな聞いてくれ!今日は高原で薬草採取をするが、見付けた薬草の株は半分以上残すこと。そして、目印として棒を立てておくこと。出来るだけ高原の端には行かないこと。それから、モンタンで空中散歩をする予定の8人は、夕食の前に飛ぶので係りの仕事の段取りをしておいてくれ」
イツキは朝食が終るタイミングで、今日の注意事項を伝える。
この後は、グループ毎に分かれて薬草採取に向かう。昼食時はまた集合して、食後はイツキが持参した少し小さいポルムで、足を使った新しいスポーツをする。
緑の高原は横に10キロ、中央に向かって7キロ近く続いている。ポルムが落ちる心配などない。
「イグモ少佐、すみませんが少し付き合ってもらえますか?」
「はい作戦参謀。何か問題でも?」
「いえ、そうではありませんが、つるはしと麻袋を4枚持ってきてください。これから、湖までモンタンで飛びます」
「了解しました。あの……体調は大丈夫ですか?今回は倒れたりとかは・・・」
「はは、心配を掛けたようですね。今回は大丈夫そうです」
昨年一緒にロームズに行ったイグモは、イツキの特異性を知っていた。何者かは知らなくても、教会の偉い神父様であることは知っている。そして、奇跡を起こして倒れていたこともよく知っていた。
イツキはモンタンを呼び、イグモと一緒に皆とは別行動をとる。湖を囲んでいる岩壁の、一部だけ違う岩というか未知の素材を採取しに行く。
実は先程、讃美歌を歌っている最中に、あの岩を砕き水で溶き、それをある薬草と一緒に混ぜて粘土状にした物を、湿布として使っている光景が視えた。
あの粘土のような岩は、どうやら薬剤として使用できるようだと分かったので、早速試してみようと思ったのだ。
運よく?建設部隊の者たちは、足腰の痛みが消えてなかった。きっと、あの素材で湿布を作って試せということなのだろうと、イツキは勝手に解釈していた。
気の毒な隊員たちである・・・
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




