合同夏大会(6)
午後から来たドゴル不死鳥の副店長に、売れる物を丸投げし、イツキは農業技術開発部から技術開発部へと馬車で向かった。モンタンが降りる場所がないので、モンタンはお留守番である。
「シュノー部長居ますかー?」と声を掛けながら、勝手知ったる建物の中にズンズン入っていく。
偶然今日は、技術開発課と科学開発課の合同会議だったので、全員が会議室……のような休憩スペースに集まっていた。
「いらっしゃいイツキ君」と全員が声を掛けてくれる。
特に、先日のファッションショーと同時に行った、お見合いパーティーに出席したメンバーの声が大きい。
考えてみれば、軍本部よりも、警備隊本部よりも、王宮よりも足を運んでいるのが技術開発部だ。
治安部隊指揮官補佐は降りたけど、技術開発部相談役は降りてない。だから、イツキにとってここは完全にホームだった。
「全員お揃いでちょうど良かった。ちょっとこれを見てください。何か分かる人は居ませんか?粘土より硬く、燃料鉱石よりも柔らかく、そして独特の臭いがあります。恐らく生き物には有害な何かが含まれていると思われます」
イツキは革の手袋をして、カバンの中から岩の塊を取り出し、ゴトンと音をたててテーブルの上に置きながら話す。
飛び付いて触ろうとしていた数人が、有害な何か……と聞いて慌てて手を引っ込める。
「イツキ君は今、レガート大峡谷に行ってる最中だよね?」
「はいそうです、シュノー部長。これはレガート大峡谷の中心に在る湖を囲んでいる岩壁の、一部の岩山を構成している物です。回りの岩山は普通の岩なんですが、この欠片の岩山だけ、草木が生えておらず、鳥も上空を飛んでいません。ですから、生物には有害な何かが含まれているのではないかと・・・」
イツキは置いた岩の欠片の側に、隣の普通の岩山から削った小さな欠片を置き、その違いが分かるようにする。
「色は全く違うな……本来は黒だよな。感じとしては燃料鉱石に似てるけどなぁ」
科学開発課のイリヤード課長(41歳)は、側にあった紙を問題の岩の下に敷き、トンカチで少しだけ叩いて小さな欠片を取り、紙の上で小さく砕いていく。
砕いた物を金属の皿に移すと、蝋燭に火をつけ火先をそっと近付けていく。
すると、パチパチと弾けるような音がして、緑色の火花が散った。
「緑色の火花・・・う~ん、反応はあるか・・・イツキ君、これ、全部使ってもいい?じっくりと調べたい。それから、一度現場にも行ってみたいな」
イリヤード課長は、すっかり研究者の目をして、真剣な顔つきで聴いてきた。
「はい、来週なら時間が取れます。学生が学校に戻ったら連絡します。くれぐれも用心してください。何かと混ぜる時は特に注意してくださいね」
イツキはそう言うと、あとは任せて、仲間の待つ緑の高原に向かって帰っていく。
緑の高原に向かいながら、これから開発が進むレガート大峡谷と、それを管理する人材のことを考えて、イツキは頭を悩ませていた。
人材が足りない。全く、全然、思い当たる人物がいない。
領主エルト様から、領都で屋敷を借りることが決まっている。
ヤマノ領に一人しか居ない伯爵の、屋敷が領都に無いというのは、貴族としてはかなり無理があるらしい。
本当は褒賞として屋敷を下げ渡すと言われていたのだが、丁重にお断りして、借りることにした。
昨年ギラ新教徒であると判明し、取り潰された子爵の家を借りるのだが、無人にしておくことはできない。
かと言って、優秀な執事や家令の当てもない。はっきり言って金もない。
は~っ……誰か人材を貸してくれないかな・・・金鉱でも見付からないかなぁ・・・
薬草は国のため、大陸のために栽培したい。そうなると、採取して簡単に売って利益を出すこともできない。冒険者には、薬草の採取を禁止したいところだ。
せめて半分近い場所の調査が終わるまでは、生息地を荒らされたくない。
燃料鉱石でもあれば、自然を破壊しない程度に採掘してもいいのだが……他にも宝石等が出ればお金になるのになあ・・・などと考えていたら、元気なモンタンが飛行速度をあげたので、いつの間にか目的地に着いてしまった。
イツキが緑の高原に到着した午後4時には、ヤマノ組は到着していたが、ラミル組はまだだった。
上空から見た様子だと、頂上は目前だったから、間も無く合流できるだろう。
到着したヤマノ組の様子を見ると、何処までも続く美しい緑の平地に驚きながら、目的地到達を喜んでいた。
標高が高いので、緑の高原の先にある岩壁や、遠くに高さ4,000メートルのレガート山も見え、モンタンに乗らなくても、レガート大峡谷を見渡すことができた。
ヤマノ上級学校は海に近い場所に在る。だからこそ、今見ている景色に大きく感動しているのだろう。
イツキはもう少し高原の中心に移動するよう指示を出し、目印になる大きな木の絵を冒険者のファベリックに渡して、ラミル組が登ってくる場所へと1人で向かう。
予定の場所から登ってきたラミル組と合流したイツキは、登りきって感動している皆を急き立てて、ヤマノ組と合流するために移動させていく。
途中で「疲れた」とか「もう限界」とか「足が痛い」と泣き言をいう学生たちに、「今日は自慢のスープをご馳走しようと思っていたけど、止めようかなぁ……」と言って軽く脅し、最後の気力を振り絞らせた。
合流したイツキは直ぐにスープの準備に取り掛かった。
具材の野菜は特別に、農業技術開発部から頂いてきた。モンタンは荷物運びでも大活躍である。
400人に近い人数のスープを1人では作れないので、調理係りの数人と一緒に奮闘する。今夜のスープは、軍学校時代にピータに教えて貰ったピータスペシャルで、肉は湖で仕留めた鳥である。
仕上げに香草を入れると、ふわりと美味しそうな匂いが広がっていく。
学生も教師も冒険者も、イツキの作るスープの匂いを嗅ぎながら、お腹をグーグー鳴らしてしまう。
明日の朝もイツキはスープを作る予定だが、具材に疲れを取るための薬草を使う予定で、とても高価な薬草であることは黙っていようと思っている。
今夜の夕食は、貴族の皆さんが脱落したので、建設部隊の皆も合流して、目的地到達祝いと、両校の友情を深めるための宴会をすることにした。
グループ毎の簡単な自己紹介から始まり、今回の行程で苦労した場所や、倒した獣の話、景色の素晴らしさ等を競うように話していく。夕食が終わる頃には、両校の学生はすっかり打ち解けていた。
軍コースをとっている学生から、建設部隊の隊員に様々な質問も飛んだ。
隊員たちは、軍の苦労話や、尊敬する上司や、入隊後の訓練等について、面白おかしく話して聞かせる。こういう機会でも無い限り、学生たちが直接軍の様子を知ることはできない。きっと、建設部隊の株は大いに上がっただろう。
ただ、殆どの隊員が尊敬する上司にイツキを挙げたため、冒険者たちにイツキがロームズ辺境伯だと知られてしまい、顔色を悪くさせてしまった。
おまけにリバード王子が参加していると知った瞬間、冒険者たちは暫く固まって、再稼働するのに時間を要した。
ヤマノ上級学校の学生が、前年度までイツキが治安部隊で働いていたと知り、イツキに向ける視線が一段とキラキラして、イツキの居心地は少し悪くなった。
最年少入学したリバード王子は、ヤマノ組に畏れ多いと距離を取られていたが、気さくで明るい人柄だと分かってからは、普通に話ができるようになった。
楽しい夜は更けていき、疲れもあって皆は直ぐに熟睡していった。
予定より少し早く目覚めたイツキは、自分たちの居る場所が、徐々に霧に覆われ始めたことに気付いた。
驚いたことに霧はどんどん濃くなり、ほんの5分足らずで視界ゼロに近い状況になってしまった。
「全員起きろ!そして絶対に動くな!各グループで点呼を取り、人数の確認をしろ!」
イツキは大きな声で叫びながら、まだ寝ている全員を起こしていく。
こんな状況で動くと命に関わると判断したイツキは、建設部隊に頼んで、昨夜全テントの中央部に作っていた焚き火に、急いで火を入れてもらう。
「1番のグループリーダーから順に、点呼の結果を報告せよ!」
嫌な予感がする中、イツキは指揮を執りながら人数を確認する。
学生は全員確認できたが、教師が1人と兵士が1人居なくなっていた。
トイレに行ったか、散歩に行ったか、全く手掛かりもない。かと言って、捜索隊も出せない。近い場所で動かずにいてくれることを願うしかない。
「ここは高原だから、暫くすると風が出る。どうしてもトイレが我慢出来ない者は、中央の焚き火に向かって移動し、火の近くで用をたすこと。外側に移動すると戻れなくなるぞ!」
焚き火が見えないグループが無いかどうか、イツキは各グループリーダーに声を掛け確認する。
なんとか焚き火の明かりだけは、ぼんやりと見えるようで、我慢出来ない者だけが移動を開始する。
イツキ自身も体験したことがない濃い霧は、目印が無くなった途端に方向感覚が分からなくなってしまう。登っているはずの太陽さえも、全く見ることができなかった。
隣のテントさえもハッキリ見えない有り様では、代表者会議をするのも危険である。
イツキは焚き火の中から火のついた木を1本取り出し、建設部隊のイグモ少佐とサガン大尉、冒険者リーダーのホルベットとファベリック、引率教師の代表2人を探すためテントを回る。
探し出した者は全員が手を繋いでいき、イツキは自分のテントに6人を誘導する。そして急いで責任者会議を始めた。
「イツキ君、この霧はいつ頃晴れるだろうか?」
「フォース先生、それは私にも分かりません。しかし、気温の変化で風が起こると思います。考えてみれば、この高原の緑は、この霧が作り出しているのかも知れません。心配があるとしたら……どれだけ強い風の流れが来るかです。急な変化が起こった時、冷静に対処させねばなりません」
行方不明者の名前を確認後、イツキは天候の見通しについて語り、学生の動揺を防ぎ、行方不明者が帰れる方法を話し合う。
「全員に歌をうたわせましょう。帰る場所が分からなくなった2人も、声を頼りに移動すれば、もしかしたら戻れるかも知れません」
意外な意見を言ったのは建設部隊のイグモ少佐だった。
「それはいいかもしれません。歌でリラックスさせ時間を稼ぎましょう。折角ですから、競争も取り入れましょう」
イツキはそう言うとニヤリと笑い、対抗方法を考えていく。
「これから、行方不明の2人に届くよう、歌合戦をする。先ずは学校対抗、次にグループ対抗、そして教師対抗、最後は学生代表、軍代表、教師代表、冒険者代表で戦うこととする。始めは両校の校歌とする。指揮者が居ないので、両校の執行部部長が歌い始め、直ぐに全学生が続くように」
「「ええぇーっ!歌合戦?」」と、全員から声が上がるが、さらりと流して、イツキはラミル上級学校執行部部長ヨシノリを指名した。
ここからイツキの、お決まりの無茶ぶりが始まる。
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集いし友と語る夢 未来を開く学舎の 英知が示す道なれば 共に競いて歩みいく
誇り高きレガートの 歴史を背負う気概持ち 進むは国のためと決め
・・・・ああ、我らラミル上級学校 高き望みを胸に抱き 励め力の尽きるまで
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ヨシノリが声を上げると、直ぐにラミル上級学校の学生が後に続いて歌い出した。
始めは恥ずかしそうに声を出していたが、次第に声が大きくなる。
3番まである校歌を歌い終えると、ヤマノ上級学校の学生から、歓声と拍手が贈られた。
続いてヤマノ上級学校執行部部長のセドリックが、お返しとばかりによく通るテノールで、皆をリードするように歌い始めた。
ヤマノ上級学校の校歌は、海や街の美しさ、自然に恵まれた大地を讃える歌詞が多く、栄えよヤマノ、導きの旗手に成れという感じの内容だった。
次にイツキは建設部隊を指名した。
突然振られた隊員たちは、軍歌を歌うか、建設部隊の隊歌を歌うか迷ったが、レガート軍歌を歌うことにした。
実は建設部隊、先のミリダ国との戦争の時、ポルムゴールで勝利した方が軍歌を歌えるという決まりを作って、毎日のように歌っていた。なので、予想外に上手かった。
グループ対抗曲の打ち合わせ時間を10分与えたイツキは、テントを少し離れた場所で、空気の流れと温度の変化がないかどうかを観察する。
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