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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
最後の仕事

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201/222

合同夏大会(5)

 イツキがその岩壁の近くまで来ると、確かに何か嗅いだことのない臭いがした。

 甘いとか酸っぱいとかではなく、火山の周辺で臭う硫黄のような、でも、そこまで嫌な臭いではなく、表現するのが難しい未知の臭いだった。

 草木が生えていない時点で、素手で触るのは危険である。

 臭気に関して言えば、今のところ人体に影響はない。鳥の死骸も落ちていないので、即効性の高い毒を含む臭気ではなさそうだ。


 取り合えず岩の正体を突き止めるため、明日技術開発部に標本として持ち込むことに決めた。

 剣で普通の岩の方を割り、割った岩で標本用の岩を削っていく。

 手応えとしては柔らかい。もちろん岩として考えたらだが、固い粘土のような感じだ。燃料鉱石より柔らかく粘りがある。採取した部分の色は焦げ茶だが、割った先の岩壁は黒だった。元々黒い物が、空気や雨に因って変色している可能性もある。


 イツキはすっかり研究者になり、薬草採取のための時間を、付近の岩盤の調査に充ててしまった。

 モンタンで岩壁の反対側に行って、岩山全体を観察する。

 その岩山だけが特殊なのか、付近にも同じような地質の場所があるのかを調べているうちに、午後5時を過ぎていた。


 イツキは急いでラミル組の夜営地に向かった。

 ラミル組の今日の夜営地は緑の低地で、今日の午後は800メートル級の岩山を登って、下った場所が緑の低地だった。

 大河からは離れたが、小さな支流が流れていて緑の多い場所である。

 およそ5キロ四方が緑の低地で、後方は登ってきた岩山、前方に聳えているのは、高さ1,000メートル以上ある広い高原で、一般的な山とは違い、平らな高原が10キロ以上続いている。


「お疲れさま。今日の空中散歩は誰だっけ?当番の仕事が落ち着いていたら、これから案内したいんだけど」


到着したイツキは、テントを張る作業をしていた皆に話し掛けた。


「お帰りイツキ君。今日のモンタンは、リョウガとデルトだよ」


進行係りのリーダーであるミノルが、今日の幸運を引き当てた2人の名前を告げる。

 昨日とは違い夕焼けの時間には少し早いが、イツキは2人を順番に乗せて飛び上がる。眼前には緑の高原が広がり圧倒される。


「凄い。今日登った岩山の頂上から見た景色も凄かったが、これは……言葉では上手く言い表せない景色だ」


イツキ親衛隊の副隊長であるリョウガは感動のあまり、それ以上の言葉を続けられなかった。

 次に乗せた体育部部長のデルトは、どうやら高い所が得意ではなかったようで、チラチラと景色を見ては目を瞑っていた。それでも「ワーッ!凄いな」と驚き、見たこともない景色に感動していた。


 夕食を済ませたイツキは、今日採取した石のような粘土質の物体を持って、教師と冒険者に見たことがないかどうかの確認をした。誰も見たことがなかったので、技術開発部で調べて貰うことが決定した。

 翌早朝、イツキはこれ迄に採取した物をモンタンに積み込み、ヤマノ組の採取物も積み込むために移動する。




 ちょうど朝食時間に到着したイツキは、昨日の様子をリーダーや教師、冒険者から聞いて、荷物をモンタンの近くに纏めて置くように指示を出す。こちらもまだ、採取した物は多くない。

 今日のヤマノ組は、ラミル組と同じで、最終目的地である緑の高原に登る予定である。

 皆がテントの片付けをしている間に、イツキは今日の空中散歩を引き当てた2人を上空へと連れていった。


「あれが今日の目的地です。登り口の目印はあの大きな茶色い岩です。忘れないでくださいね」

「イツキ君、俺、体力ないから、先に緑の高原に降ろして貰えない?」

「おや、実行委員のお言葉とは思えませんがカズヒサ君?」

「私は植物部なので、日頃鍛えていないんです……先に薬草採取しておきます」


夏大会実行委員のカズヒサは、既に足が痛くて登れそうにないと弱音を吐く。何せ目的地の緑の高原が眼下に広がっているのだ。楽をしたくなる気持ちは理解できる。


「そうですか、残念ですねぇ……今年のラミル上級学校には、最年少入学したリバード王子がいらっしゃるのに、交流会で同じ苦労を分かち合った友として、お話しするのが難しくなりますね」

「えぇっ!リバード王子も参加されているのですか?」

「当然ではありませんか。では、降ろして差し上げましょう」

「け、結構です。頑張ります。死ぬ気で頑張らさせてくださいイツキ様」


途中から敬語になっているカズヒサは、リバード王子に会えると分かり俄然元気になった。下級貴族や平民が、王子に会える機会など殆どないのだ。


 今日の行程の打ち合わせを終え、荷物をモンタンに積み込み、冒険者や学生たちの見送りを受けながら、モンタンに乗ろうとしていると、ヤマノ領の貴族2人が、走ってイツキに近付いてきた。


「イツキ伯爵。私は男爵のエバーデと申します。我々貴族の調査団は、本日も此処で夜営をしようと思います。雇った冒険者たちが、自分達の採取した獣や、珍しい石を早くドゴルに持ち込みたいからと、隊列を離れて半分が帰ってしまいました。あの~っ……申し訳ないのですが、軍から護衛の者を4人だけ回していただけないでしょうか?」


見た目30歳くらいのエバーデ男爵は、未開の地に入るのにはやや不似合いな服を着て、軍から護衛を回して欲しいと頼んできた。話の中では申し訳ないのですがと言っていたが、まるで当たり前のように要求する。


「それは無理です。今回軍の建設部隊は、護衛任務を指示されていません。学生の護衛さえしていないのに、命令外の仕事をすれば、責任者は軍法会議にかけられ処罰されます。そもそも何故、護衛依頼の途中で冒険者は帰ったのでしょうか?」


イツキは面倒臭そうな顔をして、ピシャリと申し出を断った。

 そしてヤマノ組を引率してくれている、ドゴル不死鳥所属で冒険者のリーダーを勤めているファベリックに、イツキは問うように視線を向けた。


「それは明らかな契約違反です。依頼主である貴族の方々の許しもなく、現場を離れて帰るなど常識では考えられません」


同じ冒険者としても、到底許せないことだとファベリックは怒りを露にした。


「あっ、そうではありません。ドゴルに換金しに行くことは許可しました。獣は早くドゴルに持ち込まないと価値が下がると言われましたので……それに、換金したら直ぐに戻ってきます」


エバーデ男爵は、契約違反ではないのですと釈明する。

 イツキはフウと短く息を吐き、ファベリックは呆れた顔をしてエバーデを見る。


「それでは、冒険者の数が減ったのは貴族の皆さんの利益のためと言うことですね。

 それは上級学校の夏大会とは関係のない話です。

 それと、申し上げておきますが、レガート大峡谷の領主である私に断りもなく、獣以外の物を勝手に持ち帰る行為は窃盗です。ヤマノ領からの侵入路における我が領地は、現在侵入を許可していません。今回は侵入を許可しただけで、貴殿方に獣以外の採取を許可した覚えはありません。

 ヤマノ領内のドゴルは勿論、国内全てのドゴルに、きちんと通達を出しています。

 今回皆さんは、冒険者登録をして参加されているはずですから、本当に換金してしまうと、資格は剥奪されることになります。そうですよね?上級冒険者のファベリックさん?」


「当然です。冒険者の採取場所は決められています。特別に禁止がかかっていない場所なら、何を採取しても構わないが、場所によっては、薬草・顔料・鉱石・宝石・香木等の採取を禁止している。その決まりを破れば、冒険者の資格の剥奪か、領主に罰金を払うことになる。冒険者なら、当然知っていることだ」


イツキの問いに答えて、ファベリックは説明していく。何処かまだピンときていない貴族よりも、貴族に雇われていた残りの冒険者たちの顔色が一瞬で悪くなる。

 仲間が捕まれば同じパーティー全員が調べられ、下手をすると資格の剥奪は免れない。


「いや、俺たちは確認したぞ!ここに居る貴族の旦那に。採取した物の半分の金は、俺たちの物にしてもいいと言われたんだ!」


顔色の悪い貴族が雇った冒険者の一人が、自分達が悪いんじゃないと叫んだ。


「残念です。皆さん、急いでドゴルに向かわれた方がいいですよ。既に換金されていた場合は、ご領主エルト様に申し出て、罰金で済むようお願いしてください」


それだけ言うと、イツキはさっさとモンタンに乗り込んだ。

 近くに居た者は、モンタンに飛ばされないよう急いで距離をとったが、呆然としていた貴族様ご一行は、突風に飛ばされ転げていた。



「さすがイツキ様。容赦ないですね。さあ、我々は出発しましょう」


同じヤマノ領の貴族の子息である風紀部のホリーが、嬉しそうな顔をして号令を掛けた。

 今回参加していた4組の貴族たちは、ホリーやルビンの父親とは仲の悪い派閥の貴族たちだった。彼らは自分達の利益を守るため、ホリーの父親の参加を阻み、誰よりも先に陞爵しようと画策していた。

 だが、今回の夏大会に参加しているヤマノ領の貴族の子息全員に、イツキは特別許可として、親の代理でレガート大峡谷の調査を認めていた。

 勿論そんなことは口外禁止にされており、調査報告書を提出する義務を果たしたら、口外してもよいと許可証には書かれていた。




 イツキとモンタンが、農業技術開発部に到着したのは昼前だった。


「いらっしゃいイツキ君。昼食まだだろう?一緒に食べよう。荷物は全て会議室に運び込んでくれ!午後から来るドゴル不死鳥の者と一緒に、食後は選別作業をする」


出向中のポート先生が、部下に指示を出しながら、嬉しそうにイツキを食事に誘った。


「お疲れ様ですポート先生。まだ量は少ないですが、珍しい薬草も有りましたよ。それから、ぜひ先生の意見をお訊きしたい案件があります」


「私も女学院の香水作りのことで、相談があるんだがいいかな?」

「勿論ですポート先生」


イツキの到着を心待ちにしていたポートの様子に、イツキは笑いながら応えた。

 食後の作業は、先に採取した物を選別していく。

 ドゴル不死鳥に売る物と、農業技術開発部で栽培または研究する薬草を分けていく。

 珍しい薬草についてはイツキしか知識が無いので、栽培や乾燥方法の指導もしなければならない。特に栽培についてはメモを取らせながらの指導をする。


「ロームズ辺境伯様は、本当にブルーノア本教会発行の薬剤師資格をお持ちなんですね。私では半分くらいしか名前と効能が分かりません」


イツキのてきぱきとした指導を受けながら、最近薬剤師として雇われたベントン(28歳)が、感心したというか尊敬の眼差しをイツキに向けながら言う。

 ベントンはイントラ高学院を卒業後、ハキ神国の大きな薬種問屋で働いていたが、家業の薬種問屋を継ぐためラミルに帰ってきた。まだまだ親が元気だったので、農業技術開発部の試験を受けて最近就職したばかりだった。


「問題はこの薬草です。採取した場所は川の浅瀬でした。その為、栽培するなら常に綺麗な水が流れている環境が必要です。敷地内にそんな場所が在りますか?」


「大丈夫だよイツキ君。ベントンの指導で最近川から水を引く工事をしたばかりだ。敷地内の一部をぐるりと回って川に流れを戻しているので水は綺麗だ」


 ポート先生とベントンの案内で、引き込んだ川を一緒に見に行く。

 上手く日陰の部分も作ってあり、イツキはベントンの優秀さに嬉しくなった。ぜひロームズ医学大学にも指導に来て欲しいと考えて、いい笑顔をベントンに向ける。


「ベントンさん、明後日、私と一緒にレガート大峡谷に行ってみませんか?」

「えっ?私なんかが行っても良いのでしょうか?」

「勿論です。若くて体力のありそうな助っ人は、何人居ても困りません」

「イツキ君……私は?私もまだ30歳なんだけど」

「ポート先生はここの責任者ですから、王宮の許可が要りますよね?」

「黙っていれば分からないと思うが?ダメなのかい?」


自分を誘って貰えなかったポートが、悲しい顔をしてイツキに嘆願する。

 イツキは今日一番の笑顔で「それではこっそりと」と言って、持参して欲しい物を、ちゃっかりと書き出し始めた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

更新が遅くなってすみません m(__)m

暫く週1~2回の更新になります。よろしくお願いいたします。

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