イツキ、準備に追われる(2)
午前9時、屋敷を破格の値段で売ってくれたクーデル不動産商会のクーデル42歳と、ミノス領で木材商を営んでいるクーデルの弟マイス40歳が訪ねてきた。
休日だけど出勤してくれている事務長のティーラが、2人を2階の主の執務室に案内する。
「ロームズ辺境伯様おはようございます。こちらは弟のマイスです」
「おはようございますクーデルさんマイスさん。どうぞお座りください。こちらは事務長のティーラ、僕が居ない間のことは全て任せてあります」
イツキは微笑みながら、テーブルの上に出来上がったばかりの設計図を広げた。
「大変申し訳ないのですが、学生アパートと職員アパートを優先して建てて欲しいんです。本来なら学校が用意するところなのですが、そこまで手が回りません。学生と職員のアパートですから、間違いなく全室入居を保証出来ます」
「こ、この図面は……初めて見る間取りですね。設計は何処の商会が手掛けたのでしょうか?全室個室……う~ん……結構木材が必要そうですね」
クーデルの弟マイスは、図面を見ながら唸る。イツキが広げて見せた図面は全室個室で、学生アパートの方は作り付けのベッド・クローゼット・机があり、広さは3畳程で余分なスペースが全く無かった。職員アパートの方はほぼ同じ造りで広さは4畳、机の横に整理棚がある。
これまでの常識では、学生アパートは4人部屋、職員アパートは2人部屋というのが定番だったのだ。
「医学生は集中して勉強するスペースが必要です。談話室を作らない代わりに食堂を広くします。職員アパートは食事を提供しないので談話室兼食事スペースを作ります。それから図面は僕が作りました。専門家ではないので、強度不足や構造上の欠点があれば直してください」
「「えっ?領主様が図面を描かれたのですか?」」
「はい。何分、時間も人手も足りませんから、出来ることは遣ろうと思いまして」
イツキはお金も無いので……とは言わなかったが、当たり前のようにそう説明する。
しかし説明を受けたクーデルとマイスは、図面をジーっと見ながら、こんな精密な設計図が描ける領主様が、いったい何処に居ると言うんだー!と驚きが隠せない。しかもまだ、上級学校の学生だったはず……
イツキはロームズで、元町長の弟であるエイドから、図面の書き方の手解きを受けていた。そしてロームズを発つ前に、大学の建物や研究室棟の図面を描き終えていた。
「承知しました。この図面で大丈夫かと思います。他にホテルも必要だと聞いておりますが、規模的にはどのくらいでしょうか?料金設定をお聞きして建てようと思います」
建設担当のマイスはにっこり笑うと、無駄な話は必要ないと思い本題に入る。
木材商と建築業をしているマイスは、兄クーデルから領主様は上級学校の学生だと聞いていた。そんな子供と商談が本当に出来るのだろうかと実は不安に思っていた。
全てお任せします等と言われたら、図面だけでもひと月は必要だし、後からあれも要る、これも要ると言われたら1年で完成させることなど不可能だと考えていた。
しかしどうだ……目の前の領主様はプロ顔負けの設計図を描き、はっきりとしたビジョンを持っている。見掛けは子供のようだが、若くして領主に抜擢されただけの才覚を持っていたのである。
「はい、今ロームズに在るホテルは一般の旅人が宿泊するホテルで、料金は1人朝食込みで150エバーから250エバーで、部屋数は30くらいです。これから建てるホテルは、朝食込みで300エバーの部屋を10、500エバーの部屋を10、貴族用に1,000エバーの部屋を10、3,000エバーの部屋を2とランクを分けて頂ければと思います」
「そんな高い料金設定で大丈夫なのでしょうか?」
イツキの話では高級ホテルになってしまう。田舎のロームズにそんな高額ホテルを建てて、泊まる客が居るのだろうかと、クーデルはつい不安になってしまう。
「これからロームズに作る中級学校は、一般クラスと特別クラスを作る予定です。特別クラスは完全英才教育を行い、貴族や商家等から高額な授業料を頂きます。そしてロームズに、販売専門のドゴルを作ります。このドゴルは特殊な物のみを取り扱います。僕はロームズを大陸一の学都にしようと思っていますが、ロームズブランドを作り出すことにより、ロームズを格上げするつもりです」
「ロームズブランド……」(クーデル)
「格上げ……」(マイス)
「誰でも気安く訪れられそうで……実際はそうではない。そんな特別で憧れの町に造り上げます。悪人やガラの悪い人間が近付き難い町、そして、大陸一治安の良い町にするつもりです。その為に、色々と考えていることもあります」
イツキはにっこりと笑い、そこから色々考えていることの一部を2人に打ち明ける。
ホテルの一角に、アタックインを2台設置して貰う。そして500エバー以上の部屋に宿泊した者だけが、プレイすることが出来るようにする。
そして年に3回、ロームズで世界大会を開催する。優勝・準優勝者にはロームズ辺境伯が少し賞金を出す。最後の3回目はチャンピオン大会とし、優勝者にはそれなりの賞金と副賞を贈る。当然参加料は払って貰う。
参加者の殆どは貴族になるだろう。
これまでランドル大陸で世界大会が行われてきたのは、ブルーノア教会が主催する武術大会だけである。
イツキは大陸中の貴族をロームズへ集め、ロームズ領の知名度を上げ、アタックインを広めようと思っている。そしてもう一つ、ギラ新教徒を炙り出すつもりである。
「あぁ、すみません。アタックインはこれからレガート国の特産品になる予定のゲームです。暫く極秘でお願いします」
イツキはそう言うと、領主の顔でにっこりと笑った。
イツキの壮大な計画を聞いた2人は、目の前の若き領主の夢を一緒に叶えたくなった。それが実現するかどうかは分からない。しかし、この領主ならば実現させることが出来るだろうと、代々商売をしてきた店主だからこそ……そう思えたのだった。
昼食後、事務長と打ち合わせをしていたら、屋敷の前に馬車が止まった。
誰だろうと事務長と表に出てみると、小型だが豪華な作りの馬車の御者台に、何故かギニ司令官が座っていた。
「お待たせイツキ君!やっと馬車が出来上がったんで届に来たよ!」
「ええっ!これ、僕の馬車なんですか?あまりにも派手で豪華過ぎませんか?」
「何を言うんだイツキ君、君は領主だぞ!これくらい地味な方だ。だが、他の領主の手前もあるから、小型にしておいた。私が贈ると皆が知っているんだから、これくらいは当たり前だろう」
なんだか勝ち誇ったような顔をして、ギニ司令官は扉の横の家紋を指差した。家紋は前後左右に入っており、後ろの家紋は1番大きくて金箔で装飾されていた。
地味好きなイツキとしては、色々ともの申したい気持ちだったが、好意で贈られた馬車にケチはつけられない。
イツキが顔を引きつらせながら「ありがとうございます」と深く頭を下げ礼を言う姿を見て、思った通りのイツキの反応に大満足するギニ司令官だった。
嵐のようにやって来て、キラキラの馬車を引き渡した司令官は、「ハッハッハ」と満足そうに大笑いして、さっさと帰っていった。
「ちょっと恥ずかしいですかね……?」
「やっぱりそうですよね事務長……は~っ……絶対にわざとですよね……これ」
「いえいえ、イツキ様、タダですよ、タダ!そこが大事です」
「そうですね……タダだから、頑張って使いましょう」
2人は無駄に凝った装飾入りで、やや黒みを帯びた濃い紅色の馬車を見ながら、ハハハ、フフフと空元気で笑うしかない。そこに管理人のドッター(夫)さんがやって来て、馬車を見て驚いて叫んだ。
「なんだこの馬は!特級馬じゃないか……なんで馬車に使ってるんだ?」
ドッターの驚くポイントが自分とは違っていたイツキは、「そうなの?」とドッターに訊ねた。馬の善し悪しなんてよく分からなかったが、どうやら凄い高級馬のようで、馬車に使うなんて勿体無いと説明してくれた。
恐る恐る馬車の室内を見てみると、あまりの豪華さに目眩がしそうになった。そして室内には、直接馬に乗るための鞍まで用意してあった。
「さすが軍の司令官様です。鞍も一級品でございます」とドッターが付け加えた。そして馬の鼻を擦りながら、張り切って世話と手入れをしますと喜んだ。
事務長との打合せを終えたイツキは、ランカー商会へと馬車で向かった。今日の御者はドッターである。
「これはロームズ辺境伯様いらっしゃいませ。ご立派な馬車ですなぁ」
「ハハハ……こんにちはランカーさん。その後ドゴル不死鳥から連絡がありましたか?」
やっぱり目立つよな~と馬車を見ながら、イツキはあきらめたように笑った。
「はい。ポム弾は予約を含め既に完売したようです。次の入荷は何時になるのか知らせて欲しいと、店長が直接この店に訪ねてきました。代金も預かっています」
ランカーは嬉しそうに報告しながら、イツキの前に金貨300枚が入った袋を置いた。
「次の入荷はまだ未定ですが、早くても来年になると思います。軍と警備隊からも注文が入ったので、申し訳ないですが、ドゴルには待って貰いましょう」
せっかくの商機なのに申し訳ないと、イツキはランカーに謝罪する。
「いえいえイツキ様、私としてはその方が助かります。数ヶ月待つ間に噂が広がり予約が入ります。次は限定200だと言って先着順に売ることにします。少ないから欲しくなる心理を利用し、価値を上げるのです」
ランカーはニコニコと笑いながらそう言ってくれた。予約で物が売れるということは、絶対に損をすることもなく、その間にロームズ出店の準備も出来るからと逆に喜んでいた。そもそもうちは仲立ちで、今回のドゴルとの取引で得た金貨60枚で、ロームズに持っていく文具等を準備出来ると感謝された。
午後4時、イツキはマサキ公爵の屋敷にパルを迎えに行った。
御者のドッターが門番にロームズ辺境伯の馬車だと告げると、門番は直ぐ中に通してくれた。
イツキはパルがお世話になっているお礼を言う為、ヨシノリ先輩の兄タスクと従者のノランとの面会を申し入れた。
「これはロームズ辺境伯様、ようこそおいでくださいました。先日はパル君に危ないところを助けられ、本当に感謝しています」
マサキ公爵家長男タスク20歳は、気さくな感じで礼を言いながらイツキに握手を求めてきた。当然イツキも「こちらこそお世話になっています」と笑顔で礼を言いながら握手に応える。そして豪華な客間に案内された。
「いや本当にお若いんですね。ヨシノリの後輩というのが未だに信じられません。パル君は剣の腕もたつし奨学生だったと聞きました。ロームズ辺境伯様は人を見る目がおありになる」
タスクは自分の従者であるノランから、パルのことを真面目で剣の腕もたつ見所のある青年だと聞いていた。騎士になったばかりだと知り、平民から従者に取り立てたイツキという領主にも興味が湧いていた。
「タスク様、どうぞイツキとお呼びください。僕に敬語は必要ありません。どうかヨシノリ先輩同様、上級学校の先輩として接してください」
「成る程……父上やヨシノリが言っていた通りの人物だ。ロームズでは元男爵のロイスが迷惑を掛けて済まなかった。お陰でマサキ領のギラ新教徒を捕らえることが出来た。心からお詫びとお礼を言う」
自分より年下の領主の様子を窺っていたタスクは、真っ直ぐなイツキの言葉と態度に好感を持った。それからタスクはロームズ領についていくつか質問したり、王宮の様子等の話で楽しく会話を弾ませた。
「タスク様、どうかこれからも用心なさってください。ギラ新教徒はどうやらリーダーを作ったようです」
イツキはお茶を半分飲んだところで、タスクにそう切り出した。
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