合同夏大会(3)
イツキは順調に進んでいるヤマノ上級学校の一団に、モンタンの背から手を振って、決定事項や注意事項が書かれた紙と、採取してはいけない毒草の見本を入れた箱を布でくるみ、低空飛行をして一団の前に落とした。
拾いに走るのは、ヤマノ上級学校の引率代表教師である。
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進行方向に間違いなし。先日作成した地図より、少し詳しい地図をお渡しします。1部は冒険者の代表に渡してください。
見本の草は毒草です。決して採取しないでください。かぶれや痒みがでます。
夕食前には合流し、今夜は一緒に泊まります。
緊急事態の対処について、重傷者が出た場合は赤いのろしをあげてください。
対処不可能な魔獣と遭遇した場合は、緑色ののろしを、また、進路が通行不可になった場合は、黒いのろしをあげてください。
特別な事態がない限り、後方の貴族との交流は避けてください。
ヤマノ・ラミル合同夏大会責任者 キアフ・ヤエス・イツキ
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無事に荷物が拾われたことを確認すると、イツキはヤマノ上級学校の一団が進む方向に、危険がないかを確認するように暫く低空飛行を続けた。
途中で食用になるイノブの小さな群れや、鹿を発見したが、魔獣ではないので放置し、ラミル上級学校の一団と合流するため方向を変えた。
ヤマノ上級学校組のルートは、(18日)崖を下り低地を進んで谷でキャンプ→(19日)岩山を登り、低地でキャンプ→(20日)登って登って緑の高原でラミル上級学校と合流しキャンプ(21日)緑の高原→(22日)2つのルートに分かれて帰路を進む。22日からは天候や皆の健康状態を考慮し、余裕があれば半分のグループは往路と違う進路をとる。
今度はラミル上級学校組が進んで行く予定の行程を、逆方向から安全確認をしながら飛んでいく。
こちらは、川沿いを進むルートなのだが水辺だけに、獣や魔獣と思われる動物の姿がちらほらと確認できた。
モンタンが低空で飛ぶことで、強い魔獣ほどピタリと動きを止め、モンタンが通り過ぎると一目散に逃げていく。
残っているのは上級魔獣になど遭遇したことがない、小者ばかりだった。
昼前には予定通りにラミル組(ラミル上級学校の団体)に合流したイツキは、先頭を行くヤンのグループを率いている、【暁の風】のリーダーであるホルベットと、魔獣や獣の居た場所を確認していた。
「少し早いが昼食にするか、もう少し進んでから獣や魔獣を倒すか……どうする伯爵?」
「伯爵?……そ、そうですね、今食べると食後で動きが鈍くなり、下手をするとせっかく食べたものを……という事態になりかねません」
イツキは伯爵と呼ばれて戸惑ったが、イツキ君と呼ばれていては、軍の者が不快に思うかもしれないと考えスルーすることにした。
「違いねぇな……じゃあ、このまま進むぜ」
ホルベットは獣や魔獣の血や死骸を見て、貴族の坊やたちならそうだろうと合意して、夕食の食材を採取することにした。
イツキはその場に立ち止まり、通り過ぎていく後続の者たちに、これから獣や魔獣と対戦するので、獣・魔獣係りの者は前に出るよう指示を出す。
闘いが始まったら教師は、もしものことを考えて学生を守るために待機するようお願いする。
冒険者の半分である4人も、待機する学生の護衛をしてもらう。
「いよいよ対戦か。腕が鳴るな!重い剣を折角持ってきたんだから、使わなきゃな」
学生代表であり、獣・魔獣係りの副リーダーでもあるヤンが、嬉しそうに指を鳴らす。
「ヤン、先頭は俺の役目だ。イツキ君のご指名だからな。」
体術部部長のオーランドは、挑むような表情でヤンより前に出て先頭に立つ。
春の武術大会の体術決勝でイツキに勝ち、イツキから夏大会では先頭に立って獣を退治して欲しいと頼まれていたのだ。今回は槍を持参している。オーランドは槍の選抜選手にも選ばれている猛者だった。
他にも弓や剣や槍の選抜選手に選ばれている者は、全員が獣・魔獣係りになっていて、計画通りに弓部隊が前衛である。
イツキはというと、待機している学生を守るため、後方で警戒していた。
「調理係りと食材調達係りは、これから狩られた獲物を素早く血抜きし、調理しやすいように処理する準備を。残りの者は内蔵を処理する穴を掘れ!ぼんやりしている暇はないぞ!この場で昼食にするので、焚き火の準備も始めろ!もしも獣を発見したら、大声で私を呼べ!」
イツキは大声で待機していた学生に指示を出し、自分は鞄の中から折り畳みの新型レガート式ボーガンを取り出す。今回のために、鋼の短い矢を10本用意している。
先頭でワーワーと声が上がり、獣との対戦が始まった。
イツキの予想では、獣や魔獣は小型だったので、冒険者の指示に従えば、大きな問題は起こらないと思われた。
しかしその予想は、前方の闘いが終わるよりも早く覆った。
昼食の準備をしていた学生たちに向かって、今通って来た後方から、中級に近い大きさの茶色い獣が近付いてきたのだ。
「見たことのない獣だな」
【暁の風】のバーキス26歳が、腰から鞭を取り出しながら警戒する。バーキスは鞭と斧の使い手である。
「魔獣ではなさそうだが……牙があるのが厄介だ」
【神の雷】のベテラン攻撃担当レベン34歳も、警戒しながら剣を抜いた。
「魔獣ではありませんが、昨年倒したドンプラーに似ています。恐らく跳躍すると思われますので気を付けてください」
イツキも新型ボーガンに鋼の矢をセットして、獣の動きを注視する。恐らく人間が来ることは珍しいはずなので、声や足音を聞いて現れたに違いない。
その場に居た全員に緊張が走り、教師たちも剣や弓や槍を構えて臨戦態勢に入った。
獣は「ガルル」と低く唸りながら徐々に近付いてきて、10メートルくらい手前で体を屈める。
初めて大きな獣を見た学生たちは、恐怖に震えながらも襲われないように動かない。
焚き火が爆ぜてパンと音をたてたのを合図にしたように、獣が高く跳躍しバーキスに襲い掛かった。
バーキスは直ぐに鞭を食らわせ、次の攻撃に備えて鞭を引く。
鞭は顔面を直撃し「ギャウ!」と鳴きながら獣は着地し体を低く身構える。その直後に【暁の風】のエガーリオ32歳が得意の弓を放ち、耳をかすめて右肩に命中した。
再び「ギャウ」と声を上げた獣だが、牙を剥き出しにして「グー、ガルー」と威嚇しながら立ち上がろうとする。
獣が次の跳躍をしようとした寸前、イツキの構えていたボーガンから鋼の矢が放たれた。ザシュッと音がして、鋼の矢は獣の眉間に突き刺さった。
全員の視線が獣に向けられ、誰も言葉を発することもできない静寂の中、ドサリと音がして獣が倒れた。
「ワーッ」と歓声が上がり、安堵の声があちらこちらから聞こえてくる。
「調理係りは急いで来てくれ!」と、イツキは大騒ぎしている学生たちに向かって、淡々と大声で指示を出しながら、剣を抜き獣の心臓をひと突きし完全に止めを刺した。
「スゲーな。今のを見たら、中級冒険者だと認めるしかないな。それにしても、涼しい顔をして止めを刺す学生なんて怖すぎるだろう」
イツキの新型ボーガンの腕と容赦ない剣の動きを見て、ベテラン冒険者のレベンが、感心しながら握手を求めてきた。
まぐれですよと笑いながら、イツキは右手で握手を交わした。残りの3人の冒険者も寄ってきて、イツキの新型レガート式ボーガンを、羨ましそうにジロジロと見る。
食材調達係りのリーダーである3年のリョウガ(イツキ親衛隊副隊長)が、獣から鋼の矢を抜いてイツキに持ってきた。その瞳はキラキラと輝き、尊敬と憧れの入り交じった声で、「さすがイツキ様。我々を守っていただき、ありがとうございます」と、親衛隊特有の挨拶?をした。
「リョウガ、夏大会中は親衛隊の活動は中止するように。校外でイツキ様呼びされるのは恥ずかしい。隊員の皆にも周知させてくれ」
何事?と自分を見ている冒険者4人の視線が痛くて、イツキは恥ずかしそうにリョウガに指示を出す。
しかし指示を出され後ろを振り返ったリョウガは、親衛隊の隊員たちのキラキラした瞳と、今にもイツキに向かって走り出しそうな様子を見て、「それは難しいかと思います」と、申し訳なさそうに言って頭を下げた。
ちょうどその時、前方から歓声が聞こえてきた。どうやら獣・魔獣係りの者たちも、獲物を倒すことに成功したようである。
調理を始めた調理係りの元へと、得意そうな顔をした獣・魔獣係りの者たちが、仕留めた獲物を運んできた。
獣の数は4匹で、今夜の夕食にはちょうどよい量だった。
ただ、味の保証はできない。見たことのない獣も含まれており、臭みが強ければ香草と一緒に煮込むしかない。肉が固くならないことを祈ることにしよう。
「お疲れさま。よく頑張ったな。誰もケガはなかったのか?」
「大丈夫だよイツキ君。冒険者の人の指示に従ったので、弓、槍、剣の順で止めを刺したから、誰もケガはしていない。いやー、大興奮だったよ」
イツキの問に答えたのは風紀部副隊長のミノルである。初めての実践に興奮しながら、自分の剣の腕に自信を持てたようで、とても誇らし気である。
そんな獣・魔獣係りの20人余りは、ふと見た視線の先で、自分たちが狩った獲物の4倍はありそうな獣を処理している冒険者を見付けて目が点になった。
「「なんだあれはー!」」と叫んで、待避していたこちら側にも獣が襲ってきていたのだと驚いた。
「ああ、こっちも見事な連携で中型の獣を倒した。さすが冒険者だな」
イツキはせっかく頑張った友人たちがガッカリしないように、ここは冒険者の手柄にしておくことにした。まあ、真実が明かされるのは時間の問題だが、今は皆の健闘を称えておいて、気持ちよく昼食をとることにする。
「伯爵、獲物の毛皮はどうするんだ?持ち歩くのか?」
解体を終えた【暁の風】のバーキスが、茶色い毛皮を抱えて質問してきた。
「そうですねぇ、2日に1度はモンタンに乗ってラミルに帰るので、一旦採取した物は全て農業技術開発部に持って行きます。そこにドゴル不死鳥の副店長が待機している予定です。今回の夏大会の途中で倒した獣の取り分は、双方半分となります。皆さんの取り分は全ての日程が終了した後で、全員に等しく分配されるよう、同じ金額が不死鳥から支払われることになっています」
「はっ?俺たちにも取り分が有るのか?」(暁の風のホルベット)
「でも、俺たちは金貨3枚の依頼料を貰っているが?」(神の雷のガース)
「当然ですね。ただ、薬草に関しては取り分はありません。皆さんだけで倒した獣についても折半になりますが、この美しい毛皮の半分でも、まあまあの値段が付きそうですよね?」
イツキはにっこりと笑って、しっかり稼げるといいですねと付け加えた。
冒険者の8人は気前のいい依頼主に驚き、張り切って護衛を……いや、獣や魔獣を倒そうと闘志を燃やすのであった。
初めて狩りを体験した者も、狩りの様子を見学(目撃)した者も、興奮しながら昼食をとる。心配していたような食欲不振もなく、イツキはほっと息を吐いた。
昼食はラミルで用意してきた肉を使い、肉入りのスープとパンである。普通のパンの保存は明日が限界なので、明後日からは軍でも使用する堅パンになる。
最初は獣の襲来に驚き、怖がっていた学生たちも、冒険者とイツキが居れば、そして我が校の精鋭たちが居れば、なんとかなりそうだと安堵していく。
後方では建設部隊の者たちが、次は自分たちも肉を確保するぞと張り切っていた。
昼食後もそのまま川を下っていく。
今日の夜営地は、此処より8キロくらい先の河原で、かなり川幅も広く充分テントが張れる広さがあった。
午後5時前には目的地に到着し、川の側にテントを張っていく。この場所のデメリットとして、獣が水を飲みに来る明け方に注意が必要だった。
冒険者は交代で寝ずの番をしてくれる予定だが、イツキは建設部隊にも注意して欲しいと頼んで、ヤマノ組(ヤマノ上級学校の団体)に合流すため、モンタンに乗って飛び立った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次回の更新は、30日の予定です。




