試乗販売会とファッションショー(5)
少し短いです。
2階の商会長の執務室には、なんとも言えない顔をしたキシ公爵と、嬉しくて堪らないという笑顔のアイリーンが隣同士で座り、対面にはイツキとインカが座っていた。
4人にお茶を淹れているのは、【丘の上のキニ商会】の事務部長であり神父のクロノス20歳である。
ショーの最後でお互いの正体と身分と本名を知った2人は、とても驚いてはいたものの、全てに合点がいった気がして、ただ可笑しくてクスクスと笑っていた。
執務室に到着した時には大笑いになっていて、変わり者同士が意気投合したようだと、イツキとインカは安堵し握手を交わした。
「お2人とも、午後の部も残っていますので、今から直ぐに教会へ行くのはやめてくださいね。どうしてもと急ぐようでしたら、私かクロノスが祈りを捧げますが?」
ここぞとばかりに、満面の笑顔でイツキはアルダスをからかう。
「可愛くないぞイツキ君。よくもあれだけの人前で……」
「何を言っているのです?あれだけの人前だからこそ、逃げられなかったのでしょう?勇気を出して会いに来られた、アイリーン様のことをお考えください」
アルダスの文句をあっさりと遮って、イツキはアイリーンを見ながら、神父の顔をしてアルダスに意見する。
アルダスはぐうの音も出ず、悔しそうにイツキを睨むが、確かに人前でなければ、あの台詞は言わなかっただろうと思った。
「インカ先輩、アルダス様は約束を果たされるようですので、我々は退散しましょう。後程軽食をお持ちしますので、どうぞごゆっくり。着替えができるよう女性を呼びますね。それでは失礼いたします」
イツキは商人のような雰囲気で、置いてあったトレイを持って執務室を退出していく。
午前の部のファッションショーは大成功で幕を閉じ、お見合いパーティーも無事に終了した。
モデルやスタッフは隣の建物で軽く昼食をとると、直ぐに午後の部の準備を開始する。
「間もなく午後の部が始まります。このファッションショーが毎年開催され、大陸中の人々の耳に届く頃には、第1回目のショーのモデルとして、スタッフとしてその場に居たのだと、家族や友人に自慢できるようになっていると、私は自信を持って言えます。
皆さんが最善を尽くし、必ず午後の部も成功させてくださると私は信じています。
さあ、笑顔で頑張りましょう!」
「はい、必ず期待に応えます!」(全員)
イツキの挨拶と激励を受けて、全員が新たに気合いを入れ直していく。午前の部よりも、もっと頑張ろうと心に誓う。
午後の部は、午前のようなギラギラキラキラした若い客は少なかったが、大人の余裕でショーを観るつもりでいた女性客が多かった。
が、後半はお酒が入ったこともあり、むしろ興奮状態となり「は~っ素敵」とか「もうダメ~」と、吐息の嵐で凄いことになった。
音楽やその他の演出も、大人の貴族や大商人の心をガッツリと捉えた。
極めつけが教会の鐘の音付きの、最後のウエディングドレスだった。
あの難攻不落のキシ公爵様が、あろうことかモデルとして登場したのだ。
独身女性のみならず既婚女性までもが、憧れのキシ公爵様に「キャー!」と声をあげるのは、お決まりのようなものである。
そして午前の部とは違い、ウエディングドレスを着ている女性に向けて、嫉妬と羨望の眼差しが向けられた。
それでも、これはお芝居だから、ただのモデル役だからと、平常心を保とうとする。
午前と同じように階段下まで降りてきた2人は、お互い見つめ合い微笑んでいた。
アイリーンは華美を嫌い、領地外の社交の場には殆ど出席していなかった。当然王宮のパーティーにも出席したことがなかった。だから客席の者たちは、アイリーンを見たことがないし、誰なのか見当もつかなかった。
分かっているのは、あのキシ公爵様と、笑顔で見つめ合っているということだった。
「誰なのあの女はー!」と声に出しては叫ばないけど、アイリーンに向けられている視線の多くは敵意だった。
しかし、そんな回りの喧騒など、今の2人にはどうでもいいことだった。
元々似た者同士のこの2人は、他人にあまり興味がなかった。なので観客などオールスルーである。
そんな当人以外の者が息を呑むような緊迫?した状況の中、キシ公爵アルダスはやってくれた。
アイリーンの前でスッとひざまずくと、全く予定外の行動をとったのである。
「お茶の約束は果たした。これからは、結婚を前提に付き合って欲しい」
「えっ?そ、それは、本日のショーの台詞でしょうか?」
アイリーンは驚き、目をパチパチさせながら困惑する。女としてはとても大事なこと(申し込み)である。思わず質問するのは当然のことかもしれない。
「まさか……結婚を前提とする付き合いの申し込みを、演技でできる男ではありませんよ、私は。……どうか私のために、もう1度そのドレスを、ラミル正教会でその身に纏ってください」
アルダスは真剣な表情で、アイリーンの目を真っ直ぐ見て言った。
「はい、……よ、喜んでお受けいたします」
そう返事を返したアイリーンは、大粒の涙をポロポロと零し始めた。
その涙を見たアルダスはぎょっとして慌てた。
こんな可愛い大事な女性の涙を、他の男なんかに見せることなどできない。いや見せるもんかと。
会場は異常なほど静寂に包まれていた。
全ての視線が、自分ではなくアイリーンに向けられていると考えた(思い込んだ)アルダスの、行動は早かった。
アイリーンの手を掴んで握ると、ウエディングドレス姿のままのアイリーンを、強引に会場の外に連れ出してしまったのだ。
えっと今のは・・・?と、状況が呑み込めない鈍い男を除いて、女性陣は全員が理解した。
今のは、今のはプロポーズだったと。しかも、公開プロポーズであったと。
数十秒の沈黙のあと「キャー!」とか「ギャー!」とか「イヤー!」という声が上がり、失神者が続出した。
まるで物語のような、いやそれ以上のラブロマンスを目撃し、観客もスタッフも熱い吐息を漏らさずにはいられなかった。
「えーっ皆様、後世まで語り継がれるであろう、素敵なプロポーズを見せてくださり、ショーを盛り上げてくださいましたのは、キシ公爵様とカイ領主ラシード侯爵家ご令嬢アイリーン様でございます。
お2人の末長いお幸せを祈りながら、【丘の上のキニ商会】主催のファッションショーを終了いたします。本日はありがとうございました」
婦人服部門の部長エミリアは、極上の笑顔で締めくくった。
心の中では、客席の女性同様に叫びたかったが、ぐっと堪えて最後まで役目を果たし頑張った。
その頃、イツキの指示で呼び出され、【丘の上のキニ商会】の前で待っていたヨム指揮官は、大きな溜め息をついていた。
キシ公爵家の豪華な馬車の御者台で待っていたヨム指揮官は、いくらイツキ君でも、あのアルダスが易々とイツキ君の罠……いや作戦に乗っかるとは思えなかった。
そんな奇跡のような物語が本当にあり、それがハッピーエンドになるのなら、臣下として友として、嬉しい限りではある。あるのだが……成功する可能性は低いと思いあきらめていた。
は~っと再び溜め息をつき、そろそろ馬車を移動すべきだろうかと思ったその時、視線の先の大きな扉が突然開かれた。
走るようにして出てきたのは、ウエディングドレス姿の女性と手を繋いでいる、アルダスの姿であった。
「さすが奇跡の人だ……」とヨムは首を振りながら呟き、急いで御者台から飛び降りる。
黙って馬車の扉を開け、なんでお前がここに?という顔で困惑しているアルダスに、にっこりと笑顔で言った。
「大切な方のドレスが汚れてしまいます。ちゃんとエスコートしてください」と。
もう少しで通路は、石畳から地面へと変わってしまう。確実に純白のドレスは汚れてしまいそうである。
アルダスはどこか悔しそうな顔をしたが、フウッと短く息を吐くと、いきなりアイリーンをお姫さま抱っこした。
突然抱き上げられたアイリーンは「きゃっ」と短く声を上げたが、恥ずかしそうにしながらも、両腕を伸ばしてアルダスに抱きついた。
「お久し振りですアイリーン様。キシ公爵家にようこそ」
日頃絶対に女性の前では見せない、超絶美男子の微笑みで、ヨムはアイリーンに軽く頭を下げ挨拶をした。
そして2人が馬車に乗り込むと、何事もなかったかのように御者台に飛び乗り、馬に鞭を当てると、ヨムはキシ公爵屋敷に向かって出発した。
「ありがとうイツキ君」と呟きながら。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ずっと書きたかったキシ公爵のエピソードを書けて良かった。
イツキのレガート国での仕事も、残り少なくなってきました。次話から夏大会です。




