試乗販売会とファッションショー(4)
少し短いです。次話はキシ公爵が中心の予定です。
会場中の注目を一身に集めながら、アルダスは覚悟を決めて階段を上っていく。
踊り場に到着すると、もう考えるのは止めよう、俺はただのモデルだ!と割り切って、姿勢を正し高位貴族であり領主である者として、役に成りきって微笑んだ。
こんな茶番劇には慣れている。
20代前半まではあちらこちらの舞踏会だ、社交界デビューパーティーだ、爵位継承パーティーだとかに、断りきれず出席させられていた。
その度にギラギラした化粧臭い女たちに囲まれ、下手をすると部屋に連れ込まれ、散々な目に遭ってきた。
それを世間では散々な目とは言わないらしいが、アルダスにとっては嫌悪感を植え付けられただけだった。
7年前から【王の目】の責任者となり、王宮に調査官室を与えられてからは、仕事を理由に面倒な社交を全て断っていた。
それでも未だ見合い話は後を絶たず、専ら断りの返事を書くのは執事の仕事になっていた。執事や家令、古参の侯爵や伯爵からも、結婚を迫られているのは事実である。
しかし、義務としての結婚を考えると、溜め息しか出てこない。
ふと、昨年出会った元気な娘のことを思い出した。
女だてらに剣を振るい、口調も男っぽく、化粧さえしていない。育ちは悪くなさそうではあったが、貴族の息女が町の居酒屋に居るとは思えない。
もしかしてと考えてみても、冒険者風の服装から騎士爵の娘くらいだろう。
公爵である自分の相手となるなら、せめて男爵家くらいでないと……
ただ記憶に残るのは、美しい剣筋だったことだろうか。
領地の悪人を許せないと極秘に動いていたようなので、もしかしたら、カイ領主の屋敷で働く者……いや、領主直属の調査部の者だったのかもしれない。
つい楽しくて話が弾み、また……と誘ったような気もする・・・
「お待たせいたしました。新婦の入場です。本日新婦を新郎までエスコートする役のモデルを引き受けてくださったのは、カイ領主ラシード侯爵家のご子息インカ様です。拍手でお迎えください」
アルダスが現実逃避で考え事をしていると、とうとう仕事の時間になってしまった。
進行役のエミリアは、本物の領主と領主の息女のモデルに、始めは緊張していたものの、商会長から予行演習みたいなものですと、分かるような分からないような説明を受け、とにかく最後まで気を抜かずやるしかないと覚悟を決め、今日1番の笑顔で新婦を紹介する。
ウエディングドレスを着たアイリーンは、この後に会える男のことを考えながらも、2階から階下に居る大勢の観客を見て足がすくんだ。
こんな所で躓いてしまっては、父上や弟たちに恥をかかせてしまう……それだけは避けなければと、到底普通の年頃の女性が考える思考からずれていた。
だから、慣れない靴に気を使っても、緊張して真っ赤になることもないし、着飾った男たちには興味もないので目も向けない。
それでもそこは領主の息女である。演じれば淑女にもなれた。
それはそれは優雅に、美しい歩き方で、まるでどこかの姫君のようだと思われるくらいには。
客席から一斉に「素敵ですわ」とか「なんて素敵なの」と感嘆のが声があがる。
ドレスは見たこともないようなレースをふんだんに使い、後ろの部分は少し長くなっていて、階段を1段降りても美しく後を引いていた。
腰まであるベールは、値段など分からない宝石を散りばめたティアラで押さえられており、これまで見知っているどんなウエディングドレスよりも豪華だった。
ちなみに銀のティアラは、イツキが発見した王宮の宝玉を売って、新しく作らせた物である。王族の結婚式以外のティアラは、生花で編んだものが主流だった。
これまで新婦の被るベールの長さは、肩までというのが常識的で、そういうものだと誰もが考えていた。しかしイツキが教会の文献で調べたところ、特別な規定は記されていなかった。
アイリーンの右隣でエスコートしているインカは、緊張して顔色が悪かった。
それでも領主の子息として堂々としている。姉の手を載せているインカの左手の方が震えていたが、祈るような、いや本気で祈りながら、インカはアルダスを見る。
そして、どこか上の空だったアルダスとアイリーンの距離が、残すところ階段3段分となったところで、2人はようやくお互いの顔を、作り笑顔で見合わせた。
『はて?』 (アルダス)
『あら?』 (アイリーン)
『どこかで会ったような』 (2人とも)
なんだか懐かしいような不思議な気持ちになりながら、アイリーンの右手は弟のインカから、アルダスの左手へと渡された。
2人は混乱していた。残りの階段を下りきるまでに、隣の相手が誰なのか思い出さねばならない。
なにぶんにも、カイ領で出会った2人は変装していた。
アイリーンは化粧さえしていなかったし、アルダスは髪の色まで変えていた。
【このあと、約束だったお茶にお誘いしてもよろしいでしょうか?庶民の店ですが】という台詞が、アルダスの頭の中に浮かんできたのは、最後の1段目に到着する寸前だった。
アルダスは突然立ち止まり「リーン……なのか?」と、隣の女性に囁いた。
「えっ!マース?」とアイリーンも呟き、2人は改めてお互いの顔をしっかりと見た。
自分が使っていた偽名を知っている異性なんて、他に心当たりがない・・・
この時ようやく、2人は相手が誰なのかを知った。と言っても本名ではない。
やられた!・・・アルダスはイツキの黒い微笑みを思い出し、全てを悟った。
階段下まで到着した2人は、指示されていたように向き合った。
アルダスは思った。ここでイツキ君の指示通りの台詞だけは言いたくないと。
会場中の全ての人間が、これから何が始まるのだろうかと、ドキドキワクワクしながら見守っている。
全員これは演出であり、ショーなのだと分かっているのだが、有り得ないモデルの登場に、多大な期待をするのは仕方ないことである。
「よろしければ、私に約束を果たさせて頂けますでしょうか?」
よく通る声で、アルダスは姿勢を正し微笑みながら言った。
「は、はい喜んで」
アイリーンも満面の笑顔で微笑むと、淑女らしく優雅に礼をとった。
観客たちは、言葉の真意は分からなかったが、素敵な2人に溜め息しか出ない。
女性に至っては、あまりの興奮で「はぁ~」とテーブルに倒れ掛かる者が続出した。
そして、ただ見つめ合って動かない2人を見て、進行役のエミリアは、こうなった(2人が2人だけの世界に入った)場合にイツキから受けていた指示に従う。
「皆様、ファッションショーは如何でしたでしょうか。
本日の最後を飾るウエディングドレスのモデルに相応しい、大役を御引き受けくださいました、キシ公爵様、カイ領主ラシード侯爵家ご息女アイリーン様、本当にありがとうございました。
これよりお2人には、2階へと上がっていただきます。
女性の皆様、このウエディングドレスの真の美しさを知るために、ぜひ後ろ姿をご覧くださいませ。
それでは素敵なお2人を、ご起立のうえ拍手でお見送りください」
いくらショーとはいえ、公爵様と侯爵令嬢に礼をとらない訳にはいかない。
そこで最後は全員で起立し礼をとり、拍手で見送るという、礼さえもショーの一部として組み込む荒業で、2人を無事に退室させ、ファッションショーの幕を閉じることに成功した。
階段を上がっていくアイリーンの後ろ姿は、ドレスの後部がスルスルと美しく後を引き、感動の余韻を残したのは言うまでもない。
「ランドル大陸初のファッションショーを、最後まで御覧いただきありがとうございました。
20分間の休憩を挟みまして、本日もう一つの大事なパーティーを開催いたします。
これより係りの者が採点表を回収しますので、テーブルの上にご提出をお願いいたします。
パーティーの途中で、採点結果を発表いたします。
20分後になりましたら、順にくじを引いて決められた席にお座りください」
遣りきった安堵感から、思わず気が緩みそうになるが、最後の力を振り絞ってエミリアは今後の段取りを伝えた。
スタッフは女性を化粧室に案内したり、トイレに案内したりして、休憩時間はあっという間に過ぎていった。
お見合いパーティーを仕切るのは、事務長のティーラと部長のカインである。
若者に任せてしまうと収拾がつかなくなるのだ。
20分毎に行われる席替えに、フリータイム。ワクワクする簡単なゲーム等で盛り上げるのは、イツキの屋敷の侍女長兼事務長補佐のリリス22歳である。
リリスは王妃様付きの侍女だったので、立ち居振舞いにそつがなく、多少の揉め事も怖い笑顔で対処できる切れ者でもあった。そして結婚願望が全くないので、男になびくことも考えられず適役であった。
最後に見たのがウエディングドレスだったので、お見合いパーティーは大いに盛り上がった。
特に上司がチケットを入手し、上司命令でパーティーに参加してる男性は、明日職場で報告しなければならない。デートの約束くらいしておかねば面目が立たないので、口下手なりに懸命に頑張っていた。
チケット争奪戦が行われた王宮勤務の侍女やメイドは、次もじゃんけんに勝てるとは限らないので、最後のチャンスと意気込み笑顔を振り撒いていた。
モデルとして参加していた男女も、お見合いパーティーに参加していた。
選りすぐりだけに人気が高く、ラミル上級学校のエンドもモテていた。
エンドの場合、3人の姉の眼鏡に適う相手が見付かるかどうかが問題で、これまで婚約者が決まっていないのは、姉たちが合格点を出さなかったからである。
商家や準貴族(父親の実家が貴族)の女性も、貴族ではなくても王宮のエリートである男性との縁を、懸命に繋ごうと頑張っていた。
どちらかと言うと、女性の方が積極的かもしれない。
終了間近には、多くの男性が女性に名刺を渡していた。その中には、イツキが用意したチケットで参加した、技術開発部の10人も含まれていた。
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