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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
最後の仕事

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194/222

試乗販売会とファッションショー(3)

 5月3日、放課後イツキは、お供にレクスを連れて警備隊本部に来ていた。


「お疲れさまですヨム指揮官。これ、差し入れです」

「差し入れ?……何か……嫌な予感がするんだが?」

「流石私の師匠ですね。察しが良くて助かります」


イツキはヨム指揮官の執務室に入るなり、妙に楽しそうに口元を緩めていた。

 そんなイツキの表情を見たことがないヨムが、身構えるのは当然のことである。

 師匠が引いていることなんて承知の上で、イツキは買ってきたケーキを箱から取り出し始める。イツキの隣では、手慣れた手付きでレクスがお茶を淹れていく。

 実はヨム指揮、甘党である。付き合い程度で酒は飲むが、酔うほどに飲むことなどない。が、ケーキや菓子は女性よりも食べることができた。


「今日は、昨年カイ領で行ったギラ新教徒掃討作戦の時のことを聴きにきました。確か……師匠はアルダス様と御一緒にカイに行かれましたよね?」


「確かに行ったな。あの時は完全に隠密行動だったので、我々は正体を明かさないまま、完全に裏に回っていた。だから、表向きには治安部隊が動いたことになっている」


どうしてそんなことを訊くのだろうかと、イツキの対面に座り直したヨムはカップに口をつけながら、ちろりと目だけをイツキに向ける。


「アルダス様は、未だにマースという名前を使われるんですね」

「・・・・・」


ヨムは何も答えず、どうやって調べたんだ的にイツキを軽く睨み、渋い顔をする。

 マースという家名は、アルダスが軍学校に入学する際に使った名である。

 何も答えないという返事に、イツキは確信を持ち口角を上げる。


「作戦中に女性をお茶に誘ったのは……師匠じゃないですよね?」

「・・・何が知りたい?」

「フッ、師匠は、アルダス様がこのまま独身でもいいんですか?キシ公爵に後継者はいませんよね」


イツキは大人の顔をして、師匠に微笑み掛けた。

 キシ組の5人とイツキの関係は濃い。

 技術開発部のシュノーはイツキの世話で結婚していたし、ソウタとヨムはイツキが9歳の時から剣の師匠だった。そしてソウタは今、ロームズに居る。

 アルダスは誰よりも早くイツキの正体を知り、イツキを応援してきたが、同時にイツキはキシ組のために力を尽くしてきた。

 フィリップに至っては、イツキを守る者として、アルダスよりイツキを選んだ。

 キシ組の5人は、ロームズ辺境伯であるイツキを支え、イツキがリース(聖人)である時は、イツキを信じて指揮下に入っている。


 そんな関係のイツキとキシ組ではあるが、何故かシュノー以外の4人は、イツキの別名を知らなかった。

 そう、イツキには【愛の天使様】とか【結婚の救世主様】という通称があったのだ。


「う~っ、そこは痛いところだが、結婚する気もない俺が、とやかく言うのは難しい」


ヨムは心底困ったという顔をして、右手を額に当てる。


「では質問を変えます。アルダス様は、お茶に誘った女性を嫌ではなかった……と、考えてもよろしいのでしょうか?」


「おま……イツキ君は何が言いたいんだ?何処からそんな話を仕入れて来た?あの場に、教会の偵察部隊でも居たのか?」


「まさか。……フフ、誘われた女性からですよ。約束を守っていただきたいそうです」


「はっ?アルダスは公爵だぞ!いくら好みでも……」


ヨムはハッとして言葉を途中で止めた。幼馴染みとはいえ、人の恋愛の好みを語るのはルール違反である。と、ヨムは思っている。


「良かった。キシ領の子爵として、最後の務めが果たせそうです。師匠、身分的にも問題ありませんよ。あの時の女性は、カイの姫様ですから」


「はあ?姫?……では、いや、そんなはずはない!」


 驚きのあまり大きな声を上げたところをみると、アルダス様も師匠も、その時の女性の正体を本当に知らなかったようだと判り、イツキは黒く微笑みながら付け加えた。


「お名前はアイリーン様。インカ先輩の姉上です。この件は私に任せてください。もちろんアルダス様には秘密です。絶対に約束を守らせましょう」



 この時ヨムは、従兄弟であり幼馴染みであり主であるアルダスが気に入っていた女性が、侯爵家の息女だったと知り、その驚きが大き過ぎて、イツキが最後の務めだと言ったことを失念してしまった。


 




 ファッションショーは、働く女性のための既製服の部が終わり、気軽に着て欲しい普段着の部へと進行していた。

 ここからは、友人役や恋人役に扮した男性モデルが、階段の途中で女性モデルを待ち、エスコートして階段を降りていく。

 その後、腕を組んだり手を繋いだりしながら、お客様のテーブルの間を歩き、しっかりと服を見てもらう。

 音楽は、働く女性に合わせた軽快な曲から、やや軽めだけど、どこかロマンチックな感じの曲に変わっていく。


「皆様、続いて2部のショーへとシーンが変わります。女性が気軽におしゃれをして町へ繰り出す。そんな夢を叶えるための、可愛い普段着を作りました。ここからは、男性モデルが女性をエスコートいたします」


進行は婦人服部門部長のエミリア30歳である。よく通る明るい声で、ショーを華やかに演出している。


「女性をエスコートくださるのは、ラミル上級学校の学生で、伯爵家のご子息エンド・ヒド・ファーガス様です。花をモチーフにした明るい服で登場するのは、王宮勤務のシルベリア・ファス・ルート嬢です」


エミリアの声に合わせて、控え室からイツキ第2親衛隊隊長のエンドが出てくる。

 少し緊張しているようだが、エンドは既に社交界デビューしており、女性を待つ姿も、エスコートする姿も絵になった。3人の姉に揉まれて?いるのが功を奏している。

 客席からは「は~っ」と熱い息が聞こえる。もちろん、羨ましいとか、服が可愛いとか、エンドがカッコいいと思う女性たちが漏らす息である。

 男性客も、選りすぐりの女性モデルの可愛さにニヤニヤしている。気の早い者などは、女性が座っているテーブルをチラチラと見て、声を掛けたい女性を物色している。


 ショーは順調に進み、普段着の部が終わると休憩タイムとなった。

 各テーブルには、モデルが着ていた働く女性のための服を着て、飲み物を持った女性たちが、給仕を開始していく。

 15分の休憩を挟み、第3部は高級ドレス3着と、ラストを飾るウエディングドレスが待っている。



「あのー、本当に私がこのドレスを着ても良いのですか?」


カイ領主の息女であるアイリーンは、ウエディングドレスを着付けられながら、戸惑いのあまり確認する。戸惑っているのは、女らしさとは無縁の自分が、このような晴れやかな場所で、最上級のウエディングドレスを纏うことに対してである。

 仮縫いの時は、まさかウエディングドレスだとは思っていなかったのだ。


「もちろんです。仮縫いの時にも申し上げましたが、このドレスは、貴女のために作らせたものです。ご結婚が決まられましたら、ロームズ辺境伯である私から、プレゼントさせていただきます」


イツキはお綺麗ですよと、すました領主の顔をして微笑みながら言う。もう結婚が決まっているかのような口振りで。


「まあ!……そんなプレッシャーを掛けないでくださいませ。あ、あの、このショーが終わったら、ほ、本当に私の尋ね人に会えるのですよね?」


「姉上・・・もう少しご自分のお心を抑えてください。そして、領主の娘として責務を果たしてください」


2階に移動してきたインカは、ショーの後で会える男のことで頭がいっぱいになっている姉の様子に頭を抱える。

 

『しかしイツキ君、もしもダメだったらどうするんだ?きっと2度と姉は結婚したいとは思わなくなるぞ……』と、薄化粧を施され、まるで別人のように美しくなっている姉を見て、インカは自分のことのようにドキドキしてくる。


「あ~っ……心臓が・・・」と呟きながら、インカは胸を擦る。そして、良縁になりますようにと、心から神に祈った。

 姉の尋ね人がキシ公爵の可能性が高いとイツキに聞かされた時は、3分は優に口を開けっ放しにしていたが、立ち直るとイツキに深く頭を下げて、「結果はどうであれ、せめて姉の願いである、お茶くらいは誘っていただけるように頼む」とイツキに懇願した。



 そしてファッションショーは、いよいよ大詰めを迎える。


 王宮勤めの女性の中でも、子爵家以上の家柄で、気品と優雅さを兼ね備えた女性が、高級ドレスを着てゆっくりと階段を降りてくる。

 ラミル女学院の楽団の演奏も、人数が増えて一段と熱がこもる。

 演奏する楽曲は、優雅な舞踏会の曲へと変わっていく。


 この辺りになると、客席の男女の心は、まるで自分が舞踏会に参加しているかのようになっていた。

 それこそが狙い。それこそが成功の鍵である。

 スタッフも観客も、出演が終わったモデルたち()()、暫しの夢の世界へ導いていく。

 キラキラと輝くシャンデリア、突貫工事で仕上げたとは思えない白を基調としたホール、深紅の絨毯。大きな鏡に映し出されているのは自分たちである。

 今この場所は、過去に読んだ王宮を舞台にした恋物語の中のようであり、王宮の舞踏会そのもののようだった。



「皆様、最後を飾るドレスは、ウエディングドレスです」


「キャーッ!」と、今にも失神しそうな感じで、女性たちから熱い歓声が上がる。

 カランカランと、教会の鐘の音が何処からか聞こえてくる。演出にも手は抜かない。


 控え室に居たキシ公爵アルダスは、フーッと諦めの息を吐いて立ち上がり、イツキから渡されたメモをもう一度見る。そして「意味が分からない」と呟き首を捻った。

 そのメモには、本当に短い台詞が2つ書いてあった。


【このあと、約束だったお茶にお誘いしてもよろしいでしょうか?庶民の店ですが】


【私と約束のお茶を飲んだら、結婚を前提に、付き合っていただけませんか】


 全く納得ができないまま、アルダスは控え室のドアに手を掛けた。


 最後の男性モデルは、いったいどんな素敵な男性なのかしら?女性モデルはどちらのご息女かしら?と、女性は期待に胸を膨らませる。

 俺には絶対無理!この役目を果たせる勇気ある男は、いったい誰なのだろう?と男たちは想像し予想するが、それらしい名前が浮かんでこない。



「さあ皆様。新郎新婦の入場です。本日最後のモデルを引き受けてくださったお2人の名前は、後程お伝えいたします。どうぞ拍手でお迎えください」


部長のエミリアは、全ての力を注いで最後の演出に懸ける。

 ドアを開いて出てきた男性モデルを見た男性客は、息が止まるほど驚き、思わず礼をとろうとして立ち上がりそうになるが、アルダスから視線で止められる。

 当然、微笑んではいるが、ほぼ全員が軍か警備隊か王宮勤務の者たちである。その瞳が決して笑っていないことは、瞬時に理解した。

 理解できない者は、今後の出世は期待できない。


 女性陣の中にも、キシ公爵を知っている者は居たが、あまりにも大物過ぎて言葉さえ出ない。

 だが、心の中では「キャーッ!」とか「ギャーッ!!」と叫んでいた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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