実演販売と夏大会の準備(4)
夜の間レガート大峡谷で休んでいたモンタンは、早朝ヤマノ上級学校のグラウンドに戻ってきて、イツキの到着を待っていた。
午前7時、イツキはモンタンをたっぷりと撫でた後、ヤマノ上級学校の美術教師を乗せ、緑の高原まで運んでいった。
「目的地はこの緑の高原になります。先生には、飛んできた方角の景色や、この高原や回りの風景画をお願いします。大きな危険はないと思いますが、何かあれば狼煙をあげてください。3時間後くらいに迎えに来ます」
「は、はい。なんて素晴らしい景色なんだ!1枚でも多くの絵を描いておきます」
美術教師は壮大な景色に感動しながら、連れてきていただきありがとうございますと頭を下げた。
次にイツキは、夏大会の引率責任者の教師を乗せて、緑の高原までの進行ルートを決めるため、何度も侵入口と途中の危険区域の確認をした。
そして緑の高原に降ろすと、美術教師を乗せてヤマノ上級学校に戻り、また緑の高原まで引率責任者の教師を迎えに行った。
大興奮の2人に昼食を勧められたが、午後から医療コースの講義があるので、ラミル上級学校に帰らねばならないと告げ早々に撤退した。
帰路の途中、ラミル上級学校の学生の4分の3が使う、以前行った小さな森の先にある滝から進入するコースを確認した。
滝の先の川に沿って1日くらい進み、岩山を登り、緑の低地で薬草採取し、3日目には緑の高原を登り、頂上でまた薬草採取をする行程である。
緑の高原までは3日から4日で辿り着きたいと考えている。緑の高原は、スタート地点とレガート大峡谷の中心に在る大きな湖までの、ちょうど中間地点にあった。
学生たちが、あの岩壁の先にある湖に辿り着けるのは、何年か先になるだろう。そんな簡単に攻略できる地形ではない。だからこそ価値があるのだ。
午後2時にラミル上級学校に戻ったイツキは、大活躍だったモンタンを労って、レガートの森に帰した。
モンタンのご飯は魔獣である。長時間ラミルに滞在させておくことはできない。
イツキは翌日から、午前は毎日【丘の上のキニ商会】に顔を出した。
「責任者会議をしますので、15分後に私の執務室に集合してください」
イツキは各部屋を回って会議をすることを伝えて回る。秘書なんて居ないのだから、会議の招集も商会長の仕事である。
「早速ですが、全体的な進捗状況を代表部長からお願いします」
「はい商会長。馬車部門は、実演販売会用の数でいくと、車輪が90%、緩衝装置が100%で製造済みです。
品質については、技術開発部のシュノー部長から合格点を貰っています。
車輪の方は、規格を馬車毎に統一したので、新しい規格の大きさとなった辻馬車用が、木材不足で入荷待ちになっています。不足分は新しく、ミノスの商会に発注しました」
馬車部門の代表部長になっているカイン先生が、資料をイツキに渡しながら説明する。
「マキ領のエイダモ商会は、かなり優秀なんだね。いや、かなり無理をさせたようだ」
「はい、この分ですと、馬車は予定の10より多く用意できそうです。辻馬車はギリギリですが、車輪だけなら10台分は当日販売が可能です」
カイン37歳は嬉しそうに微笑みながら、招待状は既に発送済みであると付け加えた。
馬車部門の内覧会兼実演販売会は、5月10日に決定しており、午前と午後の部で2回行う予定である。
「それでは、既製服と高級ドレス部門の報告をいたします。
予定の既製服の10種類、高級ドレス3点、ウエディングドレス1点のデザインは決まりました。現在、ドレスは仕上げにかかっております。
ウエディングドレスは、糸編みに時間がかかり、ギリギリになりそうですが……モデルが決まっていないので仮縫いができません。
既製服はサイズ別で合計20着、10種類あるので制作数は合計200着の予定です。これから12時間体制で、死ぬ気で頑張ります」
婦人服部門の部長であるエミリア30歳は、何がなんでもやり遂げるという決意を込めて報告する。後宮で侍女をしていただけあり、責任感も強く瞳は輝き力が入っている。
「量産する前に、既製服10種類を、これから見せて貰ってもいいですか?リハーサル……とまではいきませんが、1階の階段の絨毯も敷かれたので、全員がモデルをすれば大丈夫でしょう?もしかしたら、種類を減らすことになるかもしれませんが……。
1番気に入ったデザインの服は、ロームズ屋敷で働くメイドさんたちの制服にしたいと思います。夏休みに帰る時までに仕上げてください。1人2着は必要ですね。
それからエミリアさん、死なないよう休憩をとってくださいね。人手が足りなければ、上級学校の職員の奥さんたちを臨時で雇います。
人選は事務長のティーラさんと、イワコフ先生(医療コースの教師)の奥さんのアリアさんに任せます」
過労死しそうなエミリアと、その横で同じように気合いの入り過ぎている副部長のエリザベス(元リリアン衣装店の代表)32歳の方を見て、イツキはプチリハーサルと増員の指示を出した。
「承知しました。それでは20分・・・いえ、30分後に階段の下でお待ちください」
エミリアはにっこりと微笑みながらイツキに応えたが、内心は冷や汗ダラダラだった。
誰をどの衣装のモデルにするか、きっと化粧を直したいと言い出すだろうし……サイズは全て普通サイズ(M)しか出来上がっていない。でも、考えている暇なんてない!エミリアはそう自分に気合いを入れて、準備のためにエリザベスと共に部屋を出ていった。
「クロノス、ああは言ったけど……お金、大丈夫だっけ?」
「はいイツキ様、昨日、警備隊からポム弾の支払いを頂きましたので、ロームズ辺境伯でいらっしゃいますイツキ様からの、商会への出資金は合計金貨600枚になりました。来月には商品も売れ始めますので、資金的には落ち着けるかと思います」
ラミル正教会から出向で来ているクロノス20歳は、そう説明しながら嬉しそうにイツキにお茶を淹れている。もちろん、イツキの1番好きなハーブティーである。
クロノスにとってイツキは、己の命よりも大切な存在であり、神にも近い存在である。だから、こうしてお側で仕えられる今、彼はとても幸せなのだった。
【丘の上のキニ商会】の事務部長兼、ブルーノア教会へ支払う開発料を管理しているクロノスは、ブルーノア本教会からの届いた手紙をイツキに渡す。
「これは本教会からの手紙・・・ふむ、教会の手数料はポム全商品において10%とする……か。4分の1で良かったのにな……何々……その代わり、ロームズ辺境伯に教会の取り分であった残りの15%を、救済積立金として預けるものとする。・・・これはこれで面倒臭いが、クロノス、仕事を増やしてすまないな」
イツキは手紙の内容を抜粋して、商会に関係ある部分だけを皆の前で読み上げた。
「何ということもないだろうクロノス。君は3年前、ラミル上級学校を首席で卒業したんだから。それにしても、イツキ君、いや、商会長の側で仕えるレクス中尉も、軍学校から上がってきたが優秀な成績だった。なんだろう……商会長は優秀な卒業生を、引き寄せる特別な力でも持っているようだね」
「カイン先生、それは違いますよ。僕らはイツキ様に出会ったことで、イツキ様に認めて頂けるような人間になりたいと精進しているのです。そうでなければ、お側でお仕えなどできません」
クロノスは当然のこと、それは当たり前のことなのだと誇らし気に胸を張る。
「クロノス、無駄口は止めるように。では、5月10日に行う馬車や車輪の実演販売会も、5月13日に行うファッションショーとお見合いパーティーの、招待状は発送済みで間違いないな?」
「「はい、抜かりありません」」
クロノスとカイン先生が、仲良くハモりながら返事をした。
30分後、イツキやモデルにならなかった従業員全員が、1階の階段下で見守る中、既製服の品評会並びにプチリハーサルが始まった。
「やっぱり音楽があった方がいいですわね」(エミリア)
「階段を下りる速度が速すぎますね」(アリア41歳)
「37歳のサーシャさんには、あのメイド服っぽいデザインは、少し派手でしょうか」
ロームズ邸の仕事を片付けてやって来た事務長のティーラ43歳が、う~んと唸りながら全体的に若い人向けのデザイン過ぎるのでは?と意見を言った。
「そうですねえ……うちの屋敷のメイドさんは、40歳前後の女性が多いので、この中には良いと思える服はありませんでしたね」
イツキは女性たちの中に混じって、少し辛口の意見を言う。
「あの商会長、じ、実は、若い子には地味だと言われてボツになったデザインの服があります。これから、わ、私が着てきますので、少しお待ちください」
この中には良いと思える服がないという意見を、イツキの後で聞いていたネイル32歳(元王宮侍女でデザイナー)が、慌てて2階に駆け上がっていく。
そして少し息を切らしながら、ネイルは若干地味な服を着て階段を下りてくる。
「あれこそ、私が働く女性のために作って欲しかった服です!働くのは若い女性ばかりではありません。確かに、ファッションショーとしては若い女性向きの方が華やぐと思われますが、私が目指しているのは、掃除中でも売り子をしている時でも、作業をしている時にも動き易く、そして明るく元気に見える服です!」
イツキはちょっと興奮気味に、その場に居た全員に聞こえるよう自分の想いを伝える。
「商会長、それでは、ショーを3部構成にしましょう。1部は働く女性を応援する服、そして2部は普段着、そして3部が高級ドレス。これから初心に返り働く女性の服をあと2着作ります。3日時間をください」
自分が着た服を認めて貰えたネイルは、その服をデザインしたレイナ28歳(元リリアン衣装店のデザイナー)と一緒に、両手を合わせて拝みながらお願いする。
レイナは、商会長は初めから働く女性の服を作りたいと言われていたのにと、反省しながら懸命に頭を下げてお願いする。
「分かりました。3日待ちましょう。無理はしないでくださいね」
「はい商会長。できているデザインは10着分以上はあります。ですから縫うだけです」
「楽しみにしています。ネイルさん、レイナさん。頑張ってください」
イツキは2人に笑顔を向けて、3日の期限延長を告げた。そして、他のデザインの服については、普段着ならいいと思いますと言って、どのデザインもボツにしなかった。
「商会長、音楽はどうしたらいいですか?」(カイン先生)
「あの~、ラミル女学院に頼んでみてはいかがでしょうか?」(エミリア部長)
「そうですねえ……早速明日にでも面会を申し込んでみましょう」(イツキ)
「ラミル女学院には、女楽団がありましたわね。良い案です。イツキ様、私が午後から直接交渉してきましょう。副校長のレートリアス様には、大きな貸しがありますから」
ホホホと怪しく笑いながら、最強事務長ティーラが自分に任せて欲しいと言う。
いったいどんな【貸し】なのだろうかと思ったが、怖くて聞けないイツキだった。
そんな微妙な顔をしてるイツキを見て、ティーラはフフフと笑いながら付け加えた。
「副校長のご息女2人分のお見合いパーティー券を、特別枠でご用意いたしましたので、きっと喜んで協力してくださるでしょう。女学生もショーがタダで見れて、パーティーの雰囲気も味わえますし、バイト代無しでも、誰が参加するかで殴り合い……いえ、血みどろの戦いになるでしょう」
当然でしょう……という顔でティーラはイツキに視線を向けるが、イツキは思わず1歩後退さった。
「そうですわね。今王都では、ミリダ国との新たな同盟の締結で景気が良くなっていますし、ロームズ辺境伯様が開催されるファッションショーは、最たる話題の中心ですもの。女学生なら殴り合いをしてでも参加したいはずですわ」
広報担当もしている副部長のエリザベスは、涼しい顔をして付け加える。
いったいどんな宣伝をしたら、こんなことになるのだろうかと、イツキは頭を抱えたくなったが、女性陣に余計なことを言ってはいけないと言葉を呑み込んだ。
空気の読める青年に成長したイツキである。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




