実演販売と夏大会の準備(3)
「イツキ君、凄いよ!上空から見るヤマノは美しいなあ。色とりどりの屋根と海の青が本当に美しい」
ヤマノ上級学校のグラウンドをモンタンに乗って飛び立ったイツキは、一旦海に近い場所を旋回してレガート大峡谷に向かったので、領主エルトは大興奮中である。
飛び立って20分もすると、レガート大峡谷の上空に差し掛かってくる。そして、その先の景色が圧倒的な迫力で迫ってきた。
「こ、これは・・・これがレガート大峡谷……美しいというより不思議な景色だ。緑の景色の先には灰色の岩の世界、そして、深い谷……こんな場所に大河が在るなんて……」
そこまで言ってエルトは、イツキの言っていた時間を掛けて開発するという説明の意味を理解した。
「これは、これでは確かに人は近付けない……誰も空から景色なんて見れないから、あの断崖絶壁の先に何があるのか知ることはできないだろう」
「そうですね、あの高さの岩壁が何キロも続いているので、侵入経路を探すのは至難の技、そして、あの壁を登るのも至難の技ですね」
イツキは高台に広がる緑の平原の先に登場した深い谷の上を、少し低空飛行で飛んでいく。すると突然、聳え立つ岩壁が眼前に姿を現した。低空飛行故に、その高さを実感することができた。
モンタンをゆっくりと上昇させると、岩壁の先に大きな湖が見えてくる。その湖の回りをぐるりと緑と色とりどりの花の絨毯が取り囲んでいる光景は、あまりにも美しく言葉にできない程だった。
「先日此処に来たときは、これ程に花は咲いていませんでした。本当に・・・素晴らしい薬草がたくさん有りそうで、心が踊ります」
「そこ?僕は景観の美しさに目を奪われていたが、フフ、イツキ君が見ると薬草に見えるんだな」
ちょっと呆れた感じでエルトは笑った。
しかし、そう考えれば此処は宝の山なのかもしれない。新しい産業や雇用の話も、夢ではなく当然の予想からきていたのである。
時間の関係で湖には降りず、帰りは少し航路を変えてヤマノ上級学校のグラウンドまで戻ってきた。
時刻は午後5時。出迎えた校長や教頭やグラウンドで部活をしていた学生たちは、あまりの強風に飛ばされそうになりながらも、ワクワクしながら近付いてくる。
お帰りなさいと皆に声を掛けられ、「凄いの一言だった」という第一声を、エルトは興奮気味に言った。
領主がケガもなく安全に帰ってきたので、モンタンとの飛行は安全なのだと証明され、どの顔も乗ってみたいという期待でワクワクしていた。
午後6時前、イツキはヤマノ領主屋敷に到着した。
「あれから1年、あっという間でした。イツキ様には心より感謝申し上げます。ヤマノ侯爵家とヤマノ領を救ってくださり、本当にありがとうございました」
馬車を降りる寸前に、エルトはイツキに深く頭を下げて礼を言った。
イツキは何も言わず、リースの顔で優しく微笑んだ。
馬車が到着すると、屋敷の人たちがイツキに感謝を込めて、玄関先で正式な礼をとりながら迎えてくれた。
「いらっしゃいませイツキ様。従業員一同心より歓迎いたします」
「お久し振りですルーファスさん、皆さん。今日はお世話になります」
イツキは家令のルーファスや屋敷の者たちに、とびっきりの笑顔で挨拶をした。
主を毒殺されるという暗い過去を乗り越え、どの顔も遣る気に満ちており、イツキは安心するとともに嬉しくなった。きっとあれから懸命に新しい領主を支え、ヤマノ侯爵家に仕えてきたのだろう。
それから領主夫人のカピラや、前領主夫人でありカピラの母であるリベールに挨拶をした。昨年生まれたイエンはすやすやと眠っており、イツキは抱っこするのを諦めた。
午後6時半、領都や近郊に住んでいる男爵以上の貴族が、続々と屋敷に到着する。
エルトはイツキと会って直ぐ、近くに住んでいる貴族に呼び出しを掛け、屋敷の者には今晩屋敷で食事会をすると知らせておいた。
呼び出された貴族は12人、子爵が4人で男爵が5人、準男爵が3人である。全員が何の用で呼び出されたのかも分からないまま、急遽集合してきたのだった。
「急な呼び出しにも拘わらず、皆よく集まってくれた。
今夜は私の友でもあり臣下でもある、キアフ・ヤエス・イツキ伯爵を紹介する。
昨年伯爵位を授けた時はまだ成人していなかったが、年末に成人し正式にヤマノ領の伯爵になった。
ロームズ辺境伯でもあるイツキ君は、現在ラミル上級学校の3年生だ。
あまりに忙しく、ヤマノになかなか帰ってくることができなかった。
本日ようやく皆に紹介できることになり、急遽集まってもらった。
私がイツキ君を伯爵に叙爵したのが昨年の4月だったが、王様がロームズ辺境伯に叙爵されたのは6月だった。
まあ、私の見る目に狂いはなかったということだ。
見たこともない伯爵に、皆から疑問の声が上がっていると聞いた。
王族、全領主、大臣、副大臣、部長以上の上官、軍司令官、指揮官など55人の内、49人がイツキ君をロームズ辺境伯に選んだ。成人前にも拘わらず領主に選ばれた人となりを、直接話して確かめてみよ」
エルトは挑むような視線を臣下に向けながらニヤリと笑った。
「皆さんこんばんは。キアフ・ヤエス・イツキです。
ヤマノ領の伯爵として皆さんにお会いでき、大変嬉しく思います。
これまで私は、領主就任式以外の社交の場に出席したことがありません。
貴族としての作法も知りません。
爵位こそ上にいますが、無礼な振る舞いがあっても、先輩貴族として多目に見ていただければと思います。
ヤマノ領の様子を、どうぞご教授ください」
イツキは必要以上に愛想を振り撒くこともできないので、にっこりではなく優しく微笑んでおいた。
正直言うとこのような場は苦手だし、面倒臭いと思うのは、キシ組の影響が大きいのかもしれない。
ロームズの屋敷でパーティーを開いたことはあるが、それは自分がもて成す側だった。今回はゲストなのでエルトの顔を潰すようなことはできない。
エルトが乾杯のグラスを掲げ、イツキを紹介するためのパーティーが始まった。
最初に挨拶に来たのは、伯爵から子爵に爵位を落とされた、ルビン坊っちゃんの父親シンバスだった。
何処のパーティーでも、高位の貴族から挨拶をするのは共通らしかった。
「ご無沙汰しておりますイツキ伯爵。愚息ルビンが、大役を仰せつかったようで、本当にありがとうございます。あれに、リバード王子をお支えできるのか心配でなりませんが、どうぞ厳しくご指導ください」
春休みに帰宅したルビンは、今年からイツキ親衛隊に入ったが、それは来年リバード王子の親衛隊副隊長として、王子を守るための布石であると父親に説明していた。
「シンバス子爵、ルビン君は正義感が強く、使命をきちんと果たせる力があると私は信じています。その任に相応しい人間に成ろうと、懸命に努力していますよ」
「ありがたいお言葉です。親バカですが、先日帰ってきたあれの顔が、少し引き締まっておりました。ラミルのお屋敷にも泊めていただき、器の違いを思い知ったようです」
息子の成長が嬉しい様子のシンバスは、リバード王子の側近への道をイツキに開いてもらい、ポム弾の仕事も任されており、心からイツキに感謝していた。
その後3人の貴族から挨拶を受け、5人目にイツキの前に立ったのは、ルビン坊っちゃんのお付きであるホリーの父親、ドラス男爵だった。
「初めてお目にかかります男爵のドラスです。息子のホリーを風紀部役員に選んでいただきありがとうございます。何事も控え目で消極的な息子が、見違えるように逞しくなり、全てはイツキ様のお陰であると聞きました。本当にありがとうございます」
ホリーの急激な成長に驚いている様子のドラス男爵は、嬉しそうにイツキに頭を下げた。
イツキはドラスを手招きし、ドラスにだけ聞こえるように「ホリーは将来、イエン様をお支えする側近になります。もしかしたら次の警備隊長かもしれません」と告げた。
ドラスは大きく目を見開き驚いたが「精進させます」と、神妙な顔をして応えた。
その他にもラミル上級学校に在籍している学生の父親が、昨年あれほどの問題を起こしたヤマノ出身の学生が、ラミル上級学校で差別的な扱いを受けずに済んでいるのは、全てイツキ伯爵のお陰ですと礼を言った。
ヤマノ出身の学生は、常日頃のイツキの学校での活躍を、帰省時に熱く語っており、新1年生に至っては、医療コース、開発コース、経済コースで講師もしている先輩のイツキが、誇らしくて仕方なかった。
だから、イツキが伯爵であることを疑問視していたのは、現在ラミル上級学校に、子息が在籍していない貴族たちだった。
パーティーが始まり1時間が経過した頃、エルトは領主として、これから重要な発表をすると言った。
「私は今日、イツキ君がブルーノア教会から借りている聖獣に乗って、レガート大峡谷の上空を視察してきた。それはそれは、言葉では言い表せないほどの素晴らしい景色だった。
これからヤマノ領は、レガート大峡谷を観光の目玉とし開発を進めていく。
ただ、長い間手付かずだったのは、あまりに多様な地形をしていることが原因であると、空から見てよくわかった。
開発には時間がかかるだろう。そして人員も必要になってくる。
そこで提案する!
この中で、レガート大峡谷の開発を手伝いたい者がいれば、私とレガート大峡谷の領主であるイツキ君が、仕事として報酬を与える。そして、開発で得られる利益を分配する予定だ。
手を上げ成果を出した者は、陞爵の機会を与えるのもとする。
開発に必要な詳しい条件は、追って発表するが、管理責任者でもあるイツキ君から、簡単な説明をしてもらう」
エルトは再びニヤリと笑うと、陞爵という餌をぶら下げて、皆の関心を集めていく。
当然場内はざわざわし始め、皆の目の色が違ってくる。
この中の殆どの者が爵位を落とされており、思っていたよりも早く巡ってきたチャンスに、真剣な眼差しをイツキに向け話を聞こうとする。
「レガート大峡谷を開発する条件の1番目は、冒険者登録をしていただくことです。
私も1年前に冒険者登録を済ませており、つい先日、初級冒険者から中級冒険者にランクを上げました。
この開発には、冒険者の協力が不可欠です。
未開のレガート大峡谷には、どのような獣、獰猛な魔獣、毒蛇、その他の危険生物が存在しているのか分かりません。危険を承知で手を上げるのなら、自らも冒険者としての知識が必要になります。
ちなみに私が冒険者として稼いだ金額は、1年で金貨50枚(500万円くらい)を越えています」
「オオーッ、金貨50枚とは凄いな」(会場中から上がった声)
「とは言え私は現在、上級学校で剣術、体術、槍術の指導者をしており、薬剤師の資格も持っているので稼げた金額です。冒険者とは、常に命の危険に曝されているのです。
稼ぎの大部分は薬草採取で得られています。皆さんも、しっかりと薬草の知識を身に付ければ、ほんの数回の採取で稼ぐ私と違い、こつこつと出掛ければ、それなりの稼ぎが期待できると思います。
条件の2番目は、自然を荒らさないことです。
美しい景観を破壊することなく道を造り、最適な場所へと観光客を導き、危険を出来るだけ排除し、誰でも訪れることのできるルートを作ってください。
工事の指導はレガート軍の建設部隊にお願いする予定です。
条件の3番目は、ヤマノ上級学校とラミル上級学校合同で行われる、レガート大峡谷へ薬草採取に行こう!という、夏大会に参加していただくことです。
学生たちの邪魔をしないよう、自分達の護衛や食料は準備してください。
この夏大会で音を上げるようでは、とても開発には加われません。ケガをしても獣に襲われても、全て自己責任です。
簡単に陞爵できるとは、決して思わないでください」
イツキはにこりともせず、命懸けでやれよ!と脅しをかけた。
そして一呼吸置いてから、いつものように黒く微笑んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




