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イツキ、準備に追われる(1)

 結局会議で出された結論は、イツキが領主に任命された理由を、レガート式ボーガンの製作者であること、薬草不足の解決策を考え教会と協力し、上級学校と共に解決したことの2つを理由にすると決定した。

 それでも不足なら、投石機やポムのことだってあるとシュノー部長は言った。


 会議終了後、場所を応接室に移動したイツキは、ギニ司令官とシュノー部長と打合せをすることにした。


「イツキ君、ポム弾だが……先日の警備隊隊長会議で、各地の隊に装備して欲しいと要望が上がった。見本で貰った30で試し撃ちした全員が、ポム弾があれば犯人を捕らえ易いと言うんだ……当然軍の方でも要望書が上がっている。どうかな?」


 学生として忙しいと分かっているギニ司令官だが、ポム弾はイツキ個人の発明品である為、イツキの許可がなければ勝手に作れない。どうしてもイツキ本人に直接頼むしかないので、司令官自らが上級学校にやって来たのだ。


 実はイツキには内緒で、技術開発部が同じ物を作ろうと試みたのだが、ポム弾と同じ強度の物は作れなかった。

 ロームズで一緒にポム弾用のベルトを作成したコウヤとベルムは、イツキに渡されたボルム液をポックの木の樹液に入れて作っていた。その時ボルム液とポックの木の樹液の配分は、イツキの指示で決まっていた。


 これまで技術開発部が使っていたボルム液は、全てイツキが事前に作って渡しておいた物だった。

 今回新たに普通のボルム液を使ってポックの樹液を固めようとしたが、糊状にはなるが固体にはならなかった。

 そのことから分かったのは、ポムを作るためにはボルム液だけではダメなのだということだった。ボルム液の中には他の何かが混ざっている。その何かを知っているのはイツキ君だけなのだという事実が判明した。


「これからポム弾と特産品の2つは、ロームズ以外全ての領地に協力を願って作りたいと考えています。誰か1人が得をすることのない策を考えました。ですから、本格的な生産は来年からになるでしょう。それも、次回の領主会議で皆さんの同意を得られたらの話です」


「しかしポム弾はイツキ君の物ですよ。他に任せれば利益は大きく減りますが?」


「ギニ司令官・・・ギラ新教に対抗する為には、国力や領地の力……特に経済力を上げねばなりません。そして、領地同士の結束も大切です。僕は……上級学校を卒業したら、2度とレガート国に戻ってこないかもしれません。ですから出来るだけのことをしたいのです。レガート国には司令官やシュノー部長やアルダス様や、優秀な人材がたくさんいます。でも、ダルーン王国やカルート国など、経済的にも貧しく人材にも恵まれていない国もあります。僕は欲張りですから……このランドル大陸全ての人を笑顔にしたいのです」


「「…………」」


イツキの話を聞いたギニもシュノーも、顔色を変え言葉を失う。

 いつの間にか自分達は、イツキ君はずっとレガート国に居るものだと思っていたことに気付いた。

 そんな筈はないのに……イツキ君はリース(聖人)様で神の子なのだ。何人(なんぴと)たりともリース様の行いを妨げてはならないのだと思い出した。


 



 会議を終えてイツキは、シュノー部長と一緒に部活に向かった。

 部室には、既に技術開発部の科学開発課課長イリヤードと技術開発課課長のテーベが来ていた。


「イツキ君久し振り。見本は前に届けてもらっていたけど、完成品は凄く良いよ!アタックインをやってみたが面白い。これは貴族達には広まりそうだ」


イリヤード課長は瞳をキラキラさせながら、体験した感想を言う。


「お疲れさまですイリヤード課長、テーベ課長。トップ3で来たいただいて申し訳ないです。出来ればアタックインを10日で30セット、ポルムを40個作りたいんです。遅くとも、19日までには完成させねばなりません。3日で覚えてください。我々は、ポルムゴールのゴールを作製します。出来れば壁に取り付けたいのですが、時間が無いので独立型を作ります。カゴだと直ぐに壊れるから金属加工を考えています」


イツキは学生の身で、技術開発部の課長にお願いという名の指示を勝手に出していく。言われた方はいつものことだが、聞いていた発明部、植物部、化学部の学生と顧問3人は青い顔をして立っている。


『イツキ君、技術開発部のトップに指示を出すなんて、そんな恐れ多いことをしては叱られる。ダメだよイツキ君!』


 皆はハラハラしながら心配しているのに、当の本人は全く気にせず、これからの予定を黒板に書き出していく。勿論、その内容は学生達や顧問の教師にも事前打合せされてはいなかった。

 それでもシュノー部長と2人の課長が激怒するでもなく、当たり前のように予定表を見ながらイツキに質問する姿は、驚くと言うより違和感が半端なかった。


 シュノー部長はこれまで1度上級学校を訪問されていたが、2人の課長は初めての筈である。3つの部活の部員にとって技術開発部は憧れであり目標である。そんな凄い技術開発部の課長に対し、まるでよく知る同僚のような、部下のような感じで指示?を出しているのだ。

 1日職場体験で技術開発部に行ったことがあるクレタとパルテノンは、イツキが技術開発部相談役だと知っている。発明部の部員と3人の顧問も、イツキがレガート式ボーガンを作ったと知ってはいるが、やはり端で見ていると違和感がある。

 特に何も知らない植物部と化学部の部員達は、心配そうにイツキを見る。半数はイツキ親衛隊の皆さんである。


 これからの予定を黒板に書き終えたイツキは、作成予定のポルムゴールのゴールの絵を描き、今度は学生の部員達に向かって指示を出し始めた。


「発明部はゴールのリングを作ります。植物部はポールになる木を探してください。化学部はネットを作ってください。ゴールの高さは250~300センチを考えています。これも19日を目標に2基作ります」


相変わらず有無を言わせずポンポンと指示を出すイツキである。

 文句を言おうにも、描かれた設計図を見れば「スゲー」とか「あれなら人手が要らないな」とか「う~ん」と唸るしかない。


「ところでイツキ君、どうして19日までなんだい?」


発明部の顧問であるイルートが、ちょっとだけ遠慮がちに訊いてきた。技術開発部のトップ3と親しげに話している教え子に気後れしてしまったのだ。


「え~それは、今月中には全上級学校にもアタックインとポルムを配りたいからです。先ずは自国で広げないと、行商人の人達が欲しいと思ってくれないでしょう?冬が来る前に沢山の薬草をレガート国に持ち込んで貰うためには、既に時間が足らないのです」


現時点で、領主会議のことやロームズ辺境伯杯のことは教えられなかったので、何となく誤魔化して説明するイツキだった。



 今日は予定だけで時間が無くなったので、明日から本格的に作業を開始することに決まった。イツキと発明部、化学部と植物部の部長・副部長は3日間、武術の時間と部活の時間は、技術開発部からやって来る応援部隊に、アタックインとポルムの作り方を教えることになった。

 イツキから剣の指導を受けることを楽しみにしていた、3年生のB・Cクラスの学生達はがっかりすることだろう。


 翌3日には役割分担を決め、各部活の部長(発明部ユージ・化学部クレタ・植物部パルテノン)の指示に従い3部は作製に取り掛かった。

 その合間、イツキは体育部のポルムゴールの練習に顔を出し、改良点が無いかゲームはこれでいいのか質問に行ったりする。


「イツキ君、1ゲームでもいいから対戦してくれないか?」


イツキ組のメンバーであり、体育部の部長であり、イツキ第2親衛隊隊長のピドルが、拝みながらイツキに頼んできた。


「分かりました。1ゲームだけですよ。ついでにゴールの高さを決めたいので、250・280・300センチの高さのどれにするか協力してください」


イツキはゲーム参加を了承し、脚立を持ってきて体育館の壁にゴールの絵を描いた。勿論脚立も絵を描く道具も全て体育部の第2親衛隊の皆さんが準備してくれた。

 始めに描いたのは高さ300センチのゴールの絵だった。

 イツキにとってはかなりのジャンプ力を必要としたが、190センチの先輩からしたらジャストな感じだった。


「イツキ君、聞いたよ。剣術で指導になったそうだね。同じ日になれなくて残念だけど、第2親衛隊の全員が感動してたよ。それにしても、イツキ君の運動神経は群を抜いてる。勿体無いな~……なんで発明部なんだろう……体術はどうなの?やっぱり経験あるんだろう?」


イツキの顔だけではなく運動神経にも心酔しているピドルは、体術についても質問してみる。ピドルは剣術と体術を選択していたのだ。


「ピドル先輩、確かに経験はありますが、体格差が大きいので僕では勝てないと思います。早く大きくならないかなぁ……身長も体重もなかなか増えないんですよね……」


イツキは自分の体をしげしげと見ながら、小さい自分に「は~っ」と溜め息をつく。


「いやいやイツキ君はまだ14歳だから……それに小さくても充分に強いよ!僕としてはそのままでいて欲しい……かなぁ」


「何ですかそれ?それでは僕は発明部に戻りますので、全員からルールについて意見を聞いておいてくださいね。明日の昼食時間までに報告をお願いします」


イツキはそうお願いすると、体育部のポルムゴール愛好家の皆さんに、爽やかな笑顔で手を振り去っていった。当然みんな癒されてほんわかする。

 後期に入ってから部活とは別に、夕食後に体育館でポルムゴールとアタックインをする学生が増えてきた。部活の後なのに、なんて元気なんだろうかとイツキは感心する。

 特にアタックインでは、文学部の皆さんが現在校内一の強さを誇っており、色々な3人組が毎日のように挑戦者となり戦いを挑んでいるらしい。


 教師達からは、宿題をサボった者には夕食後の競技を禁止すると指導が入った。

 ポルムゴールに関しては、新たな部活を立ち上げることも検討した方がいいのでは?という意見も上がっているらしい。



◇  ◇  ◇


 8月4日は日曜だった。授業は休みだが、学生達は余程の理由がある者以外の外出は認められていない。

 イツキは前日校長から許可を貰い、パルを連れ早朝上級学校を出て、辻馬車で自分の屋敷に向かった。


「イツキ様、少しはお休みください」

「パル、心配しなくて大丈夫。今日はクーデル不動産の代表に、学生アパートと職員アパートの設計図を渡さなきゃいけないんだ。次の休みは出られそうにないから……」


「1人部屋になったのをいいことに、朝まで図面を描くなんて体を壊します。せめて3時間は寝てください。いっそのこと、俺……私を同じ部屋に置いてください」


 学生達に見付からないよう早朝学校を出ることになっていたパルは、午前6時前にイツキを起こしに部屋へ行った。するとイツキは徹夜で図面を描いていたのだ。本人は少し寝たと言い訳していたが、昨夜新しく替えたばかりの鉱石ランプの石が殆ど無くなっていたので、絶対に徹夜した筈だとパルは確信していた。

 イツキは全てを自分で遣ろうとしてしまう・・・手伝えることがあれば手伝いたいパルとしては、自分が不甲斐ないから手伝わせて貰えないのだろうかと考えたりもするが、それよりもイツキの健康が気になってしまう。


 従者の役目の中に、主の健康管理も入っているとマサキ公爵家の従者ノランから教わっていた。

 毎朝顔色を見たり、食事の摂取量にも気を配り、声の張りや歩き方に至るまで従者は主を観察し、変化がないかダルそうにしていないかチェックしなければならない。


 そうこうしていると、辻馬車はイツキの屋敷の300メートル手前に停車した。最寄りの停車場は、貴族や大商人御用達の高級パン屋だった。

 休日の7時前の大通りは、他の店はまだ開いておらず昼間とは違う趣があった。

 パン屋の前には、貴族屋敷のメイドや使用人と思われる数人が静かに列を作っていた。その列の中に秘書官エントンの家のリンダの姿を2人は見付けた。


「おはようリンダ。ついでに僕たちのパンを頼んでもいいかな?」

「まあイツキ様、随分と早い時間の馬車だったのですね。直ぐに仕度致します」

「いやいや、僕たちは後からでいいから、先にエントンさんに食べさせてください」

「ご主人様は朝方お城からお戻りになり、先程お休みになりました。ですから気になさらないでください」


 相変わらず忙しそうな秘書官の様子を聞き、自分のことは棚にあげて、体は大丈夫なのかなぁとイツキは心配する。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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