実演販売と夏大会の準備(2)
イツキが領主エルトに遊覧飛行の約束をしていると、昼休みを告げる鐘が鳴った。
「実は昨年の薬草栽培で得た利益の殆どを使って、食堂を改築したんです。足らない資金はエルト様が出してくださったのですが、学生も教師も大喜びです。今年の夏大会で利益が出たら、開発コースの機材を買う予定です」
校長は目の前に見えてきた食堂へ案内しながら、夏大会に期待している様子を隠そうともしない。そればかりか、校内の薬草園を拡張したのだと嬉しそうに付け加えた。
「それは頑張らねばならないな校長。イツキ君、レガート大峡谷に薬草は有りそうか?売れそうな……いや、キシ領の薬草園や農業技術開発部で栽培できそうな、有望な薬草が有るだろうか?」
「ふふ、エルト様、かなり期待できるのですが、どこまで探索できるかが問題です。レガート大峡谷は未踏の地と言っても過言ではありませんから、1週間で行ける範囲も限られます。深い谷と高い岩壁、緑の高原、大きな湖と、その地形は想像を絶するものがあります。侵入ルートを間違えると、全く進めなくなる可能性もあります」
ものすごく期待している2人が可笑しくて、ついイツキは笑ってしまう。そして特殊な地形故に、多大な期待をせぬよう採取は難しいとキッパリと言う。
「しかし、これから数年を掛け探索を続ければ、大きな成果が有ると思います。6月には医学大学の学生も探索を開始しますし、私も期待しているのです」
ちょっとガッカリした2人を見て、イツキはこれからのことを話していく。
そうこうしている内に、イツキたちは食堂に到着する。
入口で学生や教師たちと一緒になり、領主エルトの姿を見て皆は緊張しながら礼をとろうとする。
「礼は後でいいから、食事の準備をしなさい」
入口で立ち止まり礼をとろうとする者たちに、エルトは笑いながら言う。このままでは入口で動きがとれなくなってしまう。
領主と校長に挟まれながら、ラミル上級学校の制服を着ているイツキにも、皆の視線が集まるが、空腹には勝てず急いで配膳口へと並び始める。
校長は座って待っているように言ってくれたが、学生として来ている身のイツキは、教師や来客が並ぶ配膳口に並ぶ。
「あれ、ロームズ辺境伯様?えっ!」(医療コースの教師)
「今日の私はラミル上級学校の学生であり、ヤマノ領の伯爵です」(イツキ)
「ローム……いえ、イツキ先生、先日教えていただいた、組み木の技術は本当に素晴らしかったです。お時間があれば、ぜひ開発コースの講義に顔を出してください」
ラミル上級学校の制服は目立った。なので、イツキの講義を見学したことのある医療コースや開発コースの教師に見付かり、直ぐに囲まれてしまった。
「すみません。今日は夏大会の打ち合わせに来たので、時間が取れないと思います」
イツキは残念ですけれどと謝罪しながら、次の機会があればぜひにと応えた。
殆どの者が着席したのを確認した校長は、皆の前に出て来客を紹介する。
「本日は、夏大会の打ち合わせと、日頃の学生たちの活動を見学されるため、ご領主エルト様がお越しになられている。それと、ラミル上級学校の学生代表者も来ている。ご挨拶をいただくので、皆礼をとりなさい」
校長の話を聞いた学生と教師が一斉に立ち上がり、前に出てきた領主様に向かって正式な礼をとりはじめる。
「礼を解いてくれ。……今日私は、長い上級学校の歴史の中でも例を見ない、2校合同で行う夏大会の打ち合わせにやって来た。
今回の夏大会には、貴重な薬草を発見し採取したり、栽培のために薬草を持ち帰るという目的の他に、もう一つの目的がある。
それは、レガート大峡谷を観光地として開発することである。
ヤマノ領の新たな発展は、ここに居る君たちの努力と頑張りに懸かっている。
私は領主として、君たちが素晴らしい成果をもたらしてくれると、大いに期待している。
ただ、レガート大峡谷には危険もある。
ケガや体調管理には充分気を付け、元気に戻ってきて欲しい。
これからのヤマノ領の未来を担う君たちの活躍を信じて、私は帰りを楽しみに待つことにする」
エルトはよく通る声で領主らしく挨拶を終える。皆は今一度頭を下げると、領主が着席するのを待ってから、自分達も着席する。
「皆さんこんにちは、ラミル上級学校の代表として打ち合わせに来た、執行部副部長3年のキアフ・ヤエス・イツキです。名前の通り私はヤマノ領の伯爵ですが、同じ学生ですので気軽にイツキ君と声を掛けてください。せっかくの料理が冷めてしまうので、どうぞ続きは食べながら聞いてください。私も食べてから続きをお話しします」
イツキは何故か昼食を載せたトレイを手に持ち挨拶を始めた。
そこまで話したところで一旦話を区切り、執行部の学生たちが座っていると思われるテーブルの方に移動し、極上の笑顔で「ここいい?」と訊いた。
イツキの笑顔を眩しそうに見た執行部の学生たちは、「も、もちろんだよ」と応えたり、言葉にできずコクコクと頷いたりする。
イツキの一挙手一投足を注目していた学生や教師たちは、イツキの余裕の笑顔に息を呑み、高貴なオーラと滲み出る気品に感動する。
ほとんどの学生が貴族であるラミル上級学校と違い、一般人が半数以上いるヤマノ上級学校では、伯爵であるイツキの行動が、ラミル上級学校における貴公子代表のヨシノリのように見えたのである。
しかも、整った顔立ちだけでも目を引くのに、極上の笑顔を向けられては、半分の学生が口を半開きにしてしまったのは、仕方のないことかもしれない……
「ここに座っているのは、執行部や夏大会の役員で間違いない?」
「ああ、間違いないよ。俺……私は執行部部長のセドリック、こっち……いや、こちらが副部長のレンブラント、書記のエイガー、ここまでが3年で、副部長のカールトン、会計のポートラムが2年で、庶務のトモヤスが1年だ。それから、夏大会実行委員のカズヒサとサーチスだ。よろしく」
執行部部長のセドリックが、役員を一人ずつ紹介していく。
名前を呼ばれて立ち上がる1人1人と、イツキは「よろしく」と笑顔で握手を交わしていく。そして全員との握手を終えると、改めて「共に頑張ろう」と言って昼食を食べ始めた。
イツキが半分くらい食べたところで、書記のエイガーと実行委員のサーチスが見つめ合い、首を捻ったり横に振ったりし始めた。
「あ、あの、俺、いや私は昨年、ポルムゴールの代表選手としてラミル上級学校に行ったんだが、いや、行ったのですが、えーっ……イツキ君、いや、イツキ様は、もしかして、ロ、ロームズ辺境伯様でしょうか?」
意を決したように、3年書記のエイガーが伏し目がちにイツキに声を掛けた。
一瞬で辺りに緊張が走り、急に静かになる。
「フッ、どうぞ普通に話してください。いや、普通に話そうエイガー。私たちは同じ上級学校の学生で仲間だろう?確かに私には3つの名前があるが、今日はヤマノ領の伯爵の名前を使っている。レガート大峡谷は私の領地なんだ。私はラミル上級学校でも、イツキ君と呼ばれている。誰もロームズの名では呼ばない。私は入学した時、キアフ・ラビグ・イツキというキシ領の子爵の名を使っていたので、始めからみんなにイツキと呼ばれていたんだ」
イツキは自分の名前について説明しながら、皆の緊張を解くため、できるだけ明るい笑顔で話していく。
「ではやはり……決勝戦でラミル上級学校を大逆転で勝利に導き、表彰式で優勝旗を掲げていた、あの、あの・・・」
エイガーはガタンと立ち上がり、テーブルに両手をついて、青い瞳を見開きイツキを見て興奮する。腕もプルプルと震えている。
「落ち着けエイガー!すまないイツキ君、こいつは去年のロームズ辺境伯杯の決勝戦を見てから、君の大ファンになってしまい、憧れのイツキ君に会えて興奮してるんだ」
ボカっとエイガーの後頭部を殴り、両肩を押さえるようにして無理矢理座らせながら、夏大会実行委員のサーチスがイツキに謝る。
「そうなんだ……エイガーは代表選手だったんだね。もしかしてサーチスも?」
「ああ、俺も代表選手だった。それに、去年の上級学校対抗武術大会で、俺は槍の選抜選手だった。去年のキシ上級学校との団体決勝戦は、凄かったの一言だ。イツキ君は大将だったよね。俺は個人戦で対戦したかったけど、イツキ君が棄権したと知ってショックだった」
ヤマノ上級学校にも、着々と?ファンを増やしていたイツキは、熱く語られる自分の活躍話に照れながら、イツキ親衛隊と同じようにキラキラした瞳を向けられ、ハハハと力なく笑った。
エイガーもサーチスも、背の高いガッシリ体型で、まるで暑苦しい第2親衛隊の連中を彷彿させ、イツキはちょっとだけ引いた。
イツキたちのテーブルからロームズ辺境伯という名前が上がったので、「やっぱり」とか「うそー!」とか、さざ波のように動揺が広がっていく。
「まだ食事中の人は食べながら聞いてください。
後ろの掲示板に、私が描いたレガート大峡谷の絵を展示しています。これらの絵は、私の友でありブルーノア教会の聖獣ビッグバラディスのモンタンの背に乗って見た景色を描いたものです。
空を飛ぶという経験はなかなかできないと思いますが、私は夏大会に幾つか特典を設けています。その中に、私と一緒にモンタンに乗って、レガート大峡谷の上空を飛ぶという特典もあります。
4時限目が終了したら、モンタンに乗って、ご領主エルト様と一緒にレガート大峡谷に行ってきます。どうぞ可愛いモンタンを見に来てください。
レガート大峡谷は、私がエルト様よりお預かりしている領地です。
素晴らしい景色と未知の植物や薬草との出会いに、私は大きな期待を掛けています。
そしてレガート大峡谷が、ヤマノ領に大きな利を与えてくれると確信しています。
今後レガート大峡谷は、新たに観光等の産業を産み、雇用を創出するでしょう。
その時は皆さんに、ぜひ先頭に立ってもらいたい。時代を引っ張るリーダーになってもらいたい。
友として、ヤマノ領の伯爵として、私は皆さんに期待しています。
私とラミル上級学校の学生と力を合わせ、ヤマノ領の発展のため頑張りましょう!
夕食時間までに、詳しい要項を貼り出しておきますので、しっかりと確認しておいてください」
学生たちは掲示板の絵に目を向けたり、イツキを見たりしながら、次第にイツキの話に聞き入っていく。
ただの薬草採取だと思っていた夏大会は、実はヤマノ領の新しい産業や雇用を産む布石となる活動であったのだと知り、学生たちは与えられた大役に心が震えた。
また、教師たちも同様に感動する。ただの学生が語る話なら『何言ってんのお前』と思っただろうが、ヤマノ領に1人しか居ない伯爵であり、あの噂のロームズ辺境伯様が語る話である。
新しい産業や雇用の創出というスケールの違う話の内容に、学生服を着ていても、もはや学生に見える教師など居なかった。
『これが学生であるにも拘わらず、辺境の地ロームズの領主に成り上がった者なのだ。そして、レガート式ボーガンを作り、ポルムゴールやアタックインという特産品を作った天才なのだ』と、教師たちは心の中で唸っていた。
「私も皆の活躍に期待している。一足先に私がレガート大峡谷を見てこよう。ヤマノ領で1番、いや、どこの領主よりも早く、空の旅が出来ることになるとは、ヤマノ領の領主で本当に良かった。イツキ君、教師はダメなのかと煩いのだが……どうなんだ?」
領主であるエルトが、ぶっちゃけながらイツキに質問してきた。
「それでは明日の午前、絵の描ける先生と、引率代表の先生を、レガート大峡谷までお連れしましょう。朝までに2人選出しておいてください」
明日の午前は侵入ルートを決めるため、レガート大峡谷へ行く予定だったので、少し予定を変更することにしたイツキである。
「やったー!」とか「絵なら俺だな!」という声が教師たちから上がるが、イツキはそちらには視線を向けず、同じテーブルに座る仲間たちとの話を続行する。
昼食後は、執行部、風紀部、夏大会実行委員、引率教師3名の合計18人でミーティングを行うことになった。
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