ロームズの春(3)
フィリップは何も知らないメンバーに、【奇跡の世代】の会合で話し合った内容や、決定された作戦について説明をした。
「それでは、リバード王子の魔毒による暗殺未遂の影に、サイモス王子を次期国王にしようとする、ギラ新教徒の動きがあったということですね」
フィリップの話を聞いた家令のオールズは、王宮内でそんなことがあったとは……信じられないと首を振りながら、自分の主の活動の幅広さに驚きが隠せない。
「私はあの時、噂を流すことによって起こる弊害について、優秀さで勝てないとなった時、相手の王子を引き摺り下ろそうと悪い噂を流したり、皇太子の資格など無いと罠に嵌める可能性があると言った。それが、起こり始めている」
「そうですねイツキ様。リバード王子は、最年少で上級学校に合格しました。サイモス王子は受験さえしなかった。誰の目からも優秀なのはリバード王子に見えます」
パルは成る程と納得したように頷くが、そのことで主が刺されるのは、納得できないと文句を言う。
「イツキ君、あの頃は、リバード王子が上級学校を卒業する18歳くらいを想定していたが、実際に卒業するのは16歳と早まってしまった。これからは、リバード王子が目立つような行動を、できるだけ避けた方がいい」
「しかしソウタ、それではサイモス王子派がはっきりしない。それに俺は……今のバルファー王を信用できない」
フィリップは真顔でそう言うと、視線を会議室の窓の外に逸らした。
「実はラミル正教会のハビテ様も、王様や秘書官の態度に腹を立てられ、倒れたイツキ様の面会を断られていました。これ以上、イツキ様を利用するのは許せないと」
「パル、余計なことを言うな!それでいいんだ。……私はいずれレガート国を去る」
イツキはいつもとは違うやや低い声でパルを叱りながら、一呼吸置いてから何処か寂しそうにそう言った。
会議室に、暫し静寂の時間が過ぎていく。
イツキは侍女長のソルさんに、ベルを鳴らしてお茶のおかわりを頼んだ。
そして大好きなハーブティーを一口飲んでから「それでは本題に入りましょう」と、いつものように微笑みながら言った。
『今までのは、本題じゃなかったのか?』と全員が驚いた顔でイツキを見る。
「これから私は、予定通り【丘の上のキニ商会】の活動を本格化させ、カルート国を支援しながら、ロームズ領に資金を貯めます。
とりあえず、医学大学病院のカルート国の負担金分と、レガート国に支払う利息の立て替え分として、お隣のカラギをロームズに頂くつもりです。
ただし、貸し主であるロームズ辺境伯である私に、借り主であるカラギ伯爵のフィリップが、カルート国から全ての借金を返済して貰うことが出来たら、カルート国に新しい産業を付けてお返しします。
まあ、分かりやすく言うと、担保として頂くのです」
「はい?カラギを担保としてロームズに入れるのですか?」
カラギの伯爵を名乗っているフィリップは、眉間に皺を寄せながら主に問う。
「そうだよ。カラギにはこれといった産業もないし、前の領主はハキ神国に味方した謀反人だった。
しかもハキ神国に隣接していて、防衛の観点からも誰も領主には成りたがらない土地だ。褒美にカラギを貰いたい貴族もいないだろう。
ロームズに統合すれば人材不足も少しは解決するし、既製服作りをカラギの新しい産業にして、住人を雇って作ることができる。
担保なのだから、フィリップはそのままカラギの伯爵でいればいいし、今の管理者が望めば働いて貰ってもいい。
時期は、7月の夏休みに帰った頃がいいだろう。現在カルート国の貴族であるフィリップも、すんなりとレガート国に戻れるし……根回しを頼むフィリップ」
既にイツキの頭の中では決定事項になっているようだと諦め、フゥと息を吐きフィリップは了承する。
「随分とカルート国に甘い話ですね。まあ、カラギの住民は大喜びすると思いますが、東側の林を一部取り除き、直通道路を造らねばなりませんね。忙しくなりそうだ」
家令のオールズはスケジュールを確認し、やれやれと言いながらも何処か嬉しそうだ。
続いてイツキは、その後の予定を話していく。
「来月行われる上級学校の夏大会と、医学大学の夏休みである6月に、私はレガート大峡谷で薬草採取をする。そして7月に夏休みでローズに帰ったら、そのまま上級学校には戻らず、新しいリースを探す旅に出る」
「「「ええぇーっ!リースを探す旅に出る?」」」
誰の声だか定かではないが、何人かの驚きの声が同時に上がった。
「今回倒れて眠っていた時、私は予知夢を視た。ギラ新教と戦うには【六聖人】が必要だが、現在自分も含め、3人しか見付かっていない。どうやら秋には、4人目を捜し出せるようだ。これから私はブルーノア教会の任務を最優先し、後期はレガート本国から姿を消す。それは、ギラ新教の殺し屋から身を護るためでもある」
イツキは残りのお茶を一気に飲み干し、これまでこのメンバーにも語ってこなかった、教会の活動について話をする。
「必ず私を同行させてください!」(ハモンド)
「くそっ、それまでに歩けるようになるしかないか」(ソウタ)
「私も付いて行きます。私はイツキ様の従者です!」(パル)
「次は私も同行させてください!」(ベルガ)
「それは吉報!早速本教会に連絡しますイツキ様」(教会警備隊コウタ)
「イツキ様は、リース様だったのですね……」(オールズ)
最後のオールズの言葉に、えっ?という顔で皆がオールズを見る。
お前、知らなかったのか?という言葉は口に出さないが、何を今更……という表情で軽く睨む。
「オールズさん、イツキ様はリース様であられるだけではなく、悪新教から大陸を守る【予言の子】でもあられます」
ようやくイツキ様が【六聖人】を探す旅に出られるのだと感激し、コウタはつい【予言の子】の話をしてしまうが、イツキは別に咎めることもなかった。
「それで、ギラ新教の殺し屋に襲われる予知夢も視られたのでしょうか?」
1人だけ落ち着いているフィリップが、据わった目をイツキに向けて問う。
もしも危険が迫っているのであれば、もう離れているのは限界なのですがと金色の瞳で訴える。
「いや、そんな予知夢は視ていない。……でも、ミリダ国のレガート国への侵攻を止めてしまったから、そろそろ私の存在が知られる頃だ。だから、ロームズだって安全ではない。かと言って、逃げるつもりもない。私は自分のすべき使命に従うのみだ」
「分かりました。夏休みまでにカルート国の方を片付けます。フフフ、容赦しなければ間に合うでしょう。何処の国の言葉を覚えればいいのですか?」
フフフと笑いながら、これ迄手加減していた?カルート国の部下たち(シルバ王子の側近や、その他の皆さん)を、本気で鍛えようと改めて決意し、にっこりと微笑むフィリップは、まるで魔王の如く黒かった。
そして、何処の国の言葉……というフレーズに、同行するのが当然だと遣る気を出していた3人(ハモンド、パル、ソウタ)は、顔色を悪くする。
その様子を見た軍医のベルガは、親友のハモンドの方を向いて「俺はイントラ連合語とダルーン王国語なら大丈夫だ」と余裕の表情で微笑んだ。
「そうか、それならベルガは一緒に……と言いたいところだが、大学病院の手伝いが居なくなるのは困るな。取り合えずダルーン王国に行くので、喋れない者は置いていく。時間があればイントラ連合国にも行くかもしれない」
天使のような微笑みを皆に向けて「私は1人でも大丈夫だ」とイツキは付け加えた。
ぐぬぬと悔しそうに渋い顔をしたソウタは、今回は諦めると早々に宣言する。
「ダルーン王国語……だ、大丈夫、夏休みまでには必ず覚えます!」
パルは絶対に同行するぞと決意し、死に物狂いで勉強すれば、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「う~ん……パルはダメだ」
「な、何でですか?俺じゃあ足手まといですか?」
「そうじゃあない。私の従者ならば、上級学校を首席で卒業しなければならない!私は既に卒業資格を得たので、学校に行く必要がないが、パル、お前は自分の責務を果たせ。ラミルでなければ出来ない仕事だってある」
じっとイツキを見つめるパルは「分かりました」と応えたけれど、悔しそうな表情は隠せていない。
「首席って……ちょっと厳しくないかイツキ君?」
「ソウタ兄さん、パルは2年生からずっと首席ですよ。卒業までに6か国語を全てマスター出来ると私は思っているが、そうだろう?パル」
「はい?・・・も、勿論ですイツキ様。卒業したら、何処の国でも御供します」
ちょっぴり青い顔で答えながら、新たな課題を突き付けられたパルである。
実際パルは、6か国語をマスターしようと、既に勉強を始めていた。ラミル上級学校の首席は伊達ではなかった。
結局イツキは、同行者は7月に発表すると言って、その場で決定はしなかった。
会議を終了したイツキは、ハモンドをお供にしてドゴル不死鳥のロームズ支店へとやって来た。
「やっと来たかロームズ辺境伯。ポム弾なんぞを作るから、わしゃ忙しくて休みが取れんぞ!今日は何じゃ、薬草の持ち込みか?」
ラミルの不死鳥に居た薬草担当のホームズが、イツキの顔を見るなりプリプリと文句を言う。
「あれ、わざわざホームズさんが来てくれたんですか?」
「仕方なかろう!ここは薬草以外の買い取りをせず、販売だけという特殊なドゴルだ。どんな変わった薬草が持ち込まれるか分からんから、他の者には任せられん」
「ハハハ……すみません。それならちょうどいいのでこれを・・・」と言いながら、イツキは鞄の中から木の実のような物を数個取り出してカウンターの上に置いた。
ホームズはどれどれと言いながら親指大の茶色い木の実を手に取ると、は~っと特大の溜め息をついた。
「お前さん、いったい何処でこんな物を・・・」と呆れながらイツキを軽く睨んで、カウンターの下の金庫を開け、黙って金貨を4枚(40万円くらい)を置き、まだ有るなら全部出せ!と低い声で言った。
それはとても高価な物で、一般的には子供を望まない男女……主に男性側が女性(愛人や側室)に与える薬だった。
現在カルート国は破綻寸前であり、貴族たちも懐が厳しく、とても子供を増やせる状態ではなかった。
まあ、それ以外でも、後継者問題を未然に防ぐためとか、体が出産に耐えられない病弱な女性のためなどにも使われる。
貴族絶対主義のカルート国では、必要のない妊娠をした女性が、酷い扱いを受けるとソデブ副学長に聞いてから、イツキなりに考えた結果が、ランドル山脈の中腹にしか生息していない木の実を採取することだった。
ホームズが出せと言うからには、問い合わせや買いに来た者がいたということだ。
モンタンが居るから出来る裏技だったが、一緒に採取したパルは、何の薬なのかをイツキに聞いて絶句していた。
「それから、ポム弾の予約が200入っている。全部カルート国のドゴルからだ」
「そうですねぇ……早くても6月の入荷になります。ロームズの生活はどうですか?何か意見があればお聞かせください」
イツキはちょっぴり暗くなった雰囲気を掻き消すよう、ホームズに笑顔で話し掛けた。
「生活はまあまあじゃな。気のいい連中ばかりじゃ。強いて言えば、ロームズの人間は冒険者に成りたがらん。みな自分の仕事を持っていて忙しいからな。登録に来るのは近隣の小僧くらいじゃ」
イツキはカルート国のドゴルの状況等を聞きながら、ホームズに医学大学の薬草園への立ち入りの許可を出し、栽培についてのアドバイスがあれば報酬を払うと約束した。
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