ロームズの春(2)
フィリップからの報告を聞いたイツキは、午後から役場に向かった。
役場の皆から「お帰りなさい領主様」と熱烈歓迎されながら、イツキは笑顔の役場長と2階の会議室に向かう。
「あれから大きな問題が起こったという報告はありません。強いて言うなら、ハキ神国から移住してきた元軍人たちから、自分の身内や友人も誘いたいという申し入れがあったのですが、何分にも住居が足りないので、受け入れるとしても、来年以降になるだろうと伝えたことくらいです」
元町長であるドーレン男爵は、役場長として主に住民の生活に関わる仕事をしており、住民台帳の管理や移住者の相談を受けたり、近隣との連携を執ってくれている。
カルート国の住民からも、ロームズ領の住民に成りたいという問い合わせが多く、ちょっと業務に支障が出ていると付け加えため息をついた。
「基本的にカルート国からの移住を認めることはありません。ハキ神国からの受け入れも、暫く様子を見ることになるでしょう。多くの建築物に要する人手不足はどうですか?これから農繁期に入るので、ウエノ村とカラギの町の住民だけでは無理でしょうか?」
現在建設中の中級学校、大学の学生寮、ホテル、大学病院は、急ピッチで工事が進められている。小さな町であるロームズでは、どう考えても人手は足りない。
「そうですねえ……農業ギルドが立ち上がったので、ロームズとウエノ村の農家は、医学大学の学生に美味しい物を食べさせ、領主様の役に立ちたいと張り切っているので、昨年より人手は減りました。でも今年は、本国から専門の職人が多く投入されているので、工事に遅れは出ていません」
全てがまあまあ順調に回っているので、ご安心くださいと言いながら報告書をイツキに手渡した。
そして、今年は出産数が例年の3倍になる予定で、人口は確実に増えていますと、役場長は笑顔で付け加えた。
次にイツキは大学病院の建設現場に向かった。
大学病院は、ロームズ辺境伯とカルート国が折半で建設を進めているのだが、現状を考えるとカルート国には余分な資金がない。
6月にはカルート国分の建設費用の支払いが待っているのだが、どう考えても自分が負担することになるだろう。
ウエノ村に建設中の医学大学病院は、木造2階建てで入院施設はない。
既に2階まで工事が進んでおり、こちらはカルート国の業者が担当していた。
「これはこれはロームズ辺境伯様、ようこそおいでくださいました」
ウエノ村のヘディト村長52歳が、建物の中から建設責任者と一緒に挨拶に出てきた。
建設責任者は、カルート国の王都に在る建設協会の会長で、大きな材木商を営んでいる45歳の男だった。責任者自らがウエノ村に滞在し、現場の指揮を執っていた。
イツキはその男を一目見て、どうやら好感の持てる相手のようだと安堵しながら、これからの予定と支払いについて話をした。
「先月王都では、商業ギルドの見解として、カルート国は破綻寸前であると発表され、全ての商会が大混乱に陥りました。建設協会は大きな資金を国に投入していなかったので、それほどの混乱もなく済みました。しかし、既に建設中だった医学大学病院は大丈夫だろうかと、一部の職人たちが騒ぎ出しました。そこで私は……職人たちを安心させるため、いざとなれば、ロームズ辺境伯様が保証してくださると言ってしまいました」
建設責任者の男は、申し訳ありませんでしたと詫びながら、イツキに向かって深く頭を下げる。最初は土下座しようとしたのだが、イツキがそれを不快な顔で止めた。
「カルート国の貴族は、レガート国では信じられないような貴族特権を持ち、理不尽な行いをすると聞いています。私は、ある程度の節度は必要だと思いますが、罪もない人に土下座させるという行いに不快を感じます。ですから、何も悪くない貴方が謝罪することではありません。これはロームズとカルート国の共同事業ですから、支払いの責務は必ず私が果たします」
イツキはきっぱりと言い、極上の笑顔を向け建設責任者を安心させた。
初めの取り決め通り、工事代金の半分は今月中にロームズ辺境伯が支払いすると約束する。
従者のパル、大学病院担当教授のマーベリック28歳を連れ、イツキは図面や進捗状況を確認しながら、丁寧な仕事ぶりに安堵して工事現場を後にした。
午後のお茶の時間、イツキは主要メンバーに招集をかけていた。
早目に会議室にやって来たパルは、先に来ていたフィリップに、尋問されながら壁際まで追い込まれていた。
「それで、今回はどういう経緯でイツキ様は倒れられたんだ?」
「えーっと……何のことでしょうかフィリップ様?」
もうこれ以上下がる場所がないパルは、妖しく光る金色の瞳に完全にビビっていた。
フィリップは長いこと【王の目】を率いてきた拷問……いや、尋問のプロであり、真面目な学生であるパルなど、平常心で太刀打ちできるはずもなかった。
「俺はイツキ様を護る者として神から選ばれた者だ。お前は気付いていないかも知れないが、イツキ様のオーラが変わった。いや、進化したと言うべきだろう」
「えっ!オーラが変わった?フィリップ様には、何か見えているのですか?」
思いもしなかったことを言われたパルは、ハッと息を呑み目を見開く。
「確か4月6日だったと思うが、俺は突然息が出来なくなり倒れかけた。そして、イツキ様に何かあったのだと確信した」
奥歯をギュッと噛み締めながら、早く話せ!と瞳で凄みながらパルに詰め寄る。
何があってもイツキ様を護ると誓っているのに、カルート国に居る身ではどうすることもできず、酷い焦燥感に押し潰されそうだった自分を苦く思い出す。
「フィリップ、パルを脅すな!私が口止めしたんだ。その件も含めてこれから説明する。……は~っ、お前の顔は美しい分、怖さが増すな」
イツキは呆れたようにフィリップを叱りながら、心配性の保護者に溜め息を吐く。
そこに車椅子を自分で操作しながら、少し足を動かせるようになったソウタ指揮官、いや、ソウタ兄さんがやって来た。
「今日は何の会議だ?レガート国とミリダ国の戦争のことか?イツキ君」
「ああ、それもありますが、これからの私の予定を伝えるためです」
「「「予定?」」」
フィリップ、パル、ソウタ3人の、疑るような声が重なった。
3人が怪訝そうな視線をイツキに向けているところへ、家令のオールズ、軍医でイツキの教え子のベルガと、同じく教え子のハモンド、教会警備隊のコウタがやって来た。
イツキが招集をかけたのは、イツキがリースだと知っている6人と、はっきりとは知らないオールズだった。
「先ず始めに、先月ミリダ国で起こったクーデターとクーデター返しについて説明する。当然のことながら、クーデターを起こした皇太子はギラ新教徒だった」
イツキは教会が得ていた情報と、レガート国軍とミリダ国軍が国境で行った会談、自分が両国に出した指示について、ほぼ隠すことなく伝えていく。結末としてミリダ国の王女が女王として即位し、皇太子は極秘に教会が預かっていると暴露した。
「そして春休みになり、私は王様から呼び出された。呼び出されたその日、私は王宮で倒れ、6日から11日まで眠っていた」
「今度は何があったのですか?王宮で御力を・・・?」
凄く不安そうな顔をして、パルの方をチラリと見ながらハモンドが質問する。
「いいえ、原因は……軍の副司令官デルモントとサイモス王子に、気持ちの悪い悪意を向けられたことと、ある予知を視て……それが受け入れられずに倒れたんだと思う」
イツキは遠い目をして、まだその事実を直視したくないと思いながら、鼻からゆっくりと大きく息を吐いた。
急に黙り込んだイツキを見て、皆の視線がパルに集中する。
「ヨム指揮官によると、デルモント副司令官はイツキ様を、戦争のなんたるかを知らない無能な人間だとか、合意内容を直ちに破棄しミリダ国を侵攻すべきだとか、リバード王子を連れていくなんて常識知らずだとか……サ、サイモス王子はイツキ様に……君はキシ公爵やヤマノ侯爵に媚を売るだけでは飽きたらず、とうとうリバードまで誘惑しているそうだな。け、穢らわしいと・・・」
「「な、なんだと!」」
ハモンドとベルガのあまりの大声に、説明していたパルはビクッと体を震わせる。
フィリップは青白い怒りのオーラを漂わせ、ソウタは完全無表情に……教会警備隊のコウタは噛み締めた唇に血を滲ませ、家令のオールズはハモンドとベルガ同様に立ち上がり、拳をプルプルと震わせていた。
「オールズ、ハモンド、ベルガ、座れ。それは大したことではない。私が倒れたのは、自分がサイモス王子に刺される予知を視て、その痛みと絶望に耐えられなくなったからだ。私は……やめろサイモスと言いながら倒れたようだ」
「「えぇっ!」」
全員の驚きの声が重なる。そして信じられないと皆は目を見開く。
「何故イツキ君が?サイモス王子とは、ほとんど接点などなかっただろう?」
「ソウタ、デルモントだ!アイツは王妃の身内じゃないか!」
サイモス王子を操っているのは、デルモントと王妃だとフィリップは言う。
「それにしても一国の王子が、領主に対して言って良いことと悪いことの区別もつかぬとは……まるでギラ新教徒のようではありませんか!」
出来る家令のオールズは、昨年大恩ある前の主をギラ新教徒のサイシスに殺されていた。その時の狂人ぶりを思い出し、怒りが再び込み上げてくる。
「ギラ新教徒・・・」
オールズの話を聞いたソウタは、顔をしかめながら苦々しい思いで、その名を口にした。自分もギラ新教徒によって死にかけ、車椅子の生活にされたのだ。
「イ、イツキ様、いつです?それはいつ頃起こるのでしょうか?場所は何処です?季節は?他に誰が居ましたか?」
フィリップはイツキの側に行き、必死の形相でイツキに問う。
「落ち着けフィリップ。まだ先だ。あの時のサイモス王子は、今よりも成長していた。それに今回の暴言は、私が【奇跡の世代】に頼んだ作戦が原因だろう」
「作戦?作戦って何ですかイツキ様?俺は……私は説明を受けていません」
パルは自分の知らない話の内容に、従者なのに……と、泣きそうな顔をして質問する。
「あぁ、皇太子になるための条件を広めるというアレか」
ソウタは少し上を向いて、記憶を辿りながら思い出そうとする。
「確か作戦名は【お妃と従者を選んで王になろう】だったような……皇太子の決定時期や、皇太子選定基準、皇太子選定方法を、各地で噂として広めていくという話だったと思うが……アレが発動して、サイモス王子はリバード王子を蹴落としにかかったのか」
記憶力抜群のフィリップは、作戦名までバッチリと覚えていた。そして頷きながら、あの時イツキが言った弊害も思い出していた。
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