それぞれの想い
4月6日にイツキが倒れて4日が過ぎていた。
表情は穏やかになってきたが、一向に目覚める気配がない。
従者のパルと、ヨム指揮官からイツキの護衛を命じられたレクスが、交代でイツキの部屋に詰めていた。
サイリスのハビテもちょくちょく様子を見に来ていたが、4月は貴族の結婚式や教会の行事が多く、心配しながら仕事をこなしていた。
◇◇ キシ公爵 アルダス ◇◇
予定より遅い10日の午前中に王宮に戻ってきた俺は、低い声で静かに怒っているヨム指揮官から、6日にイツキ君が倒れたこと、サイモス王子とデルモント副司令官の悪意ある態度や、デルモント副司令官が軍本部で語っている、イツキを陥れるための罵詈雑言の数々の説明を受けていた。
「それで、秘書官はどうしている?デルモント副司令官を厳罰に処したのか?」
「いいえアルダス様、サイモス王子は成人を迎える12月の誕生日まで、王宮への立ち入りを禁止されましたが、デルモント副司令官に処罰はありませんでした」
納得がいかないという表情で、ヨムは悔しそうに答える。
「ギニ司令官は動いたのか?」
「いいえ何も・・・私の抗議に対し、デルモント副司令官の任命には王妃様と国務大臣が関わっているので、自分の一存では処分は出来ないと。……ただ、ホン領から兵士が引き上げてくれば、己の無能さを知ることになる。俺はデルモントの自滅を待つと言われていました」
「成る程・・・それもいいだろう」
俺はニヤリと笑うと、ギニ司令官の作為的な放置の意味を理解し、親友でもあるヨムに、ホン領での出来事を愉快そうに話し始めた。
「あの日、忘れもしない4月4日正午前のこと、俺はホン領主と一緒に、国境に出来上がった仮設体育館でポルムゴールの最終試合を見学していた。
どちらも兵士もプライドを懸けて懸命に戦っていた。
それまでの戦績はレガート国48勝でミリダ国は47勝。その日の残り試合は2試合で、1試合目はミリダ国が勝利し48勝で並んだ。勝敗の行方は最終戦で決定することになり、大いに盛り上がり両国の応援にも力が入っていた。
そして最終戦開始の笛が鳴ったところで、クーデター返しが成功し、今、この時をもってミリダ国軍は撤退するという、女王ノリエ様と軍総司令官ラテス連名の命令書が届いた。
残念ながら最終戦は行われなかったので、勝敗つかず……の状態で終戦となった。
両国の全兵士は終戦を喜び、国の垣根を越え喜び合い、これからも同盟国でいようと固く握手を交わした。
その感動的な光景を、俺もホン領主もギニ司令官も、一生忘れないと胸に刻み、イツキ君と神に感謝しひざまずいた。
実は3月30日午後、俺とホン領主とギニ司令官は、早馬で王都ダヤから戻ってきた、ミリダ国軍の副指揮官ケルベスから、クーデター返しが成功し皇太子を幽閉したと報告を受けていたので、4日の試合を最終戦にしようと話し合いで決めていた。
もちろん、27日か28日に王都ラミルに文句を言いに戻ったデルモント副司令官は、ミリダ国の実情を何も知らなかったはずだ。
そもそも、レガート国とミリダ国が交わした同意書の真意を、破壊部隊のフジヤ副指揮官は、ギニ司令官とデルモント副司令官には教えていなかった。
イツキ君の教会での身分を知られてはならないと、フジヤはイツキ君が話した内容を一切喋らなかったようだ。
ミリダ国軍のケルベス副指揮官から、全ての筋書きを書いたのはイツキ君だったと聞かされ、ホン領主もギニ司令官も、やはりそうかと納得した。
俺がホン領に到着した時、デルモント副司令官は既にラミルに向かっていたので、顔を会わせなかったが、アイツは合意書を破棄しろ!ロームズ辺境伯は戦争のなんたるかも知らない愚か者だ!と、部下に向かって吠えていたらしい。
その場に居た大部分の兵が、国境軍と建設部隊であるにも関わらずだ。
一応デルモント副司令官は上官だから、皆は必死で反論するのを我慢したらしいが、リバード王子を常識を知らない無能な王子だと言い出した時は、流石に兵士全員がデルモントの頭を疑ったようだ。
正式な指揮官も居ない戦場で、リバード王子の激励が、如何に兵士や上官たちの士気を向上させたかなんて、戦場を経験していない男には、理解できなかっただろう。
しかも、軍本部でもやらかしたとなると……奴はイツキ君の人気ぶりを全く知らなかったようだな。
ヨム、ギニ司令官は激怒している。恐らく最大級にな。
今回の失態を全てカバーしてもらい、戦争を回避し、ミリダ国まで救った救世主を、無能呼ばわりし、同盟国であるミリダ国を侵攻すべきだなどと、世迷い言……いやお前の言う通り罵詈雑言を並べ立てたデルモントは、完全にイツキ君の信奉者を敵に回した。
フッ、ギニ司令官も意外と陰湿だったな。
ついでに王妃の立場も悪くする気らしい。
軍内において【奇跡の世代】を敵に回すということが、どういうことなのかを思い知らせるつもりだろう。
ついでに警備隊も敵に回したな。ハーハッハ。なんて愉快なんだ!」
俺はいろいろと想像し、思わず大声で笑ってしまった。
呆れた顔で俺を見ているヨムに、それよりもブルーノア教会の信用を失ったことの方が一大事だと、俺は真顔で告げる。
サイリス様は、父親面や伯父面していた2人なら、イツキ君を守ってくれると信じていたのだろう。
教会の人間からしたらリース様の方が遥かに位は上なのに、敬意も払わず倒れるような状況を作ってしまった2人など、もはや信じるに値しないと判断されたのだろう。
今回ばかりは俺も頭にきた。
レガート国とミリダ国のために、リース様として最大限の尽力をして頂いたのに、敬意も礼も足りない・・・
何故懸命に頑張っているイツキ君を責めるような態度がとれるんだ?父親や伯父としてイツキ君を見ているからなのか?
リース様として行動されたイツキ君より、サイモス王子を守りたいのだと、サイリス様に思われても仕方ないような行動をとってしまったことが、俺には全くもって理解が出来ない。
本当にそう思っているのなら、俺だって考え方を改める必要がある。
◇◇ ギニ司令官 ◇◇
全ては俺の責任だ。
あれだけイツキ君に平和ボケしている場合じゃないと言われていたのに……
はぁ・・・
俺はサイリス様からの手紙を読みながら、懺悔の言葉とため息しか出てこない。
デルモント副司令官を止めることが出来ず、イツキ様を傷付けてしまった。
サイリス様からの手紙には、王様や秘書官の面会を断り、今後はイツキ君を利用させないと書いてある。
利用・・・俺はその文字を見て愕然とした。
イツキ君は自分の使命で動いていると言っていた。だから、その使命を果たすために最大限の協力をしようと思っていた。
協力?・・・なんて思い上がった考え方をしていたのだろうか・・・
助けて頂いているのに、協力する?
違うだろう!
イツキ君の使命に乗っかり、イツキ君を犠牲にしながら、レガート国は助けられてきたじゃないか。
全てはリース様であるイツキ様の、御導きであり教えであったのに、見た目が少年であることで、仲間のような、いや、王様も秘書官も俺も、完全に部下扱いをしていたじゃないか!
もしも見た目が50歳くらいで、学生をしていなければ、全く違う態度をとっていただろう。
教会の人間から見たら、神をも畏れぬ所業だったはずだ。
俺達は、いや、レガート国は、イツキ様を利用してきた。
同じ目的のために利用してきたんだ!
しかも、お金に欲がないイツキ様の天才的頭脳を利用し、国を富ませた。
領地を与えることにより責任を負わせ、金策で苦労させた。
何でもできる天才的な息子に、王様、貴方は甘え過ぎた。
息子のために出来ることをしてやりたいと言いながら、自分はほとんど苦労せず、息子にばかり苦労をかけているじゃないですか!
王様も秘書官も、身内の振りをして国のためにイツキ様を働かせている。
イツキ様の使命を優先して叶えさせるなら、領主になどすべきではなかった。
結局リース様の活動を制限し、自由を奪い邪魔をしている。
王様も秘書官も、自分たちの側に置いておくために、教会の活動を阻害している。
それは親としての愛情ではない。ただの欲だ!
他人から見たら、国のために働かせ利用しているとしか思えない。
イツキ様が皇太子であられたら、俺は何をおいてもお守りする。
まだ未成年の皇太子を戦地になど送らなかったし、学生なのに大学の運営などさせない。過労で倒れるような仕事を与えたりしない。
あの時、イツキ様が上級学校に入学される時に、俺は何故、治安部隊の副指揮官にしてしまったのだろうか・・・
俺が、全てを招いた。
翌日、俺は辞職したいと王様に願い出た。
今回の大失態の責任をとるのは当然のことだが、これからは、少しでもイツキ様の役に立ちたいと思う。
もしもイツキ様とサイリス様の御許しが頂けるなら、護衛の仕事をしたい。
間もなく産まれる双子に恥じる生き方はしたくない。
領地があるから食うに困ることはないだろうし、領主としての仕事が滞ることも減り、家令も喜ぶだろう。
◇◇ バルファー王 ◇◇
昨日、教会から正式に、イツキ君との今後の面会を断られた。
そして、今朝はギニ司令官が辞職を願い出た。
ギニ司令官は、これまで軍や俺やエントンは、イツキ君を利用し過ぎたと言った。
「利用とはどういうことだ!」と怒りを込めて問い質したら、全てですと答えた。
つらつらと利用したことを上げられ、俺とエントンは、個人的な欲のためにイツキ君を領主にし、リース様としての活動を阻害し、苦しめていると言った。
俺はあまりの言い様に腹が立ち、思わず殴りそうになりエントンに止められた。
「暫くは戦争も起こらないでしょう。私はリース様であられるイツキ様を、今度こそ命を懸けて御守りしたいと思います」と、深く頭を下げ礼をとると、ギニ司令官は執務室を出ていった。
学生の時からずっと手を取り合って協力してきた。偽王から王座を奪還する時も、国王になってからも、ギニ先輩は俺を支えてくれていた。
「エントン、俺はイツキ君を利用していたんだろうか?」
俺は全身の力が抜けていくような脱力感に襲われながら、ギニ先輩が出ていったドアを見詰めながら呟いた。
「そうだな。利用していたよ。ギニ先輩に言われて、サイリス様の怒りを理解した。イツキ君は、誰のものでもなかった。俺は俺の欲のために、間違いなくイツキ君を苦しめていた」
エントンは今にも泣き出しそうな、悲しそうな声で俺の問いに応えた。ふと見ると、無表情な顔からは生気が消え、視点の定まらない虚ろな目をしていた。
「サイモスは、何故イツキ君に暴言を吐いたんだろう?」
「王様、侍女長に話を聴かれたら、原因は分かりますよ。
イツキ君が初めて自分をリースだと名乗った時、リバード王子の命を狙う者は、ギラ新教に洗脳されている。何故それに気付かないのか。そして、それが愛する者であっても、洗脳を解くのは難しいと言っていました。
私は秘書官なので、後宮のことに口出しできません」
エントンは全てを知っているような口振りで、後宮の話をした。
俺は今まで何をしていたのだろうか?まさか、サイモスはギラ新教に洗脳されているのか?そう言えば、もっと王妃やエバや、子供たちを見ろイツキ君は言っていた?
俺は何故その事を忘れていたのだろうか・・・
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
タブレットの調子が悪く、更新が遅れました。やっぱり新しくノートPC買うしかないかな……




