イツキ、サイモス王子に会う(2)
自分の話を勝手に遮り、無視して立ち去ろうとするイツキを、デルモント副司令官は、憎い仇を見るような目で睨み付ける。
「生意気な奴だ!」
サイモス王子の声がハッキリと廊下に響く。
「申し訳ありません。常識を知らないようです」
デルモント副司令官は、わざとイツキに聞こえるよう大きな声で話す。
イツキはただ黙って、少し早足で階段を上がっていく。
「・・・あれは何だ?大丈夫かねイツキ君?」
財務副大臣は、常識を知らないサイモス王子とデルモント副司令官に驚き、心配してイツキの顔を覗き込む。
「どうやらデルモント副司令官にとって、新米領主である私は、礼をとらせるべき立場の人間のようです。穢らわしいか・・・フウ……久し振りに聞いた言葉です。確か前に聞いたのは、ギラ新教徒だった前の副教頭からでした」
「…………」
財務副大臣は、ギラ新教徒という言葉に衝撃を受けた。そして、自分の知らない所で、この若き領主は嫌がらせや虐めを受けているのではと疑念を抱いた。
財務副大臣には、マキ上級学校に2年生の息子がいたので、息子と同じ学生でもあるイツキを、出来るだけ応援してきたつもりだった。
だが、少し考えてみれば充分にあり得ることではないかと、今更だが気付いた。
若くして領主に成り、武器の発明と特産品の発明で国に貢献した。その上、医師の資格まで持っている。あまりにも優秀な人間は疎まれ、妬まれる。信じられない、認めたくないと思う者が多いのかもしれない。
イツキもショックを受けていた。
サイモス王子にとって自分は、穢らわしい存在だと思われていることは、ロームズ邸で働き始めたリリスから聞いて知っていたので、それなりに覚悟はしていた。全ては母親である、王妃カスミラの影響なのだと。
しかし、イツキがショックを受けたのは、そのことではなかった。
サイモス王子の顔の周りは、黒いオーラに覆われていた。それをはっきりと視てしまったのだ。
『あれは、ただの悪意だろうか?それとも・・・』
イツキと財務副大臣が、それぞれ考え事をしていると、いつに間にか王の執務室前に到着していた。
イツキは気を取り直しドアをノックする。
中から聞こえてきたのは、秘書官エントンの声だった。
「おはようございます王様、秘書官。デルモント副司令官から急ぎ登城せよと言われましたが、何かありましたでしょうか?」
イツキは2人に礼をとり、これからの話に財務副大臣を同席させて欲しいと頼んだ。
「何か?いや、むしろ説明を受けたいのはこちらの方だよイツキ君」
秘書官はこれ見よがしに「は~っ」と特大のため息をついた。
「何についての説明でしょうか?リバード王子をホン領に連れていったことですか?」
「それはもちろんだが、何故勝手なことをしたのか聴きたい」
「なぜ勝手なこと……ですか?逆に質問させていただきますが、私とリバード王子は、今まさに戦争が始まろうとしている国境に、遊びに出掛けたとお思いですか?」
「…………」
イツキは少し理性を欠いていたのかも知れない。
これから仲良くなれるかも知れないと思っていたサイモス王子が、既にギラ新教徒になっている可能性がある・・・それはイツキにとって、本人が思う以上の衝撃だった。
「遊びに行ったとは思っていない。しかし、あまりにも短慮ではなかったのか?どうして王子が必要だったのだ?下手をすれば、リバードを危険に曝したかもしれない」
「王様、僕は空から様子を確認してから国境に降りました。もしも戦争が始まっていたら、全てギニ司令官に任せるつもりでしたし、当然何もせずに引き上げたと思います」
イツキはどこか上の空になりながら、相変わらず国王とは視線を合わせようとしない。
「しかし、王子を勝手に連れ出す行為は、完全にイツキ君の権限を越えている」
バルファー王は、未成年のリバードを戦場に連れ出し、重要な書類にサインさせた行為が、王として父親として許せなかった。
何かあれば、リバード王子が責任を問われることになるのだ。
「そうですね。しかも僕は関係ない領地の領主です。ですから、他国から信用を得ることはできない。もしもあの場にリバード王子が居なければ、戦争は始まっていたでしょう。今回のことでリバード王子を悪く言う者が居たら、僕はギラ新教徒を疑います。王様が許せないと思われるのでしたら、どうか私だけを処分してください」
「いやいやロームズ辺境伯、君が処分される必要などないだろう。そもそも今回の戦争は、全て軍の怠慢が招いたものだ。君は尻拭いをしただけであり、最悪の事態を回避し、ミリダ国に女王を誕生させるのに大いに役立った」
どんどん話がおかしな方向へ向かっていくのが我慢できず、財務副大臣が横から口を挟んだ。
「「ミリダ国に女王が?どういうことだ財務副大臣!」」
バルファー王と秘書官は、思わず立ち上がり財務副大臣に問う。
「ああ、まだご存じではなかったのですか……クーデター返しのことを」
「クーデター返し?リバードから得た情報は、ミリダ国の皇太子が自刃したので、戦争の心配が無くなったというものだった。その情報はイツキ君から聞いたと言っていた」
バルファー王は、初めて聞く話の内容に驚きながら、真偽を確かめようとイツキに視線を向ける。
「どういうことだイツキ君?女王とは誰のことだ?」
バルファー王は、少し厳しい口調で言いながらイツキに問う。
しかしイツキは何も答えず、黙ったままぼんやりとしていて視線が定まらない。
「イツキ君?どうした、何故答えられない!」
秘書官も責めるような口調で、早く答えるようイツキに言う。
『何故、何故僕を・・・どうして殺そうとするんだサイモス』
イツキの耳には、バルファー王の声も秘書官の声も届いていなかった。
その時イツキは、自分が殺される場面を予知していたのだ。
頭の中に視える映像なのに、強い悪意と殺意が自分を襲い、イツキは息が出来なくなった。刺された部分に震える手を当てると、べっとりと赤い血がついた・・・
そして、「やめろサイモス」と消え入るように呟き、意識を失った。
「どうしたイツキ君、だ、大丈夫か!」と言いながら、秘書官が慌てて倒れたイツキを抱き起こす。
抱き起こしたイツキの顔は真っ青で、息は絶え絶えという感じで苦しそうだし、表情は苦痛に歪んでいる。そして何故か、イツキの右手にはベッタリと血がついていた。
◇ ◇ ◇
サイモス王子は、3階に在る軍の作戦会議室に居た。
「なんだか慌ただしいと思ったら、ロームズ辺境伯が倒れたらしいです。きっと王様と秘書官に激怒され、精神的に耐えられなかったのでしょう」
階段付近まで様子を見に行ったデルモント副司令官は、とても嬉しそうに報告する。
「この前会った時も、父上を待たせて遅れてやって来た。しかも病弱なのか青い顔をして、就任式を途中退場した。有り得ない常識知らずだ。病弱なのもここまでくると、領主を辞退すべきであろう」
作戦会議室だというのに、高級ワインを飲みながら忌々しそうに口元を歪める。
「はいサイモス王子。もしかするとああやって、体の弱い振りをして権力者の気を引いているのかもしれません。なにぶん卑しい身分の者ですから」
デルモント副司令官は自分のグラスにもワインを注ぐと、未成年のサイモス王子のグラスにも再びワインを注ぐ。
デルモント副司令官は、王妃カスミラの父親である国務大臣の従兄弟で、昔からサイモス王子を可愛がっていた。
これ迄は軍の少佐だったので、王宮に来る機会もなかったが、王妃のごり押しで副司令官に就任していた。
ギニ司令官は他の者を選んでいたが、デルモント副司令官が王妃と国務大臣に泣き付き、国王が了承したのである。
これまで彼は、カルート国とハキ神国との戦争にも出兵したことはなく、国内に居る一般部隊の移動や昇級、有事以外の軍事費算定に関わっており、どちらかというと事務方の仕事をしていた。
なので今回の開戦は、現場で指揮を執る初めての体験であり、己の力と優秀さを知らしめる好機だったのである。
ただ、ギニ司令官が一緒に行動していたので、全ての指揮権は司令官にあり、訳の分からないポルムゴール等で戦うというバカげたことさえ、止めることは出来なかった。
デルモント副司令官の次の目標は司令官である。
ギニ司令官の今回の不手際や、リバード王子がミリダ国と結んだ合意書を破棄しなかったことを上訴し、自分こそが軍を掌握し、強国レガートの正しい在り方を実践しようと目論んでいた。
彼の思想は、レガート国に敵対する国など、握り潰してしまえばいい。そして、国土を広げることにより、自分の権力も絶対的にすればいいというものだった。
しかし、デルモント副司令官はギラ新教徒ではない。今のところ・・・
彼はただ、出世欲と権力欲が人一倍強く、プライドは誰よりも高かった。
だから、先日ロームズ辺境伯から受けた屈辱が、どうしても許せなかった。
大勢の前で国王に土下座させられたり、狼煙をあげろと命令されるなど、あってはならないことだった。悔しさのあまり自分の執務室に置いていた高級ワインの瓶を、床に投げつけ割ってしまったほどである。
「まあでも今回のことで、リバードは常識を知らない王子であり、皇太子には相応しくないと軍関係者に知られた。穢らわしい男との醜聞でも広まれば、上級学校にも居られなくなるだろう」
サイモス王子は足を組み、気取ったポーズでワインを飲むとニヤリと笑った。
サイモス王子が2杯目のワインを飲み干した同時刻、バルファー王とエントン秘書官は、財務副大臣から詳しい話を聞いていた。
財務副大臣は、ミリダ国の状況の説明の前に、デルモント副司令官とサイモス王子がイツキに放った暴言を、包み隠すことなく、むしろ怒りを込めて語っていた。
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