イツキ、サイモス王子に会う(1)
翌日朝食時間に、ロームズ邸に泊まった者にだけ、イツキは【丘の上のキニ商会】を立ち上げたことを報告した。
当然そのネーミングに全員から突っ込みが入ったが、イツキは笑顔でスルーする。
「それでお願いなんだけど、エンター先輩とエンド、ファッションショーのモデルをやって貰えないだろうか?」
「えーっ……どうしようかな」と、エンドはまんざらでもない感じである。
「絶対に却下だ!」と、エンターは嫌そうな顔をして直ぐに断った。
「エンドも伯爵家の子息だし、エンター先輩は伯爵家の当主、それに女性が喜ぶ美男子だ。モデルとして申し分ないと思ったのになぁ……」
イツキは残念そうに呟くが、いざとなったら上官に、協力要請を出すことだってできるなと考え、ヨム指揮官の顔を思い浮かべる。
一旦モデルの話は止め、ポムを使った車輪の話に話題を変えたイツキは、話せる範囲の情報だけだが、これからの【丘の上のキニ商会】について説明した。
イツキが皆を外に連れ出し、屋敷の裏手で馬車を実際に見せながら、改良部分の説明をしていると、表に馬車が到着したような音がした。
何事だろうかと全員が玄関先まで移動すると、レガート軍の紋章が入った、上官用の馬車が停車していた。
中から降りてきたのは、複雑な表情をした副司令官のデルモント52歳だった。
「ロームズ辺境伯、王様がお呼びだ。今すぐ一緒に来てもらおう」
馬車を降りるなり、如何にも不機嫌そうな声でイツキに命令?する。
「これはデルモント副司令官、おはようございます。何か緊急事態でも起こったのですか?」
何となく用件は分かっているが、イツキはわざとのんびりした感じで対応する。
一緒にいた8人は、やって来たのが軍の副司令官だと分かると、慌てて礼をとった。
「それは行けば分かることだ。急いでくれ」
イツキの問いには答えず、まるで部下にでも話し掛けるような感じで言う。
「分かりました。せっかくなのですが、僕はこのあと予定があるので、自分の馬車で向かいます」
イツキは顔色ひとつ変えず、淡々と答える。
「なっ、私の迎えでは不服だと?」
「デルモント副司令官、警備隊所属のエンターといいます。失礼ですが、レガート軍では、領主であるロームズ辺境伯様に対し、不敬な態度をとるよう、ギニ司令官から指示されているのでしょうか?」
領主であるイツキに対して、あまりに横柄な態度をとる目の前の副司令官に、エンターはカチンときた。警備隊では絶対に有り得ないことである。
それは従者であるパルにしても、他のメンバーにしても同じように感じており、思わず厳しい視線を向けてしまう。
若輩者の領主だから、こんな横柄な態度をとるのだろうかと、全員かなり頭にきている。
「・・・不敬?俺は元々口が悪いだけだ。分かった。王様には自分の馬車で来ると伝える。とにかく急いでくれ」
まるで言い捨てるように言って、デルモント副司令官は馬車で帰っていった。
「あれ何?戦争を未然に防いだ領主様に対して、頭を下げて礼を言う訳でもなく、まるで犯罪者を連行するような物言い……そもそも礼をとらなかったよな?」
「はいエンター先輩。ギニ司令官は何度か屋敷に来られていますが、いつもきちんとされています。こんな悔しい思いをするのは久し振りです」
エンターとパルは、どうしても腹の虫が治まらない。
「まあまあ、僕が勝手なことをしたのが、どうもお気に召さなかったようだ。きっと軍の副司令官は、領主よりも偉いのだろう。次回から、しっかりと礼をとることにするよ」
イツキはそう言いながら、黒く微笑んだ。
もしも本当に皆の前で、領主であるイツキがデルモント副司令官に礼をとったら、きっと回りは驚くことだろう。
そう言えば、売られたケンカは買うタイプだったと、パルとエンターは思い出し、怒りを治める。
「よし行くか。パル馬車を回してくれ。みんなすまない。俺はちょっと出掛けるけど、ゆっくりしてていいからな。エンター先輩とリョウガは、事務長と話でもしていてください。着替えは……このままでいいや」
イツキはいつもの普段着で、ちょっと行ってくる程度の感じで言いながら、パルが回してきた馬車に乗って出発した。
残されたメンバーたちは、「お茶の準備ができました」というリリスの声に、釈然としないまま屋敷の中に戻っていく。
イツキは王宮に到着すると直ぐ、財務副大臣に会うため財務部に向かった。
「これはロームズ辺境伯、おはようございます。私にご用だとか・・・」
レガート国の上官の中で、最もケチだと自他共に認める財務副大臣は、いったい何の用だろうかと考えながらも、笑顔で対応する。
財務副大臣は、基本的に、いや、かなりイツキのファンである。
「実はですね・・・」と、ミリダ国との戦争で無駄な国費を遣わず、兵を負傷させないために、リバード王子を連れホン領に向かったことを話した。
「えっ!リバード王子を?」
「はい、無駄な戦争をさせないために、どうしても必要な存在でした」
「それで、戦争はどうなったのですか?本当に戦わずに済んだのですか?」
財務副大臣にとって、リバード王子を連れて行ったことより、戦争の行方の方が気掛かりであった。
開戦したというのに、追加の戦費が財務部に申請されないので、どうなっているのだろうかと気を揉んでいたのだ。
「これから王様にご報告するのですが、財務副大臣にだけ特別にお教えします。ミリダ軍は完全撤退します。いえ、今頃は完全撤退した後でしょう。ミリダ国内でクーデター返しがあり、父親である国王を殺したギラ新教徒の皇太子は自刃し、王女様が女王に即位されました」
「な、なんですって!クーデター返し?」
財務副大臣は驚きのあまり立ち上がり、テーブルの上のお茶を溢してしまう。
せっかく小声で話していたのに、部屋中に響き渡ってしまった。
「僕としては、無駄な血も流さず、無駄なお金も遣わずに済めばと努力したつもりなのですが、どうやら、それが気に入らない、いえ僕の責任を問う方が居るようで……」
「はっ?責任を問う?どうしてです?本当に戦争になっていたら、どれ程の金がかかったか、見積もりを見ていないバカが居たということですか?財務部の仕事を何だと思っているんだ!金なんか関係ないとか思っている奴は、上官としての資格はない!戦争を回避したロームズ辺境伯様を陥れるとは、許せん!」
とうとう財務副大臣は怒りのあまり叫んでしまった。
当然、普通に仕事をしていた財務部の事務官の皆さんにも丸聞こえであった。
そして財務副大臣と同様に、超不機嫌な表情に変わっていく。
「またか!何処の部署の奴だ?」
「チッ!国費は自分の金くらいに思っている奴が居るんだよな」
「軍だな!何処のどいつだ!」
毎日のように残業し、少しでも国費を残そうと奮闘している事務官の皆さんは、イツキの発明したペンを握り締めながら怒りに燃える。
財務副大臣と同じように財務部の事務官は、特産品で国に多大な貢献をし、数字に明るく、カルート国の借金まで払おうと奮闘してくれていた、天才領主が大好きだった。
しかも、将来は文官として働くのが夢だと副大臣から聞いており、卒業後はぜひ財務部にきて欲しいと狙っていたのである。
「確かに軍の仕事から引いたのに、勝手にミリダ国の指揮官と話をしてしまいました。
成人したばかりの新米領主のくせに、出過ぎた真似をしたのだと思います。
独断で戦争を回避させた責任を取れと言われるのであれば、潔く領主の地位から降りましょう。
僕は、大事な元部下が、殺し合いをして傷つくのが嫌だった。
カルート国にお金を貸して欲しいと頼んだ責任もある。
僕なりの責任の取り方が、間違っていたのなら、レガート国を去ってもいい。
ただその前に、お世話をお掛けしてしまった財務副大臣に、一言お礼とお詫びをしょうと・・・す、すみません」
イツキは言葉を詰まらせ下を向いた。
今日のイツキは、いつもより磨きがかかっていた。演技に。いや、語りに。
「どうしてです?何でロームズ辺境伯が謝る必要があるのです?そんなこと納得できません!分かりました。私が一緒に王様と話します」
懸命に頑張って戦争を回避したらしいロームズ辺境伯が、謝罪する必要なんてないと、財務副大臣はイツキに同伴すると言い出した。
財務副大臣の話を聞いた事務官たちは「副大臣頑張ってください!」「ロームズ辺境伯様頑張れ!」と、あちらこちらから声を上げる。
「そもそも今回の開戦は、軍の落ち度で大混乱したじゃないか!あの時の土下座は何だったのだ!」
財務副大臣は、イツキと一緒に西棟4階に向かいながら、怒りのボルテージが上がっていく。
「いえ、きっと僕がリバード王子を連れて行ったことが問題だったのだと思います」
イツキはちょっぴり申し訳ない気持ちになり、これ以上財務副大臣が怒らないよう、控え目に自分の過失部分を反省も込めて言っておく。
3階まで来たところで、イツキは意外な人物から呼び止められた。
「ロームズ辺境伯、サイモス王子様がお呼びだ」
どこかにやけた顔のデルモント副司令官が、サイモス王子の横に立ち声を掛けてきた。
イツキはサイモス王子に向かって礼をとり「ご無沙汰しておりますサイモス王子」と言って頭を下げた。
「ロームズ辺境伯、君はキシ公爵やヤマノ侯爵に媚を売るだけでは飽きたらず、とうとうリバードまで誘惑しているそうだな。穢らわしい。君は・・・」
「お話し中申し訳ありません。王様に至急来るように呼ばれておりますので、先に用件を済ませて参ります」
「はあ?王子の私が話し掛けているのだぞ!」
サイモス王子は随分とご立腹の様子で、声を荒ららげてイツキを睨み付けた。
「そうでしたよねデルモント副司令官?私に今すぐにと指示されたと思うのですが?」
「あ、ああ、そうだ。だが・・・」
「それでは、領主である私が優先すべきは王様ですので、一旦失礼いたします」
不機嫌さを隠そうともしない2人の男に、イツキは丁寧に頭を下げ4階に向かう。
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