イツキ組集合(3)
夕食後、イツキはエンターを執務室に呼んだ。
「エルビス(エンター)、エントンさんからミノス領主の話が来ただろう?」
「あ、ああ……俺は断ったけどな」
「でも、領主会議で決定していたぞ」
「はあ?決定した?・・・お、俺には成すべき使命があるんだが?」
エルビスは、決定したと知らなかったようでムッとした顔をする。
やはり神の啓示を気にしていたのだと分かると、イツキも複雑な気持ちになる。
「うん……それについては、まだ先になるだろう。どのみちミノス領主は避けられない。それなら、事前準備が必要だ。2年後には、領主に就任する」
絶句しているエルビスに、イツキは領主会議で決定された内容を告げていく。
間もなく領主の勉強と、要人警護部の仕事を兼ね、全領主の仕事を学びに各地を回ることになるとか、1年後には侯爵に陞爵されミノスの内政を学ぶことになる予定だと告げた。
「まあ、僕の時なんか打診さえも無かったけど・・・」
イツキは自虐的に微笑みながら、準備に2年あるから有効に使えとアドバイスする。
「従者はヤンか・・・」
仕方なさそうに、前向きに考え始めたエルビスが、従者としてヤンの名前を上げる。
「他の者を選んだら、きっとヤンは泣くな」
イツキもそう言いながら、エルビスと顔を見合わせて噴き出す。
「それから、ミノス領主屋敷の家令候補として、リョウガを推薦する。もちろん見習いとしてだが、リョウガはミノスの準男爵家の長男だ。家令の仕事なら、文官として王宮で働きながら、うちの屋敷で勉強すればいい。もしもリョウガが望むなら、ロームズ領で1年働くものいい。うちの家令はミノスの侯爵に仕えていたから、ミノスのことは何でも知っている。まあ、エルビスが望み、リョウガが受ければの話だ」
イツキはそう話しながら、自分はティーラさんとオールズに出会えて幸運だったが、信用できて仕事も出来る人材は、なかなか見付からないし、自分に忠誠を誓ってくれる者となると、身内以外で見付けるのは難しいだろうとイツキは付け加える。
「リョウガか……確かに成績は常にトップクラスなのに、自ら前に出るタイプではないな。そつが無いという意味では家令向きかもしれない。でも、リョウガはバリバリのイツキファンだぞ。俺に仕えてくれるだろうか?」
「フフ、エルビス、君は自分の人気を知らないのか?」
「は~っ、イツキ君に言われてもなぁ……まあ、考えてみれば、パルだってミノス出身だし、ロームズ辺境伯であるイツキ君もミノスで育った。肝心な俺は5歳までしか居なかったが、エントンさんが下地を作ってくれるから、あとは俺自身がミノスの貴族を従えることが出来るかだな」
だんだんその気になってきたエルビスは、ふと、イツキと一緒に領主会議に出席する自分の姿を想像した。
領主に成ったからと言って、ずっとミノスに居る必要はない訳で、自分も中央で仕事をすれば、イツキ君と一緒に戦えるし、同じ問題も共有できる。
領主としてイツキ君を支えることだって出来る。
少尉のまま警備隊で仕事を続けていては、同じ目線で物事を考えることは難しい。
「確かにエルビスの後ろには秘書官様がついている。それに、カイ領主様もマサキ公爵様も、半分身内みたいなもんだ。でも、ミノスの領民にとって重要なのは、エルビスが暗殺された前の公爵様の、唯一の後継者だということだ。何より、外戚とはいえバルファー王とは血が繋がっている」
イツキはにっこりと微笑みながら、もっと自分の価値を知るべきだと付け加えた。
次第にその気になってきた感じのエルビスに、ヤンには早く伝えない方が良策だと思うが、リョウガに頼むなら早い方がいいと、イツキはエルビスをせっつく。
「そうだな、他でもないイツキ君が薦めるんだ。間違いはないよな。分かった。リョウガと話そう」
エルビスは諸々の覚悟を決め、リョウガと話す決心をした。
イツキは嬉しそうに頷くと、リョウガを呼びに執務室を出ていく。
イツキとパルに連れられて執務室にやって来たリョウガは、なんだか微妙な雰囲気に緊張してしまう。
領主邸に泊まるだけでも夢のようなのに、執務室という特殊な部屋は、イツキという同期生を、遠い存在に感じさせてしまう。
「俺が初めてこの執務室に入った時、ああイツキ君は、俺なんかとは違う遠い世界の人に成ったんだと感じて、凄く切なくなったのを思い出すよ」
パルは4人分のお茶を淹れながら、昨年のことを思い出し、しみじみと言った。
パルが同じことを思ったのだと分かると、リョウガは無言のまま少し安心した。
「ところでリョウガは、王宮で文官として働く予定なのか?」
「はい、うちは準男爵なので、自分で活路を開かなくてはなりませんから」
イツキ親衛隊副隊長のリョウガは、いつものように敬語を使って返事を返した。
イツキは普通に話すよう日頃から言っているのだが、無理しているのではなく、自然と敬語になってしまうのだと言い張り、他の3年生がたくさん居るような場面以外では、敬語で話す姿勢を崩さない。
「それじゃあ、ミノスで働く気は無いのか?」
「はいエンター先輩。今のミノスではちょっと・・・」
新しい領主も決まっていないような状態では、将来が不安なのだと申し訳なさそうにぼそりと言った。
「もしも新しい領主から、領主屋敷で働かないかと誘われたらどうする?」
「それは……領主様が尊敬できる人物であれば考えるかも知れませんが、ここ数年のミノスは酷い有り様で、面倒なことや汚いことは、全て準男爵や騎士の者が遣らされていました。私は父が苦悩する姿をずっと見てきたので、ミノスの貴族を信用できないんですエンター先輩」
リョウガは下を向いて、辛そうにミノスの現状を語る。
昨年末、領内のギラ新教徒が処分され、領主も辞任したが、腐っていた体制を新しくするのは大変だろうと、リョウガは客観的に考えていた。
「でも今は、最強の指導者エントン秘書官がミノスの領主代行だろう?」
「まあ、そうなんだが、……ミノスの貴族は血筋とか、何代前からの貴族だとか、プライドだけは高くて、よそ者を受け入れない閉鎖的なところが多い。パル、お前もミノスで育ったから分かるだろう?」
同じミノス出身のパルの質問に、リョウガは質問で返した。
「なあリョウガ、リョウガはエンター先輩のことをどう思う?」
「どう思うってイツキ様、エンター先輩は私が最も尊敬する先輩です。文武両道であることはもちろんですが、人を引っ張るリーダーとしての資質、そしてカリスマ性。インカ先輩も尊敬していますが、エンター先輩は我々に、正義を貫くために行動することの大切さを教えてくださいました」
リョウガは先程までの受け答えとは違い、はっきりした口調できっぱりと言い切った。
「その尊敬できるエンター先輩が、一緒に働こうと言ったらどうする?」
「そうですねイツキ様、それはとても嬉しいと思いますが、私は文官コースですので」
「では文官として働けるのなら大丈夫なのか?」
「はい?警備隊で文官として働くと言うことでしょうか?」
リョウガはイツキの質問の意図するところが分からず、首を捻りながらイツキを見る。
「実は先日の領主会議で、新しいミノスの領主が決まった」
「「えっ!次の領主が決まったのですかイツキ様?」」
リョウガとパルは、仲良くハモりながら椅子から立ち上がった。
2人にとって新領主は、ミノスに居る家族に大きな影響を与えるので、とても重要なことであり、とても興味のあることだった。
「新しい領主は、暗殺された先のミノス公爵エルフ様の孫であり、エルフ様の夫人は、バルファー王の伯母サキナ様だ。お2人は偽王に暗殺され、その一族も暗殺されたが、孫だけは生き残っていた。ミノス領主と成られれば、外戚とはいえ王族に1番近い領主となり、ミノスの力は増すだろう」
「「ええっ!!エルフ公爵様のお孫様が生きておられたのですか?」」
パルとリョウガは、立ったまま驚いて大きな声を出してしまう。
「2人とも座れ。俺のエンターという家名は、ミノスの伯爵だった父方の名だ。
父は、ギラ新教徒によって暗殺された。
俺はその日、父とミノスの屋敷に居たが、クローゼットの中に隠れていて助かった。
助けられた俺は、王様と秘書官によって王都ラミルで育てられた。
母は暗殺を避けるため他国に避難していたが、疫病で亡くなった。
亡くなった母の名はサクラ。
母の父はエルフ公爵であり、母の母は元王女であるサキナ公爵夫人だ」
エンターはどこか哀しげに、でも薄っすらと微笑みながら自分の生い立ちを明かした。
「そ、それでは、次の領主はエンター先輩が・・・」(パル)
「では、エンター先輩がエルフ公爵様のお孫さま?」(リョウガ)
2人はこれ以上開けないくらい大きく目を見開き、あまりの衝撃に固まった。
「エンター先輩の正式な領主就任は2年後の予定だ。これから領主に成るための勉強に入る。そこでリョウガ、もう1度エンター先輩の話を聞いてくれ」
イツキがそう言うと、リョウガは現実が受け入れられないまま、ふらふらと立ち上がり、エンターの前で正式な礼をとった。
平民だったパルと違い、リョウガは今でもミノス領の貴族の子息である。自然と目上の貴族、いや、将来の領主様に礼をとらずにはいられなかった。
「リョウガ、卒業したら、俺の治めるミノス領で、領主屋敷の家令を目指して欲しい。どうだろうか?」
エンターは、深く頭を下げているリョウガの礼を解き、優しく微笑みながら、リョウガの瞳を真っ直ぐ見つめて問う。
「領主屋敷の家令?家令ですか?・・・そ、それはあまりに大役過ぎます」
リョウガの体は、カタカタと小さく震え始める。
「ラミルで育った俺には、ミノス領民で信用できる人間が必要だ。しかも優秀でなければならない。これからミノス領を改革するための仲間が、1人でも多くの仲間が俺には必要なんだ。リョウガ、俺に仕えてくれ」
エンターは直球を投げた。仕えてくれないかと頼むのではなく、仕えてくれと半ば命令したのである。
尊敬する先輩であり、将来の領主様から、重要な責務を果たせと命を受ける。それは臣下として、この上ない誉れであり喜びである。
「リョウガ、ロームズ屋敷の家令は、亡くなられたミノスの侯爵ウルファー様に仕えていたオールズという。24歳と若いがとても優秀なんだ。ウルファー侯爵がロームズで亡くなられた後、僕を支えるため家令になってくれた。それにラミル屋敷の事務長は、クレタ先輩の母上だ。しかも従者のパルまでミノス出身だ。エンター先輩が正式に領主になるまで、うちで家令の仕事を覚えればいい」
イツキも優しく微笑みながら、リョウガの背中を押す。
「このことを知れば、きっとヨシノリは、マサキ公爵屋敷で勉強しろと言うだろうな。俺は従者の仕事を、マサキ公爵家で教えて貰ったんだ」
パルも北寮のルームメートであり、良きライバルでもあるリョウガの背中を押す。
「ありがとうございます。エンター先輩、いえ、エルビス様。私リョウガ・フィレス・ベントリーは、我が命尽きるまで、全身全霊でお仕えすると誓います」
「ありがとうリョウガ。ありがとうイツキ君。ありがとうパル」
エンターは領主の顔をして礼を言いながら、再び深く頭を下げているリョウガに右手を差し出した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




