六者会議
イツキは全員に、ギラ新教の洗脳の恐ろしさを伝える。
「イツキ君、それじゃあ、大師ドリル以外の者でも洗脳出来ると言うことなのか?ギラ新教徒は皆、誰でも洗脳出来ると?」
ギニ司令官は、新たな脅威に動揺しイツキに質問する。
「いいえ、そうではありません。僕が報告を受けているのは一部の人間だけです」
「でも、その一部の洗脳する人間が、この学校内に居ると言うことになる」
校長はそう言いながら立ち上がり、イツキが手に持っていた紙を奪うように取ると、そこに書かれている人物の名前を確認する。
「社会担当のルイスと学生のルシフ……そして経済学の……アレクト副教頭……」
「なんですと!アレクト副教頭!」
校長が口にした名前の中に、副教頭の名前があったことにショックを受け、立ち上がったままオーブ教頭は絶句した。
副教頭のアレクトは、年齢58歳のベテラン教授で、癖はあるものの優秀な経済学者である。優秀ではあるが副教頭止まりなのは、過去学生に何度か体罰を加えたことがあるからだった。
今も学生には厳しく、授業態度の悪い学生や反抗的な態度の学生に、体罰の替わりにペナルティを与えている。その姿勢は社会担当のルイス33歳も同じで、質問に答えられない学生にペナルティを与えている。
「何てことだ!ダリル教授、君は北寮で副教頭とは隣の部屋だったと思うが、何時から洗脳され始めたんだ?」
ボルダン校長は頭を抱えながら、北寮に潜む危険に恐れを抱く。
「ボルダン校長、副教頭がやたらと話し掛けて来るようになったのは、確か……レガート国の特産品の販売権をラミル上級学校が貰い、専門スキル修得コースの経済コースの学生が、講義の一環として取り組むと決まった頃からです。副教頭は学生が主体になって金を扱うことに反対していました。私にも反対してくれと頼んできたのです」
ダリルは思い出しながら質問に答え、自分を洗脳したのが副教頭かもしれないと分かると、恐怖で再び体が震え始める。知らぬ間に洗脳され、不敬罪を犯す人間にされたのである。洗脳が解けた今、その恐怖は計り知れない。
「ギニ司令官、副教頭を王宮に呼び、特産品の扱いについて意見を聞いてください。そしてその場に、必ずラミル正教会のファリス様以上の神父を立ち会わせてください。王宮が自分の意見を求めていると分かれば、必ず自分の意見を言うでしょう。その意見こそ、ギラ新教徒の目的のはずです。副教頭を学校の外に出し、接触する人間を調べてください」
「了解イツキ君。後ろで操る人間を突き止めよう。しかし、明らかにイツキ君を敵視する者を、学校内に……北寮に置いていて大丈夫なのか?」
ギニはイツキの身辺が気に掛かる。安全である筈の北寮に洗脳者が居るのだ。
「僕は、真の洗脳者はルシフではないかと思っています。3人の中で確実にギラ新教徒なのはルシフです。危険と隣り合わせですが、この3人は暫く泳がせてみます。洗脳者が増えるようなら、その時はお願いします」
イツキはギニ司令官にそうお願いして、この件は一旦置くことにする。
「あのギニ司令官、シュノー部長、本日はどのような御用件でいらしたのでしょうか?」
ボルダン校長は、恐る恐る2人の来校の目的を尋ねた。
「ああ、俺は領主会議の件と、イツキ君にちょっと……」
ギニ司令官は少し言葉を濁しながら、チラリとダリル教授の方を見る。
「私は特産品の応援要請があったようなので、その打ち合わせで来た」
シュノー部長もダリル教授が気になるようで、詳しい話をしようとしない。
「ダリル教授、お2人は教授のことが心配なようです。今度こそきちんと【祈りの3番】を唱えてみてください」
イツキは笑いながらダリルにお願いする。
ダリルは立ち上がり、全員に深く頭を下げてから、スッキリした頭で【祈りの3番】と唱え始める。そして、すらすらと最後までハッキリとした口調で唱え終えた。
「ギニ司令官、ダリル教授はもう大丈夫です。それに、ダリル教授はこの学校の警備責任者ですから、ここに居ていただく必要があります。では、ギニ司令官から領主会議についてお話しください」
イツキは自分が話すより、ギニ司令官が話す方が普通だと思い直し任せることにした。
ギニ司令官は、今月の20・21日のどちらかの日に全領主が来校し、ポルムゴールとアタックインを見学することと、そのことは当日まで学生にも教師にも極秘にすること等を告げた。
「全領主様と言うことは、来校されるのは9人の領主様で間違いないでしょうか?馬車も9台と考えていいですか?お時間は何時くらいでしょう?」
警備責任者のダリルが、ギニ司令官に丁寧に質問する。
「どうなんだイツキ君?エントンは全ての段取りを君に任せると言っていたが……」
「う~ん、そうですねぇ……何度も往復すると時間の無駄になるので、20日の午前10時に、直接ラミル上級学校に集合していただきましょう。僕は製作者ということで皆様をご案内します。出来れば皆様にはイツキ君と呼んで頂きたいと、エントンさんにお伝えください」
イツキは頭の中で段取りながら、時間配分を決めていく。その途中、何故か腕捲りをしたキシ公爵がポルムを持って立っている姿が視えたが、イツキは首を振り気のせいだと思うことにした。
「あのう、ギニ司令官様は、どうしてイツキ君に尋ねられるのでしょう?」
「あれ?イツキ君まだ言ってなかったの?イツキ君はロームズ辺境伯だからだよ」
「ええっ?ロームズ辺境伯?ええっ!イツキ君が?」
ダリル教授は完全に固まり、視線だけを校長に向ける。
「説明しようとしたら君が、ほら、洗脳されてたから、言いそびれたんだよ」
校長はそう言いながら、普通はこういう反応になるよなぁと微妙な表情になる。
「この際きちんと説明したらどうだいイツキ君?君が夏大会の途中から学校を休んでいたのは、自分が考案した投石機をロームズに設置しに行ったんだと。そして、【治安部隊指揮官補佐】としてギラ新教徒からロームズを奪還し、領主としてハキ神国のオリ王子と戦い勝利したんだと」
じれったいイツキに代わり、兄的存在のシュノー部長が、要点を纏めて国家機密をあっさりと話してしまった。
「イツキ君が学生じゃなかったら、秘密にする必要もないことだが、イツキ君は戦略の天才でもある。そして、教会で育った神父様でもある。ヤマノ侯爵から伯爵位を授かったのは、死に掛けたヤマノ侯爵の命を繋ぎ、毒殺犯を捕らえ、新領主の命を医者として救ったからだ。だが、こんなことを世間に話しても、14歳の少年がしたことだと信じられないだろう?医師資格を持っていることすら信じて貰えないだろうからな」
ギニ司令官もまた、校長や教頭が知らなかった国家機密をすらすらと話してしまった。
「医師資格?治安部隊……?神父?」(ダリル教授)
「投石機を考案し、ロームズを奪還?」(教頭)
「領主として戦争に勝利した?毒殺を阻止?」(校長)
「シュノーさんもギニ司令官も、一度に全部言わなくても……皆さん驚かれて固まっちゃったじゃないですか!」
大事にしたくないイツキが黙っていたことを2人があっさり教えてしまい、困惑する3人を見てイツキは文句を言う。
「確かに誰かれなく言えば大変なことになり、イツキ君は命を狙われる。でも、言っておいた方が良いことだってある。ダリル教授だってイツキ君の秘密を知っていたら、洗脳されなかったかもしれないじゃないか」
シュノーは可愛いイツキが、悪意で悪く言われるのは我慢出来なかった。頑張り過ぎるくらいレガート国の為に尽くしているのに……と納得がいかない。
「この際、教師にも学生にも【治安部隊指揮官補佐】の身分だけでもオープンにしたらどうだ?」
ギニ司令官まで調子に乗って……いやいや心配して提案してくる。
「どこの上級学校に、特殊部隊である治安部隊の人間が居ると言うんですか!そんなことをしたら、僕は普通の学生として見て貰えないじゃないですか!僕は学生でいたいんです。きちんと卒業したいんです!」
無茶ぶりが過ぎる2人に、イツキは本気で抗議する。学生を辞める気の無いイツキは、それだけは隠しておきたいことだった。
「まあ既に……色々と普通じゃない気がしますが、さすがに治安部隊は受け入れ難いところでしょう。しかし、領主になったことはいつか分かってしまいます。その時、教師も学生も理由を知りたがる筈です。納得する理由が無ければ、あれこれ悪意で噂し、妬みやひがみの感情がイツキ君に向けられれば、攻撃する者が出るかも知れません」
ボルダン校長は、あまりにも早く陞爵してしまったイツキを心配する。現に伯爵になっただけでも、ダリル教授は悪意を抱いたのだから。
「この私がとやかく言える立場ではないのですが、確かにそれは心配です。教師の大半は準男爵で世襲出来ません。特にプライドの高いルイスのような教師は、誰よりも優れている自分が準男爵なのに、イツキ君が伯爵になったことが許せないのだと思います。彼等を黙らせる理由は必要でしょう」
ダリルは自分が洗脳されそうになったからこそ、教師のルイスが妬む気持ちが理解できた。自分だって伯爵家の子息だが、結婚していないから伯爵家の人間として扱われるが、結婚して独立してしまえば元貴族となる。伯爵を名乗れるのは家を継いだ兄だけなのだ。教育者として認められても準男爵止まりである。
「それなら……国家的機密事項だが、レガート式ボーガンを作ったのはイツキ君だと公表するしかないでしょう」
「なんですって!レガート式ボーガンを作った?イツキ君が?」
シュノーの話に驚き、ダリル教授は思わず立ち上がり叫んでしまった。
「ダリル教授、国家機密だ国家機密!」
教頭が慌ててダリル教授に注意する。校長は心臓に悪いと言ってハ~ッと大きく息を吐き、ダリル教授を睨んだ。
「それでも足りなければ、投石機を作ったのもイツキ君だと言えばいい。投石機の名前はキアフ1号だから分かり易い」
ダメ押しするようにギニ司令官が付け加えた。この時ダリル教授の頭の中は、理解の許容量を越えていた。そのくらい信じられないことであり衝撃的だったのだ。
イツキは普通の学生生活からどんどん遠ざかる自分の未来に、「は~っ」と大きな溜め息をつき肩を落とした。
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