密談(3)
会談が始まって1時間半、軽く軽食をとりながら、イツキは作戦を纏めていく。
《 同 意 書 》
◎ ミリダ軍総責任者でありギラ新教徒のマーモン伯爵を、レガート国が人質にとる。
【総責任者を人質にされたので、武力攻撃できなくなる】
◎ ミリダ国とレガート国の戦争は、毎日ポルムゴールとアタックインで行われる。
【国境の橋の中央から、勝った方が1メートル領土を広げる】
* ミリダ軍は経験がないので、競技にはハンデをつける。
* レガート軍は国境の検問所の外に、仮設体育館(床と屋根があればOK)を3日で急ぎ建設する。
* 資材は全てホン領主の負担とする。
* ミリダ軍の兵士20人は、3日間レガート軍ホン基地でポルムゴールの練習をする。
* レガート軍の兵士20人は、3日間ミリダ軍テントにて、アタックインを指導する。
◎ この作戦は3月18日から2週間を目安に行われるが、何か問題が生じた場合、直ちに第2回目の会談を行う。
◎ 双方の代表者は、競技以外の場所において、相手を攻撃しないよう部下に徹底させる。
イツキは同意書を書きながら、ほぼ自分の提案が通ったので、嬉しそうにニヤニヤする。
それを見ている5人は、本当に?本当にこんな戦争が許されるのか?と半信半疑で首を捻る。
一応、競技の勝敗で領土を奪うことは出来るが、橋の長さだけでも300メートルは越えている。2つの競技で勝ったとしても、1日2メートルしか侵攻出来ない。
「早くかすり傷で療養しているマーモン伯爵が帰ってこないかなぁ……どのみち、総責任者がケガをして現場を離れたので、復帰するまで戦えないという言い訳は通りますよね。だって、本当に戦って負けた時は、ラテス指揮官が全責任をとらされ、戦いの場に居なくても、勝った時はマーモン伯爵の手柄なんて、兵たちは納得できないでしょう?」
総責任者は責任をとる者のことを指すが、マーモン伯爵はそのことを知らないようですねと笑いながら、ギラ新教徒は自分の手柄は強調するが、責任をとったりしないのが特徴ですとイツキは付け加えた。
「そう言えば、ハキ神国のオリ王子は、ロームズ辺境伯との戦争に負けて帰国して直ぐ、敗戦の報告もせず避暑に出掛けたという噂を聞きました」
「ケルベス副指揮官、それは本当のことです。ハキ神国の国務大臣から直接聞いたので、間違いないでしょう。大変残念なことですが、ムルギス皇太子が国王に就任したら、全く同じことが起こるでしょう。戦争にかかる莫大な費用や、経済に与える損失も、全く考えてはいないでしょうから」
イツキの話を聞き、レガート軍の2人とリバード王子は、ミリダ国の2人に同情する。
リバード王子はふと、兄サイモスが国王に就任したら、他国に戦争を仕掛けるかもしれないと不安になった。自分の知っている兄は、良いことの手柄は自分のものとし、失敗は他人のせいにする性格だったのだ。
「まあ、こんなところですかね。問題なのは、血気盛んなバカ……いえ、血の気の多いバカが、勝手な行動を取ろうとすることですね。競技中にわざとケガをさせたり、競技後にケンカをしたり……ふぅ。レガート軍は、ミリダ兵に悪意でケガをさせた者を【ギラ新教徒】だと断定し、【治安部隊】に引き渡すと徹底してください」
イツキは同じ同意書を2部書き上げ、フジヤ副指揮官に念押しする。
そして同意書にサインするよう、双方にペンを渡した。
「あの~、レガート軍は、明日ギニ司令官が来られると先程お聞きしましたが、ギニ司令官はこの同意書を認められるでしょうか?最高責任者である自分を差し置いて、勝手に行った会談の同意書を、破棄されたりしないでしょうか?」
ここに居る者は信用できるのだが、フジヤ副指揮官は最高責任者ではない。せっかくの同意書が無効になるのではと、ラテス指揮官は不安になった。
「う~ん、その心配はないでしょう。ギニ司令官がこの同意書を無効にするには、バルファー王の許可が必要になりますので。これからするサインを見たら、絶対勝手に無効には出来ないはずです」
イツキはフフフと意味あり気に笑いながらそう言うと、モース隊長、フジヤ副指揮官の順にサインをさせる。
こういう書類の場合、1番偉い人の名前が最後になるのだが、イツキはフジヤ副指揮官の名前の下に、サインするようリバード王子に極上の笑顔でペンを渡した。
2部とも名前を書き終わったミリダ国の2人は、レガート国側の最後に、神父様の弟子?だと説明を受けていた少年がサインする姿を、どういうことだと眉間にシワを寄せながら見る。
そして記入された名前が【 リバード・ル・レガート 】だと分かると、慌てて立ち上がり正式な礼をとった。
「「し、失礼しましたリバード王子様」」
「お2人とも、どうぞ礼をお解きください。名乗らなかった私が悪いのですから」
リバード王子は王子らしい気品溢れる笑顔で、気にしてませんよと付け加えた。
「では、私の名前は、ミリダ国側に記入しておきましょう。フジヤ副指揮官、この同意書はこれ以降、ギニ司令官以外の者の閲覧を禁止します」
イツキは神父として、厳しい視線をフジヤ副指揮官とモース隊長に向ける。
そしてイツキはリバード王子からは見えないように、2枚の同意書に自分の名前を書き、両国の代表者に渡した。
レガート国の2人は、イツキのサインを見て目を見開き「必ずお約束致します」と答えて、慌てて立ち上がると、イツキに向かって正式な礼をとり深く頭を下げた。
ミリダ国の2人は、目の前の神父様はレガート国のロームズ辺境伯であり、上位神父様だと確信していた。だから、立場上ロームズ辺境伯の名前を書くことはないだろうと思いながら、自分達の名前の下に記入されたサインを見て固まった。
そこには、【 ブルーノア本教会 リース イツキ 】と書かれていた。
今度はミリダ軍の2人が、イツキに向かって正式な礼をとった。
「我々の戦いが終るまで、決して誰にも見せません」(ケルベス副指揮官)
「ほ、本当にありがとうございました。必ずや、戦争を回避してみせます」
ラテス指揮官は体を震わせながら、リース様に再び誓いを立て、深く深く頭を下げて感謝した。
「さてと、リバード王子、学校に戻りましょう。今度はキシ領の上を飛んで帰ります」
イツキはリバード王子を手招きすると、あとのことは頼みますと言って、早々にテントを出ていく。
なんだか全てが解決したかのように感じるが、決してそうではない。残された4人の代表者たちは、これから寝る暇もなく大変な目に遭うのである。
同意書の内容を実現させる大変さや、時間のなさに4人が気付き、愚痴や文句を言われる前に、イツキはさっさと上級学校に帰る(逃げる)ことにした。
イツキは対岸で休んでいるモンタンを呼び、警戒することもなくなったレガート軍の皆さんの見送りを受けながら、ハヤマのミムを足元の専用箱に入れ、リバード王子を後ろに乗せて、空高く舞い上がった。
いつの間にか空は晴れ渡り、上空からの景色は一段と美しかった。
途中少し高度を下げると、キシ領からホン領に向けて移動する、レガート軍の隊列が見えた。
予定より少し早いのでイツキは欲張って、キシ領・カワノ領・ヤマノ領・王都ラミルの中央に位置する、自分の領地であるレガート大峡谷の上空を飛ぶことにした。
「イツキ先輩、凄い綺麗です。あっ!あそこを見てください。大きな滝ですよ!」
レガート大峡谷の上空に来たので、モンタンは低空で飛んでいる。イツキも大興奮だが、リバード王子はもっと興奮して大はしゃぎである。
レガート大峡谷を上空から見た者など居ないし、徒歩で探検した者も余り居ない。多くの未確認魔獣が住んでいるとか、断崖絶壁の場所が多く前に進めないとか、地形的な問題で開発されていないとイツキは聞いていた。
今更だが、自分の任された広大な領地を見て、イツキは唸っていた。
大峡谷の中央は低地になっていて、大きな縦長の湖があった。その大きさは王都ラミルの市街地が、すっぽりと入るくらいはあるだろう。湖に向かって2本の川が流れ込んでいるのも見える。
湖を囲むようにそそり立つ岩の絶壁には、草木は殆ど生えていない。湖からだと高さは200メートル以上ありそうなので、人力で登り降りするのは難しいだろう。
湖の回りには緑が広がり、色とりどりの花が咲いていて、それはそれは美しい光景だった。
「モンタン、湖の近くに降りてみよう」
イツキは休憩を兼ねて、エメラルドグリーンに輝く湖の直ぐ側にモンタンを着地させた。
「信じられない!なんて美しい湖なんだ。底の方まで見えますイツキ先輩」
「湖の回りに大きな木がないから、枯れ葉が沈殿することもないのだろう。確かにこの光景は奇跡のようだね」
透明度の高い湖の水を覗き込みながら、人の手が入っていない自然の壮大さにイツキは感動しながら言う。
辺りを見回すが、大きな魔獣や獣の姿はない。上空を鮮やかな色をした鳥たちが飛んでいくが、今のところ危険は無さそうである。
イツキは緑の絨毯に腰を下ろすと、着地前に確認した景色をノートに記録していく。
キシ領からの景色は、先ずでこぼこと小山や沼地があり、次第に背の高い木が増え、小さな森が点在している感じだった。そして湖の前で、巨大な絶壁により進路が塞がれていた。
進行方向左手のカワノ領は、レガート大峡谷と少ししか接していないが、そちらは何故か枯れた荒野のようだった。
絶壁に囲まれた湖の北西はヤマノ領側だが、絶壁の先には緑豊かな低地が広がっており、植物の宝庫のようで心が躍った。薬草採取をするなら絶好の場所だろう。
今日はその先を確認する時間がないので、広大な緑の低地に侵入する方法を、夏大会までには見付けなければならない。
休憩を終えたイツキたちは、進路を王都ラミルに向け再び飛び立った。
レガート大峡谷から、ラミルに抜けられる道がないかを探しながら飛ぶ。
進行方向である王都ラミル側に目をやれば、絶壁の直ぐ外は谷で、谷の先には再び絶壁が出現した。大小様々な形の絶壁が重なりあうように2キロくらい続いている。その先は深い谷で、緑溢れる美しい渓谷だった。
「これじゃあラミル側からは侵入できないな。さすが未開の地と言うところか……」
「そうですねイツキ先輩。あっ!あれはラミルの街でしょうか?」
リバード王子が指差す先に、人工的な建築物が見えてきた。
イツキはモンタンに高度を上げさせ、人目につかないようラミルの上空に向かう。
「綺麗な夕陽ですね。空の上から見る夕陽は、こんなにも大きく、朱色に染まった雲の様子も絶景です」
リバード王子は進行方向とは逆の後方に視線を向けて、沈み行く夕日に感動しながらしみじみと言う。
「そうだね。まだ見ぬ世界や景色はたくさんあるだろう。次は、モンタンに頼んでロームズに連れて行くよ」
「本当ですかイツキ先輩!やったー!約束ですよ。絶対ですからね」
リバード王子は本当に嬉しそうに、後ろからイツキに抱き付いてお願いする。
抱き付かれたイツキは、可愛い弟にせがまれたのが嬉しくて、口元が緩んでいた。
午後6時、薄暗くなり始めたラミル上級学校のグラウンドに、イツキたちは無事戻ってきた。
当然のことながら学生たちは大騒ぎし、教師もグラウンドに出て来た。
イツキ組の全員とクラス代表が数名、モンタンの頬を撫でて親睦を深めたが、夕食の時間になったので、モンタンはレガートの森へと帰って行った。
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