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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
ミリダ国とカルート国

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密談(1)

 ミリダ軍は完全にパニックに陥った。

 川から魔獣ゼノに襲われ、空から最強魔獣ビッグバラディスに襲われる。

 川から離れた場所に居た者は、少しでも遠くへ逃げようとし、川土手や川の近くに居た者は、絶望にくれながらもイツキの声に従い身を伏せる。

 体験したことのない強風に、吹き飛ばされそうになる者も、モンタンに対して攻撃を仕掛けようと矢を射る者も居た。しかし強風に流され矢は届くことはない。


《 ビヨー・ビヨヨョー・ビョビョー 》と、モンタンは魔獣ゼノに向けて口から攻撃を仕掛けた。

 モンタンは口から攻撃波を出し、魔物の動きを止める。

 モンタンの攻撃波を浴びると、上からとてつもない重力がかかり、人であれば地面に体が押し付けられ、余程の者でなければ首を持ち上げることさえできない。

 魔獣であれば、恐怖のために体がすくみ、攻撃波によって身動きなど出来なくなる。


「モンタン、少し離れた場所に落とせる?」


《 モンモン! 》


もちろん出来るよとモンタンは答えて、ゼノ目掛けて降下し、ガシッとまず1頭の尾に近い場所を掴み、全く動けないもう1頭も、残りの足で口元を掴んで高く舞い上がる。

 ミリダ軍の本部テントの後方に、橋を渡る順番を待つための広場があったので、イツキはそこにゼノを落とすようモンタンに指示を出す。


 ヒューッと音をたてながら、魔獣ゼノは落下していく。

 そしてドーン・ドーンと2回大きな音がして、地面が揺れるような振動が起こる。


 その光景を見ていたミリダ兵たちは、恐怖のあまり動くことも出来ない。

 イツキはモンタンをゆっくり降下させ、落下したゼノが絶命しているのを確認すると、ゼノの近くに降り立った。


「安心しろ!ゼノは倒した!このビッグバラディスはブルーノア教会の聖獣だ!人を襲うことはない。決して攻撃を仕掛けてはならない。軍医は急いで薬剤を持って、河原のケガ人の救護に走れ!」


遠巻きにモンタンとイツキを恐怖の眼差しで見ているミリダ兵に大声で叫びながら、イツキは急いで河原に向かう。

 ミリダ兵たちは、空飛ぶ最強魔獣から降りてきたのが少年だったことに驚きながらも、イツキの指示を聞いてようやく我に返る。


「指揮官はどこに居る?!私はブルーノア教会の者だ!」


イツキは大声で叫びながら指揮官を探す。

 どうやら攻撃されたのではなく、助けられたのだと理解したラテス指揮官が、土手から走り寄ってくる。

 そして剣や弓等の武器を携帯していない少年のイツキを見て、目をパチパチさせながら安堵の息を吐く。


「お助け頂きありがとうございます。指揮官のラテスです神父様?」


ラテス指揮官は、イツキの間近まで来て礼を述べるが、あまりにも若いイツキを見て、神父と呼んでいいのか迷う。


「私はブルーノア教会の医者だ。ケガ人を河原から急いで運び出せ!ゼノは団体で行動する。他にも潜んでいる可能性がある。急げ!皆を助けるんだ!」


イツキは辺りで呆然としている兵達に聞こえるよう大きな声で叫ぶが、イツキの声は直接兵の頭の中に響いた。それは聞こえるはずのない河原に居た者や、逃げ出していた者の頭の中にも届いた。

 イツキはラテス指揮官と一緒に、河原へと下りていく。


 そこには、上半身を噛み砕かれた者、下半身が欠損している者、片腕を無くした者、腹部を食いちぎられた者などが、無惨な姿で転がっていた。

 他にもケガ人多数、腰が抜けて動けない者も数名……普通の人間ではとても直視など出来ない惨状に、どうしていいのか身動き出来ずに、呆然と立ち尽くす者が大多数だった。


「何をしている!仲間を助けろ!手の空いている者はシーツか毛布を持ってこい!ラテス指揮官、ありったけの薪を持ってこさせて、血溜まりの上で燃やさせろ。血の臭いに他のゼノが来る。指揮官としての務めを果たせ」


次々に繰り出されるイツキの指示にラテス指揮官は頷き、大声で部隊別に指示を与えていく。いくらイツキが叫んだところで、軍の兵は指揮官の指示で動くものである。指揮官の命令を聞き、一斉に兵達が動き始める。




 ケガ人の手当てを終える頃には、陽は沈み薄暗くなり始めていた。

 イツキは薬剤不足と医師不足を補うため、レガート軍からも応援を呼んでいた。

 まだ正式には開戦しておらず、同盟国として隣国の災難に手を貸すのは当たり前だと、ブルーノア教会の医師であるイツキが言うので、ミリダ軍ケルベス副指揮官46歳は、恥を忍んでレガート軍の本部テントに助けを求めた。

 当然それがイツキの指示だと分かっていたので、ありったけの薬剤を持たせ、イツキをよく知る建設部隊の隊長と軍医を直ぐに向かわせる【破壊部隊】副指揮官のフジヤだった。


「ありがとうございました。厚かましい依頼を受けてくださり感謝します」


ミリダ軍指揮官ラテスと上官3人が、手当てを終えたレガート国の軍医と建設部隊の隊長に礼を言いながら、深く頭を下げた。他の兵士達も軍礼をとって見送る。


「いえ、当然のことをしたまでです。腕を失った兵は、急いでホン領の病院に運びます。もしも開戦になったとしても、ケガ人の手当てはきちんとしますので安心してください。付き添いの兵の安全も保証します。軍医が病院まで同行します」


建設部隊の隊長は、レガート軍の馬車にケガ人と付き添いの兵と軍医を乗り込ませると、急いでホン領の病院に向かうよう御者に命令した。


「ラテス指揮官、今夜はうちのモンタンを河原で休ませます。モンタンが居れば魔獣は絶対に上がってこないでしょう。今年は水量が多い。今後は水汲みも食事の準備も、見張りを立て充分に気を付けて行ってください」


「はい、分かりました。……あの、医師(せんせい)のことは、なんとお呼びすればいいのでしょうか?」


ラテス指揮官はイツキの身分を図りかね、とうとう名前を訊ねた。

 イツキがケガ人の手当てを始めた時、ミリダ軍の全員がイツキを医者だと信じられなかったが、ミリダ軍の軍医に的確な指示を出し、レガート国の軍医に至っては始めから何の疑問もなく指示に従っていた。

 だから、たぶん医者なのだろうと思えるようになったが、空飛ぶ最強魔獣に乗っている時点で、普通の医者であるはずがなかった。


「そうですねぇ……教会の人間ですので神父でいいですよ。そうだ、明日の朝、亡くなった方の葬儀を行います。打ち合わせをするので、随行している神父を呼んできてください」


イツキは名を名乗らず、血のついた手を洗う。


「それから、ご遺体は王都ヤギまで運びますか?それとも1番近いハシヤの街の正教会に運びますか?」


「はい、ケガをした者の中に、皇太子……いえ、国王が直々大佐に任命されたマーモン伯爵が居ます。大佐がケガの療養のためハシヤに暫く滞在するので、王都まで連れて帰ることは出来ません」


「はあ・・・逃げようとして転け、腕にかすり傷を負った男性ですか?大佐なのにかすり傷で療養?・・・成る程、ご苦労されているのですねラテス指揮官も。まるでハキ神国のバカお……ゴホン、オリ王子の身内の、軍のことなど何も知らない元軍総司令のような人だ。はぁ~っ、分かりました。モーリスにはハシヤまで送らせましょう」


 上官らしき男が、重傷の患者より自分を優先して治療しろと軍医に命令している姿を、イツキは先程見ていた。如何にもギラ新教徒らしい奴だと思ったことを思い出し、現場の兵はどこも苦労しているのだと、目の前の指揮官に同情した。

 それからイツキはミリダ軍の軍医に、不足している薬剤をハシヤで至急調達した方がいいと伝えた。

 恐らくミリダ国は薬剤が不足しているだろう。ギラ新教徒の商会が、これ幸いと軍に高値で薬剤を売り付ける姿が目に浮かぶ。


 イツキはリバード王子を1人には出来ないので、明日の朝の葬儀の打ち合わせをモーリスとして、レガート国側に歩いて戻った。橋を渡るだけなので徒歩5分である。





 未明から降り始めた雨で、川の水嵩は益々増えていた。

 雨は止んだものの曇天の空が、ミリダ軍の兵士たちの心のように、重く重く感じられた。


「それでは、10分後には葬儀を始めます。亡くなられた3人のお名前と家族構成など、分かっていることを教えてください」


ミリダ軍本部テントの隣に設営された大きなテントの中で、ご遺体を前にラテス指揮官と王都ヤギ正教会から随行してきたモーリスに、イツキは質問した。


「あの、祈りは私が行います。私はモーリス(中位神父)ですが、貴方は医師ですよね?」


昨夜葬儀の打ち合わせを簡単にしたが、祈りは自分が捧げると言っていたイツキに、神父ではない者が何故、葬儀を仕切ろうとしているのだろうかと疑問に思っていたのだ。

 イツキは少し怖い顔をして、モーリスの耳元で何やら囁いた。

 するとモーリスは驚いて固まり、その場で直ぐにひざまずき深く頭を下げた。

 その光景を側で見ていたラテス指揮官は、目の前の神父だと名乗っていた医師である少年は、モーリス様より格上なのだと察した。

 イツキは渡された3人の名前と略歴にさらりと目を通すと、簡易的に用意された聖杯に水を注ぎ、蝋燭に火をつけた。


「それではこれより、亡くなられた3人の兵の葬儀を始めます。皆、軍礼をとりなさい」


イツキは神服は着ていないが、モーリスから聖布を借りて肩に掛けている。

 なんで医者のお前が祈りを捧げるんだ?と批判するような視線がイツキに浴びせられるが、イツキの言葉とともにモーリス様が医者の後ろでひざまずくのを見て、皆、どういうことだと動揺しながら訳が分からなくなる。


 参列者の動揺を無視して、イツキは【神に捧げる祈り】を透き通る声で捧げ始める。

 この祈りがサイリス(教導神父)以上の神父でないと祈れないと気付いたのは、男爵家以上の貴族出身の兵士20人くらいだった。

 ラテス指揮官は伯爵家の出身で、ケルベス副指揮官は子爵家当主であり、【神に捧げる祈り】のことを知っていたので、益々目の前の神父だと名乗る医師が何者なのか不安になってしまう。


 イツキが祈り始めて8分、葬儀に参列していた全員が溢れ出る涙に困惑していた。

 イツキの祈りの声は、本来聞こえるはずもない後ろの方で参列していた兵にも、頭の中にきちんと届いていた。

 祈りが【死者に捧げる祈り】になると、どうして亡くなった3人のことをそんなに知っているんだ?と戸惑うほど、イツキは亡くなった3人の無念な気持ちと、家族を思う気持ちを祈りに載せて捧げた。


 その頃には、殆どの兵が声を我慢できずに泣いていた。

 亡くなった3人の友人や部下や上司に至っては、大号泣であった。

 イツキは【金色のオーラ】をゆっくりと放ちながら、3人は平和を願っていると言って祈りを締め括った。

 起立して軍礼をとっていたはずの兵の半分が、いつの間にかひざまずき胸の前で両手を組んでいた。


『なんという祈りなのだろう・・・』

『あぁ、神様・・・』

『これは、天使の声なのか……あぁ、心が洗われる』

『この神父様は、いったい何者なのだろう?』


 祈りが終わっても止まらない涙に戸惑いながら、イツキの祈りに感動した参列者は、これは間違いなく神父様だ!いや、きっと凄い神父様に違いない……と確信していた。


「ご遺体が魔犬などに襲われないよう、神の許しを得て、血の臭いを消しましょう」


イツキは葬儀の最後で、リース(聖人)エルドラ様に頂いた白い瓶を取り出し、自分の手に聖水を数滴たらし手のひらに広げると、3人の遺体に優しく触れていく。


「貴殿方の願いが叶うよう、私も祈りましょう」


イツキがそう言うと、気分が悪くなるほど辺りに漂っていた酷い血の臭いが、一瞬で消え去った。

 その瞬間、ひざまずいていたモーリスが、額が地面に着くほどに平伏した。

 モーリスの行動を見た者は、これは奇跡なのか?そうなのか?とおろおろするが、他に考えようもなく、自分達も慌てて平伏していく。

 後ろに居た者は、何が起こったのか分からなかったが、イツキが聖水を手に垂らした瞬間、テントの中が明るく光るのを見ていたので、きっと何か、神様が何かを起こされたのだと思っていた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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