リバード王子登場
イツキがレガート国側の国境でリバード王子を紹介していた同時国、ミリダ国側の国境も大騒ぎになっていた。
「報告します。巨大な鳥はレガート国の国境に降りたようです」
「そ、それでは、レガート国の兵たちは、今頃魔鳥に食べられているのか?」
「いえ、どうやら襲われてはいないようです。それと、魔鳥はブルーノア教会の旗を掲げていたと報告があります」
ミリダ国の国境にかかる橋の前に居た前衛部隊の副隊長が、息を切らしながら本部テントに飛び込んできて、ミリダ軍を率いる指揮官に報告する。
ほんの少し前まで、突然現れた見たこともない大型魔獣に『これで終わりだ。戦う前に魔獣に襲われ全滅するのか!』と絶望していた指揮官である。
きっと同盟国を裏切り、宣戦布告もせず突然侵攻しようとした天罰が下ったのだと、信心深い指揮官は死を覚悟した。
「ブルーノア教会の旗?」
指揮官は信じられないような報告に首を捻る。
「はい指揮官。部下の1人が、あの鳥は伝説の空飛ぶ最強魔獣ビッグバラディスではないかと……それから、ハキ神国に潜入していた偵察部隊の者が、前回ハキ神国軍をカルート国から撤退させた魔鳥かもしれないと言っています」
「ああ、ランドル山脈から攻めようとして、空飛ぶ最強魔獣を怒らせたというあれか?あれのお陰で、ハキ神国軍は衰退し、我が国との国境の緊張は弱まった。300の兵を率いて来れたのは、ハキ神国との国境の兵を回せたからだ……ウム……いったいブルーノア教会が何の用で来たのだろうか?」
ミリダ軍指揮官ラテス48歳は、偵察部隊や商人達、冒険者のドゴルなどから数々の情報を得ていた。レガート国とは違い、ミリダ国は常にハキ神国の脅威に晒されてきたので、情報収集には金も人力もかけていた。
つい最近仕入れた情報の中に、レガート国の飛び地であるロームズ領の領主が、空飛ぶ魔獣に乗ってカルート城にやって来たという、信じられないものもあった。
そして、そのロームズ領主は、教会の聖獣に乗っているという。
その聖獣を見たカルート国民は、先の戦争の時に助けてくれたのは、ロームズ辺境伯だと言っているらしい。
「それでは、今回はミリダ軍を撤退させるために来たということか……」
暫く思案していたラテス指揮官は、1つの答えに辿りつき、は~っと息を吐きながら呟き頭を抱えた。
「指揮官、どうすればいいのでしょうか?」
「分からん。今さら逃げ出しても、空からの攻撃を回避できるとは思えん」
2人の上官は、どうしてこんなことになったのだろうと、ガクリと肩を落とし、落胆のあまり項垂れた。
◇ ◇ ◇
「皆さん、任務ご苦労さまです。リバードです。
同盟国からの突然の侵攻……本来なら絶対に許されることではありません。
しかし私は、ミリダ国が抱えるギラ新教という闇を思うと、王子として他人事ではありません。もしも私が父であるバルファー王を暗殺したら、その時は、迷わず私を捕らえ処刑してください。
ギラ新教に洗脳され、他国に戦争を仕掛けたり、無理難題を民に押し付ける暴君、いえ、愚かな操り人形に成り果てるくらいなら、死を選びたいと思います。
今ランドル大陸は、ギラ新教により崩壊の危機に直面しています。
本当の敵を見誤ると、無駄な血を流し国の資金は底をつき、滅ぶことになります。
ギラ新教徒の貴族だけが権力を握り、他の者は奴隷同然の扱いを受けることになるでしょう。
冗談じゃない!
誰がギラ新教の思い通りに、戦争なんかするもんか!
私は今日、ミリダ国と戦わない方法を模索するためにやって来た。
レガート国最強の作戦参謀であり、我が師でもあるロームズ辺境伯を連れて」
「「「オオォーッ!」」」
リバード王子の力強い宣誓のような演説に、兵士達は拳を突き上げ歓声を上げる。
自国の王子が、こんなに聡明で素晴らしいと知らなかった兵士達は、歓喜にうち震え瞳を輝かせる。
笑顔でリバード王子の演説を聞いていたイツキは、1歩前に出て右手を前に出す。
すると騒ぎは、あっという間に静まり、兵士達は再び姿勢を正す。
たった今リバード王子は、レガート国最強の作戦参謀を連れてきたと言った。
それはすなわち、この瞬間からロームズ辺境伯が、作戦参謀に就任したと宣言したことになる。
宣言したのは王子である。まだ成人こそしていないが、国事の決定権は国王に次ぐ順位であり、軍の司令官よりも上だった。
冷静に判断できる者が居れば、これは王命ではないと分かっただろうが、ロームズ辺境伯という人物は、国境軍・建設部隊・警備隊から絶大な人気があったのだ。だから皆にとって、それが王命かどうかなんて関係なかった。
もちろんこの場に居る軍学校の教え子や、一般部隊にも熱烈な信者やファンは居た。
その活躍は最早伝説に近く、ロームズ辺境伯が軍と警備隊の任から全て手を引いたと知った兵士や隊員たちから、納得できないという声も多く上がっていた。
もうロームズ辺境伯が指揮を執ることはないのだろうかと残念がっていた者は、再び作戦参謀としてロームズ辺境伯を引っ張ってきたリバード王子に心から感謝した。
「リバード王子と私は、明日の午前中までホン領に滞在する。その間にミリダ国と話し合いをしようと思う。ミリダ軍の指揮官やミリダ軍についての情報を持っている者は、直ぐ私の所へ報告に来ること。交渉時間等の詳しいことが決定したら知らせる。一同持ち場に戻れ!」
緊張した姿勢でイツキの話を聞いた兵士達は、一斉に元の持ち場に戻っていく。
モンタンを知っている10人くらいが、チラチラとモンタンを見て手をワキワキさせ、触りたそうにしていたので、イツキはクスクスと笑いながら許可を出す。
遠巻きにモンタンを見ていた者たちは、モンタンの頬を撫でている国境軍の兵を見て驚いたが、モンタンが嬉しそうに《 モンモン 》と可愛い声で鳴き、もっと撫でてと催促する姿を見て、警戒を解き少しずつ近寄ってくる。
イツキはモンタンに休んでいるよう指示を出し、顔見知りの国境軍の兵にモンタンの水やりを頼み、本部テントに入っていく。
「イツキ先輩、いえ、作戦参謀、あれで良かったでしょうか?」
「ええ、上出来ですよリバード王子。ここからは、王子とお呼びします」
リバード王子とイツキは本部テント内の椅子に座り、小声で会話する。
イツキはリバード王子の王子っぷりを見て頼もしくなる。イツキの指示ではあったが、リバード王子なりのアドリブも含め、兵士達には充分感動を与えられただろう。
「相変わらずの無茶ぶりですね。モンタンで登場するなんて、ド派手もいいとこなのに、リバード王子まで連れて来るとは・・・イツキ君、いえ、作戦参謀のことだから王様の許可を取ってないですよね?」
フジヤ副指揮官は、呆れ顔で確認するように問うが、イツキの熱烈なファンでもあるフジヤ副指揮官、実はモンタンとの登場に誰よりも歓喜したが、そんなこと本人の前では決しておくびにも出さない。
「リバード王子については、当然許可なんかとってませんよ。のんびりしてたら戦争が始まってしまうので。今回ミリダ国軍とは、教会の人間として話をします。下手にロームズ辺境伯が表に出ると、面倒なことになりますから」
いつもの如くイツキは黒く微笑むが、その微笑みが、どれだけ頼もしいのかを知っているフジヤ副指揮官は、同じように黒く微笑みながら、作戦会議を始める。
これまでの経過を詳しく聞く限り、やはりミリダ軍の兵士達は、レガート国と進んで戦争をしたそうではなかった。
それどころか、本部テントの設営に無駄な時間をかけ、突然の奇襲を避けている様子も見てとれたらしい。
同盟国に突然戦争を仕掛ける行為を、卑怯だと思っているからこその行動だろうと、フジヤ副指揮官や他の上官達も考えていた。
まあしかし実際は、ミリダ国が調べていたホン領を守る兵の数とは違い、ホン領には400人近い兵が居た訳で、驚いたのはお互い様だったと言える。
イツキとしては単身ミリダ国軍のトップと話をして、お互い国境で対峙したまま時間を稼ぎ、ミリダ国内で再びクーデターを起こして貰うのがベストなのだが、そんなに都合よく、愛国精神と正義感の強いリーダーが、ミリダ国に居るかどうかが分からない。
時刻が午後5時を過ぎたところで、ミリダ国との交渉は明日の朝することとし、本部テントから国境の詰め所に移動しようとイツキとリバード王子が腰を上げた時、川の方から大きな叫び声が聞こえてきた。
何事だろうとテントから出ると、部下が血相を変え叫びながら走り込んできた。
「た、大変です!ミリダ国の兵士達が、魔獣に襲われています。トルミ大河から人食い魔獣のゼノ(ワニみないな魔獣)が上がってきました!」
「な、なんだと!人食いゼノ?」
フジヤ副指揮官は信じられないという表情で部下を見て、慌てて川の方へと走っていく。
トルミ大河の対岸を見ると、川の中段の高さにある休憩所が、2頭のゼノに襲われており、夕食の準備をしていたと思われるミリダ兵が逃げ惑っていた。
「大きい……体長3メートル以上ありますね。あれは剣や弓で戦える魔獣じゃない」
あまりの惨状に、流石のフジヤ副指揮官も足が止まってしまう。
「うちの兵が河原に、休憩所に居ないか確認しろ!もしも居たら直ぐに退避だ!」
イツキは直ぐに命令を出し、リバード王子には決して川に近付かないよう指示し、全速力でモンタンの元へと走る。
モンタンは上級魔獣である。当然近くに魔獣の気配を感じていたが、自分は気配を消し静かに休憩していた。
そこにイツキが走ってきたので、モンタンは待ってましたとばかりに立ち上がり、片翼を下げイツキが登りやすいようにする。
「モンタン、ご飯の時間だ!あいつらを逃がさないよう頼む」
イツキはモンタンに頼みながら、ひょひょいとモンタンに飛び乗り、肩を叩いて急上昇させる。
距離は目と鼻の先である。飛び立ったら直ぐに現場上空であり、既に4・5人の兵士が犠牲になっているのが見えた。
いつもならこれ程水量が多くないので、もう一段下に在る河原の休憩所で煮炊きが行われる。だからその上の位置に在る休憩所は、本来なら絶対に安全だった。
しかもゼノは、もっと上流に生息している魔獣であり、中流である国境付近に出没するのは稀であった。恐らく水量と流れの速さで、流されて来たのだろう。
今年は増水により、下段の休憩所は水に浸かっており、上段の休憩所の直ぐ近くまで水が来ていた。
「あれは空飛ぶ最強魔獣!こんな時に・・・川と空から攻撃されるなんて」
なんとか仲間を助けようと駆け付けたミリダ兵たちは、モンタンが向かって来るのを見て、絶望しながら土手の上にへたり込んでしまう。
「頑張れ!希望を捨てるな!お前達何をしている。早くゼノに矢を射るんだ!」
ラテス指揮官は無駄だと分かっていても、部下にゼノを攻撃せよと命令する。
皆の視線がゼノに戻った時、突然突風が吹き始め、小石や砂が舞い上がり始めた。
「皆下がれ、吹き飛ばされるぞ!立っている者はその場に伏せろ!」
イツキはモンタンの背から、大声でミリダ兵に命令する。
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