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新たな洗脳

 イツキに対する態度が急変したダリル教授に、校長も教頭も疑念を抱いた。

 イツキの授業態度について、誉められたり感心する話はよく聞くが、横柄な態度をとっているという話など聞いたこともなかった。


「では君は、イツキ君が伯爵になったことが気に入らないのかね?」

「そういう訳ではありませんが、常識で考えたら変でしょう?それに夏大会の途中から6月末まで、ずっと学校をサボっていたではありませんか!」


ダリル教授は憎々しそうにイツキを見ながら、自分の思っていることを言う。


「ダリル教授、イツキ君が学校をサボっていたと思う根拠は何だね?病気療養と伝えておいたのに、それを不真面目な学生のように決めつけるとは、・・・校長・教頭である私達の前でそう断言する根拠を、教授という立場にある君は示す責任がある。君の言う常識と根拠を聴かせて貰おう」


日頃温厚なボルダン校長が、厳しい口調でダリル教授に問い質す。


「教師や学生達はみんなそう思っていますよ。ある教師から聞いた話では、ここに居るイツキ君は……貴族に媚を売り爵位を得たと……ヤマノ侯爵は男色家だからと言っています。学校を休んだのは、イツキ君には放浪癖があり、長く同じ場所で過ごすことが出来ないと本人が友人に語ったと聞きました」


ダリル教授は汚い物を見るような視線をイツキに向けながら、とんでもないことを言い出した。ヤマノ侯爵の話に関しては、明らかに不敬罪に問われるような内容だ。


「今の話はどういうことだろうかボルダン校長!この学校では、常識を知らない教師が教鞭を執っているのか!」


ノックも無しに突然ドアが開き、技術開発部部長のシュノーが入ってきた。その表情は怒りに満ちている。

 いきなりの大物登場に、校長と教頭は顔を引きつらせて青くなる。


「ここに居るイツキ君は、貴族に媚を売って爵位を得、放浪癖があり学校をサボったと聞こえたが……間違いないですよね校長?」


シュノーの低く凍るような声で質問された校長は、怯えたように下を向く。


「間違いありません。そう言ったのは私です。この機会にキシ公爵様も、彼の爵位を考え直した方が宜しいかと……私は未だご結婚されていない公爵様の醜聞……いえ将来が心配なのです」


ダリル教授は厳しいことで有名な教師だった。同僚や学生からも恐れられており、気の合う同僚や親しくしている教師は殆ど居なかった。だが、本来悪を嫌い正義を尊び、厳しいが間違ったことを言うようなことなどなかった。

 ダリル教授の話を聞いたシュノーは、怒りを通り越して呆れる。


「今の言葉は完全に領主に対する不敬罪だな。そこの男を軍本部まで連行しろ!」


ドアの影からスッと出てきて、廊下に居た部下にそう命令したのは、レガート軍トップのギニ司令官だった。

 ギニの表情も固い。ダリル教授を睨み付けながら、不敬罪を言い渡した。

 突然校長室に突入してきた兵士に驚きながら、ダリル教授は自分を取り囲む兵に脅威を感じる。


「わ、私は、ふ、不敬罪?どうして……」


ダリル教授は兵に両腕を掴まれ立たされる。そして自分が何故こんな目に遭うのかと考える。考えながら自分の言ったことを思い出す。

 連行されそうになり、ダリル教授は冷静になった。そして自分が話した内容に愕然とする。普通なら連行されそうになり冷静さを失うところだが、ダリルは真逆だった。


「ギニ司令官お待ちください!ダリル教授は、ギラ新教徒に洗脳され掛けていたのです。でも、まだギラ新教徒になってはいません。僕に時間をください!」


それまで何も言わず成り行きを見守っていたイツキが、ギニ司令官にストップを掛けた。そしてギラ新教徒という思い掛けないキーワードを口にした。


「ギラ新教徒?」ギニ、シュノー、校長、教頭の4人は同時に驚きの声を上げた。


 自分の話した内容を思い出し、私は悪くないという思考と、なんということを言ってしまったのかという思考が、頭の中でせめぎ合っていたダリル教授は、ギラ新教徒というキーワードに驚き目を見開いた。


「ギニ司令官、ちょっと試したいことがあるんです。ダリル教授からはギラ新教徒特有のオーラを感じられません。ですから、今なら救えるかもしれません」


可哀想な者を見るような視線をダリルに向けながら、イツキはギニ司令官にお願いという名の命令をした。


「分かった。その方法は、我々が見ても良いのだろうか?」

「はい、構いませんギニ司令官。しかし、廊下に見張りは置いてください」


イツキの指示に従い、ギニはダリルから手を離すよう言い、2人の部下に廊下で見張るよう命令した。4人の部下の内2人は廊下に出ていく。

 そこからイツキは、軽い洗脳を解くために考えていたことを実行に移していく。


「ダリル教授、貴方はブルーノア教徒ですか?それともギラ新教徒ですか?」

「私はブルーノア教徒だ」

「それでは、それを証明するために、祈りの3番【神の(しもべ)になりて】を唱えてください。今教授を救う道はそれしかありません」


イツキは立ち上がり、はっきりと断言するように指示をする。

 ダリルは自分がギラ新教徒である筈がないと、無礼なイツキを睨みながら同じように立ち上がり、祈りの3番を唱えようとする。祈りの3番は、誰でも知っている1分で終わる短い祈りだった。


「神の御前に立ちて誓う・・・清き・・・清き・・・心?」

「どうされました?5歳の子供でも唱える祈りですよ?」


やはり……とイツキは確信する。ダリルはその先がどうしても思い出せず焦るが、記憶が欠落したかのように何も思い出せない。


「そんな筈はない・・・私は、私は敬虔なブルーノア教徒だ・・・」


自分でも受け入れられない現実に、ダリルは体が小さく震え始める。


「では次に、この紙に先程話されていたことと、全く同じ内容のことを文章でお書きください。1年のイツキが伯爵になったのは、貴族に媚を売り……という所からきっちり一言一句書き漏らさぬようお願いします」


イツキはそう言ってダリルの前に紙と筆記用具を置いた。

 ダリルは座ると震える手で記入し始める。自分でも何がなんだか分からなくなってきたが、書かねば連行されてしまう。自分は祈りを唱えられなかったのだからと、思い出しながら記入する。

 記入し始めると次第に頭が鮮明になり、イツキという学生の性悪さを思い出し、怒りの感情と共に書き連ねていく。


 10分後ダリル教授は自分が述べたことも、それ以上のイツキの悪評も書き終え、どうだと言わんばかりの強気の姿勢でフンと鼻息も荒くペンを置いた。


「ではもう1度お尋ねします。ダリル教授はブルーノア教徒でしたよね。もう1度祈りの3番を唱えてみてください」

「イツキ君、祈れなければギラ新教徒ということで連行してもいいんだな?」


ダリルが書き連ねたあれこれを読んだギニ司令官は、我慢できずにイツキに問う。


「そうですね。思い出していただけたら、不敬罪は必要ないでしょう」


かなりのご立腹であるギニ司令官に向かって、イツキは余裕の表情で答えた。


「何度も言わせるな!私はブルーノア教徒だ。さっきは思い出せなかったが今度は大丈夫だ。神の御前に立ちて……立ちて……あれ?……何故だ?何故思い出せない!」


ダリルは先程よりも思い出せなくなっており、そんな自分自身に狼狽する。鼓動は激しくなり、再び体が震え始める。


「神の御前に立ちて誓う。清き心で自分を見つめ、清き心に従って生きることを。家族を愛し友を愛し、敵を憎まず悪を知る。人を陥れず盗まず殺さず騙さないと誓う。神の子となりて…………もしも誓いを破ることあらば、懺悔し償い許しを請う。神はいつも心の中に在りて我を救うものなり」


イツキの透き通る声が校長室に響いた。そしてイツキは続けて【救いの祈り】を捧げ始める。【救いの祈り】が始まって直ぐに、イツキがリース(聖人)様だと知っているギニ司令官、シュノー、校長が祈りのため礼をとる。教頭や兵士2人は驚きながらも、イツキが祈りを捧げているのだと分かると、直ぐに礼をとった。

 ダリルだけは座ったままだが、大きく目を見開き苦しそうな表情をする。


 祈りが始まって7分……全員が涙を流していた。

 泣くつもりなどないのに、涙が溢れて止まらない。祈りの声が届いた廊下の兵士2人も泣いていた。泣きながら心が暖かくなり、そして癒されていく。


『あぁ神様……』と、神の存在を感じながら、気付かぬ内に全員両手を胸の前で組み、ひざまずき目を閉じていた。



 ふと気付くと、いつの間にか祈りは終わっていた。

 体は軽くなり心は満たされていく。恍惚としながら涙で滲んだ目を皆は開いた。

 そこには、床に平伏すようにして、声を上げて泣くダリルの姿があった。


「さあダリル教授、椅子に座ってもう1度同じことを紙に書いてください。今度は、いつ、誰が、教授にその情報を教えたのかも書いてください」


イツキは【金色のオーラ】を放ちながら、ダリルを立ち上がらせ、ペンを手渡した。

 誰も言葉を発せず、ただ黙ってダリルが紙に記入する様子をじっと見ている。

 祈りの3番を2度言わせ、同じように紙に書かせることに、どんな意味があるのだろうか?今度は何かが変わるのだろうか?変わって欲しいと願いながら皆は見守る。


 ダリルは流れ続ける涙を、イツキに差し出されたハンカチで何度も拭きながら、同じ内容を書いていく。書きながらダリルは愕然とする。

 自分はなんと畏れ多いことを言ってしまったのだろう・・・

 領主であるキシ公爵様やヤマノ侯爵様を、まるで男色家のように言うなんて……あれほど頑張ってポルム作りやアタックイン作りをしていたイツキ君を、槍の団体でラミル上級学校に優勝旗を持ち帰ったイツキ君を、学校をサボる流浪癖のある学生だと断言するなんて・・・


 まるで不当な手段で爵位を得たかのように(おとし)め、才能ある学生を陥れるような罪を犯してしまったことに気付き、ダリルは何故自分が不敬罪で連行されそうになったのかも理解した。


『いったい私は、どうしたんだ?何故こんな罪を犯したのだ!』


「イツキ君、大変申し訳なかった。全て私が間違っていた。ギニ司令官、間違いなく私は不敬罪を犯しました。どうぞ、連行してください」


ダリルは書き終えると深く項垂れ、自らギニ司令官の方に向かって歩き出そうとする。


「ダリル教授、貴方はギラ新教徒に間接的に洗脳されそうになったのです。その犯人の名はその紙に書いてあります。ギラ新教の教えは、悪意を込めた話を何度か聞くだけで脳に刻まれると、今回のことで証明されました。偽の情報を本当の出来事のように信じさせられたのです。それが洗脳なのです」


イツキはダリルが紙に書いた内容に目を通しながら告げる。

 そして、そこに書かれていた教師の名前と学生の名前を見て、フーッと大きく息を吐いた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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