イツキ、笑いながら暗躍する(1)
軍トップの2人が土下座する姿を見て、ホン領主は絶望のあまり、椅子から崩れ落ち、人目もはばからず、床に自分の頭をゴツゴツと打ち付ける。
その姿を見た重臣たちは、掛ける言葉も見付からない。
ただただ大変なことになってしまったと、ようやく現実を受け入れた者、嘘だと思いたい者とに分かれ、思考がストップしたままである。
まさかの大失態・・・いや、そんな言葉では片付けられない事態を招いた軍トップ2人は、申し訳ありませんと泣いて詫びる。
何を言っても全ては言い訳に過ぎず、何も言わなければキシに居る100人は動いておらず、ホンに居る100人だって役に立つかどうか分からないと、たった今、露見してしまったのだ。
イツキは国境軍隊長のヤマギに視線を向け、指示を待っていた様子のヤマギに向かって頷いた。
「王様、実は私の独断で、キシ、マサキ、ヤマノ、カワノの国境軍を、演習目的でホンに向かわせています。その数100。到着予定は13日です」
ヤマギは立ち上がり、国王に向かって報告する。
次にイツキは【破壊部隊】のレン指揮官に向かって、うっすらと微笑んだ。
「王様、破壊部隊は、いえ、私は、ミリダ国の動きが不安になり、個人的判断で建設部隊を動かし、ホン領の国境点検に向かわせました。その数200。到着予定は同じく13日です。念のために副指揮官のフジヤに指揮を任せました」
レン指揮官も立ち上がり、建設部隊が動いていると報告する。
「王様、国境軍から要請が上がっていた投石機キアフ1号3基を、技術開発部は国境の点検に向かうフジヤ指揮官に渡しました」
次に立ち上がったのは、技術開発部のシュノー部長だった。
イツキはゆっくり立ち上がると席をたち、茫然自失状態のホン領主に手を差し伸べながら、他の者から見えない角度に回り込み、にっこりと極上の笑顔を向けた。
ホン領主は驚いて目を見開き、そして直ぐに全てを理解して、差し出された右手を両手でガシッと包み、何も言わずに感謝の涙を流した。
「ネイヤー公爵様、直ぐにホン領へお戻りください。領民が領主の帰りを待っています。指揮を執っているフジヤ指揮官は、ロームズで共に戦った戦友です。必ずやミリダ兵から国境を守ってくれると思います。到着した300人と、ホンとキシ軍200人分の食料をお願いします。戦場に領主が居るだけで、皆の士気が上がります」
「ありがとうイツキ君。必ず勝利してみせる!」
ホン領主はそう言うと、国王や秘書官、軍のトップ2人には目もくれず、会議室を飛び出していった。
「何をしているのですかギニ司令官。開戦です!軍のトップが戦地に行かなくてどうするのです?今日中に出発してください。秘書官は城に赤旗を掲げ、デルモント副司令官は、軍本部で赤い狼煙を上げてください。さあ、急いで!」
くるくると目まぐるしく変わる状況についてこれないトップ3人を睨みながら、イツキはハッキリと指示を出す。
イツキの指示を聞いた秘書官・ギニ司令官は直ぐに起動する。イツキが出す指示に慣れており、それを不快とも無礼とも思わない。
だから2人は「分かったイツキ君!」と言って直ぐに行動を始めた。
この場に居る重臣の中で、最年少の新人領主から指示を出されたデルモント副司令官は、一瞬顔をしかめたが、間違ったことを言われた訳ではないので、文句を言わず指示に従い、ワンテンポ遅れて軍本部に向かって走りだす。
「王様、第1級警戒体制を発令してください。これは戦争です。レガート国は開戦したのです」
まだ何処かボンヤリしている国王の正面に立ち、イツキは強い視線で国王の目を見て、しっかりしろ!と訴えた。
「今この時から、私は第1級警戒体制を発令する!ミリダ国の侵略を阻止し、国民の命と財産を守るため、この場に居る全員は、直ちに自分の責務を果たし、ミリダ国に勝利するため戦うことを命ずる!」
バルファー王は立ち上がると、力強く宣言し、命を下した。
全ての責任者たちは一斉に立ち上がり、協力すべき部署同士は集まり、そうでない部署の者は自分の所属部署に急いで戻り、戦争の準備を始める。
2年前にもカルート国へ出兵していたので、段取り自体は全員把握していた。
しかし、今回は完全に出遅れ、全てが後手に回っている。
ことは緊急を要し、暫くは寝る暇など無いだろう。
それでも、最悪の事態は回避出来そうだと、皆の心には絶望ではなく希望の光が灯っていた。
300人の兵が、13日にホン領に到着している。それが偶然なのか必然なのか……今はそれを考えている時間などない。
「領主の皆さん、我々が此処に居ても邪魔になります。西棟の会議室に戻りましょう」
慌ただしく重臣たちが走り回る中、キシ公爵アルダスが領主たちに声を掛けた。
【王の目】のメンバーの殆どを【破壊部隊】に組み込んでいるキシ公爵は、今年からギラ新教徒の足取りを追っていた。過去の拠点や最近発見された拠点、そして、洗脳された年代や人数を把握し、先手を打つべく奔走していた。なので、今回の戦争では、表立ってする仕事はなかった。
法務大臣であるマサキ公爵、ホン領に戻ったネイヤー公爵以外の5人は、キシ公爵の言葉に従い西棟に向かって移動を始める。
会議室に戻る途中で、イツキはメイドさんに「美味しいお茶とデザートを8人分お願いします」と、笑顔で話し掛けた。
緊急招集の鐘を聞き、メイドや侍女も不安な顔をしてソワソワと落ち着けなかったが、【お見守りしたい領主様No.1】であるイツキから、笑顔でお茶を頼まれたメイドは、イツキの笑顔で緊張が解けた。
「こういう時こそ、我々は余裕のある態度をとるべきです。今日のお菓子は何だろう?ケーキだったらいいな」
まるで、いや少年のままの笑顔で、会議室に戻るなりイツキはそう言った。
こんな非常事態に、のんびりとお茶を飲むとは、非常識ではないかと若いヤマノ領主は心配し、少し残念なカワノ領主は憮然とした態度をイツキにとっていた。
「ロームズ辺境伯、私は直ぐに戻らなくても良いのでしょうか?」
全く落ち着くことなど出来ない、国境を守るカイ領主はイツキに訊ねた。
「もちろん大丈夫ではありません。しかし、カイ領の国境で戦争をするのは、ミリダ国にはリスクが高すぎます。ミリダ国からカイ領に向かう街道は、急な坂もあり獣や魔獣も出ます。拠点を置くには危険が伴います。それに、明日の早朝軍のハヤマをミノスとカイに飛ばせば、最低200の兵が動くでしょう。ラシード侯爵は、技術開発部から大型投石機を受け取り、明日出発されることをお勧めします」
「成る程、確かにミリダ国側からだと、ホン領の国境は坂の上にあるから攻め難い」
カイ領主は自分でそう言いながら、少し落ち着いてくる。何よりも、イツキが余裕の笑顔で話しているので、何だか本当に大丈夫なような気がしてくる。しかも、大型投石機がまだ残っていたのだと知り、希望の光が見えた。
「ミリダ国、いや、ギラ新教の狙いは何だろう?」
「アルダス様、本当に分からないのですか?」
「すまないイツキ君、俺にも教えて貰えないだろうか?」
「エントン秘書官、私に問う前に、ご自分の考えを仰るべきです」
赤旗を掲げた秘書官が、会議室に戻ってきて話に加わる。
イツキはハァと短く息を吐き、睨むように秘書官を見て応えた。
それと同時に、4人のメイドさんがお茶とデザートを持ってきてくれた。
メイドさんがお茶を淹れてくれるのを持っていると、バルファー王も戻ってきた。
「私は今回、思い知ったことがあります。人というものは、面倒なことも誰かがやってくれるのだと思うと、働かなくなるということです。秘書官、私は新米領主であり成人したばかりの小僧です。質問や意見を訊ねられる時は、今後最後にしてください。それが当然であり道理だと思います。そう思われるでしょう?ラーレン侯爵(カワノ領主)さま。どうぞ皆様、私に見本を、国を動かす者の意見をお聞かせください」
メイドさんたちが退出したのを確認して、国王・秘書官・キシ公爵・マキ公爵、カイ領主・ヤマノ領主の順に1人ずつゆっくりと顔を見回し、最後にカワノ領主に向かって、それはそれは嬉しそうに微笑みながら質問した。
言っていることは至極最もなことに聞こえるが、完全に上から目線である。
その微笑みの怖さを知っているキシ公爵は、『あーこわっ』と身震いした。
イツキがデザートのケーキを平らげ、お茶のおかわりを2杯飲んだところで、やっとイツキの番が回ってきた。
大体の者は、ギラ新教の目的は、ミリダ国の皇太子を傀儡にし、レガート国との潰し合いを目論んでいるとか、レガート国の経済を混乱させ、国力を下げようとしているとか、実はミリダ国をレガート国と戦わせ、ミリダ国を崩壊させようとしている……というような意見が多かった。
イツキの前に意見を述べたヤマノ領主は、レガート国の視線をミリダ国に向けさせ、その間にハキ神国を操り、何かを企んでいるのではと語った。
「それでは私の意見を述べさせて頂きます。『皆さんバカですか?』自分をギラ新教の大師になったつもりで考えてください。ギラ新教にとって、今、最優先でやりたいことは何ですか?今、最もギラ新教に利益をもたらすことは何でしょう?」
イツキは途中、『皆さんバカですか』という心の声を、ギリギリ呑み込んで声には出さず、意見を質問に変え、口角を弛く上げて微笑みながら話し始める。
「優先で遣りたいことだと?」 (バルファー王)
「ギラ新教に利益をもたらすこと?」 (マキ公爵)
イツキの質問に対し、皆が一斉に考え始める。そして出来るなら、誰よりも早く正解を答え、新米領主にいい格好を……イツキに認めて貰おうと懸命になる。
「そうか、カルート国だ!カルート国を手中に収めることだ!このままレガート国が手を貸さなければ、僅な金でカルート国はギラ新教国になる」
カイ領主はそう言いながら立ち上がり、視点を敵の利益に合わせて考えるという、本来初歩の初歩であるイツキの考え方に感心し、答えを見付けて少し嬉しそうにする。
「では、カルート国を手中に収めたギラ新教国は、手始めに何をするでしょう?」
「それは、午前中イツキ君が何度も言っていたように、レガート国に侵攻してくるってことだよね」
秘書官はそう答えながら、ハッと何かに気付き、立ち上がった。
「ギラ新教は、ミリダ国との戦いにレガート国の目を向けさせ、その間にカルート国から攻め込み、ミリダ国と挟み撃ちにし、レガート国を手に入れる・・・ミリダ国の侵攻は目眩ましか!」
バルファー王も叫ぶように言いながら立ち上がり、何故ギラ新教がミリダ国の皇太子を傀儡にしたのか、本当の理由を導き出し、ギラ新教の狡猾さに腹が立ち拳を強く握る。
「だからこそ、我等領主、いえレガート国は、ミリダ国との国境を守りながら、カルート国の崩壊を阻止することを最優先に考えねばなりません。恐らくギラ新教は、カルート国が破綻寸前であると、レガート国は気付いていないと思っているでしょう。ですから、カルート国王が借金の申込みに動いていない現状は、レガート国にとって都合がいいことになる。言い方を変えれば、ギラ新教が油断している間に、我々がカルート国を手中に収めればいいのです」
そう言い終えると、イツキは嬉しそうに、にっこりと黒く微笑んだ。
そこから4時間、イツキは終始微笑んだまま、ノンストップで自分の質問に皆を答えさせるという問答を始めた。
途中ランドル大陸の地図を持ってこさせたり、レガート国の地図に書き込みをしながら、戦争のシミュレーションを展開する。領主たちを敵と味方に分けて地図上で戦わせ、勝つ方法を考えさせたりもする。
途中、国王や秘書官は何度も中座するが、何故か直ぐに戻ってきて、イツキワールドに参加しようとする。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
2週間振りの仕事休み。ファミマで一番くじを4回引いたら、A賞とB賞をゲットした。ヒャッホイ!




