届いた知らせ
ここのところ、なんだかイツキが怖いです。
次話から、明るくブラックなイツキが、暗躍を開始します。
緊急召集の鐘は、カンカンカンと直接鐘を3回叩き、少しおいてからまた3回、それが7回繰り返される。
その音は王都ラミルに鳴り響き、準男爵やナイトが住んでいる地域、丘の上のキニ商会、軍学校、上級学校辺りまでは確実に聞こえた。
第2級警戒体制は、他国が攻めてくる可能性がある場合や、国内で内乱が起こった場合、大規模な災害が起こった時に発令される。
最近では、2年前のハキ神国軍とカルート国と戦争勃発の時に発令された。
第1級警戒体制は、他国の侵攻が確定した時、他国からの宣戦布告、国王が不審死・暗殺によって亡くなった時、王宮が火事になった時に発令される。
過去に発令されたのは16年前、クーデターにより国王が暗殺され、新政権が樹立した時だった。
王宮で働いていた大臣たちは、午前中に緊急会議を行ったばかりなのに、今度は何事だとやや迷惑そうな顔をして大会議室に向かう。
軍本部では大佐以上の上官が王宮に急ぎ、警備隊本部でも大佐・部長・次官以上の者が駆け付ける。
そして軍も警備隊も、通常業務から警戒体制に入るため、少佐以上の上官は直ぐに、集められるだけの部下を召集し、何時でも出動出来るように準備を始める。
全ての部署において、鳴らされた緊急招集の鐘は寝耳に水のことだった。
他国が攻めてくる情報も無かったし、内乱が起こる気配も無かったのだ。
教会の鐘のように荘厳で包み込むような音ではなく、けたたましいその音に、王都の住民たちにも動揺が走る。
皆が家から飛び出し、レガート城から煙が上がっていないかを確認する。
鐘の音だけでは、第1級なのか2級なのか判断が出来ない。だから全ての住民は、まず火事を疑い確認する。もしも火事の場合は、男性住民は消火活動に向かわねばならない。
◇◇◇
「火事ではないようです校長。内乱か戦争の可能性があります」
軍学校のレポル主任は、新しく出来た見張り台からレガート城を確認し、見張り台の下に居る校長に報告する。
「分かった。授業を中断し、学生たちは全員武道場に集合させる」
ハース校長はそう決断し、何が起こったのだろうかと顔を曇らせ、確認のために軍本部へ向かうことにした。
◇◇◇
ラミル上級学校では、ちょうど4時限目の武道の時間が終わり、専門スキル修得コースの授業に向かおうとしていた学生たちが、緊急招集の鐘を聞き不安そうに足を止めていた。
「これは……緊急招集の鐘?」と言いながら、学生たちに動揺が走る。
「イツキ君は確か今日、領主会議だったよね。何が起こったんだろう?」
今日の医療コース授業を、領主会議のためにイツキが休むと知っていた医学大学進学コースの3年生たちが、心配しながら何事だろうかと騒ぎだす。
執行部部長のヨシノリと、風紀部隊長のヤンは、急いで教員室棟に走って向かう。
「火事じゃないです。第1級なら城に赤旗が上がるので、第2級だと思われます。暫く確認のため残ります」
緊急招集の鐘を聞いた上級学校に常駐している警備隊員が、急いで上級学校の丘に登り、火事かどうかを確認し、大声で他の隊員に叫んだ。
状況を聞いた隊員は、走って上級学校の敷地に入り、ボルダン校長に報告する。
「火事ではないようだが、状況がはっきりするまで、5時限目は学生たちを教室待機とする。場合によっては部活も中止とする。緊急の場合は教師も学生も体育館に集合させる」
ボルダン校長は、緊張している教師たちに指示を出し、学生たちが勝手に動かないよう、各クラス毎に行動するよう注意を与えた。
◇◇◇
緊急招集の鐘が鳴り響いてから40分後、長い棒に赤い旗を付け、それを背中に括り付けた兵士の伝令馬が、王都ラミルに入ってきた。目指すはレガート城である。
その頃、城の会議室では、ようやく集合した50人くらいの各部署の代表が、秘書官から第2級警戒体制に入ったと告げられていた。もちろん領主も出席している。
「ミリダ国に不穏な動きがある。杞憂に終われば問題ないが、これよりレガート軍は、直ちにホン領とカイ領の国境に向かい、国境を守り戦争を回避する」
「秘書官、ミリダ国は同盟国のはず。いったい何が起こったのですか?」
「秘書官、ミリダ国が、ミリダ国が戦争を仕掛けてくると仰るのですか?」
「信じられません。外務部には、そのような情報は入っていませんぞ!」
「昨日まで、いえ、午前までは、その様な話は無かったではありませんか!いったい何時?何処からの情報なのですか?」
秘書官の話を聞いた大臣や軍関係者から、多くの疑問の声が上がる。まるで責めるような感じで。
「私だ!ミリダ国は今、ギラ新教が暗躍している。先月粛清したホン領のギラ新教徒は、ミリダ国の者によって洗脳されていた。ミリダ国の者が我が領の者、いや、レガート国の貴族や商人を洗脳しているのだ。これはもう攻撃を受けているのと同じではないか!」
ホン領主は立ち上がり、堂々と大きな声で発言する。さすが名門公爵家の領主という貫禄だが、その表情は優れず、危機感が滲み出ていた。
「しかし、ギラ新教徒が戦争を仕掛けて来ることはないでしょう。何故ミリダ国の軍が動くと思われるのですか?」
至極もっともなことを言っている感じで発言するのは、レガート軍ナンバー2の副司令官デルモント52歳だった。
デルモントは昨年末に行った軍の組織改革で、忙しいギニ司令官に代わり、国境軍・建設部隊以外の一般部隊を指揮するために、新しく副司令官に任命されていた。
その副司令官は何も聞かされていなかったので、急に軍を動かせと言われても、はい分かりましたと簡単に返事など出来るはずがなかった。
「デルモント副司令官、私も先程聞いた情報なのだ。レガート軍は誰も、ミリダ国の情報を入手出来ていなかった。それは、司令官である私の失策だ。【破壊工作対抗部隊】は、副指揮官を潜入させている。何かあれば知らせが入るが、何かあってからでは遅い。もしも、もしもギラ新教がミリダ王家を洗脳したら、先のレガート国の内乱と同じことが起きる可能性だってある」
ギニ司令官は自分の失策だと悔しさを滲ませながら、備えは必要だとハッキリと言う。
「ではまだ、ミリダ国に何かが起こった訳ではないのですね。つい先程までカルート国の危機について論じていたのに、今度はミリダ国……優先順位は、いや、どちらに予算を割けばいいのでしょう?」
財務大臣は不機嫌そうにそう言うと、まだ何も起こっていないのに、どうして第2級警戒体制が必要なのかと、秘書官ではなくバルファー王に向かって質問を付け加えた。
財務大臣は午前中の会議で、ロームズ辺境伯が考えた返済案が白紙になったことに怒っていた。金を貸し付けても必ず返済されるならと喜んでいたのに、それを始めから考え直すことになり、怒り心頭だったのだ。
そこにミリダ国との戦争の話が出て、とてつもなく大金が必要になると思い、冗談じゃないぞと、事務畑らしい考え方で国王に物申す形になってしまった。
財務大臣の隣で、イツキのよく知るケチで有名な財務副大臣が、青い顔をして俯いている。今の上司の発言は、この場に相応しくないと分かっているので、申し訳なくて下を向いているしかなかった。
「今必要なのは、国民の財産と命だ。何事もなければそれで済む。ギラ新教が暗躍している以上、平和なレガート国など存在しない」
バルファー王は、ここに来てようやく、目の前の上官たちに、危機感などないことを理解した。誰も本当にミリダ国が攻めてくるなどと考えてはいないのだと。
そしてそれは、さっきまでの自分の考え方と同じであり、誰も責めることなど出来ないと、自責の念に駆られる。
さて、それではどうするべきなのかと、前向きな話し合いに入ろうとした時、息を切らしながら背中に赤い旗を括り付けたままの格好で、軍の伝令が駆け込んできた。
「報告します!ミリダ国軍が王都を出発し、我が国に向かって行軍を開始しました!ミリダ国王は、ミリダ国王は崩御!新国王は皇太子殿下。王妃様とは連絡が絶たれた模様・・・し、至急国境を、し、ご指示を……」
そこまで報告した伝令は、最後まで言葉を続けることが出来ずにパタリと倒れた。
恐らく飲まず食わずでキシ領から駆けてきたに違いない。伝令はホン領からキシ領へ、キシ領から王都ラミルに伝えられる。
会議室内は、一気に緊迫した空気に変化する。
全員の顔から血の気が引き、現実が受け止められず、立ち上がった者も座ったままの者も、目を大きく見開いたままピタリと動きを止た。
伝令は右手に書状を持っており、駆け寄ったデルモント副司令官が、倒れた伝令の手から抜き取り、急いでバルファー王の元へ届ける。
「3月6日、ミリダ国皇太子、父である国王を暗殺。クーデター後、王妃や王女や他の王子は軟禁または幽閉されたと思われる。ミリダ国軍の数は約300。ホン領の国境に向けて進軍の可能性大。国境到達は14日か15日の予定。至急全軍を国境に向かわせ迎撃せよ。ミリダ国の国境は封鎖される模様。 ミリダ国ヤギ正教会のハヤマで、ホン正教会に送る。破壊部隊ルド 3月9日」
バルファー王は、ホン正教会のファリスが書き直したと思われる手紙を、わなわなと手を震わせながら読みあげた。
「3月14日!ああっ、今日じゃないか!ま、間に合わなかった・・・」
ホン領主は床にへたりこみ、絶望に顔を歪めながら天を仰いだ。
「3月9日の夕方か10日の午前中にホン正教会に知らせが届いたはずだ。ハヤマを使っていれば、キシ領には11日の夕方までには知らせが届いている。ホン領とキシ領の部隊の数は、何人くらい居る?」
秘書官は、ギニ司令官とデルモント副司令官の方を向いて大声で問う。
「ホン領に100、キシ領も100です。現在1番人数が多いのは、ミノスに居る400です」
ギニ司令官は、確認するようにデルモントの顔を見ながら答えた。
「では、11日か12日には、キシ領に居る100人がホン領の国境に向かったのだな?それなら14日には、ギリギリ200人が国境に駆けつけている。警備隊も動いてくれていれば、300はなんとか集まるということになる」
バルファー王は、少しだけ明るい顔になり、そうだな?と確認するようにギニ司令官に視線を向ける。
「確認しますが、何故知らせはレガート軍本部にハヤマで届かなかったのでしょうか?何故、伝令が馬で届けたのでしょうデルモント副司令官。そして、今回のような緊急事態に備え、本部からの指示が無くても、現場の隊長の判断で、部隊を動かせる体制を、きちんと整えていたのでしょうかギニ司令官?」
皆が少しだけ安堵の表情に変わった時、無表情のイツキが立ち上がり、怒りのこもった声で軍のトップに質問した。
「「…………」」
何故かギニ司令官もデルモント副司令官も、直ぐに返事を返さない。
顔面蒼白とは、まさにこんな顔なのだろうと誰もが思うほど、青いのか白いのか分からない顔の2人の男は、体を震わせながら国王の前で土下座した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




