波乱の領主会議(1)
3月14日午前9時半、領主会議は冒頭から荒れていた。
カルート国の現状を初めて知らされたカワノ、ヤマノ、カイの領主は、当然のことながら怒り狂っていた。
本当に狂ったように叫んでいたのは、カワノ領主である。
怒りの主な原因は、カルート国の現状を、大臣たちの方が先に知っていたということに対してである。
「そうお怒りになるのなら、王宮で働かれてはどうです?カワノの立て直しは、とっくに終えられているでしょう。大臣にでも就任されれば、何の問題も無いでしょう」
そう冷たく言い放ったのは、名門マサキ公爵であった。いま必要なことは、情報を知らなかったことに抗議することではない。ミノス領主も無能だったが、カワノ領主についても思うところの多いマサキ公爵だった。
そう言われては、ぐうの音も出ないカワノ領主は、怒りを納めるしかない。
「それでは、カルート国再建計画について、ロームズ辺境伯から説明して貰おう」
バルファー王はやや不機嫌な表情をカワノ領主に向けてから、イツキに向かって説明を求めた。
「それでは説明しますが、私が行うのはあくまでも応急処置です。しかも、まだ試作品さえ出来ておりません。明日には技術開発部が製品見本を提出する予定ですが、私の考えたことは、借金の申し込みと、その返済計画であり、カルート国を再建させるものではありません」
イツキは厳しい顔をして、僕ではなく私という言い方で説明を始めた。当然のことながら、皆に緊張感を与えるためである。
イツキは大臣たちに行った2日の説明と同じ内容の話をするが、その話し方は全く違っていた。
今回は、ロームズ辺境伯なら絶対に成功させてくれるだろう・・・などという夢を抱ける要素は入っていなかった。
遣らなければカルート国はギラ新教国になるぞ!という脅しが随所に盛り込まれ、失敗すればレガート国の未来も危ういのだとハッキリと伝える。
そんな、緊張感と危機感漂う話の最中に、とんでもないことを言い出す領主がいた。
「いっそのこと、ロームズ辺境伯がカルート国の舵をとられたら宜しいのでは」と。
それは、ブスッと不機嫌な顔をしたカワノ領主の発言だった。
カワノ領主は、レガート国の資金で勝手に新しい産業を起こそうとしているイツキに違和感を覚えた。どうして国の金で儲けようとしているのだと。
カワノ領を懸命に立て直したラーレン侯爵は、イツキに嫉妬していた。
数々の発明品を産み出し、治安部隊の指揮を執り、派手に活躍するイツキを凄いと思っていたが、国の金を使って商売するのは反則だろう……と、思ってしまった。
危機感というより、方向違いで無責任な発言をしたカワノ領主に、キシ公爵、ホン領主、マサキ公爵は唖然とした。
唖然とした後、怒りさえ込み上げてくる。ロームズ辺境伯が、上位神父様であると知ったはずの者の言葉だとは、到底信じられなかった。
「私の話し方……いえ、私の考え方の根本が間違っていたようです。
私のような若輩者がしゃしゃり出る前に、皆様に解決策を考えて頂くべきでした。
カルート国の危機を知った時点で、王様が緊急召集をかけ、全領主、全大臣や上官を集め、協議するのが正しかった。
私の考えた策よりも、もっと良い案が出ると、考えなかった私の傲りです。
とりあえず、カルート国には金を貸せば済む。それを、若輩の身で何とかしようなどと、思い上がっていました。
私の短慮が、皆様のお力と英知を阻害してしまった。
王様、どうか私の案を白紙撤回し、皆様で解決策を考えてください。
ただし、急がないと、仕事も食べるものも無くなったカルート国の流民が、3か月後にはマキ領とミノス領に、大挙して押し寄せてきます。そして半年後には、ギラ新教国の軍隊が侵攻してきます」
イツキはそう言うと立ち上がり、深く深く頭を下げてから続けた。
「私が準備して立ち上げた商会には、まだレガート国の資金は使われていません。ですから、白紙に戻しても全く問題ありませんので王様、若輩者の私に、皆様の実力を見せてください。政治とは、領主とは、国を動かす者の在り方とはどういうものなのかを」
イツキは無表情のまま、私が居ては新しい解決策を出しにくいと思うので……と言って、会議室から出ていった。
会議室に残された国王・秘書官・大多数の領主・ギニ司令官・ヨム指揮官は、去っていくイツキを止めることも出来ないまま、顔面蒼白になっていた。
レガート国は見捨てられた……いや、見切られたのか?
あまりのショックに国王や秘書官は完全に脳の機能が停止した。
ホン領主は怒りが押さえられず、カワノ領主を睨み付けてドン!とテーブルを叩いた。決してイツキが勝手に出ていったことに腹を立てた訳ではない。
自分に向けられている全員の視線に気付いたカワノ領主は、いったい自分の発言の何処に、そんな視線を向けられる要素があったのだろうかと、発言を振り返る。
失礼な態度をとったのは、自分ではなくロームズ辺境伯の方だろう!会議中なのに勝手に部屋を出ていったじゃないか!と、カワノ領主は思ったが、そんなことは口が裂けても言えそうになかった。
「王様、イツキ君……ロームズ辺境伯は、絶対に自分の発言を撤回しないと思います。ですから、至急大臣たちを集めて会議を行ってください」
ヨム指揮官は超不機嫌な顔をして、呆けているバルファー王に進言した。
午前11時、緊急会議が東棟の大会議室で行われた。
急遽集められた大臣や部長や担当官は、青い顔をした秘書官から領主会議での話を聞き、どういうことなのか理解も出来なかったが、何故ロームズ辺境伯がそんなことを言ったのか分からなかった。
そして大荒れになるかと思われたが、皆の口は重かった。
何故なら、イツキに向かって投げ掛けられた、「いっそのこと、ロームズ辺境伯がカルート国の舵をとられたら宜しいのでは」という言葉を、誰が発したのか秘書官が言わなかったからである。
誰だって領主に文句は言い難い。それが古参の公爵だったら面倒なことになる。
大臣たちにしてみれば、カルート国に貸し付ける金の返済は、ロームズ辺境伯がやってくれるので、安心しきっていた。自分達は人材の派遣をすればいいだけだと思い、人選に入っていた。
それを最初からやり直す?・・・いや、人の派遣はそのまま続行だが、今さらロームズ辺境伯の解決策以外を考えるなんて、正直面倒臭かった。
当然ロームズ辺境伯を無責任だと言う声も上がる。
しかし、その意見に対し、古参の公爵たちが文句を言う。
「ロームズ辺境伯は無責任に投げたのではない。駆け出しの成人したばかりの領主が、己の行動を反省し、全員で解決策を考えるべきものを、勝手に推し進めたことについて詫びたのだ。それについては、全くその通りであり、そもそもロームズ辺境伯に何の問題もない」
文句を言った大臣に向かって、マサキ公爵が冷静に意見する。
「ロームズ辺境伯が気に入らなければ、領主から下ろせばいい。そもそも成人したばかりの領主に、全てを任せて恥ずかしいとも思わない我々はどうなんだ?そうじゃない、もっといい案があると提案の一つも王様に上げたのか?」
これ迄ロームズ辺境伯を下に見ていたホン領主の発言とは思えない……という顔をして、大臣たちは不思議そうにホン領主を見る。そして、その意見に対し反論できる者も居なかった。
「ロームズ辺境伯は、若輩者の私に、皆様の実力を見せてください。政治とは、領主とは、国を動かす者の在り方とはどういうものなのかを……と言っていた。新人領主に指導すべき立場の我々が、指導されて、その上に胡座をかいている。他国のことを言える立場ではない。さあ、30分の休憩の後に、全員の解決策を聴きましょう王様、秘書官」
不機嫌きわまりない表情のキシ公爵は、自分自身も情けなかったが、目の前の責任ある立場の大人たちを見て、イツキの言った言葉の意味を理解し、時間も勿体ないのでさっさと解決策を纏めようとする。
「分かった。そうしよう。全員から建設的な意見が出ると信じているぞ。よもや、砂上の楼閣を語る者など居ないだろう」
国王らしく全員に命令を出したバルファー王は、自分こそ何も考えていなかったと後悔する。そこで、30分では無理だろうと考え、妥協案を出しておく。
「今日中に纏めることは出来ぬだろうから、明日の午後1時までに解決策を書き、私のところに持ってきてくれ。本日の午後は、この件とは違う議題で領主会議の続きを行う。解決策については、明日の午後6時から会議を行って決める。ことは緊急を要する。己の責務を果たせ!」
午後からは、再び領主会議が続行された。
議題はミノス領の領主についてである。
「ミノス領主について国王としていろいろ考え、適任者を見つけた。血筋的にも領民から文句が出ることはないだろう。年齢は18歳と若いが、15歳のロームズ辺境伯が居るので問題ない。しかし、その者は領主を断った」
バルファー王は現状を報告しながら、他の適任者は思い当たらないとぶっちゃけた。
「ミノスの領主を、全く関係のない領地の貴族に任せることは出来ない。しかし、ミノス領に居た適任者は皆亡くなっていた。そして残念ながら、世代交代した若い侯爵家や伯爵家の後継に、優秀な人間は見当たらなかった。そこで、先のミノス公爵の孫であり、王族の血を引き継ぐ、エンター伯爵に打診したのだが、彼は、あと5年は警備隊で働きたいと言っている。さて、どうしたものだろう」
秘書官はそう言うと腕を組み、本当に困ったという表情で大きく息を吐く。
「そ、それでは、ミノスの領主に成るはずだったエンター伯爵、いや侯爵に任命され殺された時の子息は、生きていたのですね?」
驚いて立ち上がったのはカイ領主のラシード侯爵である。
「ああ、殺害犯が分からなかったので、私が保護していた。本来なら領主の子息として爵位を継ぐところだが、その時はまだ幼かった。君もよく知っている子息の友達だよ」
「えっ!それでは執行部部長をしていた、あのエンター君ですか?」
にっこりと笑いながら頷く秘書官を見て、カイ領主は納得したように「彼なら適任でしょう」と付け加えた。
秘書官は、エンターの人柄の説明を、同じ上級学校に在籍していたイツキに求めた。
「エンター先輩は、私が入学する前から、ギラ新教徒の学生と戦っていました。執行部部長のエンター先輩と共に学校や学生を守っていたのが、ラシード侯爵のご子息で、風紀部隊長のインカ先輩、そして、マサキ公爵のご子息、執行部副部長のヨシノリ先輩でした。エンター先輩は成績優秀は勿論のこと、上級学校対抗武術大会では、剣の個人戦で優勝し、全学生の憧れであり、指導者としての才能にも恵まれ、領主としての資質は申し分ないと断言できます」
「それならば、しっかりと本人を説得すべきではありませんか秘書官。今ならギラ新教徒は一掃され、名門ミノス公爵の孫を、領民は歓迎するはずです」
ホン領主は、自分は大賛成で若いエンターに期待すると宣言する。
他の領主たちからも、そんな優秀な人材なら大丈夫だろうと、次々に賛成の声が上がる。
「しかし、彼はずっと王都ラミルで暮らしてきたので、ミノスの貴族たちとは付き合いがない。反対はされないだろうが、いきなり領主の荷は重いだろう」
隣の領地であるキシ公爵は、冷静に考えながら自分の意見を言う。
「私もそうですが、エンター先輩は、領主に成るための勉強をしていません。小さな領地のロームズとは訳が違います。先ずは領地管理のできる補佐役を付け、2年くらい社会経験を積んでから領主に成るべきです。領主の家で育っていない人間に、立派な領主に成れというのは無責任です」
午前中に引き続き、イツキは思ったことをハッキリと言う。
イツキの祈りにより、神から神剣を授かり使命を与えられているエルビス(エンター)が、ホイホイと領主を引き受けることはないだろう。また、それを望むとも考えられないイツキだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ストーリーを半分以上変えたので、更新が遅くなりました。




