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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
イツキ、商会を立ち上げる

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ホン領の国境

 立ち上がったまま動けないホン領主は、「お座りくださいネイヤー公爵」とイツキに声を掛けられ、ハッと我に返りなんとか椅子に座った。


「ロームズ辺境伯、いえイツキ様、そ、それは本当なのですか?ミリダ国でクーデターが……」


あまりの衝撃に、ホン領主はその後の言葉が続けられない。


「僕には時々、突然頭の中にある光景が視えることがあります。それはロームズの住民が苦しめられている光景だったり、ハキ神国のオリ王子が軍勢を引き連れて来る光景だったり・・・視ようとして見える訳ではなく、突然、本当に突然視えるのです。……ミリダ国王は、息子である皇太子に殺されます」


イツキの声は、いつもより低く重かった。そして表情も、先程の笑顔とは別人のように大人びていた。


「そ、それでイツキ様は、先日火急の手紙で【国境の守りを固め、いつでも封鎖できるように備えてください】と、知らせてくださったのですね」


ホン領主はつい先日、3月5日にホン正教会から、火急の知らせだと言って、ファリス(高位神父)様から手紙を受け取っていた。

 その手紙の差し出し人は、ロームズ辺境伯だったが、教会経由で来たことで、本当に火急の知らせなのだろうと、ホン領主は手紙の内容を真剣に受け止めていた。

 以前の自分なら、なんだこれ?と言って、知らせを握り潰したに違いない。しかし、昨年イツキが神父として起こした奇跡を見た後である。その内容が冗談であるわけがなかった。


「ご指示に従い、国境には倍の人数を配置するよう指示を出してからラミルに来ましたが、封鎖の命令は出していません」


ホン領主は青い顔をして、国境の地図を頭の中で確認する。


「ネイヤー公爵、僕が視る光景は、それが何時の出来事なのか分からないのです。ですから半年後のことかもしれません。これまでの経験から言うと、近い未来だと思います。皇太子がクーデターを起こした光景を視たのは、2月30日のことです」


イツキはゆっくりとお茶を半分飲んだところで、自分の能力について語った。


 ホン領の中心地、領主屋敷が在る場所から、国境の町までは馬車で5時間、馬で駆ければ2時間半の距離だった。

 レガート国とミリダ国の国境を管理しているのは、ホン領とカイ領の2ヶ所だが、カイ領は昨年国境の守りを固めるため、大規模な改修工事を終えていた。だからイツキは、カイ領には火急の手紙を送っていなかった。

 元々カイ領との国境は、標高が高く荷物の多い商団などは、ホン領との国境を通る方が多かった。


「ミリダ国がギラ新教の手に落ちても、直ぐに戦争を仕掛けて来ることはないでしょう。そもそもミリダ国は同盟国であり、王妃はバルファー王の姉ですから」


「しかし何故?何故皇太子が国王を殺す必要があるのでしょうか?既に次の王は皇太子だと決まっているのに……」


よくよく考えれば、皇太子がクーデターを起こす意味が分からないと、ホン領主は首を捻る。


「そこまでは分かりませんが、皇太子がギラ新教に洗脳されていると仮定すると、皇太子はギラ新教の傀儡として、都合が良かったのでしょう。それに、ミリダ王は病弱でいらっしゃる。だから僕は、バルファー王や領主の皆さんに、次はミリダ国の番だと忠告したのです」


イツキは少し怒ったような口調になりながら、忠告したのにと言って、フーッと大きく息を吐いた。


「僕は今、カルート国の崩壊を止めることで手一杯なのが現状です。それに僕は、警備隊からも軍からも完全に手を退きました。ですからネイヤー公爵は、いまだ平和ボケしているバルファー王に、強く国境を守るよう進言してください。自分の領地は、自分で守らねばなりません」


イツキはやや強い口調で、自分の領地は自分で守れと厳しい言い方をする。

 もう500年以上も国内(ロームズを除く)で戦争は起こっていない。だから、商工業に力を入れてきたホン領主では、戦争になった時に指揮はとれない。

 それに、ミリダ国との国境が封鎖されたり流通が止まれば、かなりの打撃を受けることは間違いなかった。


「…………」


突然とんでもないことを突き付けられたホン領主は、言葉を発することさえ出来ないくらい動転していた。

 それでも領主らしく、何とかしなければと考えようとする。


 どうかお力添えを……と、イツキに頭を下げ頼りそうになったホン領主は、その言葉を辛うじて呑み込んだ。

 感謝祭の日まで働いていた目の前の領主に、自分は何を言おうとしたのだろうと、両手を強く握り締め唇を噛む。

 自分の息子よりもずっと若い、成人したばかりの、しかも上位神父様にすがろうとしたのだ・・・今、こうして危機を知らせてくださっているだけでも、感謝しなければならないのにと自己嫌悪に陥る。


 暫く沈黙の時間が流れ、ホン領主はすっかり冷めてしまったお茶を口にする。

 そして大きく息を吸って、大きく吐き出し目を瞑り腕を組むと、思案を巡らせる。


『いくらイツキ君が教会の偉い神父様でも、そんなことが本当に……確実に起こるとは限らない。本人も確実ではないと言っていたではないか……そうだ、注意は必要だが、ここは冷静に様子を見よう』


 ホン領主は、自分に都合のよい方向に考えを纏め、大人のベテランの領主として、正しい結論を導き出した気になった。


 すると、何処からか冷たい風が吹いてきて、室温が突然下がったような気がした。

 ホン領主は恐る恐る目を開け、目の前のイツキに視線を向ける。

 そこには、輝く黒い瞳を、深い闇色に落としたイツキが、怖い顔で自分を見ていた。


「逃げることが出来るのは、責任在る立場に()()者だけです。僕は、生まれた時から戦っています。自分のリース(聖人)としての使命を果たすために。これまで何度も死にかけましたが、神様が僕を必要だと思ってくださるうちは、死ぬことさえ自分では選べません」


イツキはそう言うと、スッと席を立ち「それではまた明日」と冷たく言って部屋を出ていった。

 廊下で控えていた執事のレトマスさんに「ご馳走さまでした」と挨拶をして、イツキは玄関に向かってスタスタと歩いていく。

 玄関前で待っていた管理人のドッターさんが、何も言わずに馬車のドアをサッと開け、御者台に戻ると馬車を発進させた。




「旦那様、入ってもよろしいでしょうか?」


見送りにも出てこない主を心配して、執事のレトマスが扉の前で声を掛ける。しかし、何も返事が返ってこないので、レトマスは許可はなかったが扉を開け中に入った。

 レトマスがそこで見たのは、呆然とした表情で、ただ涙を流している主の姿だった。


「レトマス、ミリダ国でクーデターが起こる。至急対策を立てねばならない。次男のマークを呼んできてくれ。マークは明日の早朝ホン領に帰す」


ホン領主は少し鼻に掛かった掠れ気味の低い声で、執事に指示を出す。


「えっ?ミリダ国でクーデターですか?そ、それは、どこからの情報ですか?」


主の涙にも、聞いた話にも、大きな衝撃を受けたレトマスだが、情報源はロームズ辺境伯様しか考えられない。でも何故、何故主は涙を流されているのだろう?

 レトマスはあれこれ考えるが、主の指示に従い、直ぐに次男のマークを呼びに向かう。



 ホン領主には、3人の息子と1人の娘が居た。

 長男は父親の後継ぎであるため、領地で内政全般をこなしており、次男は領内で自分の商会を立ち上げていた。三男はヤマノ侯爵家に婿入りし、領主になっている。長女は領内の伯爵家に嫁いでいた。

 息子が3人も居るのに、誰も王宮で働いておらず、軍や警備隊との関わりも薄い。そんな必要などないとさえ考えていたのだ。


 いい意味でホン領主は、商業や工業を発展させ領内を豊かにさせていた。

 隣国ミリダは同盟国であり、商売においての得意先でもあった。だから、ミリダ国が敵にまわるという概念がなかった。

 国境を護るべき領主であるにも拘わらずである。

 キシ公爵やマサキ公爵のように、中央で働き国に対し責務を負っている者からしたら、自分の領地のことだけ考えている、いいご身分の領主であった。


 ホン領主は代々、国境を守ることこそが、国に対する責務であると考えていた。それなのに、長年続いてきた平和な時代の中で、その責務さえお座なりになっていた。

 そのツケが、今まさに回ってきたのである。

 その現実をイツキに突き付けられ、自分の身(領地)は自分で守れと言われたことで、まるで切り捨てられたかのようにホン領主は感じた。

 その言葉がショックで呆然としていたが、数分後、イツキの心の声が聞こえてきた……ような気がした。

 

 当然の責務を果たしていなかった、領主の責任は大きい。

 だから、逃げようと思うなよ!

 領民を危険に晒す、愚かな領主にはなるな。

 だから、死ぬ気で国境を守れ!と。


 ホン領主の流す涙は、悲しみのせいではなかった。イツキの神気に当てられたことも原因だが、自分の身分をリース(聖人)だと明かしてまでも、教えを授けに来られたのだと、イツキの言った大事な話の真意を理解し、有り難くて申し訳なくて流した涙だった。



「父上、お呼びでしょうか?ミリダ国で何かあったのですか?」


 自分の商会の商談も兼ねて王都ラミルに来ていた次男のマークは、別の部屋で夕食をとっていた。そこへ、ただ事ではない雰囲気の執事が来て、ミリダ国でクーデターが起こると聞き急いで走ってきた。


「近いうちに、いや、もしかしたら既に、ミリダ国でクーデターが起こっている可能性がある。ミリダ国はギラ新教の手に落ちたようだ。国境を封鎖することも考え、早急に手を打たなければ、ミリダ国民の流入や・・・戦争突入ということもある。お前は夜明とともにホン領に戻り、国境軍と一緒に国境を守れ!ホランド(長男)に、ミリダ国に至急密偵を送らせろ!」


「えっ!・・・それは確かな情報なのでしょうか父上?」


いつもの様子とは全然違う父親を見て、不安気にマークは問う。

 とんでもないことを言い出した父親に、大丈夫なのか?気がおかしくなったのでは?と、クーデターよりも父親の精神を心配する。


「間違いない。必ず、必ずクーデターは起こる。ネイヤー公爵家は、国境を護る義務がある。何を置いても国境を守れ!」


ホン領主は次男に向かって、緊急事態だと告げ鬼気迫る感じで命令する。

 だが、命令した次男のマークを見ると、ポカンとした顔で、明らかに自分の話を信じていないようだった。そして、国境を護る重要さを、理解していなかった。


「国境を封鎖したら、ホン領の損失は計り知れませんよ父上。それに、なぜ私が……」


「マーク!お前は、レガート国の危機が分からないのか!ホン領が、レガート国が戦場になるかも知れないと私は言っているのだ!」


全く危機感の無い息子の言葉に、ホン領主は思わずドン!と大きな音をたてて、テーブルを拳で打ち付け怒鳴った。

 そして、ホン領主は気付いた。今の自分の怒りの感情は、先程のイツキ(リース)様の感情と同じであったのだと。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次の更新は、24日(月)の予定です。

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