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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
領主会議

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イツキ、剣の練習をする

 8月2日、いつもの4人で朝食を食べていると、発明部の顧問イルート先生が、疲れた顔をしてイツキの元にやって来た。そして食後相談があるので教員室に来てくれと声を掛けられた。


「イツキ君……後期の部活希望者が、新たに20人増えた。あの場所で30人近い人数は無理だと思うんだよ。それに部長のユージが言うには、全員がイツキ君目当てだから、戦力にならないと言うんだ。どうしたもんだろう?」


嬉しい悲鳴のはずだが、今の発明部はアタックインとポルム作りで忙しい。しかも3部共同製作だから、素人が入部するとややこしくなるのだ。


「分かりました。昼休みに入部希望者を全員工作棟に集めてください。3分で人数を減らしてみせます。それで、何処の部から流れて来たんですか?」


「15人が剣術部で、C級の者達だ。残りは体術部だな……これもきっとC級の者だろう」


暑苦しいほどに熱血教師のイルートが珍しくどんよりしているので、イツキは一肌脱ぐことにした。


 昼食を早目に食べたイツキは、面白そうだから見学したいという、ナスカ、イースター、トロイを連れて工作棟に向かった。そこには既に、発明部の部員とイルート先生と20人の入部希望者達が待っていた。


「皆さんお疲れ様です。この度は発明部に入部希望を出してくださりありがとうございます。しかし、今期の発明部は運のいい人だけを募集しています。全員の入部は無理なので、僕とジャンケンをして3回勝った人だけ、入部していただこうと思います」


イツキは大真面目な顔でそう告げると、ざわざわと騒ぐ希望者20人に向かって、じゃんけんに自信のない運の弱い方は、他の部に変わってくださいと付け加えた。

 そして、考える隙を与えず、いきなりじゃんけんを始める。


「20人全員が僕と勝負です。負けた人はしゃがんで下さい。3回連続で勝った人だけが、僕の鬼のような指導と容赦ない重労働を共にすることが出来ます。さあ、いきます!ジャンケン・・・」



 3回目が終わった時、誰一人として立っていなかった。1回目で半分脱落し、2回目でまた半分、最後は誰も勝てなかった。

 全員信じられないという表情で呆然とする。イルートとしては5人くらいはと思っていたが、残念ながら入部者はゼロと決まった。


「この20人の中で、武術が剣術の人は居ますか?」とイツキは唐突に質問した。

 すると全員が手を上げた。貴族が大半のこの学校で、剣術を選択していない学生の方が珍しい。余程運動が苦手でなければの話ではあるが……


「良かった。僕は後期から、武術の時間の1つを剣術にしたんです。是非いつか、手合わせしてください……ね」


イツキは確信的な笑顔でお願いし、最後にねっと小首を傾げた。


「お、おー任せろイツキ君」とか「そうなんだ、剣術なんだ」とか「やったー!」と、発明部に入れなかったのは残念だが仕方ないなと言いながら、みなさん、あっさりと帰っていった。鬼のような指導と重労働は嫌だったようだ。


「あれだよ、あれ、あの笑顔にみんな騙されるんだ。ところでイツキ、本当に剣術にしたのか?」


聞き捨てならないことを言いながら、親友のナスカが訊いてきた。


「そうだよ、早く食堂へ行ってみよう。そろそろ組分け表が貼り出されているだろう」


イツキはそう言いながら、楽しそうに走り始める。武術は全員が2種目選択し、1日毎に交代で練習するので、半数の者とは同じになるが、半数とは同じになれない。


 クラス毎に張り出された武術表を見ると、イツキは今日が剣術で、明日は槍だった。ナスカは今日がレガート式ボーガンで、明日が剣術だった。


「やった!俺今日、イツキ君と剣術が一緒だ」とイースターが喜びの声を上げると、皆の鋭い視線が集まった。

「おい、イツキ君は剣術をするらしいぞ」とか「やった俺も今日剣術だ!」とか「剣術出来るのか?」とか「剣術をなめるな!」とか……食堂内はザワザワする。


 そんなこんなで、4時限目の武術の授業のため、全員教室で着替えて其々の練習場所へと向かう。


 


 剣術の授業の前に、全員体育館に張り出された自分のクラスを確認する。

 クラス分け(A~C)は、イツキが休んでいた間に行われた、夏期武術大会の成績によって決められていた。

 これまで1度も剣の練習を人前でしたことがなかったイツキは、何処のクラスにも入っていなかった。しかし、よ~く見ると、指導者リストの中に名前があった。

 現在学生で指導者リストに入っているのは、エンター、ヤン、パル、ミノル、エンドの5人だけだった。


 当然皆は驚き、どういうことだと騒然となった。


「イツキ君って剣術経験者なのか?」とか「伯爵様は腕とは関係ないのさ」とか「冗談きついよ」とか「先生は何を考えているんだ!」と怒りに近い声が多く上がる。

 今回イツキと同じ練習日になっていた学生の指導者は、ヤンとミノルだった。


「イツキ君、よろしくね。腕が鳴るよ」(ミノル)

「いつかイツキ君を越えられるようになってみせる」(ヤン)


悪意に満ちた声を無視して、イツキは差し出された2つの右手と握手を交わすと、先生の前に整列した。


「1年のイツキ君、フォース先生によると、君は指導者リストの腕前だと言うことだが、僕は君の実力を知らないから、体が出来たら手合わせしてくれるかな?」


「はい、シルバン先生。よろしくお願いします」


イツキは真剣な表情で答えて、体を暖める為に型の練習をしていく。

 身の程知らずな可哀想な1年生として、半数以上の学生の視線は冷やかだ。残りの半数はフォース先生が嘘を言うとは思えず、イツキの腕に期待する。

 そして10分後、Bクラスのイースターと少し剣を合わせるが、指導者リストに名前が入ったイツキにビビって、イースターは思うように剣が振るえなかった。

 そんなイツキの剣の腕を、皆は気になって仕方ない。チラチラと視線を向け、練習に身が入らない。

 指導教諭のシルバンは、やれやれという表情で首を横に振り、早く対戦した方が良さそうだと思い、イツキを体育館の中央に来るよう呼んだ。隅でやると、益々皆が上の空で練習しかねない。ケガをされるより中央で対戦し、見学させてもいいかと思ったりもする。


「ヤン、君はイツキ君の腕を知っているか?」

「はい、シルバン先生。ぜひ僕に対戦させてください。僕が負けたら、次は先生が戦ってください」


ヤンはそう言うと、嬉しそうに剣を握って中央に向かって歩き始める。

 取り合えずシルバンは審判をすることにした。学生は手を止めて注目する。


「イツキ君、手加減は要らない。全力で来てくれ!俺だって鍛えてきたんだ」


現在ナンバー2の腕のヤンはそう言うと、真剣な表情でスッと剣を構えた。

 イツキも「分かった」と言って剣を構える。他の学生達は完全に練習を止め、2人の試合を見学することにした。


 宣言通り、ヤンは始めから全力で打ち込んでいく。イツキはそれをなんとかかわしながら、ヤンの剣筋を見る。何度か見たヤンの試合風景を思い出しながら、イツキも時々攻めに転じる。

 5分後、ヤンの剣は殆どイツキに届かなくなった。イツキはヤンの動きを完全に見切っていたのだ。


「それまで!ではイツキ君、僕とやってみよう。出来れば防御ではなく攻撃で来てくれ」


シルバンはイツキの間合いの取り方に唸りながら、対戦を止めさせる。だが攻撃を見なければ本当の実力は分からないと思い、攻撃するよう指示を出す。

 シルバン36歳は、上級学校卒業後10年間警備隊で勤務し、その後親の跡を継ぎ男爵になったと同時に、剣の腕と経験を買われ、警備実践の教師として母校で教壇に立っている。武術で剣を担当し学生からも慕われている。


 イツキは30秒程剣を合わせたところで、攻撃重視の戦いに転じた。

 2分後、イツキの剣の動きが目で追えなくなったと思った瞬間、シルバンの剣は宙を舞った。それでもイツキは、力の3分の2も出してはいなかった。恐らくシルバンも全力ではない。しかし、イツキの実力を知るのには充分だった。

 肩で息をすることもなく、涼しい顔で立っている教え子を見て、シルバンは同僚フォースの言葉を思い出した。


「シルバン先生、イツキ君は4才から剣を始めたそうです。彼は誰よりも努力家ですが、天性の才は隠すことなど出来ないでしょう」


成る程、天性の才とは大袈裟だと思ったが、フォース先生の言う通りだった。いや、なんて嬉しいことだろう。これで来年の上級学校対抗武術大会は勝てる!思わずニヤケそうになるのを堪えて、シルバンはイツキと握手をし、3年生の指導をするように指示した。


「マジかよ!なんだあれは……」と、イツキをバカにしていた学生はショックを受ける。

 喜んだのは3年生のB級とC級のクラスの学生達だった。勿論、イツキをよく思わない学生も居る。特に完全硬派な連中は、顔がちょっぴり可愛い女のような、頭が良いだけの生意気な後輩だとを思っていたのだ。だがこれからは、嫌でも一目置くことになるだろう。


 イツキの選択武術に関して、校長、教頭は、ギラ新教徒と疑わしい学生や教師を完全排除し、イツキに近付けさせないよう配慮した。

 練習とはいえ悪意を持って挑めば、イツキがケガをすることだってある。領主になったイツキを、危険な目に遭わせる訳にはいかなかったのだ。



◇  ◇  ◇


 放課後、イツキは部活動の前に校長室を訪れていた。

 そこに居たのは、校長・教頭・1年生の学年主任であり、上級学校の警備責任者であるダリル教授だった。ダリルは王宮警備隊出身で、北寮の寮管でもあった。


「それで、今日は何の用だろうかイツキ君?ダリル教授を呼んだと言うことは北寮で何かあったのかな?」


「いいえ校長先生、ダリル教授は僕のこと(身分)を知っておられますか?」

「いや、まだ知らせていないが・・・知らせる必要があるのかな?」


「はい、実は8月20・21日に領主会議が行われることになりました。その時、上級学校が担当している特産品の見学をされることになり、ポルムゴールとアタックインを披露しなければなりません。当然警備は厳重にし、そのことは直前まで極秘扱いとなります」


「な、なんだって!領主達が学校に来ると言うのか?何故君が、学生の君がそんな話をするんだ!」


ダリル教授40歳は、完全にイツキを怪しい学生認定しようとする。そんな重要な話が王宮以外から来る筈がないと思っているのだ。それに、突然伯爵に陞爵されたことも怪しんでいた。1年の学年主任としても、夏大会の途中から長期で病欠をしたことも気に入らなかった。

 天才的な頭脳を持つ学生であることは歓迎だが、病気と偽り学校をサボっていたのではないかとさえ勘繰っていた。


「ダリル教授はマサキ領の伯爵家のご出身でしたよね?この話は、マサキ公爵様とカイ領主のラシード侯爵様からの依頼で決まりました」


イツキはふと、妙に攻撃的なダリル教授に何かを感じ取り、軽く【銀色のオーラ】を放ってみる。ダリル教授の様子(内面)が気になり探りを入れたのだ。当然急に息苦しくなった3人はどうしたのだろうかとキョロキョロする。

 幸運にもダリル教授からは黒い悪意は感じられなかったので、イツキは一安心するが、どうやらギラ新教徒から影響を受けているようだと思った。


「校長、どういうことですか?彼は伯爵になったからといって、態度が横柄にななったのではないですか?そもそもヤマノ領の伯爵になるなんて、常識では考えられません。教師に対しても、とても反抗的な態度だと聞いています」


「ダリル教授、君は何をそんなに怒っているのかね?イツキ君はちっとも横柄な態度などとっていないじゃないか。いったい誰がイツキ君が反抗的だと君に告げたのかね?」


校長も、どうしたのだろうかと首を捻りながら問う。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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