丘の上のキニ商会スタート(1)
7日午後、早目に学校に戻ったイツキは校長室で、教頭と経済学の教師カインと向き合っていた。
校長はイツキの隣に座り、渋い顔でウ~ンと唸っている。
「ちょっと待ってくれイツキ君、出向?カルート国の国難を救うために僕が?」
科学部の顧問でもあるカインは、突然呼び出された用件が、カルート国の国難に関することだと知り、面食らうと言うか全く理解が出来なかった。
「はい、出来れば1年・・・いえ、半年間で構いません。教育大臣からの正式な移動命令書は、明日にも学校に届くと思います。出向先は【丘の上のキニ商会】という、カルート国の国難を救うために立ち上げられた商会です。商品は2つ。ポムによる新しい車輪と婦人服になります」
イツキは澄ました顔で、まるで伝言を伝えるかのような口振りで話す。
「そ、そんな大事に、どうして私が呼ばれるのだ?ポート先生と同じように、出向するだけだと言ったが、事務員なら王宮から文官を呼べば済むだろう」
「いえいえカイン先生、他国の国難を救い、他国の借金を返すなどという、あまりの重責……王宮の事務官では、とても務まらないでしょう。それに、大きな利害が発生します。下手な派閥や親族一同がついているような者は、恐ろしくて信用できません。その点カイン先生は独身ですし、ご自分が準男爵位を頂かれたので、派閥がありません」
イツキは、この仕事は普通の者では務まらないと言いながら、さらりとカインが独身だとか派閥がないとか、褒めているのか貶しているのか分からない感じで説明する。
「・・・いや、でも、婦人服って……私では分からないぞ」
「それは大丈夫です。婦人服部の部長は既に決まっています。カイン先生は、馬車や荷車の車輪をランドル大陸中に販売する車輪部門の担当ですから。それに……フッ、事務員ではありませんよカイン先生」
イツキはいつもの如く策士の顔で、カインの顔を見てにっこりと笑った。
側でその顔を見ていた校長と教頭は、気の毒な者を見るような視線をカインに向け、また教師が1人減ってしまうとため息をつく。
「私に営業など出来ないぞイツキ君。それに、その商会は誰が運営しているんだ?」
「ああ、まだ言っていませんでしたね。【丘の上のキニ商会】の商会長は僕です。そして、婦人服部門の部長は後宮から優秀な侍女のエミリアさんを引っ張ってきました。カイン先生には、車輪部門の部長を任せたいと思います。そして、2つの部門を纏める代表部長として活躍を期待しています」
今度はそれが何か?当然でしょう?という顔をして、丘の上のキニ商会で働くことが決まった者の名簿をテーブルの上に置いて、にっこりと極上の笑顔をカインに向けた。
あちゃー……という顔をして、校長と教頭が本当に気の毒そうにカインを見る。
その2人の憐れみの視線に気付いたカインは、口をパクパクさせながら救いを求めるが、目が合った途端に視線を逸らされてしまう。
気の毒なカインである。
「と言うことで、商会のオープンは3月16日ですので、10日から仕事始めになります。10日は全員の顔合わせと、これからの仕事の説明や、部門会議となります」
「と言うことでって・・・いやいや無理、絶対に無理!」
顔面蒼白になりながら、カインは懸命に首を振って抵抗する。
「カイン先生は、カルート国が破綻してもいいと?可愛い教え子の僕が背負う、莫大な借金を返せなくてもいいと?・・・校長先生……うぅ……な、泣いてもいいですか」
『誰だよお前はー!!!』と、弱々しいイツキの演技に、3人は心の中で突っ込んだ。
結局、拒否権も与えられなかったカインは、魂の脱け殻のような顔をして、フラフラしながら校長室を出ていった。
「ああ、校長先生、これ、合格者の名簿です。職員住宅の掲示板に貼り出してください。合格者は明後日までにロームズ辺境伯邸に来て、雇用契約書の記入をしてもらいます。それから・・・校長先生、教頭先生、カイン先生の件、我が儘を言って申し訳ありません。ご迷惑をお掛けしますが、どうぞよろしくお願いします」
イツキは領主としてではなく、一個人として深く頭を下げた。
「イツキ君が詫びる必要はない。全てはカルート国のため、そして、レガート国のためにしていることだ。どうか、無理し過ぎないようにな」
校長は深く頭を下げるイツキを見て、心から願うようにそう言った。
イツキがリース様だと知っている校長は、領主ばかりでなく、リースという雲の上の立場にありながら、人々の安寧の為に頭を下げるイツキの姿を見て、リース様とは、本当にありがたく、尊い存在なのだと胸がつまった。
◇◇◇
3月8日、イツキは商会で使う家具を買いに出掛けた。
目的の店は、中古の家具や食器を扱う店である。
今日のお供はティーラと、ラミル正教会のクロノス神父20歳である。
「イツキ様、私は本当に商会で働くのですか?」
「うんそうだよクロノス。クロノスには、事務部長として働いてもらう。今後、ポムに関する発明品から得る利益の4分の1は、教会に納められると決まっている。そして、残った利益の中から更に1割、ロームズ辺境伯基金に入金を義務付ける。これを誤魔化されてはいけないので、教会の人間が必要なんだ」
イツキはサイリスのハビテから了承を得て、クロノスを【丘の上のキニ商会】に引っ張った。もちろんポムに関する取り決めも説明して。
「イツキ様、本当に中古の家具でよろしいのですか?」
「レガート国から借金をして事業を始める側としては、余分なお金は使えない。それに今なら、とり潰された貴族家や商会から没収した家具や食器が、たくさん出ているはずだから安く買えるよね」
イツキはティーラの問いに答えながら、嬉しそうに値切るぞ!と気合いを入れる。
そしてやって来たのは、ラミルの中心部より少し離れた、ミノス領に向かう街道側の、大きな倉庫を持つ商会だった。
今日のイツキは屋敷の馬車ではなく、教会の馬車に乗ってきていた。
領主だと思われると、高く吹っ掛けられる可能性があるので、神服を着たクロノスをお供にしている。
「こんにちは、ラミル正教会の者ですが、たくさん買うので値引きしてくださいね。領主物件がたくさん出たと聞いたので、ああ、今日は現金でお支払します」
教会の買い物かぁ……と嫌そうにしている様子の店主に、クロノスは現金で購入すると告げる。すると店主は急に雄弁になり、領主から販売を委託された家具売り場はこちらですと、笑顔で案内を始めた。
普段であれば、教会の買い物は支払いが月末または翌月になることが多い。しかもとことん値切られる。
さあ、ここからはティーラの出番である。
ティーラの買い物方法は独特だった。家具をじっと見て、自分が適正だと思う価格をメモ紙に書き、それを家具に置いていく。
高級な中古家具には、売値札が付いていない。店主が希望価格を言って、買い手が値切っていくのが普通なのだ。しかし今日は大量に購入するので、ティーラの方が希望価格を先に示して、出せる金額が限られているからと強気で攻めることにしたのである。
そしてイツキの目的はというと、ある家具を買うことである。
自分の持っている【金の鍵】に合う家具が、必ずあるはずなのだ。
イツキが予知した光景は、鍵の在る場所だけだった。
でもきっと、鍵をかけたその場所には、重要な書類やギラ信教に関わる何かが、隠されているに違いないとイツキは思っている。
イツキだけ別行動で倉庫の中を探すこと20分、ようやくそれらしき家具を見付けた。
その家具は机ではなく、食器棚のようなリビングに置くサイドボードで、上部には高級なガラスが使われており、全体に凝った装飾が施され、材質も一目で良いものだと分かる豪華な家具だった。恐らく高級グラスや食器、酒、または金細工や銀細工などの美術品等が飾られていたと思われる。
「ふーん成る程。こんな場所に鍵穴があれば、普通の者では気付かないだろうな」
イツキは下段収納の開き扉を全て開き、中央の収納の天板を触り、そこに鍵穴らしき感触を見付け、しゃがんで覗き込み呟やいた。
皆の視線がこちらに向いていないことを確認し、その下段の扉の奥の天板の鍵穴に向かって、こっそりと【金の鍵】を鍵穴に挿し込み、カチャリと鍵を回して直ぐにまたカチャリと掛け直した。
そして、その家具の側面に大きなキズがあるのを見付けて、にやりと微笑んだ。
結局ティーラは自分の希望価格で全ての家具を買い、泣きそうな……いや、完全に泣いている店主に、笑顔でお金を支払った。
当然イツキも、店主の希望価格の半額まで値切り、この家具は個人で買うと告げた。
「それでは、この家具だけは、こちらの住所に納入してください。支払いはその時にします。出来れば今日中に納品して欲しいのですが大丈夫ですか?」
「え~っと、この家具は金貨15枚ですが、本当に支払っていただけるのでしょうか?」
住所はレガート城の近くだから、大商人か貴族の家に違いないのだが、イツキの身形を見て、それほど金持ちそうにも見えないのだがと店主は心配する。
「僕にとっては大金ですが、涙をのんで購入します。何せ来客が多いので。ああ、それから、この家具を購入したいという者が来たら、ラミル正教会のファリス様に必ず報告してください」
イツキはそう言うと、絶対に報告してくださいねと念押しをして帰った。
午後、家具を納入しに来た店主は、その屋敷がロームズ辺境伯邸だと分かると、自分が領主様に対して不敬な言葉を掛けてしまったことを思い出し、後日お詫びだと言って、イツキが欲しそうにしていた2段ベッドをタダでくれた。気の毒な店主である。が、新しい領主様との付き合いが出来たと喜んでいたらしい。
◇◇◇
3月10日午前8時、家具も納入され、仕事場として体裁を整えた建物に、【丘の上のキニ商会】で働く全員が初めて集合した。
今日の予定は、自己紹介やこれからの仕事の段取りを説明し、2つの事業の今後の予定を発表する。
「皆さんおはようございます。【丘の上のキニ商会】商会長のイツキです。ここでの僕の身分は領主ではなく商会長となりますので、会長もしくは商会長と呼んでください」
イツキは1階のだだっ広い倉庫のような空間に全員を集め、中央に在る階段の下から3段目辺りに立ち、第一声の挨拶をした。
ほぼ全員が「おはようございます商会長様」と挨拶を返したので、イツキはズルリと階段を1段踏み外した。
「皆さん、さまは要りません、商会長だけでお願いします。これから1人ずつ僕の隣に立って、自己紹介をしてもらいます。名前・年令・既婚か未婚か、既婚者は家族構成を、未婚者は好みのタイプを言ってください。我が商会は結婚のお手伝いもするので、結婚を望む方は是非頑張ってください。それから、申し訳ありませんが、【丘の上のキニ商会】は、大陸中の商会と取引しますので、語学も勉強してください。6つの国のどこの商会の人が来ても大丈夫なように、全員で頑張ってください」
「ええぇーっ!好みのタイプ?」、「ええぇーっ!6か国語?」と戸惑いの声が上がるが、イツキはさらりとスルーした。
「では、2つの部門を纏める、カイン代表部長からお願いします」
イツキはにっこりと微笑み、最初の生け贄……ゴホゴホ、自己紹介の見本として、恩師であるカインを指名した。
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