イツキ、屋敷を借りる
予言の紅星の執筆を始めて、ちょうど3年になります。
初心者なのに長編を書いていることに戸惑いはありますが、なんとか完結まで頑張りたいと思います。
これからも、応援よろしくお願いいたします。
夕食時間ギリギリで学校に戻ったイツキは、食事後校長室に来ていた。
「しばらく忙しくなるので午前中は休みをいただき、5時限目に担当する専門スキル修得コースまでには、毎日戻ってきたいと思います。実はカルート国が大変な状況で……」
イツキは校長室に集まった4人に向かって、カルート国の状況を簡単に話した。
「まさかカルート国が崩壊寸前だったとは……」(教頭)
「イツキ君、君は本当に苦労人だよね」(担任のフォース)
「くれぐれも体を壊さないように気を付けてくれ」(副教頭)
「今度は2つも産業を立ち上げるとは……人手はどうするんだね?」(校長)
「そうなんですよ……人手が、特に女性の人手が足りません。先生方の奥さんの中で、3人くらい雑用や事務仕事が出来る人は居ないでしょうか?」
イツキは困った顔をして、真剣にお願いしたいのですと頼んでみる。
それなら喜んで働く婦人は居るだろうと、校長は笑いながら言う。教師の子供は基本的に高学歴である。子供が中級学校と上級学校に通っていると、家計はかなり苦しく、上級学校よりも上の学校に進学させるのは、厳しいという教師が少なくなかった。
その上幸運なことに、教師の妻は女学院を卒業していることが多く、高学歴であるため却って仕事先が無かったりする。仕事があるとしたら、女学院を受験する中級学校の女子生徒の家庭教師や、貴族家の手伝いくらいだった。
「明日の職員会議で話を出しておく。希望者が多い時は試験をした方がいいかもしれない。最終的にはイツキ君が面接してくれ。それで……給金はどれくらいだろう?」
「はい校長、女学院を卒業している事務職員は、8時から5時までで金貨1.2枚、半日なら銀貨5枚。雑務や縫製をする人は、金貨1枚です。事務職員は2人、雑務は1人くらい必要です」
「そ、そんなに高給なのか!こりゃ希望者が殺到しそうだ・・・」
校長は驚いて大声を出す。違った意味で揉めそうだと、校長は心配になった。
昨年のロームズ辺境伯杯の時に、裏門の先に在る職員専用住宅に住む教員の家族が、イツキに頼まれて屋台を出店したことがあった。その時、思わぬ臨時収入が手に入ったので、ロームズ辺境伯はご婦人達から大変人気があったのだ。
事務職員の希望者は、実務試験を明日の夕方行うこととし、面接は明後日の午前中にロームズ辺境伯屋敷で行うと校長に告げる。
「すみませんが明日、特別教室を貸してください。これから問題を作りますので……あぁ……試験問題は医学大学の事務職員の試験問題を使います。実務試験だけなので、40分くらいで終わると思います。それから雑務と縫製を希望する人は、面接の時に手作りの服を面接に持参するように伝えてください」
イツキはそう言うと、バタバタと寮に帰っていった。
どうしてこうも面倒なことを・・・いや、大変なことを次から次に抱え込むのだろうかと、残された4人はイツキについて考える。
これまでだって学生の活動範囲を大きく越えていたし、領主としての仕事に至っては、人間業とは思えないくらいにこなしていた。
出来る限りの協力をしてやりたいが、学校外の活動ではどうすることも出来なかった。
「そう言えば、夏大会はどうするのでしょうか?イツキ君の挑戦を受けて、正解を提出した学生は150人くらい居ましたよ。全員をレガート大峡谷に連れて行くのでしょうか校長?」
「フォース君、その件は5月に入ってから決まるだろうが、教師も剣の練習を始めた方がいいだろうな……教師は何人正解を提出したんだ?」
イツキの担任であるフォースの問いに、校長はそんな案件もあったなと思いながら、まだ詳しいことは分からないとしたうえで、引率する気の教師の数が気になった。
「はあ……若手を中心に10人くらいですかね……みんな尻込みしてましたから」
教頭はそう言うと、規格外の学生であるイツキの思考に、全く追い付けない自分と教師たちが情けなくなった。教頭自身、正解は分かったが提出していなかった。
3月3日、イツキは事務長のティーラを伴って、クーデル不動産商会に来ていた。
「それではこの度は、借家をご希望なのですね。しかも、1階に広いリビングか広間のある屋敷……そして、出来るだけ上級学校の近くの物件。そうですね、それでしたら上級学校の西北で、距離にして500メートルしか離れていない場所に、先月ホン領主様から売りに出された物件がございます。売り物件ですので借家に出来るかどうか……」
「クーデルさん、それは僕が交渉しましょう。いくつか見たいので、これから直ぐに案内出来ますか?」
「はい、もちろんでございます。少し距離がありますが、他にもミノス領主代行様の名前で売りに出ている物件が2つ……今ラミルで売りに出ている物件は、全て領主様のお名前になっています」
クーデルはそう言うと、領主によって没収された物件なので、少し安くなっているが買い手がつきにくいのだと説明する。貴族にとっては縁起の悪い物件なので、買い手は大きな商会になるだろうと付け加えた。
「なるほど……それでは僕も、商会を立ち上げることにしよう。名前は……う~ん、キニ商会はどうかな?」
「ああ、それなら既にございます。ホン領に家具を扱うキニ商会が」
「それなら、丘の上のキニ商会にしよう」
イツキは相変わらずのネーミングセンスを披露する。明らかに上級学校の丘の上のキニの木から連想したのだと、ラミル上級学校の卒業生でもあるクーデルは気付いた。
「確かにそれなら、同じ名前にはならないですが、本当によろしいのですか?」
あまりにも長く、ふざけているかのような名前に、クーデルは疑問を投げ掛ける。そもそも、これから向かう屋敷は丘の上になど建っていない。
「うん、全然構わないよ。どうせ僕が後ろに付いている商会だと直ぐにバレるだろうから、誰も文句を言って来ないだろう?」
イツキは全く問題ないと笑って言う。キニの木のように大きく枝を張れる商会にしたいのだと、それっぽく説明する。
しかしティーラとクーデルは、何を取り扱っているのか想像出来ない名前に、突っ込みたい気持ち満載だった。
取り合えず商会名は置いておいて、イツキたちは屋敷を見に行くことにした。
最初の物件は、ミノス領の侯爵の別邸で豪華だが広い部屋が無かった。
2番目の物件もミノス領の伯爵で別邸で、イツキの屋敷より少し小さかった。
3番目の物件はホン領の伯爵の別邸で、豪華すぎてイツキが気に入らなかった。
「1階はパーティーが出来るくらいの広さが欲しいのと、部屋数は3つくらいで構わない。いっそのこと商会の店舗でもいいかもしれない」
「パーティーが出来るくらいの店舗ですか・・・う~ん、ああ、そう言えば、昨日出た物件がございます。ホン領の大きな商会の店舗で、確かこの辺りに……」
クーデルは思い出しながら地図を広げ、確かこの辺りだったようなと言いながら、鞄の中から鍵束を取り出し、鍵に付いている名札を確認する。
「ああ、これです。ホン領の大きな商会の店舗で、エデム商会だったと思います。この商会は領主に取り潰されており、縁起の悪い物件なので格安になっています。持ち主は伯爵だったような……」
エデム商会・・・それはランカー商会を襲ったギラ新教徒である、エデム伯爵の商会だった。
先月ホン領主が爵位剥奪の上、全財産を没収したと、教会の調査部から報告を受けたばかりだった。
「もう売りに出していたんだ」
イツキはそう呟くと、頭の中にある光景が浮かんできて、黒く微笑んだ。
「その物件いくらですか?」
「確か最低価格は、金貨500枚だったと思います」
イツキは突然その商会の店舗を買うと言い出し、クーデルは先に見てから決めてくださいとお願いし、急いで馬車をエデム商会の店舗へと向かわせる。
その店舗は、イツキが住んでいる王宮前の大通りを、真っ直ぐ南に下り、ギリギリ男爵や準男爵の住居があり、庶民も住んでいる住宅地に在った。上級学校の裏門側に在る職員住居の方の出入り口からだと、1キロ弱の距離なので徒歩でも通える場所だった。
「残念ながら高級な家具や美術品等は、全て処分されており、古い本棚やムダに大きなテーブルだけが残っています。1階の店舗は何に使っていたのか分かりませんが、まるで倉庫のようにだだっ広く、普通の商会では使い勝手が悪いと思います。しかも、店舗なのに2階に上がる階段が正面近くに在るので、元は大きな屋敷だったものを、1階の部屋を取り除いたのだと考えられます。柱だけ残っていますから」
こんな特殊な物件は、なかなか買い手が付かないだろうと、クーデルは説明しながら溜め息をついく。
「クーデルさん、1階を少し豪華な内装で飾り、貴族の皆さんを呼んでパーティーを、いえ、ショーをしたいのですが、改装費はどれくらい必要でしょう?」
「えっ?ショーですか、それはどのような?」
パーティーなのかショーなのか、ロームズ辺境伯はいったい何をするのだろうかと首を捻りながら質問する。
「女性の高級ドレスと既製服のファッションショーです。製造と販売をするのですが、出来上がった服を皆さんにお披露目するつもりです」
イツキはそう言うと、広い正面の階段に深紅の絨毯を敷き、天井にはキラキラ輝くシャンデリアが必要だなと考える。
この時代、ショーと呼ばれるものは殆どなく、強いて言えば高級食器やグラスの展示会があるくらいだった。その時は貴族や金持ちの商家の者が招待されていた。
「貴族の皆様を呼ぶのであれば、最低でも床は絨毯か磨き板、そして壁には装飾や大鏡を設置しませんと……そうですねえ、金貨200枚は必要でしょう」
「ここにします。購入しますが、値段はホン領主に交渉します。早速1階の改装をお願いできますか?2階は事務所と製造で使います。手付金として金貨250枚をお支払します。ティーラさん、大丈夫ですか?」
「はい、なんとか・・・」
ティーラは急な出費に目をパチパチさせながらも、主の指示に従う。
こんな変わった建物を、どんな感じで改装するのだろうか……?ティーラは想像が出来なかった。そもそもショーと【お見合い大作戦】をここですることになる。こんな倉庫のような建物で大丈夫なのだろうかと心配になる。
イツキは2階をぐるりと回り、古い本棚の前で足を止めると、何も入っていない本棚を愛しそうに触った。そして、手付け金の一部だと言って、突然金貨10枚をクーデルに渡した。
先程視えた光景が、現実として本当に目の前に現れたので、イツキはティーラとクーデルに外の倉庫を見てきて欲しいと頼み、2人が1階に降りていったのを確認すると、極上の笑顔でにっこりと微笑んだ。
そしてイツキは、本棚の奥の壁をコンコンコンと小さく叩いてみる。
音の違う場所を見付けると、そっとその部分の壁を押してみる。カタンと音がして、15センチ四方の隠し部屋ならぬ隠し空間が現れた。下がった板の部分の右側に手を突っ込み、イツキは小さな箱を取り出した。
箱を開けると、中から飾りのついたズッシリと重い金の鍵が出てきた。
イツキはその鍵を胸ポケットの中に入れて、箱を元の場所に戻すと、斜めに飛び出ていた部分を押して、何事もなかったかのように壁を戻した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話から新章がスタートします。
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