カルート国資金調達計画(5)
昼食後、イツキはカルート国の資金援助を勝ち取るため、1人で会議室の扉を開けた。そこには顔見知りの大臣や副大臣、部長たちが暗い顔で勢揃いしていた。
イツキがよく使うのは西棟に在る作戦会議室だが、今日の会議の場所は、東棟にある大会議室だった。
国王と秘書官、法務大臣のマサキ公爵以外が一斉に席を立ち、領主であるイツキに向かって礼をとった。
逆にイツキは王様と秘書官、マサキ公爵に向かって礼をとる。
こうして礼をとり合う光景を目にすると、臣下は国王を敬い王家を支えていることが分かる。カルート国ではこうはいかないだろうとイツキは改めて感じる。
いつもより重い空気の中、イツキは空いていた椅子に向かって無表情で歩いていく。
空いていた席は秘書官の隣だった。
イツキは秘書官を見ることなく、他のメンバーに向かって挑むような視線を向け不敵に微笑んで言った。
「さあ、それでは、カルート国資金調達計画についてご説明しましょう」と。
イツキの第一声からおよそ2時間、イツキワールドが全開で炸裂した。
「それではイツキ君、早速技術開発部で試作品作りに取り掛かろう。【お見合い大作戦】が待っていると知れば、皆の頑張り度が増すのは間違いない」
技術開発部のシュノー部長は、新しいものづくりに瞳を輝かせながら、会議の終了が近付いたところでイツキに声を掛けた。
「あの~……うちの部署にも結婚しない者がたくさんいまして、その【お見合い大作戦】に参加させることはできますか?」
なんだか申し訳なさそうに質問してきたのは、国務費担当大臣のメイデン伯爵だった。
メイデン伯爵の息子は現在ロームズ中級学校に通っており、イツキとは不思議な縁で繋がっていた。そして、イツキの教会での立場を知っていた。
「それなら我が部署も」と言い始める大臣や部長が居て、イツキは「承知しました」とにっこりと微笑み、来年には多くの子供が誕生することでしょうと希望を与えた。
隣国からの多額の借金の申し込みという暗い議題の筈だったが、イツキの説明を聞いた大臣や部長たちは、イツキの話術と大陸中を相手に販売するという、スケールの大きな話にすっかり魅了された。
まだ試作品さえ完成していなかったが、イツキの発明品の凄さを皆知っていたので、猜疑心を持つ者はほとんど居なかった。
よく見ると、全員がイツキの発明したペンを使っており、ポムの利便性や有用性について、理解できている者たちばかりだった。
「本日はありがとうございました。カルート国にはこちらの出す条件を必ずのんでもらいます。カルート国王の承認が下りたら、申し訳ありませんが人材の派遣をお願いいたします。腐った体制を叩き潰し、本当に能力のある者を鍛えさせてください。カルート国の命運は、皆さんの人選に懸かっています」
イツキは借金問題より、人材育成の方が重要事項だと力説し、カルート国の問題にちゃっかり全員を捲き込み、他人事ではなく自分にも関係のあることなのだと意識を変えさせることに成功した。
『イツキ君には敵わないな……』
バルファー王はフーッと安堵の息を吐きながら、イツキの話術に脱帽する。
『イツキ君が話すと、どんな困難なことでも、簡単に解決するような気がしてしまう』
エントン秘書官は、これからが大変な筈なのだがとイツキを心配する。
今まではレガート国のあれこれに尽力し、今度はカルート国の為に尽力する。……普通の者では考えも及ばぬことだろうが、リース様としてイツキ君を見れば、常に時代を読み、大陸の安寧を願い、そして活動し解決していく。
リース様とは、本当にありがたく、人々を照らす存在なのだと改めて思い入るエントンだった。
◇◇ 技術開発部 ◇◇
午後3時過ぎ、イツキは久し振りに技術開発部に来ていた。
「イリヤード課長、テーベ課長、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうイツキ君。全てイツキ君のお陰だよ」(イリヤード41歳)
「お祝いまでいただいて、本当にありがとう」(テーベ30歳)
到着早々、つい最近結婚した2人にイツキはお祝いの言葉を掛け、イツキにお世話になった2人は、心から感謝しながらイツキに礼を言う。
2人の結婚式には、忙しいイツキの代理として事務長のティーラが参列し、お祝いの品も渡してあった。
「みんな、いい知らせが2つあるぞ!新しく開発するものが決定した。イツキ君の発案だが、国策として製造することになった。詳しいことはこれからイツキ君が説明する。それと……喜べ。【お見合い大作戦】が行われることになった。しかも、独身者全員が出席できるぞ」
「「ウォー!やったぞ!!」」
シュノー部長の言葉を聞いた部員たちは、喜びの雄叫びを上げる。
既婚者は国策としてものづくりに喜び、独身者は主に【お見合い大作戦】を喜んだ。
そしてキラキラした瞳でイツキを見て、手に持っている図面に視線を移した。
「今回製造する商品の説明の前に、その商品を作ることになった経緯について説明しますので、皆さん、どうぞお座りください」
イツキは全員に向かってにっこりと微笑むと、談話室に全員を座らせて、カルート国の事情から話し始めた。
「それではカルート国の命運は、我々の肩に掛かっていると言うことですか?」
「はい、そうですイリヤード課長」
「しかも、カルート国用の車輪と、レガート国用の車輪を作ると?」
「そうなりますテーベ課長。分かりやすいように、普通の馬車、辻馬車、荷馬車と、規格を決めてしまいたいと思います。来年には、高級馬車用の車輪と人力用の荷車も手掛けたいと思います」
大変なことになったと青い顔をしている部員に向かって、イツキは淡々と答えていく。
そして車輪の案として考えていた図面を、テーブルの上に広げる。
用紙には車輪の断面図が描かれており、規格となる其々の大きさや、ポムの2段活用法が記入してあった。
「なるほど。内側に弾力のあるポムを使い、外側は固いポムを使うんですね」
イリヤード課長がそう言うと、科学開発課の部員たちが懸命にメモを始める。
「うちは規格を決めた木製の車輪を製作し、ポムと組合わせられるようにする……ん?これは何でしょうか?」
テーベ課長は、車輪の大きさを確認しながら、隣に描いてある2つの馬車の断面図に目を向け、ん?と首を捻りながら指を指して質問する。
「ああ、それは、衝撃を和らげる為に考えたのですが、今回の製作とは別物です」
イツキは前々から馬車の乗り心地の改善について考えており、お尻が痛くならない方法はないものかと模索していた。その時に思いついていたことを、ついでに書き込んでいたのである。
「「なんだこれは?!」」と、技術開発課の皆が叫んだ。
なんだかつまらなそうな木製の車輪よりも、見たこともないものと、ポムを使ったと思われる2つの図面に目が釘付けになる。
「こ、これは、イツキ君個人の発明品ということだね?う~ん、作ってみたいなぁ……もしも作って衝撃が緩和されるのなら、この機会に一緒に作る方がいいんじゃないか?それに、ロームズ領に大きな体育館を建設するんだろう?」
ヨダレを垂らさんばかりに、シュノー部長がイツキに質問する。そして、イツキが断らないように体育館の話を持ち出してくる。
シュノー部長、貧乏なイツキの扱いを、徐々に心得てきていた。
「う~ん。僕には時間がないんですよ。皆さんの為に【お見合い大作戦】もやらなくちゃいけないし、その為には、もう一つの事業の既製服製造を急ぐ必要があるしなぁ……設計が僕で、試作品の製造を技術開発部で受けてくれるなら、そして、利益の半分をロームズ辺境伯に頂けるなら、考えてみてもいいですが……でも、凄く忙しくなりますよ?」
イツキはイヤとは言わず、いつの間にか利益配分まで話に組み込み、試作品の製造を技術開発部に振ってしまう。
シュノー部長もイツキの扱いに慣れてきたが、技術開発部の人間の性格を、しっかりと把握して図面を描いてきたイツキである。
そして然り気無く、【お見合い大作戦】の話を盛り込む策士である・・・
「うん分かった。それはこちらで何とかする。試作品が出来て効果があれば、直ぐに王様に製造についてお願いする。利益の分配も半分なら誰からも異議は出ないだろう」
シュノー部長は嬉しそうにそう言うと、新しいおもちゃを与えられた子供のような顔をして(他の皆さんを含む)、早速班分けを始めていく。
イツキは2人の課長と大まかな予定を立て、10日後の12日を目標に試作品を作ることに決めた。
「イリヤード課長、テーベ課長、新婚なんだから、徹夜はやめてくださいね!シュノー部長も、可愛い娘の為に早く帰ってくださいね」
作り始めたら時間を忘れる3人に向かって、イツキはきちんと釘を刺しておいた。
【お見合い大作戦】を期待する部員の皆さんのいい笑顔に見送られ、イツキは技術開発部をあとにした。
◇◇ 王宮 侍女長の執務室 ◇◇
午後5時、再びイツキは王宮に戻り、侍女やメイドさんたちが使用している待機棟の前に立っていた。
侍女長の執務室は待機棟の2階に在り、イツキは今日の午後には貼り出されたであろう、昨日書いた募集要項の反応を侍女長に確認しに来ていたのである。
2階に向かう途中ふと見ると、1階の広間(ミーティング場所)の掲示板の前には、侍女やメイドたちが大勢集まって大騒ぎになっていた。
皆が見ていたのは【カルート国を救え!オシャレで産業を起こし、ファッションリーダーになろう!】(サブテーマ 来たれ!働く姿が美しい女性)という貼り紙である。
「何これ!絶対にモデルに志願するわ!」
「私はデザイナーがいいわ。だってお給金が金貨2枚からよ!」
「ようやく女性が活躍する時代が来たんだわ!」
「さすがロームズ辺境伯様。どこまでもついていきます」
「高級ドレス……憧れるわねぇ……はあ……」
「ロームズ辺境伯様は、私たち女性の味方だわ。ああ、独身男性との懇親会が……」
まさかイツキが側に居るとは思っていない女性たちは、掲示板を見て夢見る少女のように、思い思いの発言をしていた。
イツキは巻き込まれてはいけないので、さっさと2階に上がっていく。そして、侍女長との面会を求めた。
「いらっしゃいませロームズ辺境伯様。まあ何と申しましょうか……みな気もそぞろで、仕事に集中を欠く事態になっております。午後1時に交替した者は、既に数人が申し込みをしてきました。午後5時に仕事が終わる者たちは、間もなく雪崩れ込んで来るでしょう。ハア……確かに人員削減と結婚は課題でしたが、このままでは、王宮メイドの多くが辞めてしまいそうです」
侍女長は、ハアと溜め息をつきながら、恨めしそうにイツキを見て言う。
侍女の殆どは女学院を卒業しており、給金は金貨1枚~1.5枚くらい貰っていた。メイドの多くは中級学校を卒業して働いており、行儀見習いを兼ねた良家の子女ばかりで、給金は銀貨5枚~8枚くらいであった。それでも市井の給金に比べると高級取りである。
「そうですか、それは良かった。女性の雇用を広げるのは、僕の目標でもありますし、これからはもっと女性の能力を評価し、男性に虐げられることのない社会にしていきたいですね」
イツキはそう言って、お疲れ気味な侍女長に自分の真意を伝えた。
「そうなのですね。ようやく理解できました。ロームズ辺境伯様は、女性の雇用や社会的地位の向上を考えてくださっていたのですね。成る程なるほど……」
目の前の領主様の真意が、これまでの男達とは全く違っていることが嬉しくて、侍女長は明るい笑顔でイツキを見て何度も頷いた。
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