執行部、風紀部選挙(2)
午後7時半、エンター部長の部屋に集合した【イツキ組】は総勢15名だった。
執行部が、部長エンター3年、副部長ヨシノリ2年、副部長ミノル2年、会計インダス2年、書記ナスカ1年、立候補予定イースター1年の計6名。
風紀部が、隊長インカ3年、副隊長ヤン2年、1年部隊長イツキ1年、2年部隊長立候補予定エンドの計4名。
親衛隊が、隊長クレタ3年、副隊長モンサン3年、第2親衛隊隊長ピドレ3年の計3名。
旧役員が、執行部庶務パルテノン3年、風紀部2年部隊長パル2年の計2名。
「全員は座れないからベッドにも座ってくれ。今夜は、イツキ君の状況が大きく変化したことの報告と、新役員の応援、ギラ新教徒との対応について話し合う」
エンター部長はそう言いながら、新メンバーとなったイツキ第2親衛隊(隠れ親衛隊)のピドル、エンドとイースターに自己紹介するよう指示をした。
3人は学校のトップメンバーを前にして緊張する。特に1年のイースターは、どうしたらいいんだー!という困った顔で固くなったまま自己紹介する。
「始めに重大な報告がある。6月末に治安部隊は、マサキ領とカイ領のギラ新教徒一掃作戦を決行した。しかし、信者の子息が数人逃げた。その中にはカイ領のニコルが含まれている。そして、最悪な事件が起こった。恐らく逃げた子息と思われる者が、殺し屋を使ってラミルのマサキ公爵邸を襲った。その現場に偶然パルが居たので報告を頼む」
エンターの言った襲撃を知らなかった者は、信じられないと驚き、パルの話を食い入るように聞く。
「それじゃあ、犯人は元マサキ上級学校の学生?」(パルテノン)
「それに、ニコルが逃げったって……やっぱりギラ新教徒だったんだ!」(ミノル)
「では、インカ隊長も狙われるってことですよね?」(エンド)
「そうだエンド。だが一番危険なのはイツキ君だろう」(インカ)
「ええっ?ヤマノ領の奴等が狙うんですか?」(モンサン)
「モンサン、1年のルシフは間違いなくギラ新教徒だ。何をしてくるか分からない。しかし、イツキ君を狙うのはカイ領とマサキ領、両方の逃げた子息だ」
エンター部長は厳しい顔をして皆を見ながら、視線をイツキに移す。
「実は、僕は夏大会の途中から学校を休んで、カルート国の中にあるレガート国の飛び地ロームズに行っていた。目的は、ギラ新教徒であるレガート国の貴族に乗っ取られたロームズの奪還と、乗っ取った貴族達を捕らえることだった」
「「「ええぇ~っ!!!」」」
イツキの話に、全く何も知らないイースターや数人が驚きの声を上げる。
「技術開発部の任務で、投石機を設置しに行ったんじゃないのか?」(ピドル)
「じゃあ、治安部隊の仕事でロームズに行っていたんだ」(エンド)
夏大会の薬草採取で共に行動していた、イツキ第2親衛隊(無認可)の隊長と副隊長の2人は、イツキからは技術開発部の任務で、投石機を設置しにロームズへ行くと教えられていた。同じくパルテノンもそう聞いていたので、【イツキ組】のメンバーには、ロームズに投石機を設置しに行ったと伝えていたのである。
「勿論投石機も設置したよ。だからハキ神国に勝てたんだ。だが、ロームズに到着すると、ニコルの父親である事務官のサイシス伯爵と、同じカイ領の準男爵、レガート軍少佐のマサキ領の男爵、この3人が統治官や警備隊隊長、事務長、町長等9名を監禁し、ロームズを乗っ取った上、ロームズの町にハキ神国のオリ王子の別邸を建てていた」
「なんだって!!オリ王子の別邸!!!」(全員)
サイシスの息子ニコルが逃げていなければ、話すつもりはなかった話だが、ニコル達に命を狙われる理由を話す為には、ロームズ奪還の話をするしかないので、エンター達にも言ってなかったことも、信用して話すことにしたイツキである。
「そうだ。実質ロームズは、オリ王子に乗っ取られようとしていた。僕は治安部隊、奇跡の世代、レガート軍、警備隊と力を合わせ町を奪還した。・・・バカ王子は……オリ王子は、ロームズに戦争を仕掛けた名目を、自分の屋敷を取り戻しに来たと堂々と言ったくらいだ」
「信じられない!それでは、サイシス達は、オリ王子に仕えていたのか?」
自領の伯爵であった者の実態を知り、ショックを受けたように目を見開きながら、カイ領主の子息であるインカが問う。
「成功すればハキ神国の貴族を約束されていたようだ。が、しかし、オリ王子によるロームズ乗っ取りは、ギラ新教の大師イルドラが仕組んだことだった」
次々と話されるロームズでの出来事は、エンター、ヤン、インカ、ヨシノリ、パル、クレタ以外の者には、どこか遠い異国の話のように感じられた。話が大き過ぎて理解に時間が掛かりそうである。【イツキ組】の活動やイツキの正体を全く知らなかったイースターに至っては、目が点で理解不能状態だった。
「「「ギラ新教・・・」」」何度も出てくるこの名前に、全員それ以上言葉が続かない。巨大な敵であり、洗脳という恐怖の存在であるギラ新教の、自分達が知らなかった活動を知り皆は衝撃を受けた。
「では何故僕が命を狙われる危険があるのか……それは、僕がロームズの領主としてサイシス達を捕らえたからだ。ハキ神国との戦争も、ロームズ辺境伯キアフ・ルバ・イツキ・ロームズとして指揮を執った」
「「「ええぇ~っ!!!領主?」」」(領主就任を知らなかった者)
「「「ええぇーっ?戦争も指揮したのか!」(領主就任を知っていた者)
エンターの部屋から上がった驚きの声が、北寮の3階の廊下に響き渡る。続いて静寂が部屋を包む。桁外れの発言に、何が起こったのか分からない……という風に、数人が挙動不審になる。ギギギと不自然に首を動かしてエンター部長を見たり、どういうこと?……っていう顔をしてインカ隊長に視線を向けてみたり、何故かイツキの方を見ようとしない。
「みんな静かに、これは極秘中の極秘事項だ!」
イツキは右手の人差し指を口に当てて、素早く全員に視線を向け注意する。
イツキの注意にも拘わらず、驚き過ぎてパニックになりそうな様子を見たクレタは、立ち上がりイツキの隣で話し始めた。
「みんなゴメン!実は27日にそのことを知った僕は、インカ、エンター、ヨシノリ、パル、ヤン、ナスカに緊急召集を掛け、ロームズ辺境伯邸で、イツキ君のロームズ領主就任祝いをした。イツキ君は領主になったことを、12月の誕生日まで極秘にすると言うから、それならラミルに居るメンバーだけでもお祝いしようと……僕が祝賀会をした。……ヨシノリがギラ新教徒に襲撃されたり、ニコルが逃げていなければ、イツキ君の領主就任の話は、12月まで皆には知らせない予定だったんだ」
イツキ親衛隊の隊長であるクレタは、戦争とかギラ新教の話で混乱している様子のメンバーが、イツキの領主就任という驚愕の事実を知り、大声で叫び騒ぎ始める前に、祝賀会という楽しそうな話へと、一瞬で話題を切り替えながら、全員を祝賀会に呼べなかったことを謝る。
クレタの話を聞いた祝賀会に出席していないメンバーは、それまでの難しい話と違い、分かり易い話題には脳が直ぐに反応した。
「ええーっ……ずるいよ。俺だって行きたかった」(エンド)
「祝賀会……なんで俺は昨日帰ってきたんだー!」(ミノル)
「超羨ましい!屋敷は何処に在るのイツキ君?」(イースター)
「発明部から領主様が……領主様が出た!」(インダス)
「イツキ君って12月生まれなの?未だ14歳なのか?」(ピドル)
「クレタ、お前は親友じゃあなかったのかよー?」(パルテノン)
6人はイツキが人差し指を口に当てているのを見ながら、小声でクレタに文句を言う。それはそれは怨めしそうに……
「ロームズ辺境伯様、た、大変しつ、失礼しました」(モンサン)
モンサンだけは違った意味で冷静だった。モンサンは平民なので、領主様に間近で会ったことなどない。慌てて正式な礼をとり震えながら小声で言って深く頭を下げた。
モンサンが礼をとるのを見たメンバー達は、そう言えば目の前に居るのは領主様だったと我に返り、同じように礼をとろうとする。
「みんな落ち着いて!僕はヤマノ領の伯爵だよ!」
そう言いながら、イツキは礼をとろうとする皆を止める。そして「これからも、決して間違えないでね!」と黒い笑顔で念押しする。
「よし、イツキ君の誕生日が来たら、全員で盛大な祝賀会をやろう。イツキ君の屋敷は外見凄く地味だけど、居心地は良いぞ。御祝いを用意しとけよ!」
話題が変わり緊張が解けたところで、クレタが正式な祝賀会をすると約束する。
「それでは、12月10~14日は試験期間中ですから、15日の休みの日に皆さんを家に招待しましょう。追試になった人は諦めてくださいね」
イツキの笑顔の申し出に「絶対に行く!」と全員が声を揃えた。このメンバーの中で、追試の可能性があるのはエンドとピドルだけである。
正式な親衛隊に入るには、欠点を取らないことは最低条件であり、基本、全教科平均点以上が目標である。だから、それが無理な学生は隠れ親衛隊に入っている。
「さて、重要な報告は終わったので、新役員の応援と票の獲得に向けての取り組みについてだが、立候補申込書が提出されないと、対抗策を考えるのは難しい。他の立候補者が出なければ無投票となる。だが、近年ヤマノ領の者やギラ新教徒が必ず立候補していた。夏休みの間に新しく洗脳された学生が居るかもしれない。ニコルは春休み明けから人格が変わっていたらしいからな」
「そうだ、エンターの言う通り、自分のクラスや周りにそれらしい学生が居たら、俺かエンターかイツキ君に報告してくれ。最後に注意しておくが、今日知ったことを他の学生や親に話せば、イツキ君の命が危険に晒されることを忘れるな!ピドル、エンド、特にお前達は気を付けろ!イツキ君に傷のひとつでも出来ることがあれば、俺達が許さないからな」
エンター部長とインカ隊長のツートップが、厳しい口調で注意事項を告げる。
「信用ないなあ……これでも俺は第2親衛隊の隊長だぞインカ」(ピドル)
「そうです。俺だってイツキ君の為なら命を懸けます」(エンド)
隠れ親衛隊の2人は、プリプリと怒りながら「イツキ君信じてくれ!」とイツキの手を握り、従者のパルに払い除けられる。
「「何をするんだよパル!!」」
「ピドル先輩、エンド、俺はイツキ様の従者になった。俺はロームズ領のナイトになったんだ」
「「「ええぇーっ!!!」」」
そのことを知らなかった者から、再び驚きの声が上がり、嫉妬の視線が突き刺さる。そんな視線を物ともせず、パルはイツキの前に騎士らしくひざまずいてみせた。
驚き満載の【イツキ組】の会合は終了した。
魂の脱け殻のようになっている可哀想なイースターを連れて、イツキとナスカは再び隣のイツキの部屋に戻っていく。
そこから門限ギリギリまで、ナスカがイツキについて、自分が知っている情報を教えていく。
「同室のトロイにも絶対に秘密なんだよな?」
「あぁ……トロイは領主になったことは知ってるよ。ランカー商会に色々とお願いに行ったから。でも、それ以外のことは何も知らない。トロイには、来年度の執行部役員になって貰うよ。だからナスカは風紀部2年部隊長かな」
「はい?今何か……とんでもないことを聞いたような……空耳かな?」
イツキのいつもの予言のような無茶ぶりを聞いて、ナスカは「は~っ」と脱力する。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。