イツキ、学生する(2)
イツキの部屋で緊張していたスコールは、自分の母親がボルグル男爵家の人間だったと聞き、何がなんだか分からないという表情で、イツキの顔をじっと見る。
ボルグル男爵親子は、ギラ新教徒として治安部隊に捕らえられたはずである。
そのボルグル男爵家の出身?自分の母親が?・・・そんなはずはない。だって父親は平民だし、男爵家の娘と結婚できる訳がない。
確かに必死で働き、大きな商家で番頭に成っているが、貴族とか男爵家とか……そんな親戚が居るなんて聞いたこともない。しかも、選りにも選ってあの悪名高きボルグル男爵家……?
「はっ!も、もしかして……母も罰を受けるのですか?……お、俺も?」
ギラ新教徒であると分かった貴族は、一族郎党厳しく取り調べられ、厳罰に処されると聞いていたスコールは、真っ青な顔をしてイツキにすがるような視線を向け問う。
「そうじゃないよスコール。君と母上は、この前捕まったオーベル親子とは、全く血は繋がっていない。オーベルの父親は、男爵家を継ぐべき母上の姉……君の伯母を殺害し、母上に罪を着せ、ボルグル男爵家を騙し盗った犯罪者なんだ」
イツキは優しく微笑みながら、驚いて固まっているスコールに、美味しいよと言ってお茶のカップを差し出し、続きをゆっくりと話し始める。
「オーベルの父親セイガルは、男爵家の後継者である伯母上と結婚し婿養子に入った。しかしその直後、先代夫婦は不審な死を遂げ、男爵令嬢であった君の母上を、使用人と不適切な関係を持ったふしだらな娘だとでっち上げ、使用人諸とも男爵家から追い出した。その後、男爵家の後継者である伯母を毒殺し、外で作っていた愛人の子を、死んだ妻が産んだ跡取りとして届け出た。内乱のどさくさに紛れて受理された後、その愛人を家に入れ、まんまと男爵家を乗っ取った。その愛人の子がオーベルだ」
あまりにも信じられない話に、スコールは頭がついていかない。
「きっと君の母上は、殺人者であり詐欺師のセイガルを恐れ、ボルグルの家から離れて暮らし、命を守るために平民として生きる決心をしたのだろう。だが、今回その悪行は、白日の下に晒された。ボルグル男爵家は取り潰されたが、ホン領主であるネイヤー公爵様は、領主の責任を強く感じられ、スコール、君に準男爵として爵位を授けると決意された」
「…………」
スコールは思い出していた。時々母が女学院時代の話をしていたことを……母の礼儀作法は完璧で、まるで貴族の出のようだと近所で言われていたことを。
そして父は、母を宝物のように大切にし、貧乏させないため懸命に働いてきた。時々冗談のように母に向かって「お嬢様」と言っていたことを思い出した。
そう言えば小さい頃、何かに怯えて逃げるように何度か引っ越しをした。
母方の親族は全員亡くなったのだと、母は寂しそうに話していた。
まさかオーベルの父親から逃げていたなんて……殺されていたなんて……
でも、怒りという感情は正直まだない。
ずっと家族仲良く暮らしてきたし、母はいつも自分に笑顔で接してくれていた。頭もいいし美人だし、自慢の母親だった。そんな不幸な過去があったことなど、全く感じさせずに笑っていた。
「俺は、何も知らず……ずっと幸せに暮らしてきました。昨年オーベルと同じクラスになり、嫌なことを沢山されたけど、俺はオーベルの家の話を1度も母にしなかった。よかった……嫌な名前を聞かせなくて」
スコールはそう言って、ハーッと安堵の息を吐いた。
自分の母親の正体を、オーベルの父親に知られなくて本当に良かった。
「そうだねスコール。結果的に君は母上を守った。もう君たち親子を害する者は居ない。君の母上は強くて優しい女性なのだろう。これからもっと親孝行をすればいい。君の爵位授与は、春休みに行われるそうだ」
イツキはスコールに大事な用件を告げると、彼の強さや優しさは、きっと両親の愛情から受け継がれているのだろうと思った。
◇ ◇ ◇
いよいよ明日は春大会である。
イツキは執行部役員なので、準備でやることが沢山あり忙しかった。
準備の他にも、イツキと同じチームに誰を入れるかで揉めて大変だった。
イツキと同じチームに入れるのは、2年生で成績が残念な学生2人だけなのだが、イツキと同じチームになれば、ほぼ間違いなく入賞できるので、希望者が殺到したのだ。
結局イツキは参加を断念し、暗号問題を出題する側に回ることにした。
今年の優勝候補は、暗号問題が得意な風紀部隊長であるヤンのチーム、植物部部長であるリョウガのチーム、風紀部副隊長ミノルのチーム、そして執行部部長のヨシノリ率いるチームが有力視されている。
イツキの従者であるパルの率いるチームには、1年生が入っていたので優勝候補からは外れていた。ちなみにくじで決まった1年生は、ソウタ指揮官の甥であるデイルだった。何故かイツキをよく思っていない様子のデイルは、パルのことも嫌っていた。
2月29日、執行部部長ヨシノリは、春大会の開催を宣言した。
校長の挨拶が終わると、イツキは副部長として、会場分け方法を発表する。今年は受付番号が偶数のチームを体育館、奇数のチームを武道場とした。
最初の競技種目は、100問試験である。
100問試験は、1年から3年までに習う教科から、様々な分野の問題が出題され、制限時間1時間以内に、3人が力を合わせて問題を解いていく競技である。
毎年の平均点は50点以下で、最高点は70点前後であることが多い。
昨年イツキは満点を叩き出し、ラミル上級学校開校以来の快挙となっていた。
「ルビンとデイルは、30問までの課題を解いてくれ。俺は30問以降の問題を解く。分からない問題は飛ばしていいぞ。40分が経過したら、どの問題でも出来そうなものに挑戦してくれ。50分が経過したら3人の解答を纏めていく」
パルは同じチームになった、ルビン坊っちゃんとデイルに向かって指示を出した。問題は50問目から難易度が上がる。2人はウンと頷き、パルの指示に同意する。
デイルにしてみたら、パルはイツキ親衛隊の3年部隊長であり、ルビンは2年部隊長である。居心地はかなり悪いが、くじで決まったのだから仕方ない。
父親や尊敬する叔父であるソウタ指揮官が卒業した上級学校に、どうしても入学したかったデイルは勉強を頑張った。武術だって他の1年生には負けない自信もある。
憧れの学校に入学すると、先輩の多くは貴族としての誇りを失っているのかと思えるくらい、平民とも仲良く接していて驚いた。父親も言っていたが、ここは完全実力主義の学校だった。
高位貴族の子息だからと言って威張る(威張れる)こともない。家柄よりも勉強が出来たり、武術でAランク認定されていたり、部活の部長などが学生から尊敬され一目置かれる存在だった。
先輩の話によると、4年前くらいから一部の威張った貴族が好き勝手し、暴力事件や金銭の強要が横行し、学校の雰囲気は悪かったらしい。それらの行いに待ったをかけたのが、ヤン風紀部隊長、ヨシノリ執行部部長を含む数人の卒業生だったそうだ。
そして昨年アイツ(イツキ先輩)が入学して、全ては一変したという。
アイツ(イツキ先輩)は、学校を牛耳ろうとする悪き学生の正体を、【ギラ新教徒】であると断定し戦いを挑み、【ギラ新教】という悪の教団の存在を、教師や学生たちに教えたらしい。
でも気に入らない。
女みたいな顔をして愛想を振り撒き、親衛隊を2つも持っていること自体……気持ち悪い。
先輩方がアイツを誉めれば誉めるほど、胡散臭く感じてしまう。
何よりも、9歳から12歳まで、憧れのヨム指揮官や叔父のソウタ指揮官から剣術の指導を受けていたらしい・・・許せない!甥であるこの俺でさえ、剣の指導を受けたことはなかったのに・・・
大好きだったソウタ叔父さんの死が受け入れられず、イツキに抱く感情が嫉妬であると気付かないデイルは、気に入らない男の従者であるパルを睨みながら、解ける問題を見付けて解いていく。
春大会の競技種目2つ目は、イツキが担当する暗号問題である。
いつものように課題は3つ。解読の速度と正解で得点が決まる競技である。
だが今回は、暗号問題に挑む皆の遣る気が、いつもの年とは全く違っていた。
イツキは3日前、食堂の掲示板に【挑戦状】と書いた紙を貼り出していた。
◇◇ 挑 戦 状 ◇◇
今年の暗号問題には、僕からのメッセージが込められている。
1つ目の暗号の解答が、2つ目の解答になっている。
3つ目の問題の答えを導き出し、その答えから真の意味を読み取り、正しく解答できた者には、スペシャル特典として、ワクワクどきどきのプレゼントをする。
さて、僕からのプレゼントとは何だろう?
◎ 解答へのヒント
(1)絶景 (2)腕試し (3)スープ (4)袋またはカゴ
僕からの挑戦を受ける者は、3日以内に解答を書いて3ーAの教室か、執行部室に提出して欲しい。
いったい、何チームが解答できるだろうか? 1年生は個人でもグループでも参加を認める。
1099年2月26日 挑戦者 キアフ・ヤエス・イツキ
「皆さん、僕からのメッセージを読み解き、少しでも多くのチームが正解に辿り着くことを期待しています。そして、ぜひプレゼントを受け取ってください」
競技開始前に体育館で、開始直後には武道場へ移動し、イツキは全学生、及び教師たちに発破をかけた。
今年は見学している教師と1年生全員にも、暗号問題が配られた。
1年生は大会に参加するのではなく、イツキからの挑戦を受けるだけであり、暗号が解けるかどうかは関係なかった。
制限時間は1時間半、1問目と2問目は長文問題である。3問目は、今年も簡単な絵や図形や濁点が描かれていた。
学生を採点する教師は各会場とも5人、イツキの暗号問題に挑戦する教師は16人で、教師の採点をするのは体育館がイツキで武道場が教頭だった。
競技開始を副教頭が告げてから15分後、学生に負けてはならないと気合を入れていた発明部の顧問イルート先生と、文学部顧問のフルム先生が、ほぼ同時に立ち上がり、凄く嬉しそうな顔でイツキの元に走って解答を持ってきた。
この2人、ラミル上級学校の同期卒業生である。
イツキも嬉しそうに微笑み、チリンチリンとベルを鳴らした。
19分でヤンのチームが走り込み、正解点の20点と20分以内に正解できた30点を獲得した。
続いて22分が経過した頃、ミノルのチームとリョウガのチームがベルを鳴らした。
29分ギリギリで、今度は科学部顧問のカイン先生が、1問目と3問目の解答を同時に提出してきた。カイン先生もラミル上級学校の卒業生で、フルム先生より3期後の卒業生である。
会場内は学生たちの走る足音や、「わかったー!」とか「あと少し!」とか様々な声が飛び交い、残り時間15分を切った頃、3問目の問題に全員が苦戦していた。
「分かった!」と叫んで、急いで解答を書き込んだのは、イツキの従者であるパルだった。その声を切っ掛けにしたように、ヨシノリ、ナスカ、インダスの各チームも、それぞれ採点席まで走り始めた。
残り時間3分前には、採点席の前は大混乱になっていた。これは毎年の光景である。
イツキの採点席の前にも、数名の教師がそわそわしながら並んでいた。
これまで全問正解していたのは、フルム先生だけだったが、滑り込みでイツキの担任であるフォース先生が解答を提出してきた。
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