イツキ、学生する(1)
2月も後半だというのに、王宮から領主会議の連絡はない。
イツキは領主の仕事に専念しているので、ミノス領の新しい領主選定や、現在の王宮の動きなどに干渉することを極力避けていた。
あれからホン領主ネイヤー公爵から、丁寧な礼状と、ホン領のギラ新教徒と【破壊部隊】との戦い?の報告書が、ラミルの屋敷に届いた。
ホン領主の報告書には、他にも驚きの一文が書いてあったが、その件は春休みに正式発表されるようだ。
イツキが注視していた、ランカー商会を襲ったエデム商会は、運営していたエデム伯爵がギラ新教徒として捕らえられ、【破壊部隊】が調査を続けていると、教会調査部隊副隊長のダルトンさんから報告を受けていた。
イツキの最近の様子はというと、午前中は基本的に3ーAの教室で普通に授業を受け、午後の武術の授業は、5時限目の専門スキル修得コースの講義の準備のため、出たり出なかったりしていた。
今日は久し振りに4時限目の体術の授業に出席する。
実はイツキ、体術の授業に出るのは2回目だった。何せ教師でもないのに授業を受け持ったので、本当に時間が無かったのだ。
「イツキ君、この前は基礎練習しかしていなかったけど、経験者だと聞いている。実力的にはどのくらいのレベルだろう?クラス分けが決まっていないので、CクラスとBクラスのリーダーと、試合をしてみてくれるか?」
体術の顧問であるダリル副教頭が、にこにこしながら授業開始前に話し掛けてきた。
「はあ……体術は軍学校以来練習していないので、ぜんぜんダメかも知れません」
イツキは自信なさ気に答える。実際に2年半以上練習をしていないし、軍学校と上級学校では、学生の鍛え方が違うので何とも言えなかった。
当然、体術を選択していた者は、イツキの実力を知りたくて興味津々にイツキを見ているし、早く対戦したいと気合いを入れている学生多数……その殆どがイツキファンの皆さんである。
早速Cクラスのリーダーである、2年生と対戦することになった。
「イツキ先生、手加減はしませんよ。だから全力で来てくださいね」
Cクラスのリーダーは、軍学校から成績優秀者として、2年コースで編入してきた学生で、ポルムゴールの試合で負けた時、イツキにリベンジを誓っていた。
身長は175センチくらいで、体重はやや重め……体重差は15キロ以上はあるだろう。
ダリル副教頭の合図で、2人は試合を開始した。
他の学生は自分の練習に身が入らず、つい手を止めて2人の試合を見ようと視線を向けてしまう。
試合開始10秒くらい?で、イツキの対戦相手は仰向けに倒れていた。
イツキは開始直後に相手の懐に入り、背負い投げていた。
「イツキ……イツキ君、容赦ないな。もう少し組んでからでもいいのに……」と、親友のナスカが呟くと、風紀部2年部隊長としてイツキ組に入った2年のホリーが、「次は俺なんだけど……」と、嫌そうにため息をついた。
親友のナスカは、ついイツキと呼び捨てしそうになり言い直す。さすがに上級生を呼び捨てには出来ないし、人前ではイツキ様と呼んでいる。現在ナスカはイツキ親衛隊の隊長である。
そして、Aクラス直前のホリーは、覚悟を決めてイツキの前に立った。
「あれ、ホリーはまだBクラスだったのか?」
「……イツキ君、それは俺に勝ってから言ってくれ。それに俺は2年だから、来年選抜選手になればいいんだよ」
ホリーはちょっと不機嫌な口調で、イツキに言い返した。
ルビン坊っちゃんのお付き的な存在だったホリーは、2年になってメキメキと勉強も武術も実力を伸ばしてきていた。そして身長も伸ばしていた。
ホリーは身長180センチになり、体重は65キロくらいで、剣の授業では指導者リストに名を連ねていた。
対するイツキは、身長は2センチ伸びて167センチになり、体重はようやく50キロを越えた。外見からではガッシリ体型に見られることは……たぶん……全くない。
結果は、気合いをいれたホリーが、勢いよく走り込んできたところを、逆にイツキに腕をとられ……いつの間にか体が浮き、気付いたら投げられていた。
イツキの得意な攻撃?いや防御パターンだった。
「それまで!」と、副教頭がイツキの勝利を告げると、武道場内の皆は目が点になっており、何とも言えない静寂に包まれていた。
イツキのこのスタイルは、あまり知られていない戦法らしく、小さなイツキが大きなホリーを、簡単に投げたように見えたので皆は驚いていたのだ。
「それではイツキ君は、今日からAクラスで練習してくれ。春の武術大会で選抜選手に選ばれたら、指導者リストに入ることになる。Aクラスは現在10人だ。出来るだけ練習に参加して腕を磨いてくれ」
副教頭は嬉しそうに言いながらも、なかなか練習に参加できないイツキの現状を、とても残念に思うのだった。
そんなこんなで、イツキは久し振りに体術で汗を流し、ガタイのいい軍志望の学生や、同じような体型の非力な学生から熱い視線を集めるのだった。
放課後、久し振りにイツキは発明部に顔を出し、学生らしく部活動をしていた。
「イツキ先輩、僕は木を使った子供用の遊具を考えています。これどうでしょうか?」
「うん、なかなかいい発想だと思うぞ。頑張れ」
1年生の部員が、キラキラした瞳で話し掛けてきたので、イツキは設計図を見てにっこりと笑うと、先輩らしく頑張れと声を掛けていた。
「イツキ先輩、俺の作品も見てください。先日の開発コースの授業で習った滑車の原理を使った、模型を作ってみました」
2年生のトーイはイツキの影響を大きく受け、剣術部から発明部へ、経済コースから開発コースへと選択を切り替え、憧れのイツキの居る発明部に入部できた、数少ない2年生である。
「トーイ、先輩ってつけなくていいよ。うん、これは良くできているね。次は滑車の大きさを変えてデーターをとってみるといいよ」
イツキは熱心な元クラスメートに先輩と呼ばれ、少し恥ずかしそうに答えた。
今年度から発明部は、入部テストに合格しなければ入部できないという、鬼のような決まりが出来ていた。
テスト内容は、昨年末にイツキが部長のインダスと、顧問のイルートに伝えてあった。その内容は、製図を書く能力テストと、こんな便利な物があったらいいなという論文問題で、試験の採点は開発コースの教師と3年の2人の部員が行った。
その結果、1年生は6人、2年生は4人、3年生は2人が新しく入部し、元々居たイツキを含む3人を入れると、総勢15人の部員を抱える部活になっていた。
昨年まで作っていたポルムやアタックインは、これまでと同じ発明部と科学部(化学部の名称を変更した)と植物部の3部合同で、週2日作っている。
国との協議の結果、今年も薬草の行商人には市販の7割の価格で販売することになり、その販売権利は約束通りラミル上級学校が持っていた。
ただし、ポムを使った新しい製品を作ることは禁止され、ポルムとアタックインの製造に関わった3つの部活には、厳しい情報統制をかけられており、情報漏洩は厳しく処罰されるとの誓約書にサインさせられている。
今年度イツキは、旅の途中で知った組み木の技術を使い、丈夫な小型の家具を作ったり、その技術を皆と一緒に高めていこうと考えていた。
ちょうど先日、気の早い近隣の上級学校の開発コースの教師たちが、イツキの講義を見学に来たので、組み木の技術を教えておいた。
やって来た近隣上級学校の開発コースの教師によると、開発コースの授業に校長がやって来て、今日は自分が講義を行うと言って、紙飛行機の授業をしたらしい。
それも凄いドヤ顔で得意気にである。当然その見たことも聞いたこともない授業内容を、何処から仕入れて来たのかと問うと、先日の校長会議の時に、ロームズ辺境伯から学んだのだと、ペロリと白状したとのこと。
そして、ラミル上級学校からもロームズ辺境伯様からも、授業の見学は自由にどうぞと言われたと聞き、すっ飛んでやって来たのだった。
やって来た教師たちは、ラミル上級学校の開発コースの教師2人に、イツキの講義のノートを、定期的に写させて欲しいと懇願したようである。
講義終了後には部活見学も行い、3年部長のインダスと副部長のグリフォンに、卒業後、もしも国費ではなく自費でミリダ王立工業学院に進学したら、その後ぜひとも上級学校の教師として就職して欲しいと、引き抜きを掛けられたとかなんとか……。
イツキの知らないところで、教師や学生に様々な影響を与えていたのである。
部活終了後、イツキは部活の後輩であるホン領出身1年のスコールに声を掛けた。
スコールとの縁は、ロームズから帰った日、オーベルとウダニスに暴力を受けていたところを、助けたとこから始まっている。
まさかこういう形で関わってゆくとは思ってもいなかったが、これも何かの縁だろうと思い、ホン領主からの伝言を伝えることにした。
「スコール、これから一緒に僕の部屋に来て欲しいんだが時間ある?」
「は、はいイツキ先輩。ばっちり大丈夫です。でも、僕なんかが北寮に行ってもいいんでしょうか?」
平民として育ったスコールは、北寮に入るのをなんだか戸惑う。
イツキは身分なんか関係ないだろうと笑いながら答え、北寮の前で会って欲しい人物が居ると告げた。
北寮の前まで来ると、ラミル正教会で洗脳が解けたラホエ商会の息子ウダニスが、下を向き心細そうに立っていた。
ウダニスは今日から学校に戻され、全校朝礼で校長から、2人の学生についての説明が行われた。
「1年のウダニス君はギラ新教に洗脳されていたが、洗脳の初期だったので解除することが出来た。しかし、残念ながらオーベル君は洗脳されて時間が経過していて、洗脳を解くことは出来なかった。大変遺憾ではあるがオーベル君は退学処分とし、身柄は治安部隊(新しい破壊部隊のことは公表されていない)に引き渡された。洗脳される恐怖は誰にでもあるが、周りにいる者が早く気付けば、洗脳を解除できる可能性は充分にある。色々と思うところはあるだろうが、ウダニス君は洗脳が解け、これ迄の行いを心から反省している。どうか仲間として受け入れてやって欲しい」
校長は、項垂れて皆の前に立っているウダニスに視線を向け、洗脳が解けたことを伝え、仲間として受け入れるよう全学生にお願いした。
校長の話を聞いた学生たちは、やはりギラ新教徒だったのだと納得した。その上で、初めて洗脳が解けるという事実を知り、恐怖心はあるが希望を持つことができた。
スコールは北寮の前に居るウダニスの姿を見付けると、ピクリと眉を寄せたが、フウと息を吐いてウダニスに近付いていく。
「おかえりウダニス。昔の君に戻ってくれると、俺は信じることにするよ」
スコールはそう言って、憎まれても仕方ない加害者であるウダニスを許すと、微笑みながら右手を差し出し握手を求めた。1年前までは仲が良かった2人である。
ウダニスは驚いて顔を上げ、また俯いてポタポタと涙を溢し始める。洗脳されていても、自分の仕出かしたことは覚えている。だから、まさか信じると言われるとは想像すらしておらず、申し訳なくて……嬉しくて、涙を我慢できず声を上げて泣いた。
ウダニスは「ほ、本当にごめん。そして、ありがとう……」とスコールに深く頭を下げて、差し出された右手に、震える自分の右手を差し出し握手した。
「ウダニス、君の償いはこれから始まる。自分に与えられた責務を果たせ」
「はいロームズ辺境伯様。必ず責務を果たし、レガート国のために尽くします」
ウダニスはイツキの声を聞いて、カタカタと小さく震えたが、深く深く頭を下げイツキに約束した。
ウダニス親子は洗脳が解けてから、銀色のオーラを使った尋問を受けていた。だからイツキの恐ろしさを身を持って体験しており、尋問後は懲罰として任務を与えられ、その責務を果たすことを前提にして赦免されていた。
イツキはスコールを部屋に案内すると、自分の好きなハーブティーを淹れる。
スコールは落ち着いた感じの部屋に緊張しながらも、尊敬し憧れるイツキ先輩は、いったい自分に何の用なのだろうかと考える。
「スコール、君は自分の母親がボルグル男爵家の娘だったと知っていた?」
「えっ?母が?ボルグル男爵って、オーベルの家のことですか?」
「そうだ。……そうか、両親は君の命を守るために、何も話していないのだな……」
イツキは納得したように頷くと、これから大切な話をするとスコールに告げた。
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次回は17日くらいの更新になりそうです。




