洗脳解除(1)
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2月14日、校長はホン領出身の1年オーベルとウダニスを校長室に呼び出していた。
この2人の1年生は、次第に言動が横柄になり、その行動は退学したブルーニやドエルに似ていた。
当然2・3年生は、これは【洗脳者】ではないかと疑い、執行部や風紀部役員に届け出をする者が続出した。
そこで校長は、教頭・副教頭・担任と協議し、2人に【祈りの3番】を唱えさせることにした。
「君たち2人に質問する。君たちはブルーノア教徒か、それともギラ新教徒か?」
校長は出来るだけ穏やかな声で、しかし、瞳は真偽を確めるため真っ直ぐに向けられている。
「はあ?校長先生、何を仰っているのです?もちろんブルーノア教徒に決まっているでしょう」
オーベルは、1年生とは思えない横柄な物言いで答えた。
「ギラ新教?なんですそれ?聞いたこともありませんが」
ウダニスはブルーノア教徒だとは答えず、ギラ新教を知らないと答えた。
「君たちはホン中級学校で、ギラ新教について習わなかったのかね?」
「さあ……興味のないことは覚えていません」
副教頭の問いに、面倒臭そうにオーベルは答え、ウダニスは同意するように頷く。
「ブルーノア教徒であれば、【祈りの3番】を唱えられると思うが、これから私の前で唱えてみてくれ。君たち2人には、特別な名誉ある任務を頼みたい」
校長の指示に従い、2人は嫌々立ち上がり【祈りの3番】を唱えて始めた。
ラホエ商会の息子であるウダニスは、半分まで唱えられたが、後半が唱えられなかった。ボルグル男爵家の長男であるオーベルは、「神の御前に立ちて誓う。清き心で自分を見つめ……」までしか唱えられなかった。
この2人は、【祈りの3番】を唱えられないことが、ギラ新教徒であると証明されると知らなかった。だから、唱えられなくても「あれ?」と首を捻ったくらいで、大したことではないと思った。
校長たちは顔を見合わせ頷き合うと、やはり……と確信し2人を解放した。
2人が去ったところで、校長は1枚の指示書を取り出し、暗い顔をして教頭・副教頭・担任に見せた。
その指示書は【破壊工作対抗部隊】から出されており、問題の学生が【祈りの3番】を唱えることが出来なかった場合、2月15日午前10時にラミル正教会において、最終確認をするので連れてこいと書かれていた。
「は~っ、次から次にギラ新教は学生を洗脳する。とうとうホン領の番だ」
教頭は頭を抱えながら溜め息をつく。
「年末のミノス領の一件で大騒ぎになりましたが、幸いうちの学生の中にギラ新教徒は見つからず、安心したと言うのに……今度はホン領だ。結局ヤマノ領に始まり殆どの領内で、ギラ新教徒が暗躍していたということになる。今からでも洗脳は解けるだろうか……」
副教頭は誰よりも洗脳の恐ろしさを知っている。だからこそ、救えるものなら学生を洗脳から解き、助けてやりたいと思っている。自分はギリギリのところで、イツキから洗脳を解いて貰っていたので、2人の内の1人でも助けられればと強く願いながら言った。
2月15日、校長会議と医療コース改革の講習を終えたイツキは、ゆっくりする時間などなく、ラミル正教会に来ていた。
イツキを呼んだのはホン領主ネイヤー公爵と、通称【破壊部隊】の指揮官である。
先月ラミル上級学校長からの通報を受けて、【破壊部隊】は直ぐにホン領に調査をかけた。元々昨年末から【王の目】が調査に入っていたので、怪しい貴族や商会のリストは作ってあった。オーベルとウダニスの家も、ギラ新教徒の疑いありとの内偵結果が出ていた。
ホン領主は年末の領主会議で、ギラ新教徒がホン領に居る可能性があるとイツキに言われ、【破壊部隊】の調査に積極的に協力していた。
ミノス領主の洗脳を目の当たりにした上に、他人事だと考えていたギラ新教徒の活動に、思い当たることがあり、強い不安を覚えていたのだ。
そして内偵の結果、ホン領主の不安は的中し、数人のギラ新教徒らしき貴族や商人が特定された。そこで今回、ホン領主の強い要望で、ギラ新教徒の最終確認に同席することになった。
他にもリストに上がっている大物が数人いたので、ホン領主と【破壊部隊】は、親子共々逃げられないようにし、ギラ新教の調査だと気付かれないよう細心の注意をはらわねばならなかった。そこで、ボルグル男爵とラホエ商会長を、仕事の話があるとしてラミルに呼び出すことにした。
ホン領で新しいポム製品を作る可能性があると餌をぶら下げたホン領主は、その製品を販売する予定のブルーノア教会との打ち合わせをすると言って、ラミル正教会に呼び出したのだった。
「これはこれは、ホン領からわざわざ来ていただきまして、ファリスのグラープです。領主様が来られる前に、製品についての説明と、契約に関する教会の決まりについてご説明いたします」
グラープはファリス様とは思えない程の低姿勢で、2人を椅子に座るよう促した。
ファリスの執務室に通された2人は、本当に新製品を任せて貰えるのだと確信し、顔を見合わせニヤリとほくそ笑んだ。
「早速ですが、ブルーノア教会と取引する場合、必ず必要になる書類が幾つかありますので、先ずは誓約書にサインをお願いします。誓約書には【祈りの3番】を記入し、神の子として教会の為に働くと誓いの言葉を書き、最後にお名前をサインしてください」
グラープはにこにこしながら、製品を取りに行くのでサインをしておいてくださいと言って執務室を出ていった。
すると、グラープと入れ替わるように2人の神父が入室してきて、分からないことがあれば言ってくださいねと、親切そうに微笑みながらドアの前に立った。
3分後、【祈りの3番】がどうしても思い出せないボルグル男爵とラホエ商会長は、ペンを持ったまま首を捻っていた。
「どうされましたか?【祈りの3番】が思い出せないですか?それならこれをどうぞ。【祈りの3番】を書いた紙です。見ながら書けば大丈夫ですよ」
親切に【祈りの3番】を書いた用紙を差し出したのは、神父の服を着た【破壊部隊】指揮官レンである。
そして隣に立っていた副指揮官のフジヤは、ドアを少しだけ開けて、廊下に居た部下に向かって合図を出した。
ボルグル男爵とラホエ商会長は、見本に差し出された用紙を見ながらフーッと息を吐き、これで契約に漕ぎ着けると安堵した。
が、目で見て文章が分かっているのに、書こうとしても何故か手が震えて文字が書けない。いや、それどころか無理矢理書こうとすると、頭が割れるように痛くなる。
「ウッ……何故だ?何故書けない!」(ボルグル男爵)
「あ、頭が割れるようだ……ど、どうして……」(ラホエ商会長)
2人は唸りながら持っていたペンをテーブルに置き、契約書から目を離した。
その時ドアが静かに開き、真顔のホン領主と、無表情のイツキが入ってきた。
「どうだ、契約の準備は出来たか?」
「「こ、これは領主様……は、はい、ただ今直ぐに」」
突然部屋に入ってきた領主に驚きながら、2人は慌てて立ち上がり礼をとる。そして、テーブルの上の用紙に視線を向けると、覚悟を決め再びペンを手に持った。
しかし、いくら頑張ろうとしても字が書けない。
「どうした?契約したくないのか?・・・それともまさか……お前たちは逆賊であるギラ新教徒ではあるまいな!」
ホン領主は低い凍えるような冷たい声で、2人を睨み付けて問う。
「まさか、とんでもありません。私はブルーノア教徒です」
先に応えたのはラホエ商会長だった。そして信じてくださいと、その場で土下座する。
「わ、私もブルーノア教徒です。今日は何故か手が震えて書けませんが、決して逆賊などと……とんでもないことです領主様」
ボルグル男爵は立ち上がり、決して逆賊ではないと訴える。
「でも貴方は、神に選ばれし者ですよね?そして貴族のための社会を作ろうと思っていますよね?」
「お、お前は誰だ?上級学校の学生が何故ここに居る?」
ボルグル男爵は領主の隣に立つイツキに向かって、探るような視線を向ける。
『何故お前が、崇高な教えを知っている。お前も選ばれし仲間なのか?』と、イツキの瞳を見て確かめようとする。
が、しかし、イツキの瞳を見た途端、言い知れぬ恐怖心が襲ってきた。視線を逸らそうとするが逸らせず、部屋を出ていきたいのに体が動かない。
「ボルグル、お前は今から16年前、ボルグル男爵家に婿養子に入り、直ぐに妻の妹を無理矢理平民である使用人と結婚させ家を追い出し、それから半年後、妻に毒をもって殺害した。本来家督を継げないはずなのに、愛人に産ませていた子供を妻の子として届け出て、まんまと男爵家を乗っ取った。それだけでも身分詐称で罰せられるところだが、お前はその頃からギラ新教の信者となり、貴族であることに強い執着を持った」
神父の服を脱ぎながら、【破壊部隊】の指揮官レンはボルグルの罪を暴露する。
「なんだと!ギラ新教徒でも許せないのに、お前はそんな罪まで犯していたのか!」
日頃温厚な領主であるネイヤー公爵は、怒りの形相でボルグルを睨み付けた。
「ち、違う。息子は間違いなく死んだ妻の子だ。そ、それに、私はギラ新教……」
「ギラ新教徒ではないとでも言いたいのですか?ブルーノア教徒なら、小さな子供でも【祈りの3番】を唱えられますよ。ああ……ギラ新教徒が、無理矢理【祈りの3番】を唱えたり書いたりすると、頭に激痛が走るそうです。中には、その頭痛に耐えながら唱えようとして、心臓が止まった者も居るそうです。洗脳とは恐ろしいものです。どうぞ、ギラ新教徒でないなら、続きをお書きください。それとも、フッ、死を覚悟して唱えてみますか?」
イツキは瞳を深い闇色に変化させながらボルグルの話を遮ると、微笑みながら言った。
ファリスの執務室に、何処からか冷たい風が吹き込んできた。土下座していたラホエ商会長は、ガタガタと震え始める。もちろん、恐怖と寒さの両方でだ。
「お前の息子は、今の妻にそっくりらしいな。そしてその息子もギラ新教徒だ。お前の犯した最も重い罪は、息子までギラ新教徒にしてしまったことだ!このバカ親め!」
優しい神父の顔から、副指揮官の顔に戻したフジヤは一喝し、一切の言い訳も許す気はなかった。罪の証拠となる物証や証言は全て揃えていたのだ。
「ボルグル、お前は爵位剥奪の上、領地と全財産を領主が没収する。お前の血族全てを厳しく取り調べ、決して罪を許しはしない!ラホエ、お前も財産没収の上、その身柄を【破壊工作対抗部隊】に引き渡す。指揮官、副指揮官、後のことは全て任せる」
ホン領主は、絶望で固まっている2人の男に領主権限の罰を言い渡し、後のことを【破壊部隊】に任せて、イツキに向かい軽く礼をとった。そして怒りの形相のまま執務室を出ていった。
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