イツキ、虐めに遭遇する
まさか他の学生に見られているとは思わなかった1年生は、偉そうな口振りで注意を与えてきた学生を睨むように見る。
そして、目の前の男を観察する。
校章を見れば色の違いで学年が分かる……が、目の前の男は校章をしていなかった。
仕方ないので外見で判断しようとする。
身長は170センチよりも低く、顔はまだ成人前の少年のようにツルツルしていて、髭も生えていない。そして、どう見ても3年生には見えず、2年生のようでもない。しかし、自分のクラスの学生ではない。
「君は何歳だ?」(胸倉を掴んでいる男)
「僕?先日15歳に成ったが……それが何か?」(イツキ)
イツキは普通に年齢を答えながら、3人を観察する。
イツキはまだ3年生の校章を貰っておらず、相手は自分の正体を知らないようだと分かると、目の前の学生の出方を見ることにした。
「フン、お前には関係ないことだ。偉そうに風紀部の取締り対象だと?」
後ろから蹴りを入れていた男は、イツキの腕に執行部の青いバッジも、風紀部の赤いバッジも付けられてはいないことを確認すると、強気の態度でイツキを睨み付けた。
「ああそうだ。無抵抗な学生に暴力をふるう行為は、学生規則で禁止されている。僕が風紀部の隊長に証言すれば、君達は罰せられるだろう」
イツキは余裕でニヤリと笑うと、胸倉を掴んでいる男の手を強引に引き剥がした。
「あ、ありがとう」と、虐められていた1年生は礼を言いながらイツキを見る。そして、視線を向けた先のイツキを見て、「黒い髪に……黒い瞳……」と呟き、ザザザと3歩下がると慌てて頭を下げた。
「君、名前は?」
「は、はい。1年A組のスコールと言います」
「リバード君とケン君と同じクラスなんだね。悪いけど、見てしまったので風紀部室まで一緒に来てくれるかな?」
イツキは自分の正体を知っている様子のスコールに、にっこりと微笑みながら言う。
「ははは……はい、分かりました」
スコールは同じホン領出身で仲の良い、発明部の新しい部長であり執行部書記の3年インダスから、イツキのことを熱く熱く聞かされていたので、一目で目の前の学生がロームズ辺境伯であると分かり、緊張のあまり声が震えてしまった。
イツキは虐めた側の2人をまるっと無視し、暴力をふるわれたスコールだけを連れて、風紀部室が在る特別教室棟の方に向かって歩き始める。
目撃者の証言がある場合、被害者側が申告すれば規則違反として認められるのだ。
暴力をふるっていた2人の1年生は、暫く現実が理解できずポカンとしていた。
分かっていたのは、自分達がせっかく制裁を加えていたのに、それを邪魔されたことと、風紀部室に行って、不都合なことを言われる可能性が高いことだった。
我に返った2人は、慌ててイツキとスコールを追いかける。
「おい待てスコール!お前、俺たちに逆らえばどうなるか分かっているのかー!」
胸倉を掴んでいた長身の男の方が、叫びながら後ろから走ってくる。
「あれ、もう1年も部活が始まっているよね?」
「は、はい、イツキ先輩。昨日から始まっています。僕は発明部です」
「そうなんだ。じゃあ同じ部の後輩だね。よろしくスコール。あの2人は同郷?」
「よ、よろしくお願いいたしますイツキ先輩。2人は同じホン領の中級学校から入学した、1年B組のオーベルとウダニスです」
スコールは緊張しながらも、イツキ先輩は今年度も発明部なんだと分かり、嬉しそうに返事をして2人の名前を言う。
イツキは後ろを振り向くこともなく、何も聞こえていない感じで歩いていく。
イツキの視線の先には、待ちきれずに自分を迎えに来ようとしているエンド(イツキ第2親衛隊の隊長)の姿と、風紀部室の窓から手を振っているヤン(風紀部隊長)の姿が見えていた。
「そこの2人、俺を無視するな!」と大声で怒鳴った長身のオーベルは、プライドの高そうなグレーの瞳に怒りを滲ませ、長く伸ばしている金髪を振り乱しながら、いきなりイツキの腕を掴んだ。
そしてもう1人のウダニスも、冷酷でやや吊り上がったグレーの瞳でスコールを睨み付け、「もう逃げられないぞ!」と怒鳴りながらスコールの肩に手を掛けた。
「この手をどうするつもりだ。まさか捻りあげようとでも?」
イツキは全く動じることもなく冷ややかな口調で、わざと腕を上げようとする。そしてニヤリと挑発するように笑った。
「俺はもう直ぐ16歳だ。その生意気な態度は何だ!お前も制裁を受けたいのか?」
イツキを1年生だと思っているオーベルは、上から見下ろすようにして、言ってはいけない言葉を口にする。
「そこの1年、今、制裁と言ったな!誰に向かって言った言葉だ!何故その人の腕を掴んでいる?」
3年の校章を付けたエンドが、怒りの形相でオーベルに向かって問う。昔のエンドであれば、直ぐにでも殴りかかるところだが、イツキが涼しい顔をして何もしないので、余計なことをしてはいけないと、出来るだけ感情を抑えて問い質す。
「ええっと……この2人があまりにも礼儀を知らないので、注意をしていたんです」
「そうです。平民で貧乏人のくせに、王子に取り入ろうとしたので注意していました」
オーベルとウダニスは、少し声を荒らげ、表情に怒りを滲ませている感じの3年生に、咄嗟の言い訳をする。
「いつまで腕を掴んでいる!平民で貧乏人?礼儀を知らないだと?」
冷静に対応しようと思っていたエンドだが、つい声に怒気がこもってしまう。
3年生に怒気を向けられ、オーベルは渋々イツキから手を離すが、悪びれる様子は見受けられない。
「ここに居る1年のスコール君が、僕の腕を掴んでいたオーベル君に胸倉を掴まれ、もう1人のウダニス君に後ろから蹴りを入れられていたので、これから風紀部に届け出に行くところだったんだけど……もう直ぐ16歳になるオーベル君は、15歳の僕の行動を生意気だと思ったようだ」
イツキは淡々と状況をエンドに説明をし、オーベルとウダニスを見ることもなく、再び風紀部室に向かって歩き始める。
「2人とも、言い訳や申し開きがあるなら付いて来い!エンド、手を出すな」
イツキは前を向いたまま、オーベルとウダニスに冷たく言い、エンドに命令する。
スコールはヒエーッ!こ、怖いと震えながら、イツキの威圧感にビビってしまう。
「……はい、分かりました。でも、私は貴方の第2親衛隊の隊長です。風紀部室までお供いたします」
エンドはそう応えて、ギロリと2人の1年生を睨み付け、イツキの後ろを付いていく。
『第2親衛隊?なんだそりゃ……』(オーベル)
『3年生を呼び捨てだと……コイツ親衛隊持ちなのか?』(ウダニス)
このままでは不味いことになるかもしれないと思った2人は、言い訳ではなく正論を言うために、イツキ達に付いて風紀部室に向かう。
エンドは風紀部室の前に来ると、イツキのためにドアを開ける。
風紀部室の中には、風紀部隊長のヤン、副隊長のミノル、2年部隊長のホリー、1年部隊長のデイルは勿論のこと、執行部全役員と従者のパルが待っていた。
「お帰りイツキ君」(2・3年生)
「お帰りなさいませイツキ様」(従者のパル)
「お帰りなさいイツキ先輩」(1年のケン)
皆が挨拶する中、1年部隊長のデイルだけ挨拶しそびれる。彼はリバード王子とケンに勧められ風紀部役員に成ったが、まだイツキのことを認めた訳ではなかった。
「みんなただいま。パル、僕の校章を預かってるか?」
「はいイツキさ……いえ、イツキ君。こちらに……」
イツキ様と言い掛けてイツキに睨まれたパルは、直ぐに言い直した。そしてポケットの中からイツキの校章を取り出すと、イツキの制服の胸の部分にピンでとめる。そして仕上げに、腕に執行部役員のしるしである青いバッジを付けた。
その様子を風紀部室のドアの所に立って見ていたオーベルとウダニスは、大きく目を見開き、信じられないという顔をして途端に顔が青ざめる。
『あの校章の色は、3年生の黒……それに認定試験に合格した証である【I】と【H】のバッジ……そして……あ、青いバッジ……』
「イツキ君、ロームズから帰ってきた早々、執行部副部長としての責務を果たすとは……流石だね」
「偶然通り掛かっただけだよ。これから先はヤン、風紀部隊長の君に任せる」
からかうような執行部部長のヨシノリに微笑んで、イツキはヤンに視線を向け、詳しいことはスコールとエンドから聴いてくれと言ってバトンタッチする。
「ああ、窓から一部始終を見ていたよ。今年の1年生は怖いもの知らずが多いようだ。最上学年である3年生に堂々と暴力を振るおうとし、暴言を吐くとは……しかも執行部副部長に対してだ。これが学校の外なら、ロームズ辺境伯様に対する不敬罪で捕らえられるところだな。さあ、何があったのか、ゆっくりと聴こうか」
ヤンは嬉しそうに言いながら、3人の1年生に椅子に座るよう指示を出す。
イツキはパルと執行部役員全員と一緒に、執行部室に移動する。
「イツキ君、イースターから聞いたよ。医療コースの教師を任されたそうだね。自分の講義はいつ受けるんだ?」
ヨシノリが最初に質問し始めると、他の皆も医学大学の様子や、ロームズ領の様子などを訊こうと一斉に質問を始める。
イツキは笑いながら、時系列で話し始める。
最初の話は、ソボエの町から聖獣モンタンに乗って、ロームズに旅立ったところからだった。
時間が過ぎるのは早いもので、あっという間に夕食の時間になってしまった。
イツキは新しいイツキ組のメンバーと一緒に、久し振りの食堂に入っていく。
すると、食堂のあちらこちらから「イツキ君お帰り」と声が掛かる。
イツキたち一行を、学生達は尊敬の眼差しや、キラキラした瞳で見つめる。特に1年生は、「あれがロームズ辺境伯様だ」とか「イツキ様が戻ってこられた」と、初めて見る噂の先輩を見て囁き合う。
3年生は思い出す。
2年前の今頃は、ヤマノ組の連中が大きな顔をして学校を牛耳り、ビクビクしながら食事をしていたことを。
そして2年生と3年生は感慨にふける。
全てはイツキ君が入学してから大きく変わったのだと。
小さな体で悪を許さず戦い、非凡な才能を遺憾無く発揮し、発明品を作ったり、大きな大会を開催したりした。そして皆が知らない間に、他国と戦争したりギラ新教と戦ったりしていたと。
イツキは元気よく「ただいま」と言って笑顔で応える。
その笑顔で、食堂内はパーッと明るくなる。
指導者の帰還に、ある者は安堵し、ある者は頑張ろうと遣る気を出す。大事なピースが欠けていた学校生活に、また活気が戻ってくる。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




